MR-074「黒と白の邂逅」
3人と3頭の馬が静かに街道跡を進む。
「ちっ、もっと早くこっちに来てればよかったか?」
「話を聞く限りはそうだねえ……ただねえ、それを選べたかどうかは疑問が残るよ」
クロス婆さんの言うように、仮に俺たちがあの黒天使との出会いの際、じゃあついていって見届けるという選択を選べたかというと無理がある。少なくとも、眠ることは出来なかっただろうな。
東国に近い街で、恐らくは暁を背景にということで東からやってくる災厄、その夢を見た婆さんの話に備えて待機していた俺達。そこで人生の選択を迫るように、エルナもまた、神々の干渉による夢を見たのだ。別れた黒天使が、かつての戦いの場で無数の天使と敵対するという光景を。
黒天使が向かった先、かつての天使たちとの戦いがあった場所である星の決戦場はそんなに遠くはない。そこに至る道もそこそこ荒れてはいるが問題は無いはずだった。なにせ、戦場は元々大きな砦だったのだ。 それがいつしか戦いの果てに荒れ果て、ついにはあの大きな戦いの中に沈んだ。
「婆さん、何匹やれる?」
「誰に言ってるんだい? 100はやれるね……とはいえ、人が多い方がマシなんだがどうしたもんかねえ」
実際問題として、天使程度なら何体いようが粗方片づける自信がある。エルナによる呪いの解呪が続く限りではあるが……問題は天使以上の存在だ。1対の羽根を持つ天使と比べ、2対あるいは3対となれば力は比較できないほど増大する。2対までならなんとかなるが……3対となればエルナは逃がしておきたい……それだけの相手だ。
「おじ様たちは前にどうやって倒したの?」
「数だよ」
当然の疑問だが、答えもまた単純だった。本当に単純に、魔獣と戦うがごとく……戦力を集中したのだ。多くの天使たちを滅ぼしたが、人間側も多くの人間が脱落した。後遺症から戦えなくなった奴も数多くいたはずだ。
そのあまりの数に、2対と3対の翼を持つ大天使、熾天使が何体混ざっていたかははっきりとしない。当時、人間だけでなく周囲から魔獣も集まっており、不思議と人間ではなく天使を襲っていた記憶がある。中には人間がうっかり魔獣を攻撃し、反撃を食らった例もあったが例外のような物だった。
「相手が多い時には、こちらも数で対抗した。ただなあ、あの時はそれしか手段がなかったんだ」
「各地に散る前にやるしかなかったからねえ」
本当に、あの時は目の前の相手を切り捨てる以外の戦いが碌にできなかった記憶しかない。そんな中、アイツは俺たちのために……いや、よそう。死人は戻ってこない……こないんだ。
改めて状況を考えると、あまり良くはない。エルナの見た夢は黒天使のクロが無数の天使に襲われるところで終わっている。その後がどうなるかがわからないのだ。ただ、出会った時に既に怪我をしていたことを考えるとクロの力はそこまで圧倒的ではないだろうと思われる。実際に羽根も1対でしかないのだ。全てを知っているわけではないが、1対で2対以上より強いという天使には遭遇したことがない。単純に、強さの基本が違うのだ。
「そうなのね……あ、あの向こうあたりかしら?」
「ああ、そうだな。あの丘を越えれば見えてくる」
答えながら、俺もクロス婆さんも戦闘準備を始めていた。隕鉄剣を握り、婆さんもいつも通りの杖だ。靴にも仕込んだ術式がまるで若者のように老婆の体を運んでいる。慌てて俺の腕の解呪をしようとするエルナを手で制し、前を見る。
「あの術は向こうに感知されるかもしれん。ぎりぎりまで取っておこう」
頷きを待ってから、どうも怯え始めた馬をなだめつつさらに進み、丘の上へ。ここから……星の決戦場跡が遠くに見えるはずだった。ほぼ更地になってしまった中に、墓標のように瓦礫がいくらかある場所で、人も獣も住むには適さない環境のはずだった。
「っ!? 止まれっ!」
まだ距離があり、よっぽど大丈夫だとは思うがそう言わざるを得なかった。何もないはずの星の決戦場跡。そこの中央に……光の柱が生じていた。ここからわかる太さでいうと大人が両手を広げたよりも太く、3人分ぐらいだろうか? 規模はともかく、同じような柱を見た覚えがある。
「アン坊、真ん中あたりを見て見な」
「2対……だと」
馬上のまま、目の前に遠くを見るための術を素早く展開する。眩しさに目を細めながらも、言われるままにそちらを見ると……見間違いでなければ、クロらしき黒天使の背中には翼が1対増えていた。遠くのため怪我の具合はわからないが、少なくとも前のままということはあるまい。
乱入するにも情報が足りない。そう考えた俺は木々の陰に馬を隠し、3人で状況を見守ることにした。
「うう、なんだか嫌な気配がすごいわ」
「ああ、間違いなくあの柱の中にいるだろうな」
「天使は基本的に信仰を捨てさせるからねえ……紛い物じゃなく、本物の天使はこういうもんさ」
これまでにエルナが遭遇した天使は、何かを媒体にした純粋な物ではない天使が多かったように思える。何かの死骸であったり、そういった少し流れの違う物だ。
だが、前方の光の柱の中には……間違いなく俺がエルナのために切り捨てたのと同じような天使がいるように感じる。
「来たか……」
「こうしてみると手前の黒い奴は随分と雰囲気が違うねえ。話せたっていうのもわからないでもないよ」
出来るだけ認めたくはない事ではあるが、こうして俺たちの知る天使と、黒天使なクロが両方存在しているのを見ると、どこか違う。人形めいた天使と比べ、やはりクロは存在感が違うのだ。それは……もしかしたらクロという他にない唯一の存在だからかもしれないな。
何を言っているのかはわからないが、ここからでもクロと天使が何やら喋っているのがわかる。俺から見てもやや感情が垣間見えるクロと違い、天使はやはり彫像のように変わらない。いつ乱入しようか、状況を確認しながらの時間が過ぎていき……視界に動きがあった。
「交渉決裂ってところかねえ? どうすんだい」
正直、迷っていた。一番早いのは両方倒すこと……だが、どうもそれでは解決しないという予感があった。これまでにも罠であるとか、そういった物を見破ってきた自分の感覚。それがクロは今は斬る相手ではない、そう訴えてくるのだ。
「黒い方が押され始めたら白い方を斬る」
「おじ様っ!」
「そうかい。まあ、私しゃ孫たちが襲われないならどっちでもいいよ。それに……出番はないかもしれないよ?」
それはどういう……そう口にしようとして、視界に入った光景がにわかには信じられなかった。確かに2対に増えた翼は力の証だ。しかし……光の柱からあふれるように出て来た天使たちを、クロはどこで拾ったのか長剣を片手に1本ずつ構え……襲い掛かってきた天使たちを相手にし始めたのだ。
天使対天使、恐らくは歴史上初めての戦いを、俺たちは目撃する。
感想、拍手はいつでもお待ちしております




