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MR-073「騒動は突然に」



 東国との良くない噂はついに中央に正式に届き、国内は動き出したようだった。気が付くと、これまで田舎扱いであった東国と近いこの街だけでなく、国内の戦力配分が変化し始めていた。街を歩く兵士にも新顔が多くなり、いつしか俺たちがこなすような仕事を、一部は国の兵士達が片づけるようになっていく。


「一見すると私達は暇だけど……嬉しくはないねえ」


「戦争か……やだなぁ」


 窓辺から見える町並み、その雰囲気を敏感に感じ取り2人は眉をひそめている。俺もまた、隕鉄剣の手入れをしながらも雰囲気の変わった状況に考え込むことが増えた自覚があった。


 面と向かって話したり、大っぴらに探してはいないが恐らくは英雄と呼ばれるような戦力もこちらの地方に来ていると思われた。稼ぎの問題もあるが、災厄の排除……それが求められるのが英雄たちの難しいところだ。本人の都合はお構いなしに、善意につけこむ奴だっているぐらいだ。


「婆さんの夢が何十年も後の事だったら……いや、逆にそれまでこの緊張は持たないか」


「そうさねえ……長引いても2年やそこらじゃないかい?」


 俺よりも長く世界を旅していた婆さんの言葉には妙な説得力があった。戦争も……何度も見て来たんだろう。その度に、どこかで力を振るっていたんだろうなと思う。天使と違い、人間は恐怖で逃げるということが出来る生き物だ。戦場でクロス婆さんほどの相手に出会えばほぼ、死あるのみ。エルナだって、それが出来るかは置いておいて、力だけならその真似事が出来るほどになっている。


「いっそのこと天使が国境沿いに溢れちゃえば戦争は無くなるのかしら?」


「どうだろうな。これまでならそうだろうが……今の周辺国なら、自分たちのほうに来ないようにと先に手を出すかもしれん。それだけ天使の恐ろしさは今現在も味わってるところだろうからな」


 その意味では、本当にこの国は……どうも引退したらしい先代の王は英雄を上手く使ったと思う。好きに動きたい奴には好きに動かせ、自分の故郷近くは守りたいなという奴にはそうなるように話を誘導していた。だからこそか国内外に敵が多く、国内はほぼ安定したが外に火種は燃えていたわけだ。


「ね、おじ様、お婆様。私たちがこっそり相手の偉い人を……」


「止めときな。そうするとね、好き勝手に理由づけされてひどくなるもんさ。大人はそういう汚いもんなのさ」


 台詞を取られてしまったが、婆さんの言う通りだった。ここで衝突が起きる前に相手国の偉いさんをどうにかしたとしても、それは相手に口実を与えるだけ。混乱が起きるならまだいいが、最悪の場合には犯人はこちらにいる!等と対応しづらい感じになることだってありうる。


「結局は、なるようになるしかないのさ。火の粉は振り払うがな」


「どうなってもいいように、自分を鍛えておくのが賢いやり方ってもんさ」


 大人の、無難な考え方はどうやらエルナのお気には召さなかったようだ。理解はしているが納得はしていない、という感じに見える。俺にも経験がある……というか、その気持ちのままに突っ走った結果が俺である。


「でもって顔をしてるな」


「う、うん。なんだか、むずむずするわ」


 自分にはやれる、その力がある。自覚があるかは別として、そんな気持ちがどこかにあるからこその言動だ。それは力ともなるが、危険に陥るほうが多い流れだと実体験で身に染みている。だから俺は、流れるような動作で手入れを終えたばかりの隕鉄剣をエルナの眼前に突き付け、お世辞でも殺気と呼べないほどの気迫を乗せる。


「え? あっ……おじ……様?」


「ほら、体が動かないだろう? 自分で首をつっこむってことはこうなるかもしれない場所に自分で入るってことだ。調べものにしても、なんにしてもな」


 剣を降ろし、震えてる手をもんでやると青くなった顔が俺を見る。そこには恐怖や怯えと言った物は無い……驚くべきことに、申し訳なさそうな表情があった。エルナは、自分のために俺が行動したことを今ので悟ったのだ。


「アン坊もエルナも考えすぎさね。悩んでるうちに、日は昇っちまうよ」


「婆さんの言うとおりだな。考えすぎる前に、やれることをやる、それでいい」


 先ほどよりは幾分か納得したのか、真面目な顔つきでエルナは頷きを返す。出来るだけ早く大きな戦いやら問題は片づけて、エルナを年相応の環境に置いてやりたいなと思った。学び舎は性に合わない可能性があるから危険の少ない地方での悠々自適な狩人なんかはいいかもしれないな。


 そして今日は何をしようかと、3人で街に出て適当な仕事をこなす。そうして日銭を稼いでは情報を集め、いざという時に備えてといった日々がしばらく続いた。


 そんな、ある日のことだ。


「大変よ!」


「なんだあ? 何があった!」


 今日は仕事は休みにしようと決めていた朝。討伐なりに行くには遅すぎる朝だが……俺が一人道具の確認と整頓をしているところにエルナが飛び込んできた。まだ寝起きなのか、服も寝間着だし髪もぼさぼさ。とても人前に出して良い姿ではない。彼女の声に起きて来た婆さんの方が身支度が整ってるぐらいだ。


 適当に外套を着せてやり、婆さんが手櫛で髪を整え始めてようやく、荒くなっていた息が落ち着いてきたようだ。


「で、何があった?」


「その……夢を見たの」


 エルナの髪をいじっていた婆さんの動きも止まる。前に座って話を聞く姿勢だった俺もだ。よりにこよって、こんな時にか、そう思ったに違いない。エルナもまた、俺たちの見る夢に特別な物が混じる場合があることは知っている。だからこその慌てての報告なのだろう。


「何もない荒野に、この前見た天使がいたの。歩いてるなと思ったら、その先に青い……緑かしら? 不思議な光の柱が伸びて、そこからたくさんの天使が出てきたの。そして、その新しい方の天使が1人だけの天使を襲いはじめて……それで、それで!」


「話は途中で聞くよ。で、エルナ。場所や時間帯はわかるかい? 例えば、月とか、周囲の景色から季節とか」


 そうやって何度か夢に対応してきたクロス婆さんだからこそできる聞き取り。徐々にエルナは夢を思い出しながら、聞かれた情報を1つ1つ埋めていく。そろってきた情報を前に、俺と婆さんは2人して天井を仰ぎ見た。


「この感じだと早ければ1週間後、か。間に合うか? いや、そもそもどっちが優先度が高い?」


「天使は敵、その上で放っておけない事情があるんだね? だったら行くしかないよ。遮るものの無い場所で降りて来た天使の集団なんて最悪この上ない」


 どうなるかはわからないが、適当に理由を付けて周囲にも話を漏らそうと考えた。天使が出てきたという噂を聞いた、ってな。負けるつもりもないが、3人だけで戦う必要もない……上手くいくかはわからないが。


 これまで何度も仕事をこなしてきたコネを使って、まだ未確定だがと前置きしてそれらしい噂を流すところから、俺たちの戦いが始まるのだった。







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