MR-056「選ぶべき道」
「随分と買い込みましたね」
「値上がりするかもしれないと思ったんですよ」
ゲルダの店からの帰り、市場に寄った俺は山盛りに売っている芋を……10袋ほど買った。目の前で仕舞って見せた時の店の親父の顔は見物だったが影袋の使い手は全くいないわけじゃない。すぐに商売人の顔に戻り、まだいるか?なんて聞いてきた。順番が少し逆になったが、こうなれば話は早い。景気の話から始めて色々と聞くことが出来た。
東がきな臭いなんてどころではなかった。戦争でも始める気なのか、徐々に東に兵士が移動されているらしいこともわかったのだ。なんでかと言えば、モノの移動だ。東の街に運べば芋も値段が倍近くになるそうだ。もちろん、大っぴらに動かせば国同士の軋轢となるわけだから徐々に、というか魔獣が出たからとか理由を色々と添えてのようだが。
「先生、1つどころか3つ以上の物事が重なり、1つの方向に動くとき……それはもう偶然ではないですよね」
「ふふ、アンゼルム。自分の中で答えの出ていることを人に尋ねる物ではありませんよと昔、教えましたよね。それは背中を押してほしいという心の弱さの現われですよと」
倉庫に芋の袋を置きながらの問いかけ。それはまるで少年の頃に戻った時のような物だった。カインド司祭の顔からもシワが消えたかのようだ。そうだったな……前もこんな日のことだった。がむしゃらに依頼をこなし、1つ1つ片づけつつも湧き出る依頼に少し疲れた時のことだった。
「それでも……俺は何をすべきか、教えて欲しい……確か前はこうでしたかね。今ならわかります。どの道でも、正解かどうかは自分が決めることだと。確かにそうだ……選ばなかった道、はもう誰にもわからないのだから」
いつかのように頷いてくれるカインド司祭。芋を仕舞い終えた俺をいつものように優しい笑みで迎えてくれる。そんな司祭だからこそ、俺は全力を尽くそうと思った。具体的には、エルナが戻り次第王都周辺の荒事を片づける気でいた。俺1人、あるいはエルナと2人で何でもできるわけではない。国同士の戦争だって止めようということは恐らく難しい。
であれば、やれることをやるべきなのだ。
増えている狂信者、復活してきそうな天使たち。それに影響を受けているのかありえない物を作る人。まだ国内が安定していないと思われている国からの怪しい物資の流入。1つ1つは事件の場所が離れすぎている。けれど……どれもがつながっていく。対天使と対人間の2つの戦争という最悪の状況に。
「ちっ。俺が100人いればな」
「えええー? おじ様が100人いたら私、特訓のし過ぎで死んじゃうわ!」
一人つぶやいた声に思わぬ返事が返って来た。子供達と戻って来たエルナがにこにこと笑いながら立っていた。今のは彼女なりの冗談という奴だろう。そのことがなんだかおかしくて、俺も内心笑いながらも表情には出さずにずいっと近づく。
「なあに、1人でも限界まで特訓は出来るさ」
「あは……あははは」
子供達もいる手前、それ以上のことはせずにその場は収めた。慌てて子供たちを追いかけるエルナを見ながら、彼女の未来を自分の手がある程度握っているということを改めて認識した。出来るだけ後悔の少ない道を選んでやらないとな……もしかしたら、連れ出してる時点でもう遅いのかもしれないが。
その日の食事の後、俺はエルナにこれからの行動方針……周囲の荒事を出来るだけ片づけ、実力を付けながら遺跡をあさることを伝える。返って来た返事は当然のように承諾。真っすぐな瞳で、俺の言うことを疑わない。村にいたころより少し伸びて来たタンポポのような黄色い髪も揺らし、いつものように元気いっぱいだ。
「エルナ、俺が言うのもおかしい話だが、大変じゃないのか?」
「大変よ? 山を走ったりあれこれしたり……でも、嬉しいの」
嬉しい? まさかの言葉に俺はきょとんとした顔をしてしまったに違いない。そのぐらい予想外だったのだ。既に子供たちが寝始めている時間帯だからか、口元を抑えながらエルナは笑う。しばらくはエルナの小さく笑う姿を見つめるという不思議な時間が過ぎる。
「ふう……もう、おじ様ったら。簡単な話よ。村じゃあのままだったら普通の村娘として終わってたわ。それもきっと悪くないんだろうけど……おじ様は外を教えてくれたわ。大変なこともあるけれど、私の世界は広がったの。いろんなことを知って、いろんな人に出会って。きっとこれからも驚きで胸がいっぱいな生活が待っている……そう思ったら嬉しくて仕方がないわ」
「楽しい事ばかりとは限らないぞ」
我ながら当たり前のことだろうとは思いながらも、そういうしかなかった。わかりきっている問いかけへの返事はこちらも笑顔による承諾。毛布に寝転がったまま、俺へと手を伸ばすエルナの指には守護の指輪が光っている。
「楽しい事だけの人生なんて、それは何もないのと同じよ。出来が良くない年があるから、豊作の時に嬉しいんだもの」
「なるほどな……」
このあたりは農家ならではということか。納得した俺は天井を見上げるようにして寝る姿勢を取る。そのまま壁際の灯りを弱めていくと、昼間によほど走り回ったのか、エルナはすぐに寝息を立て始めた。すぐに寝られるのは旅をするうえで便利な技術だ。俺もまた、考えることは多いがそのまま寝る。
翌日、引き留めようとする子供たちを振り切り、2人は仕事を求めて街に出ていた。受けるのはあまり人が受けないような厄介な相手、あるいは金にあまりならない物だ。そう言う物は競争相手が少ないからちょうどいいのだ。エルナの訓練と、俺たちの名を売るのに。
「本当によろしいのですか? これは少々真偽不明ですが……」
「構わない。何もなければそれでいいさ」
王都のそばにも村や町は当然ある。そこから回ってくる依頼の中には回ってくる理由があるものが多い。相手が厄介であったり、儲けにならなかったりとかな。えてして、そういった依頼ほど無事に達成されると話が盛り上がるのだ。
普通は三日はかかるであろう依頼を、1日で終わらせて来る、なんてことを繰り返せば自然と視線は集まる。これまで目立たないようにとしてきた俺だったが、目当ての依頼に食いつくには実績がいるのだ。新人らしいドルイドの少女が、熟練の老戦士の補助を受けながらもどんどんと依頼をこなす。そうなればもしかしてこの2人ならこれもやれるのではないか?なんて話が浮いてくるわけだ。
「実はお二人に聞いていただきたい話が……」
「詳しく聞こう」
二か月ほど経過した後、いつものように仕事を探しにきた俺たちにそんな声がかかったのはどんよりした曇り空の日のことであった。
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