MR-057「夕闇のざわめき・前」
「人が消える街道……か。盗賊じゃないのかしら?」
「かもしれんな。だとしたら痕跡を残さない手際の良い相手ということになる」
王都から馬で1日と少し。主には使われない街道ではあるが廃れているというほどでもない道に俺たちはいる。依頼金は十分にあるが……原因不明とのことで受ける奴がいないらしい依頼だ。ここを通った奴が戻ってこないという単純な話。毎回ではなく、月に1人2人とそんな……と言っても重なれば結構な人数だ。中には10人ほどの隊商がまとめて消えたという噂もある。ただ行方不明になった、行き先を変えたということと区別がつかないのが問題だ。
「探索に来た兵士は何も見つけられず、と。さて、エルナ……どう見る?」
「荷物は無いし、暴れた感じもないわけでしょ? 消えたとしか言いようがない……あ、空を飛ぶ大きな鳥の魔獣が攫って行ったとかどうかしら?」
順当にあり得る話がまず出てきたことに満足して頷く。やり方はいくつもあるが、可能性が高い物から潰すのが普通に考えれば一番解決が近い。本人の常識や知識の範囲内でしか選べないという点が問題と言えば問題だ。エルナも魔獣について教わっていなければ思いつくことはなかっただろうな。
「可能性は十分にある。だが今のところは、そういった目撃情報はない。突然そんな魔獣がやって来た、と考えるのは少し厳しいかもしれんな。だがいい線をついているぞ」
「そう? 後は……丸呑みにされちゃったとか……うう、そんなのは私嫌だわ」
「安心しろ、俺もだ。前にマスクルと一緒に倒したトカゲを覚えているか? ああいう感じの魔獣は確かに荷物ごと人も獣も食う。そいつらなら荷物が残らない、ということはあるかもしれんな……」
しかし、そうだとしても何も跡が残っていないというのは考えにくい。ましてや何人もの人間がいきなりいなくなるということはなかなかありえないことだ。では何ならあり得るのか? 答えは簡単だ。
「見えないところにいるか、誘い込まれたんだ」
「見えないところ……あっ!」
そう、エルナは既にそこにいるのに見えない、という物を経験している。あの時は少々半端だったがな……人の目というのは案外騙されやすい。毎日通るのでなければ、道が多少曲がっていてもそうだったかな?と思うほどにはな。
「あれだ……道が二重に見えるだろう」
「うん。左に行くと段々街道から離れていってるわ」
俺たちの前に広がっているのは祈祷術であろう何かで作られた幻の街道。事前の地図によれば右が本来の道だ。疑ってみなければ気が付かないであろう巧妙な手口。騙された奴は足元が多少草が生えていても気が付かずに進むはずだ。
「行くぞ」
こんなことをするやつだ。この先にいるのはきっと碌な奴ではない。そのことにエルナも気が付いているのだろう。ついてくる彼女の表情も硬い物だ。俺はそんな彼女の背中を軽く叩いてやり、緊張をほぐす。今からそんなに気合が入っていてはいざという時に動けない。
そう、思っていたのだが。
「盗賊崩れの狂信者か……最悪だな」
「あれ、天使の降りて来る祭壇のつもりなのかしら」
木々に隠れ、日が落ちてから探索を始めた俺達。視線の先には切り開いたであろう広間にたき火を燃やし、良くない笑いを響かせる男達の集団がいた。武装をし、戦う集団といった様相である。たき火に照らされる顔は笑み、そして目は笑っているような、狂っているようなそんな独特の物。彼らの視線と声の先には、エルナの言うように祭壇と呼ぶべき物がある。今はそこに……イケニエとなった人間であろうモノが転がっているわけだが。
恐らくは何度も繰り返されたであろうことが祭壇のシミのような嫌な跡からわかる。こういう時は自分の目の良さが嫌になるな……。
「この前の盗賊はまだマシだったな……一気に燃やすか」
「おじ様、待って。あれを見て」
そう言われ視線をそちらに向け……咄嗟にエルナを抱きかかえると隠ぺい用の術を発動させた。相手が気が付くかどうかは若干賭けのところがあった。恐らくは街道に術をかけていた……ドルイドだ。伸ばしっぱなしであろう髭を揺らし、皺だらけの顔がたき火に照らされる。
「諸君、間もなくだ。外なる天使様とのつながりを確かな物とした。今夜これより、我々は新たな存在に生まれ変わる!」
体に似合わぬ大きな声が盗賊共の騒ぎを上書きするように響き、それは続く歓声と一体になる。何か理由があって食えなくなったドルイド……というところか。準備をしたとしてもあいつらを呼び出せるとしたら相当な実力だ。不意を打てるか?
「降りて来るならその瞬間がチャンスだ。あいつらはそっちに集中する」
「じゃあおじ様、今の内に」
胸の前でエルナが展開するのは俺の呪いを解除する術だ。もう何度も受けているが、癒しの術とも違い術にかかった感覚が全くないのも不思議だと思う。実際に攻撃用の祈祷術を使って初めて実感がある。彼女に頷き、相手の儀式が佳境を迎える頃には俺の呪いは一時的にだが解けていた。
「世界を新しい規則に従えたまえ!」
広間に満ちる気配に天使が降りてくることを確認した俺は、エルナを後ろに従えて飛び出そうとして……生じた気配に足を止めた。違う……こいつは普通の天使の気配ではない。ではあの親玉な熾天使か? いや、そこまでは……。
大木に隠れた状態の俺たちの視線の先で……誰とも知れない哀れなイケニエとなった人間だったモノが闇に包まれる。そしてそれは周囲にいる盗賊と、ドルイドに向けて別れていき……彼らの中に沈んだ。俺はそれで気が付いた。この気配は、あの闇が発している物だと。
「冗談だろう……人が天使になるだと?」
初めての光景に、いつの間にか腕が震えていることに気が付いた。怯え? いや、違うな。目の前の脅威を、俺がなんとか出来るだろうという……喜びだ。つまりは、そう。
「私たちが……守る!」
エルナの言う通りであった。他の誰かが傷つく前に、自分たちが何とかできる喜びだ! 何度も練習した通りの間合いを取り、後ろについてくるエルナの気配を感じつつ隕鉄剣を無造作に抜き放つ。その間にも、盗賊だった男達はうめき声のような物をあげながら身を震わせ……革鎧を突き破るように背中からは羽根。似通った荒くれの顔は彫刻めいた物へと。そしてそれらは寄り集まり、1つの存在へと変わっていく。
そんな中、飛び出るように残っているドルイドの爺が狂った笑みを浮かべ空を仰ぎ見た。
『オオオオ! 我らはアラタナ存在に昇華したのダ!』
「あの世で神様に同じことを言ってみな!」
叫びながらの振り下ろし、霊力のこもった不可視の斬撃が戦いの合図となり、天使化した人間と俺たちの戦いが始まった。
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