MR-055「裏の噂」
「おじ様、行ってきます!」
「ああ。気をつけてな」
朝早く、元気に子供達と駆け出して行くエルナ。エルナ自身もまだ子供と言えば子供だ。一緒に走る他の子よりも歳は上になるだろうが……やはり、交流に飢えているんだろうか? こんなおっさんとの2人旅だものな……。
旅に出るまで、鍛錬と村の見回り以外は基本、飲んだくれてたしな。それでよく俺を尊敬してる物だと思う。普通に考えたらそうはならないと思うが……まあ、エルナの場合は特殊か。俺自身、かつての俺が今の情状況を知ったら怒り出すかもしれないなと思う。
(さて、顔を出すぐらいはして来るか)
「アンゼルム。出かけるのならば芋を買っておいてくれませんか」
「それは構わないけれど、どれぐらいを?」
思わず丁寧な口調になるのは昔の癖というより、もうどうしようもない関係性と言える。もっとも、どうにかするつもりもないわけだが。恩師という物はそれだけ重要な相手だ。頼みごとをとりあえず聞くぐらいには、な。
改めて、買い出しとなれば俺の使う影袋の祈祷術は便利この上ない。事実上、容量に限界はないらしいからな。広げすぎると管理できなくなって忘れた物はどこかに消えてしまうそうだから気を付けないといけないが……俺はまだ大丈夫だろう。もう少し歳を食ったら物忘れが始まる前にどこかに倉庫でも借りるとしよう。
「最低1袋は。後は貴方が街を見回って感じたままにお願いします」
「了解。じゃあ行ってきますよ」
町に駆け出し、子供向けの仕事を受けにいったエルナと子供達。しばらくは戻ってこないだろうからちょうどいいと言えばちょうどいい。昔馴染みに顔を出して、その後に買い出しと行こう。
代金をひとまず渡そうとする司祭に手を振り、速足で敷地を出る。あの人にもらった諸々を考えたら芋の代金なんかは1割にも届かない。このぐらいは……な。
大通りに向かうと、どこの街でも一緒と言えば一緒だが旅をする服装の奴らと、街に住む奴らとで衣服などが大きく違う。王都ということで、比率的には後者の方が圧倒的だろうか? 安定して稼ぐという点では王都は拠点として申し分ない。馬車も多く行き来があるから、依頼場所に向かうのも簡単だ。問題は大きく稼ぐには向かないというところか。
(それはそれ、これはこれっと……)
そんな安定した平和と言える環境の王都であるが、人の営みがあればよどみと言わなくても影がある。犯罪は無くならないし、それに関連する事件や怪しい区画などもどうしても出来上がってしまう。そんな一角には、魔獣の素材などを表立って売り買いしたくない奴らに合わせた店もある。
不自然にならない程度に気配を薄め、人目を集めることなく路地を抜け……変わらない古ぼけた扉をくぐる。
「よう、邪魔するぜ」
「ああン? なんだ手前……待てよ。この霊力……おいおい、ようやくの里帰りかっ!」
薄暗い店のカウンター、その奥で何やら怪しげな壺を磨いていた男、ゲルダが最初は苛ついた目つきだったが、その顔が豪快な笑顔になっていく。記憶よりも太った体を揺らし、俺を上から下まで見て……肩を叩いてくる。
「相変わらずだな。だいぶ太ったか? そのうち丸い球になるんじゃないのか?」
「ご挨拶だな。だがゼルらしい。座れよ、茶ぐらい……ん、やれる口か?」
まだ昼前だというのにそれかと思いつつも、頷いておく。がぶ飲みしなければいい話だ、酒なんてものはな。どれが商品でどれが私物かわからない棚は前と同じようだ。変わったことと言えば前よりも規模が広くなったところだろうか? 奥にはこんなに棚が無かったからな。
「もう20年近くになるか……死んでるわきゃあねえとは思っていたが、いきなり戻って来たんだな」
「ちょっとな……いや、聞きたいことがある。一体どうなってる? 天使共が復活して来てるというのか?」
ここは非合法とは言わないが、表立って利用してますというにはやや問題のある店だ。素材の売買だけでなく、人によっては卑怯者と言われそうなほどの強力な毒……対魔獣のソレなども扱う店なのだ。少なくとも国の兵士は利用することはないだろうな。
そんな店の主であるゲルダは、かつてはかなりの実力者だったそうだが事件を契機に店を始めたと聞いている。確か歳は司祭といい勝負のはずだった。見た目の若さが違うのは苦労の差というよりは何か飲んでるんだろうな。
「なるほどな。引っ込んでばかりもいられなくなったか。どうせこの前の武具が大量に献上された件も一枚嚙んでんじゃねえのか?」
「さあ、どうだかな。それよりもだ。南から上がってくる間に何件も天使関係の事案にぶつかった。確かにあいつらはどこからともなく沸いてくる、なんてのが特徴だが……どうも納得いかない」
ここは真偽も定かではない噂話が集まる店でもある。そんな店の店主が何も知らないなんてことがあるはずがない。昔々も、その噂の多くが真実で俺……いや、俺たちは天使や魔獣を被害が多くくなる前に倒すことが出来たのだ。
「お前さんはそう言う運命なのかもしれんな」
「どういうことだ?」
前のめりになる俺の前に差し出される新しい酒。あまり酔っぱらいたくはないのだがとは思いつつも口を付けないような間柄でもないので一口だけ……む? この味……昔に何度か飲んだことがあるが王都にはなかなかないはずだ。確か東の……。
「ひひっ。その味がわかるってことはガキん頃も……まあそれはいいか。そう、隣国の酒さ。普段は入ってこねえ。でもな、ソイツを乗せた隊商が国境付近で天使に襲われたのさあ。たった2か月前にな」
「運が悪かった……とするには無理があると?」
大方、その隊商が金を稼ぐために売り払ったか、居合わせた奴らが依頼金代わりにもらって売りに来たかというところだろうが……そもそも襲われなければそいつらがこっちに入ってきていたということが問題だ。
俺が知る限り、東側の国とは仲が悪いはずだ。南北は絶賛天使討伐中、ということで自然と協力関係にあるし、西は停戦中という名の様子見だ。唯一、東側は今も小競り合いが続いている。そんなところから隊商とは、ギャンブルな交易としても怪しすぎる。
「だろうなあ。他の積み荷を聞きたいか? なんと……羽根さ」
「羽根……まさかっ!」
この状況で羽根、と言われて思いつくのは1つしかない。天使のソレだ。俺は触媒にしたことはないが、天使に呪いをかけるような祈祷術を使う時に使えると聞いたことがある。もちろん、それは相手からも術者に干渉できるとも言い換えられ、リスクを考えるとまず使う奴はいないはずだった。
「そのまさかさ。なんでも、天使に祈ることで問題を解決する術を見つけたってやつがいるらしいのさ」
「冗談にもほどがある。ただの狂信者と何が違う。それではただ天使に術を反射されて襲われないというだけだ」
苦々しくつぶやくが、それがわかんねえやつがこの国にいるってことだろう?と言われては何も言えない。実際、需要があるから運ぶ奴がいたのだ。それにしたって商売になるほどの量の羽根を持ち運ぶとは自殺するにももっと楽な方法があるだろうに。
「俺も同意見さ。だからここじゃ仕入れてねえ。隊商の奴らも、何人かを除いて全滅したそうだぜ。最後まで羽根を気にしてたやつはどこかにさらわれたらしい」
「問題だけが残ったってわけか……面倒だな」
残った酒を飲みながらのつぶやきに、ゲルダも頷いてくるあたり相当なめんどくささだ。国内だけでもぎりぎりだってのに……結ばれてるのかはわからないが、厄介な話が増えたのは間違いない。さて、どこから当たるべきか……口に広がる爽やかな風味も、今はこの悩みをわずかに和らげるだけだった。
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