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MR-054「初めての痛み」


「あそこがおじ様が最初に……」


「ああ、俺が最初に天使を意識して倒した現場だ。ったく、本当に復活してやがるのか……」


 現場は王都から馬で3日。言い換えれば王都にほど近い場所だ。こんな場所にいつも天使が出てくるのかというと、そうではない。いつ出てくるかもしれないという点では問題になるだろうが、それも今日までだ。

 建物は壊せても、地形まで変えることは……出来なくはないが後が問題だ。こうやってまた復活してくるというのならありかもしれない。そのための色々な交渉事はめんどくさいのが問題だ。こっそりやって知らないと言い張ってしまおうか?


「霊力のよどみが天使の住処を生み出す……わかっていても不思議ね。あちこちにこういうのあるのかしら?」


「恐らくな。最初の天使もそうやっておりやすい場所に降りて来たんだろう」


 降りて来るという点では神々と天使の区別はどこで付けるのかという議論は何度か耳にしたことがある。くだらない話し合いだ。結論が出たところで、神々と違い天使は俺たちが俺たちらしく生きることを否定する、そんな相手なのだから否定しあうしかない。これまでがそうであったように、きっとこれからもだ。


(気配は1つ……こちらに気が付いている様子も無しか)


 木々の間から見下ろすのは山の谷間の街道。そしてその脇に出来た十字を組み合わせたような不気味な健在で作らられた建物だ。まだ大きな力は感じる、召喚装置としても出来たてといったところか。放っておけばどんどん立派な物になっていくということを考えると噂の内に発見できたのは幸いと言える。

 少し入っていかないと見えない場所だ。これまで気が付かなかったんだろうな。


「最初に召喚施設をぶっ壊す。その後は天使の掃討だ」


「わかったわ。私はその間、障壁と天使の妨害をやってればいいのね?」


 頷き、隕鉄剣をだらりと下げたまま駆け出した。既にエルナの術で俺の呪いは一時的に解除中。一度失敗したがすぐにやり直して成功してるのだから結果的には問題ない。やはり事前の準備は大事だな。昔の俺に聞かせたい言葉筆頭なだけはある。


 山肌を駆け下りる風のように走り、視界の建物が大きくなってきた時に左手を突き出す。


「時を経て、大地が穿つ! 貫け!」


 その場所のことはその場所にいる神様に任せるのが一番楽。これは数々の祈祷術を使って来た俺が実感していることだ。だからこそ、大地の神に祈りを捧げ、土地を侵食する侵入者の家ともいえる建物を土の槍を無数に生み出すことで貫いてもらった。天使自身はこれでは倒せないだろうが建物を瓦礫と化すことは十分に可能だ。


「来るぞ!」


「何もさせないっ! 見守りし母なる森よ!」


 まだ祈祷術の決まった祈りの句をしっかりと覚えていないのだろう。単純極まりない祈りが力となり、がれきから飛び出してきた影を拘束する。影の主は当然、天使。こちらに来たてなのか傷や汚れの1つもない姿はなるほど、彫刻にしたくなる気持ちもわからないでもない。ただアレは人やこの世界に滅びを与える、いてはいけない美しさだ。


『ギイィイイイイ!』


「いつだったかも……そうだったな。最初に喋る天使が相手だったら色々と変わっていたかもしれない……」


 あの日、獣のような声を上げながらこの街道を行く隊商を襲ったのが俺の最初の相手だった。魔獣を警戒していた隊商や俺はまさかの襲撃に身をすくませ、情けないことに最初に襲われたのは子供だった。その手に、神々に祈りを捧げる祭具をお守り代わりに持っていたからだろう。たったそれだけで、武器を持っていない子供が2人、吹き飛ばされた。


「今度は念入りに滅ぼしてやる!」


 無我夢中で力を振るったあの時とは違う。明確に力を紡ぎ出し、隕鉄剣に月の光のように力を集め……天使を切り裂く剣と化した。その力に、先ほどまでは自分を拘束していたエルナを睨んでいた天使の顔がこちらを向き……それを縦に切り裂いた。人間でいう股下までを両断し、血も出ない断面に不気味さを感じながらも何回も斬撃をお見舞いし、念入りに攻撃を加え……数えるのも難しいほどになった時に数歩下がり警戒を続ける。


 かすれたような声を残し、天使は消滅していく。間違いなく、今度は消えただろう。警戒はしつつも、張り詰めた心を少しばかり緩める。増援になる天使がいないことを探り、エルナに頷いた。後はこの瓦礫をしっかりと処分するだけだ。


「騒がせてすまんな……またゆっくり眠ってくれ」


「これ、お墓?」


「ああ。ここで死んでしまった俺が守れなかった子たちさ。街に連れて帰れるような状態じゃなくてな……」


 手加減の無い天使の一撃は小さな子供を死体ではなく、もう肉塊と言えるような物に変えてしまったのだ。親と一緒に泣きながらこの場に埋めた。親は俺や他の護衛を責めるでもなく、天使を倒した俺に弔う機会をくれてありがとう、と言って来た。今も、昔も……俺はその時のことを忘れることが出来ない。


「そっか。だからなんだ」


「何を……」


 獣に掘り返されないようにと、大きな岩を乗せたお墓。そこにしゃがみこんでいたエルナからはわずかながら霊力が漏れている。何かの術を使おうとしているのか?と思った時、彼女の気配が少し変わった。カインド司祭が、祈りを捧げているときの物に似ている。


「体はここでいいから、街に帰りたいんだって。連れて行っていい?」


「それは丁重にお相手しないといけないな」


 ふと、ふわりと何かがエルナに飛び込んだ気がした。彼女の言うことが本当かどうか、俺にはなんとも判断がつかなかった。嘘を言う必要もないけれど、丸々信じるのはなかなか難しい話だからだ。けれど……本当にそうだというのなら、俺は幸せなのかもしれないな。大体は、贖罪の機会なんて巡ってこないのだから。


 天使が再び降りてこない程度に瓦礫を砕き、俺たちはそのまま街に戻った。途中、何人かの視線を感じたが彼らは戦える人間なのだろう。俺とエルナの天使戦帰りの独特の気配を感じ取っているのだ。教えと教えがぶつかる天使との戦いは、言葉にするのは難しいが何かの跡を当人に残すらしいからな。


「あ、この辺でいいんだって」


「そうだな。ここは商人たちが大体立ち寄る場所だ」


 市場の中央、待ち合わせにも使われる祈りの石碑。特に決まった神様を祭っているわけではないが、通りすがりにとりあえず祈る、そんな使われ方をしているうちに自然と力を持った典型的な例だ。人の寿命は短いが、祈りは永遠、そんな例えにも使われるかな。


「じゃあね」


 小さなつぶやきは人ごみと喧騒に溶け、消えていく。こうしている間にも、同じような悲劇的な話は大陸のあちこちで起きているのは間違いないだろう。けれども……この瞬間だけは救われて欲しい、そう願うばかりだった。

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