MR-048「紛い物の祈り」
今回の依頼は難易度は別として、あまり乗り気にはなれない話だった。受けている暇があるかといった話ではなく、いい結果が出てくることは恐らくないだろう予感があったからだ。隣を歩くエルナはやる気に満ちており、俺が指示を出せば祈祷術で廃屋を破壊するぐらいのことはやって見せそうなほどであった。
だが……今回はそう言った事にはならないだろう。
「エルナ。俺が良いというまで飛び出すなよ」
「え?……おじ様、何か知ってるの?」
何も言わずに俺についてきていたエルナの足が止まりかける。追いついてくる彼女の背中を軽くたたきつつ、前を向いた。ここから先は、うつむいていると危ない。主に隙を見せたらまずい、という意味でな。
宿を出、俺が向かっているのは街はずれ。上流の区画と中流の区画、その境目になるようなやや乱雑さを感じる場所だ。どっちが管理するかでもめやすい境界線上には廃屋が予想通りにいくつも点在している。恐らくはこういった場所のどこかに目的の相手がいる。
こんな場所だというのにそこそこ人通りがあることに内心驚きつつ、不満そうなエルナを路地そばの木箱の上に座らせた。俺はその隣に座り、適当にパイプを吹かす。香料を入れた、ただの臭い付けだ。交渉ごとになった時にこちらの身分を勘違いさせるのによく使われる奴だ。
「まず第一に、こんな町中に、まともに天使が降りて来るわきゃねえんだよ」
「え、でもあの結婚式の時には……」
そう、あれは例外だ。仮に同じ姿の石像を用意したところで同じようには降りてこない。後で調べてわかったことだが……あの石像はよりもよって天使がかつて降りて来た遺跡の柱から彫り出した物だった。そこに込められた形の霊力、そして諸々が重なっての出来事だ。
「基本的に狂信者どもは天使を崇める。崇めるってことは簡単に言えば大切にするってことだ。あんな自分を貫くような天使像を崇めたりしねえ。俺たちが国を治める王様の像が自分を貫いてるような像を王様万歳なんてやるか? やらないだろうさ。それと同じだ」
「じゃあ、天使がすごいって奴だったら……?」
なぜかそいつじゃ天使はまともに降りてこないのさ、とそれだけ言って俺は再びエルナを引き連れて街を歩き始めた。ただ歩いているわけじゃない。ちゃんと探っているのだ……乱れた霊力をな。天使を呼ぶには相当量の生き物を信者候補として用意するか、ゆがんだ形で呼ぶしかない。一番手っ取り早いのはこの前見かけたように死体をひたすら集めるといったものだが街中ではそれはなかなか難しい。
一番の問題は、狂信者たちは天使を呼び出すことが目的ではなくなっていることが多いということだ。その行為に酔っている奴らがいる……それが問題だ。そして、そこまで来ると目的どころか手段自体、ゆがんでくる。
「これだ……よどんだ霊力を感じる……エルナ、探る時は気を付けろよ。酔うからな」
「う、うん。なんだか嫌な感じ」
違いを感じられるだけ立派な物だと思う。普通のドルイドであれば、気付け薬でも嗅がせないと一気に酔っぱらう時もあるであろう物だ。狂信者どもの、ゆがんだ信仰にな。
運よくそばの誰もいなさそうな建物に上り、階段から様子をうかがう。活動するとしたら夜だ。それまでは日常を送っているか、じっと潜んで閉じこもっているのが常だ。エルナと向かい合い、怪しいとにらんだ区画を見張り続けて半日。すっかり日も暮れてきたころ、動きを感じた。
「誰か来るわ」
「ああ。どうもあれだな……新たな犠牲者って感じだな」
道を歩いてきたのは、身なりのよさそうな男と、その男に寄り添うようにしている女。まだ若い。夜に親の目を盗んでといったところか。これで場所がこんなところでなかったら、そんな人生もあるなとスルーするところだがそうもいかない。男の方に感じた嫌な気配に顔をしかめつつ、向かいのエルナに合図を送る。
階段の手すりに足をかけ、俺は飛び出した。着地の衝撃も殺したから、相手は下手をすると気が付かないほどだ。今回もまた、男は周囲を見た後、気のせいかと腕の中の女に顔を戻し……後ろに忍び寄っていた俺が締め上げることであっさりと意識を途切れさせる。わずかに遅れて女の口をエルナが塞いで自分の顔を見せる。安心させるための手としてはまあ悪くない。これで俺だったら叫ぶだろうからな。
そのまま俺は男を介抱するかのように抱え、女はエルナが寄り添う形で俺達が潜んでいた場所に連れていく。
「あなたたちは……?」
「あの人、何人も娘さんをだましてるみたいなの。ほら、見て」
気絶した男のポケットから出てくる様々な道具……相手を拘束するような縄やその他もろもろ。それでもそんな、信じられない……予想通り女はそういってこちらを否定し続けた。男の俺が言うのも説得力の面で厳しいと判断し、エルナにその場を任せる……というのはエルナ向けの理由だ。本当は……ここから先は見ないなら見ない方がいい。
建物にもたれかかるように気絶している男を隠し、俺は静かによどんだ霊力を感じた場所へと向かう。灯りはほとんどないが何も問題はない。見張りも碌におらず、そのまま俺は問題なくその場所にたどり着き……わずかに開いた窓から中を覗き込む。
そして俺の目に見えてきたのは、予想通りの結果だった。
わずかな部屋の灯りの中、絡み合う男女。その壁際にある異形めいた天使像、それだけだ。もしかしたら禁止されているような香でも焚いているかもしれない。結局、街中の狂信者というのは大体がこういった形になっていってしまうという現実がある。
(最初は天使に救いを求めるような集まりだったかもしれないが、な)
俺が親に、最悪の場合と言ったのは死んでいるよりもこっちの方だった。もしかしたらそれもわかっているのかもしれないが……この状況から戻ってきても扱いに困るというのは間違いない。第一、男はともかく女の方は戻ってこれない可能性が高いだろうと思われた。見えた女たちは……もうまともな状況ではなかった。
今回確認したい相手の特徴はしっかり聞いている。後は眠らせるなりしてここにいるかを確認するだけなのだが……どうするのが一番問題がないか……意外と悩むところである。こういう奴らには祈祷術が効きにくい時があるのだ。かといって全員殴って気絶させるという訳にもいかないし……そう思っていた時。
「偽りの信者どもめ!」
そう叫びながらいつの間にか建物の入り口に立っていたのは、既に目の焦点が合っていない老人だった。その手には何かの瓶。俺が止めることも出来ずに、床に叩きつけられたそれは何かの毒なのか男女が次々と倒れていく。俺もまた咄嗟に中からの何かを吸わないようにしたが間に合ったようだ。
見守る中、老人は満足そうにうなずいて何やら祈り始める。この句は……間違いない、れっきとした天使信者だ。狂信者とほぼ同じ、だがまっすぐな信仰を捧げるという点では全く違う存在だ。
「もうすぐ……もうすぐですじゃ」
後のことを思えば、怪しいと思ううちに老人を斬るべきだった。だが騒ぎを周囲が聞きつける前にと、目的の達成を優先した。老人が去っていくのを見、周囲の建物に気配が生じてきたのを感じた俺は窓から飛び込み、部屋の様子をうかがう。毒は即効性の物だったようで既に全員こと切れていた。あるいは霊力に反応してそういった効果を生む特殊な物だったのかもしれない。幸いというべきか、もう部屋には効力は残っていないようだった。その毒薬の成分には心当たりはあるものの、今追及する物でもない。
(左ほおに2つのホクロ……こいつか……指輪と髪の毛でいいか)
見つかった死体たちを住人が騒ぎ立て、身元を探すかどうかは賭けに近かったが下手に燃やすようなことも出来ずに俺はその場を立ち去る。エルナの元に戻ると、説得は成功したようで泣き崩れている女を慰めているところだった。
「あ、おじ様。終わったの?」
「ああ……間に合わなかった。みんな死んでいたよ。命を代償に天使を呼ぼうとしていたのかもしれんな」
事実を伝えるには未来の無い事実過ぎた。ここで謎の老人が殺した、なんていうのは混乱の元だからな。女をついでに送り届けながら、何ともすっきりしない依頼はひとまずの完了を迎えた。
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