MR-049「悲しみを超えて」
娘の物であろう遺髪と指輪を持ち帰った屋敷は沈黙と、悲しみに満たされていた。
「そうです……か」
「無事に連れ戻せればよかったんだが……」
俺の言葉に嘘がないことが伝わったのだろう。母親は泣き崩れ、息子と共に応接間を出ていく。娘の部屋とかに行くのかもしれないな。問題は残った父親、そして横で真剣な顔になっているエルナだ。聞かないで済むならそのほうがいい内容だが、エルナは覚悟を決めているようだった。そんな彼女の姿が逆に、父親に落ち着きを取り戻させたようである。
「気を使わせてしまったようで」
「いや、あのぐらいが普通だろうさ。本当は他の対応もしたかったんだが、どうも場所が場所でな」
両親と弟にはつらいだろうが、はっきりと告げた。娘は他の信者らしき相手たちと一緒に殺されていたと。当然、顔をしかめるしかないような状況にいたということは伝えない。
それでも父親は娘の身に何が起きたか、多くを語らずとも察しているようだ。あるいは遺髪にかすかにでも香りが残っていたのかもしれない。あの匂いは、普通に生活していては嗅ぐことの無い香りだ。ではなぜ父親はそれを知っているのか? 理由は簡単、父親は街の警備を担当している兵士の1人だったからだ。
「あの、実は同じ場所で別の家の娘さんを保護したんです。こういうの……増えてるんですか?」
「君のようなお嬢さんに話すのもどうかと思うところがないわけではないが……実はそうなのだ。人数的にはごく少数。ただ、異性と共に行方不明というのが共通している」
こうやって街の規模が大きくなると、犯罪によって行方が分からなくなる人間というのは比例して増える物ではある。ましてやこれだけ区画で身分差がはっきりしていると、な。
娘は父親の職業柄、そういった問題に触れる機会が多かったのかもしれない。
「上はなんと? ああ、俺が聞いたらまずい話なら答えなくてもいい」
「職務に励むように……これだけですな。取り締まり自体は別の部署が重点的に行っているとは聞きますが……」
子供を持つ親としてはもどかしいことだろう。いっそのことあんな廃墟群は解体し、新しく地域として整備しべきなのだが既にそこに住み着いてしまっている住民の問題がある。権利も曖昧な状態では強制的にというのは難しいだろう。国が全ての土地の権利を持つとしていれば別だが、王家直轄の場所を除けば契約とお金が権利を保障する……そういう国だ。
「話は少しずれるが、天使信仰……狂信者たちは事件を起こしているか?」
「つい先日も捕縛がありましたな。問題は一部を除けば、昼間は普通に過ごす信者が増えているということでしょうかね」
「えっと……普通に天使を信じているってこと? そんなのって……」
天使を信じる、それ自体は実のところ、そう不自然なことではないともいえる。どこにでも神様がいると信じる中に、天使という物が増えるだけなのだ。問題になるのは、天使の上に立つ存在が自分以外を認めないという神らしき存在である、ということだ。
「いくら禁止しても、捕えても、心の中までは国は決められませんからなあ……」
「道理ではあるが、丸めて投げ捨てたい話だ……よくわかった。しばらくしたらどこぞで騒ぎが起こるかもしれないが、職務を正しく遂行してくれ」
「出来れば新月の夜は勘弁してほしいものですな」
多くは語らずとも、状況を察したであろう父親と握手を交わし、疑問を浮かべるエルナをせかして席を立つ。このまま屋敷を出ていけば依頼は終わり……そんなところで少年が俺たちを待っていた。
小さな体で泣きだしたいのを必死に我慢している、そう感じる姿だ。
「お姉ちゃんを連れ戻してくれて、ありがとうございます!」
多くの戦場を駆け抜け、色々な悲しみ、哀れと思うほかない状況を経験して来た俺だったが、やはり子供の泣き顔というのは慣れる物ではない。ましてや……こうも我慢した姿を見せられては、な。
俺ですらこうなのだからエルナに耐えられるものではない。少年をぎゅっと抱きしめ、ごめんねと謝るエルナ。何を信じるかは自由だ。だからこそ、そこに他人を巻き込んでろくでもない結果を産むことに俺も怒りを隠せないでいた。握りしめた手が音を立てるように力が入る。
「坊主、約束だ」
「はい」
泣きはらし、エルナに抱き付かれたまま少年は俺を向いた。そのことだけでも彼は称賛に値するだろう。親のため、いなくなった姉のため、自分が後取りになるという自覚を持った顔だった。
「ぶっ飛ばしておいてやる。だから、お前は両親を支えろ、いいな」
力強く頷く少年の頭をわしわしと撫で、ようやく気持ちが落ち着いたらしいエルナを引き連れ、今度こそ屋敷を出た。外は静かで、こんな事件が起きたとは到底思えない、そんな光景だった。
「おじ様、私」
「向きには気を付けろ。恨みつらみ、そんなものでは戦いは長く続かない」
かつての俺も、そうしてみんなのためとばかりに戦い……失敗した。エルナにはそういったものは経験してほしくない。もちろん、どこかで痛みは覚えていかないとそれはそれで心配なのだが……。既にこういった状況で十分ではないかという思いもある。甘いと怒られそうだがな。
宿に戻り、支払いを済ませ……馬ともここで別れることにする。馬連れだと怪しまれる可能性もある死、ずっと預けておくわけにもいかない。
「さて、まずは狂信者ども、奴ら的に言えば真面目に祈りを天使に捧げてる連中の話を追う」
「わかったわ。じゃあ……服屋さん?」
頭が回って来たらしいエルナに微笑み、通りを進んでそれらしい店を探し……必要な服を調達する。今のままでは上流の区画を歩くには少々問題があるからな。これでエルナはそこそこ出のよさそうな娘に見えるはずだ。
「ふふふ。でも不思議ね。私とおじ様なら親子でもいいのに……どうしてお爺ちゃんの弟、みたいな歳に見えるのかしら」
「老け顔は昔からだ。ほっとけ」
店員には普通に、お爺様はどのような……なんて言われてしまえば否定する気にもならない。何とも言えない気持ちを抱きながらも、街に遊びに来た孫娘と祖父、といった見た目で街を散策し、情報を集める。聞こえる限りでは、今の王による統治は問題はあまりないようなことがわかってくる。
不満としては、魔獣や天使の脅威が減ったからと兵士の削減が行われているという物だった。正確には、兵力は他国へと向きを変えているらしいという話だ。戦争をする余裕がこの国に……あるか。皮肉にも、現役の英雄たちが魔獣を倒し、天使を追いやっているがゆえに他を見る余裕が出来てしまったのだろう。
「人任せの余裕だというのにな……」
きな臭さとでもいうべき物を感じつつも、俺1人で何か出来ることではないとも思った。戦争そのものは、良いも悪いもない。国を富めさせるためには、そうなることも十分あるのがこの世界だ。問題は、そんな国のおひざ元と言えるこの街で厄介なことがいくつもあるということ。
「ねえ、おじ様。見て」
「ん? ふむ……別口か?」
エルナが指さすのは何の変哲もない市場横の住宅街へと続く道。だがドルイドの目には違う物が見える、霊力の道だ。しかも前に見たように若干よどんだ物だ。少なくとも、普通に馴染みの神へと祈っている物ではない。
市場を冷やかしながら、そちらの様子をしばらくうかがうことにした。
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