MR-047「いなくなった娘」
王都近くの街に立ち寄り、宿おすすめの場所で食事でも……そう思っていたところでさっそくエルナが騒動に飛び込んだようだった。身なりのよさそうな少年を背後にかばい、そこそこ鍛えていそうな男と向き合っている。
明らかに酔っぱらっている男も、いきなり殴りかかるようなことはせずにいるようだった。いや、周囲の視線が気になってひとまずとどまった……といったところか。いつ爆発してもおかしくない状況だが、正直何が起きたかわからない。エルナは店のおすすめを注文しに行ったはずなのだが……。
「あなたが気に入らないのはわかったけど、だからって」
「お姉ちゃん、ごめんね。ボクが悪いんだ」
後ろで泣きだす少年を気にしてエルナが振り返ってしまった。このあたりは場数の問題ではあるが、喧嘩や言い争いの途中にそういうことをすると、大体の場合相手は怒りだす。自分を無視したって感じるわけだからな。今回もまた、その例にもれずとなるだろう……まあ、仕方ない。
「てめえっ! うっ……」
「その辺にしとけよ。こんな年寄りが止められるぐらい腰に力が入ってないぞ?」
繰り出された拳を柔らかく手のひらで包み込んで受け止める。完全に勢いを殺したから、傍目には男が力が入っていない状態で殴り掛かったように見えるはずだ。しかし当人にはわかる。俺が拳の勢いを殺したことを。言外に俺は脅しつけたようなもんだ。
「孫のしつけぐらいしっかりしておけよ」
「そうだな、そっちの言うとおりだ。悪いな、これで明日の食事に花を添えてくれ」
開いた手で銀貨をはじいて渡してやると、視線を集めていることにも気が付いたのか男は店の会計を済ませて去っていった。飲みなおすのか、大人しく帰るのか、それはわからんがひとまずは大丈夫だろう。
店員に詫びを込めて追加の注文をし、状況に追いついていないエルナと少年を引っ張り、元の席に座り直した。椅子はまだ余っていたから問題はないだろう。
「さてっと、おすすめが来るまで話を聞くか……お前さん、上の区画の住人だな?」
「え? わかるの? さすがおじ様ね!」
無邪気に笑うエルナ。戦いとかになると結構鋭いんだが、こういうところは鈍いんだよな。ちゃんと少年の服装なんかを観察するとすぐにわかるはずだ。着古された様子の無い衣服、荒れていない手。そう言った物を総合すると、家の手伝いや仕事をせずともそれだけの良い服を着られる立場、ということになる。
「あ、そっかぁ。そうよねー、この辺すべすべだもんねえ」
「お、お姉ちゃん。くすぐったいよ」
エルナのスキンシップが功を奏したのか、少年も随分落ち着いてきたようだ。何が楽しいのか、エルナは少年の二の腕やら手のひらを撫でては感触を確かめている。そういう趣味だったか? いや、故郷じゃ自分が下だったはずだから年下というのが新鮮なんだろうな。
「それで、なんでこんな場所で絡まれたんだ? 何か目的があって来たんだろう?」
「うん。えっとね……お姉ちゃんがいなくなっちゃったの」
せっかく落ち着きが戻って来たと思ったら、今度はなかなか重い話が飛び出してきた。ただの家出、とは違うようだ。それならここまで暗い顔をすることはないだろうし、心当たりを探しに行くはずであり、こんなというと店に怒られるが活気はあるが問題も生じやすい場所に来ることもない。
誘拐か、あるいはしっかり準備した家出か……なんにせよ俺たちでどうこうできる問題ではない感じは受けた。失せ物、失せ人探しというのは需要が途切れることはない仕事ではあるが、終わらない仕事でもある。外でなくした場合、獣や魔獣の腹の中、なんてことになれば物も人も見つかるわけがないからな。
「ねえ、おじ様」
「まあ待て。まずは食事だ。坊主、食べたらひとまず送ってやる。でないとお前を探して家族が慌てるぞ?」
「う、うん……」
ちょうどよく運ばれてきた料理たち。なるほど、地方じゃ味わえなさそうな豪勢な物だ。目を輝かせているエルナを我慢させるのも難しいと思い、宣言通りひとまず食事とする。俺が強めに食べろというと、少年もゆっくりとだが手を付け始めた。その仕草1つとっても、やはり育ちを感じる。
(貴族……豪商……まあ、いずれにしても送り届けたら終わりだな)
そう、思っていたのだが……。
「お願いします! 娘を、探していただけませんか!」
「そうはいってもだな……」
少年を家に送り届けた時、ちょうど両親らしき相手が探すための人手を連れて道を歩いているところだった。こちらを見るなり、叫びながら駆け寄ってくる光景はちょっと引くぐらいの物だった。エルナとしては感動的な光景なのか、うるうるしてるようだが……女はわからんな。
すぐに集まった人間は解散となる。中には前金で雇った連中もいるだろうに、散財させてしまったかな?
「さっきの連中を解散せずに雇えばよかったじゃないか。ある程度は受けてくれるだろう」
「それが……無理なのです」
(どういうことだ? いなくなった原因に心当たりがあるのか?)
「ねえ、どういうことなの? 娘さんは家出なの?」
「そうであればまだマシです。ですが、娘は……ああ、あんな詐欺師を少しでも信じたばかりに!」
崩れ落ちるように膝をつき、嘆き始めた父親。それを慰める母親に、父親に抱き付く少年……とまあ、ここまで来たら俺たちには無理そうだ、等と立ち去るというのも目覚めが悪い。少なくとも話ぐらいは聞いてやるべきと思えた。そうしてるうちに、出来ればあまり他には聞かせたくない話なのか屋敷に招かれた。家具1つでも結構な金がかかってるな。
「家出じゃないとすると、誘拐……か。身代金でも要求されているのか?」
「いいえ、それはありません。ですが娘を失うことは家の半分を失うような物。もう半分は息子ですが……」
そうまで言い切るのであれば、娘が大事にされていないと感じて家出、といった線は消えそうだ。親の愛が重く感じる歳頃っていうのもあるかもしれないが、な。そう思いつつ出されたお茶も安物ではないことに気が付いてひとまず口をつける。
「実は……最近娘は天使を崇める一派に誘われていまして。よりにもよって、恋人がその一派の1人だったのです」
「恋人というからには若いんだろう? 珍しいな……このあたりではああいうのは大体は、老い先短い老人や、人生に失敗したと考える野郎がなるもんだろう」
少々乱暴な表現ではあるが、田舎はともかくこういった都会では狂信者どもは若者はあまり参加する話を聞かない。それこそ、よっぽど人生に恨みつらみがあるとかでなければ。ただまあ、天使を信仰するような奴の考えが俺たちの想像通りとも決まっているわけでもない。
「ええ、そうです。私達も直前までわかりませんでした。ですが……先日、集会に誘われたが断った、そう言ったはずの娘がその集会に参加すると言って出て行ってしまったのです。慌てて追いかけましたが、見えたのは馬車に乗り込む娘でした。その横にはその男が……」
「なるほどな……誘拐でも家出でもないと……それで坊主が姉がひょっこり戻ってこないかって街をうろついてたのか」
「うん……お姉ちゃん、あのお店の揚げ物好きだったから」
どうやら自分でストレス解消の手段は持っていたらしいが、思ったより活発な娘のようだ。頭もよさそうだし、判断も出来る。そう思える娘がついて行ったとなると、普通ではなさそうだ。
「明日から出来るだけやってみるが、最悪……」
「遺髪でも構いません。覚悟はできています」
嘘だな、そうは思ったが口にしないのがマナーだ。誰だって家族は生きて帰ってきてほしいに決まっている。それでも大人になるということは、低い可能性に期待しすぎないようになるということでもある。娘の特徴を聞き出し、ずっと感情を我慢していたエルナを引き連れて屋敷を後にした。
「おじ様。私、助けたい、助けたいよ……」
「その感情はとっとけ。悪者に祈祷術をぶっ放す時までな」
既に涙ぐんでいるエルナを乱暴に抱き寄せ、宿に戻った。明日からの戦いのために……。
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