MR-046「都会の喧騒」
謎の黒天使と遭遇し、意思疎通の正しくできる天使という驚愕の相手に驚きつつも無事に生き残った俺達。生き残ったというのは正しくないかもしれない。まともに戦いは発生しなかったのだから。
「天使を討ちたい天使、か。他の奴らには聞かせられないな」
「ほんとね。今も夢だったんじゃないかって思うぐらいだわ」
大よそ、俺の知る限りにおいて天使が敵対していないという例はない。何らかの理由でこちらに襲い掛かってくるのが遅かったという例はあっても襲わなかったという例は信仰に関係する物以外では一度もないはずだった。
怪我の具合から、他にも同じ考えの天使は今はいないのだと思われた。そうでなければつけ入る隙となる怪我は放っておかないし、単独行動も滅ぼしてくれと言わんばかりなのだから。孤独、孤軍奮闘……そんな言葉が浮かんでいく。そこに見たのはかつての俺の……いや、同じではない、そのはずだ。
「おじ様? 調子悪いの?」
「なんでもない。それよりエルナ、中央に行くほど祈祷術には気を付けろ。下手に使うなよ、タダで」
驚く彼女の姿は歳相応の少女に見えるが、この体に潜む霊力、そして祈祷術の実力はかなりとびぬけている。王都周辺の街は元より、王都でもこれだけの素質を備えたドルイドを探すのは容易ではない。例え、本人にそこまでの自覚がないとしても。
「えっと……泥棒を捕まえぐらいは大丈夫?」
「お、おう。それならそうだな。自衛には使っていい、うん」
まさかの答えにこちらも変な感じになってしまうが、言いたいことは伝わったようだった。何かというと、中央に行くほど平和が広がっているという事実だ。獣や魔獣の脅威は遠ざかり、それは一定以上の力を必要としない場所が出来上がるということでもある。まあ、優秀すぎる猟犬は獲物がいなくなれば不要になるということだ。
それでも何かしらの需要はあるが、脅威から遠ざかってるがゆえに、人々は対価を正しく知らない。だからこそ……出来るのになぜやってくれないのか、そういう考えに染まっていくのだ。その力を得るためにどれだけの苦労が積み重なっているか、どんな事情であるかといったことはお構いなしに。
「依頼の範囲内で、使いすぎないようにしておけ。本当はドルイドだっていうことを知られない方がいいんだが……それにこだわっていざという時に対応が遅れてもまずい」
「わかったわ。おじ様ぐらいならともかく、私みたいな小娘は良いように使われるぞ、そういうことね?」
頷きだけを返して前を向く。正面に王都の手前にある大きな街が見えて来たからだ。ここまで来ると畑も増え、行き交う馬車の数も増えてくる。どこに誰が聞き耳を立てているかわからないからな。殺気通り過ぎた馬車からも何やら視線を感じたぐらいだ。まあ、俺みたいな年寄りとエルナのような若い女の2人旅となれば関係はいくつか思い浮かぶだろうな。
「王は代替わりしたんだったかな……」
「どうなのかしら。田舎にはそういう話こないもんねえ……誰でも一緒だし」
引きこもっていた俺、そんな田舎に住んでいたエルナ。どちらも世間の情報には疎い。俺の知っている情報もだいぶ前のことだからな……そのあたりの話も仕入れておく必要がありそうだ。問題は俺は酒場なんかに行けばいいとして、エルナはどうするかだな。女は難しいことを知らなくてもいい、なんて言えば怒ってくるのは間違いない。まったく、めんどくさいことだ。
「軽い仕事を受けながら、そのあたりは集めよう」
「はーい。何があるかなー、楽しみっ」
エルナにしてみれば、この規模の街でも初めてのことばかりだろうと思われた。王都へと向かう諸々がこういった街を通り、金を落としていくわけだ。密造されていた武具たちもここを通ったかもしれないな。
そんなことを、道の遠くに見える水面の輝き……運河の一部を見ながら思う。
そうしているうちについに門に着き、所定の入場料を払って門をくぐる。くぐる前から感じていたことではあるが……人の気配が濃い。普段、気配を生き残るために感じ取っている自分としては気配が濃すぎて少々困るほどだ。
「ふわぁ……すっごーい」
「道の真ん中は危ないぞ。まずは預ける場所と宿だな……ふむ、こっちだ」
入ってすぐの場所で降りることになっているようで、周囲に習って馬を降りると戸惑うエルナを引き連れながら俺は迷わず歩き出した。久しぶりに来るはずの街で俺が戸惑いがないことが不思議だったんだろう。声に出ずともエルナの顔には疑問が浮かんでいる。
「建物や人の動きを見れば大体どっちの区画がどの程度の物か、わかる。俺たちが狙うのは貧しすぎず、裕福過ぎずってとこだな。ほどほどに騒がしく、ほどほどに治安が良い」
「そっか……下は危ないし、上だと私達目立っちゃうもんね」
よくわかって来た、そう褒めてやるとすぐに笑顔になりやがった。単純な奴だ。ま、その顔を見てどこか気分が良くなる俺も年月分年寄りになったとは言えないのかもしれないな。
年上の威厳という物について一度考えるべきかもしれない、そんな馬鹿みたいなことが頭をよぎりつつも、宿を探すとよさそうな宿を見つける。しっかりと掃除され、地面から外の窓が高い位置にある宿だ。低いと、そこから侵入されるなんてこともあるからな……。
「いらっしゃい。三日でこれでいいよ。馬は横につないでおけば世話込みさ」
「世話になる。碌に飯も食ってなくてな。良い場所はあるか」
恰幅のいい女将が笑顔になる。俺がキリの良い金額でそのまま払ったからだろう。大体は少しは値切るもんだからな。得な客だ、そう思わせれば何かと便利だ。その土地のことはその土地の人間に聞くのが一番なのは世の中の真理であろう。
「後ろのお嬢さんも一緒ならそこの角の……」
適当な荷物を部屋に置き、馬に飼葉と水が与えられているのを確認しながら街に出る。向かう先は案内された酒場だ。すぐそばということで迷うこともなくそれらしい酒場が目に入る。なるほど、賑わっているが乱暴な様子はない。
「お肉が有名だって! 気になるわっ」
「肉は贅沢品だからなあ……なるほど、平和……か」
田舎ではなかなかできない家畜。鳥程度や、少ない数であればいけるかもしてないがもっぱら労働力であり潰すことは稀だ。それに比べ、一部の店だけであろうが食事として肉が提供されるというのはそれだけこの街が平和だという証拠でもある。
残念ながら店内は満員だったが、外に出ている席でも注文は出来るらしい。これはこれで街の様子が見れてちょうどいいかもしれない。
(後は適当に飲み食いして情報が聞けそうな場所に俺が行けばいい)
そう思っていたのだが……世の中そううまくはいかないらしい。
「なんだとこのガキ! もういっぺん言ってみろっ!」
「何度だって言ってやるわ! こんな子供を蹴っ飛ばして、恥ずかしくないの!?」
最初に感じた店の雰囲気からは珍しく、ひどく酔っぱらった男と、小さな男の子を後ろにかばうエルナとが騒動を生み出すのだった。まったく、ウチのお嬢様はお優しい事である。
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