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MR-044「黒天使との遭遇」


「おじ様、あれ」


「しっ! 聞こえるとまずい……」


 少々乱暴に、隣でつぶやくエルナを抱え込んでその場に伏した。まだ距離はあるし風下だ。よほど気が付かれるとは思えないが……念のためだ。地面に伏せたまま少しずつ後退し、顔をあげてもよさそうになってから近くの木へともたれかかる。


「……見たか? まあ、見たんだよな」


「うん。何かいたわ。羽根があったように見えたけど……」


 硬い表情のエルナ。当然と言えば当然だ。先ほど見えたのは、話の通りならば天使なのだから。情報を仕入れた村から山に入って2日目。もうすぐ夕暮れというところで俺達が崖の上からふと下を見た時、遠くにそれが見えたのだ。


 こちらに背を向けた状態の、人影。こんな森の中にあるには不釣り合いな、1対の翼を持つ姿。間違いなく天使だ。しかし……あの様子はどこかおかしかった。遠目になのではっきりとはしなかったが、俺たちがするように、木の少ない部分でたき火でもやるかのように何か積みあがっていたように見えた。


「天使が火を焚くだあ? 聞いたことがねえ」


 エルナの前だというのに、ガキのように頭をかきながらつぶやくがそれで答えが出てくるわけでもない。厄介そうな相手がいた、それだけは確かなのだ。問題はここからどうするかだ。一当てするか、情報だけを持って一度逃げるか。


「エルナ、悪いが今日はたき火は無しだ。あいつを観察するぞ」


「う、うん。私も気になる……大丈夫。村じゃ薪が足りない時だってよくあったもの」


 なんでもないように言うが、体を冷やすのは体調的にはよろしくない。影袋から適当に毛布を出し、ゆっくりと先ほどの崖に近づいて観察を続けるべく準備をした。これで多少はマシだろう。わずかに顔をだし、エルナの前にも遠くを見るための祈祷術を……ん、自分で展開出来てるのか。


「覚えたのか?」


「うん。見えたから」


 小声でささやきあいながらも、内心俺はその素質に舌を巻いていた。素質に関しては本人には告げたわけではあるが、やはり見て覚えられるほどの素質があるというのは恐ろしいものだ。メリッサがあれだけ本気で引き留めようとするわけだ。っと、今は天使が重要だ。


「使徒の気配はなし……羽根付もどきもいねえか」


「なんだろう。なんだか、人間臭くないかしら?」


 最初は何を言っているのか、そう思った。だが観察を続けていくうち、エルナの言いたいことがわかって来た。天使は基本的に動きが固い。戦いにおいても直線的というか、そういった硬さがある。それは手を動かす、顔を動かす、そういったことにも表れる。

 だというのに、視線の先の奴は妙に滑らかだ。枝をつかみ、山にしていく姿は人間の野営そのもの。


 時折祈るような仕草をしているのが見える。何度か奴らのいる場所に攻め込むときに見た覚えがある。奴らの主への祈りだ。この場所から届くのかどうかはわからないが……。しかし、どうも見た物とは少し違う気がする。何かといわれると困るのだが、どうも違うと感じたのだ。それはともかくとして、天使はそのまま焚き木に火を点け、人間のように過ごし始めた。食事や余分な荷物がないだけで、ほぼ人間と同じ。


(んん? 羽根が……少し黒いか? 汚れか……それとも何か個体差か)


 天使たちは羽根の数、そしてその豪華さで力が分かれている。基本的にきらびやかなほど、厄介なのだ。それで行くと薄汚れて見えるあいつはそんなに強くないということになるが果たして?


 何かを待っているのか、それとも単純に夜を過ごそうというか。一体……そう思った時だ。


─天使がこちらを向いた


「!! まさかっ!」


「うそ……」


 これがもっと近くならわかる。だが今は術を使ってかろうじて見える、そんな距離だ。エルナに声が聞こえるかもとは言ったが、実質無理なはずの距離。だというのにあいつは明確にこちらを向いたのだ。逃げるべきか、そう思った時奴の口は滑らかに動いた。


─話がしたい


 俺にはそう読めた。しばらく考え、俺は立ちあがった。それが結論だ。荷物を畳み、隕鉄剣を背中から腰に差し替え、準備をする。困惑の表情のエルナも引っ張り上げた。2人そろって顔を出しているときに見られたのだ。今さら隠すこともできない。


「エルナ、後ろから出るなよ」


「おじ様の事、信じてるわ」


 今回ばかりはその信頼を裏切ってしまうかもしれん、そう思いながらも俺はエルナを引き連れて崖を降りていく。歩くことしばらく、木々の間に目的の相手が見えて来た。待っている間に火を起こしたのか、赤々とした炎が、夕焼けに染まる森の中ですら感じられた。そして、肝心の天使は倒した木を椅子代わりにか座っていた。


『ニンゲンと話すのはこれがハジメテだ』


「悪いが、喋ってる余裕はねえ。天使と人が出会えば命を奪い合う、そのぐらいは降りてきた時に知っているだろう」


 そこまで言って一息に、俺は相手に切りかかった。天使相手に油断は禁物、当然のことだった。牽制にでもなればいいと思ったが、予想外の出来事が発生する。封印は解かれていないが、それなりに自信のあった祈祷術を込めた一撃を見事に防がれたのだ。


「ちっ」


「おじ様! 解くわ!」


 振り返ることなく、感じるのは腕に伝わってくるエルナの力。そのまま切りかかろうとして……相手が両手をあげていることに気が付いた。どういうことだ、白旗のつもりだというのだろうか?


「何故戦わない」


『そのつもりがナイカラダ。このままでもいい。ハナシがしたい』


「なんだと……?」


 言いながらも、果たしてエルナを守り切りながら戦えるか、そう考えるほどの力を感じていた。やはり、こいつは強い。勝てる……勝てるがそれは勝てるだけだ。勝つだけではだめなのだ。しっかりと先に生き残らなければ。


『ワタシはニンゲンを襲うつもりはナイ。ワタシの敵はコレの持ち主だからだ』


「? 何っ」


「天使の……羽根?」


 そう、座ったままの天使が手にしたのは、羽根1枚になってすら輝きと光をまとう大きな羽根。これの持ち主は……3対の翼をもつという熾天使だ。いったん地上に降りれば、英雄たちが束になって戦う必要のある強敵だ。


『ソウダ。私は持ち主をウツために降りてきた。例えこの身がホロビヨウトモ』


「天使が天使を倒す……? そんなこと……」


「冗談にしちゃ話が大きいな。いや、そもそも天使が冗談を言うのか? 天使が天使を害するなんて話があるわけがねえ!」


 叫びつつも、俺のどこかが可能性は否定するべきではないと訴えてくる。人間にだって色々な奴がいるのだ、天使だって個体差があってしかるべきだと。だが、衝撃的すぎる話であった。


『元々は、ワレラは共存の道を探るベキダッタ。シカシ、それを良しとシナイ一派が地上に降りたのダ』


 いつでも隕鉄剣を手に、相手に切りかかれるようにしつつも、天使の話を遮るのは問題になる、そんな予感に従って俺は先を促した。果たしてそれが、相手に既に洗脳されかかっているからなのか、本当に思ったからなのかはその時はわからなかった。


 夕焼けが夕闇に代わっていく中、天使の話は続く。





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