MR-043「疑惑のふもと」
この世界に天使がいつ出現したかは定かではない。100年ぐらい前と言う奴もいれば、ずっと地上にいたんだという奴もいる。しかし、天使たちが動き始めるまでは地上は人間たちと魔獣たちとの戦いが続く場所だった。
滅ぼし合う、そんな戦いはほとんどなく、多くがその地域の生息場所を争うような局地的な物。ところが、天使が乱入してくることで戦いは大きく姿を変えていった。魔獣が追い出されれば人の住む土地に、逆もしかりだ。
時には、天使へ向けて人と魔獣が協力するかのように挑みかかった例すらあるという。
「と、いうわけで天使は俺達だけじゃなく、魔獣や獣にとっても邪魔……天敵と言っていい」
起伏のない街道を進む中、せっかくなので俺は知っておくべきであろう色々なことを語って聞かせた。天使とこの世界の関係もその1つだ。もっとも、俺の場合も人から聞いた話がほとんどだ。俺自身は出会えばすぐに討伐、そんな生活だったからな。第一……あいつらは喋ってるようで喋ってないような気がするんだよな。
「はいはい質問! 私たちは、祈祷術があるわけじゃない? 魔獣たちはどうしてたの?」
「良い質問だ。魔獣とは何か。化け物、魔物と呼ぶ奴も多いが……本物は少し違う。自然に祈祷術を使えるようになった獣、それが魔獣と呼ばれる。だからそれ以外は実質普通の獣なんだよ」
「え、それって……神様を信じてるってこと?」
エルナの疑問はもっともだ。そしてそこが未だにはっきりしていないところでもある。奴らに祈るような頭は無いように思えるのだが、そうとしか言えないことをしてくるのである。火を吹くなんてのは極端として、妙に鋭い爪なんかも祈祷術による強化が追加されているのだ。
「神様にも色々いるってこったな。俺は当然見たことが無いが、かつて世界を震撼させたというとんでもない魔獣が死後、神さまになったって話もある。どこまで本当だかわからんが……」
魔獣が祈祷術を使えるという点では、この説はかなり信ぴょう性が高いと見ている。そうでなくては誰に力を借りているのだ、という基本的な問題に戻ってきてしまうのだから。俺故人としては、誰か1柱でもいいから神様が降りて来て、天使たちを一掃してくれれば楽なんだが……そうもいかんか。
ふと顔を上げると、遠くに見えていた村であろう建物もだいぶ近くになって来た。この村を超え、山に入れば例の相手が通るかもしれない場所になる。
「不思議なのね……でも、生きるのに必死だからそうやって変わっていくのかしら?」
「だな。人間も、亜人もそうやって力を磨いてきた。エルナ、1つしっかりと心に置いておくべきことがある」
馬の足を止め、隣に来たエルナを見る。真剣な声色に気が付いたのか、彼女の顔もいつになく真剣だ。頭の中で言葉を選びながら、俺は口を開く。いうべきではないと思っていた時もあった。しかし、何も知らずに後で後悔するよりは……今の内に伝えるべきと思った事を。
「エルナ、お前は俺が驚くほどにドルイドの素質が眠っていた。メリッサが欲しいというほどにな。お前も知っているような英雄の彼女がだ。このまま鍛えていけば、遠からず十分な力を手にするだろう」
「おじ様たちみたいに、英雄となりそうな力が……」
やはりエルナは頭がいい。十分な、そう俺が言っただけなのにどこを十分とするかをよくわかっている。そう、間違いなくエルナの素質はそのぐらいあると見ている。そうでなくては、俺の腕の呪いを一時的に解くなんてことが出来るとも思えない。しかし、強い力は良いことばかりではない。
「つまり、私の力が夜のかがり火のように、色々と惹きつけるかもしれないってこと?」
「そうだ。だから生き残れ、多少犠牲が出ようとも、生き残るんだ。生き残る限り、厄介事はお前にやってくる。その意味は……わかるか?」
2人の間に降りる沈黙。馬の嘶きと、俺たちの息遣い、そして風だけが聞こえる時間が過ぎていく。しばらくして、ようやくエルナは顔を上げた。覚悟の決まったような、強い顔だ。
「自分が惹きつけてる限り、皆にはそれが行かない……」
「経験談だがな。実際そういうことが起きるんだ。よくわかったな?」
頷きを合図に、俺たちはまた進み始める。心なしか、エルナの雰囲気がついてきた町娘のそれから、一緒に旅をする戦士の物になった気がする。そうさせた俺が悪人なのか、そうさせてしまう状況が悪なのか……さて。
そんな気持ちを抱きながら、見えて来た村に目をやるが特に問題はないように見える。普通に農民がいて、暮らしている。ごく普通の村だ。マスクルの領地内ということで、貧困という感じが無いのが特徴と言えば特徴か。
「こんな田舎に稼ぎに来たのかい?」
「そんなもんさ。爺さん、何かに困ってないかい」
まさにダメ元。魔獣の噂が1つでも出たらいいかなと言ったぐらいの問いかけだ。そっけない返事を予想していた俺だったが、予想に反して爺さんは急に考え込み始めた。おいおい、何かあるのか? やっぱり謎の天使のせいか?
「最近、森が騒がしいのが気になるのう。と言ってもあっちの……遠い山だ。こちらに獣が逃げてくるんだよ。魔獣でも住み着いたか、そう思っているのだが……」
「なるほどな。しばらく滞在したい。宿はあるか?」
「使ってない納屋でよければタダで構わんよ。その代り……」
そこからは交渉と呼べないような話し合いだ。要は何かあったら宿代分ぐらいは働いてくれ、そんな話。ずっと静かだったエルナを見ると、緊張した中にも屋根がある場所で休めそうだということでほっとした物が混じる。
「おじ様、その謎の天使って強いのかしら?」
「強さにも色々あるが……まあ、強いだろうな。天使ってのはこの世界にいるだけで消耗するらしい。だというのに奴は長いところ目撃されている」
一か所に居ついて、使徒からの信仰が集まる状況であればそれなりに長くいるらしいが、今回のように移動しながらだとそういった補充もない。だというのにまだ動いているとすると、元の力が相当強いということになる。
「じゃあ、逃げ回って消耗させるってのもありなのね」
「ああ。実際、決め手がない時にはそうして時間を稼ぐこともある。相手の攻撃に耐えきれれば、だがな。今回は相手が本当にそれだけの強さがあるとわかったら……一度撤退して仲間を集めたほうがいいかもしれんな」
言いながらも、果たして集まるだろうかという気持ちもあった。天使と戦った経験があるほど、この相手の厄介そうな可能性に気が付くはずだ。そうなれば手をあげて来るのは相当な実力者か、かなりの馬鹿か、まあどっちかだ。エルナの村のように、金に任せてというわけにもいかない。
(どうしてもという時はやるしかないな)
「駄目よ、おじ様。一人でなんて」
「……顔に出てたか?」
しっかり頷かれては仕方がない。それに、今さらメリッサのところに行けと言っても聞きやしないだろうな。自分で自分の考えに笑みを浮かべつつ、祈祷術で納屋の中に打ち上げた灯りの光量を落とす。
「明日から山に入る。寝ておけ」
「はーい」
まだ見ぬ相手の強さを予想しながら、あれこれと考えているうちに静かな寝息。どこでも寝られる図太さに一人笑いながら、俺も眠りについた。
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