MR-042「不可解な現実」
「何かの見間違いとかそういったことは……」
「それにしては目撃者が多い。そう思わないかね?」
ある日の夜、人払いを済ませたマスクルからもたらされたのは衝撃の情報だった。領地の境界沿いで、とある相手が目撃されているという話だった。1度だけなら何かを見間違えたかと思うところだが、既に5件。しかも場所が皆違う。
「ねえ、おじ様。私……何がどう問題なのかわからないんだけど? 見つけて倒して終わりじゃないの?」
「普通なら、な。今回の相手は俺たちだけで当たるのは問題が出るかもしれん」
こればっかりは俺も確実に倒せると言える相手ではないのだ。明瞭に人語を介す天使、なんていう相手は。狂信者の集まりが!とか、召喚の跡が見つかった!ぐらいの情報は集まるかと思っていたが、とびきりの予想外の情報が舞い込んできたわけだ。訳が分からないという顔をするエルナの方を向き、口を開く。
「基本的に天使は人と会話は出来る。だが、ほとんどがカタコト、つまりは微妙な会話になる。それは天使たちが、自分達だけに通じる言葉が重要であり、人の言葉は下等と判断しているからだ。エルナ、お前だってどうでもいいことは真剣に覚えないだろう?」
彼女が頷くのを待ってから、腕組みをしてマスクルに向き直った。嘘の情報が、ということはまずないだろう。そんなことを吹聴する利点がどこにもない。第一、普通に天使を見たと言えば済むことなのだ。わざわざ変な色を付ける必要はない。
「それで被害は?」
「……無い」
今度は俺の方がわけがわからないという表情をする番だった。流ちょうに人と会話できる天使がいて、被害がない……? そんなことは今まで1度もなかった。天使とは、そういった存在なのだ。己の信じる教えを生きとし生けるものに押し付け、否定すると滅ぼす、そんな相手。だというのに、マスクルの話を信じるなら、そういった被害すらないという。
「それ、本当に天使なの? だって……おかしいわ」
「誰も好き好んで天使の真似はしたいとは思わないと思うがね。下手をすれば問答無用で天使として殺されるのだから」
「間違いないな。祭りだとかでわかりやすく天使のような格好をするぐらいなもんだろう。子供を泣かすためにな」
エルナの疑問はもっともだったが、実際に天使以外の存在であるとも考えにくかった。天使以外に、あんな羽根を持ってうろつける奴は世の中にはいない。鳥のような魔獣がいくらかいるが、そいつらはしゃべらないし、2本足で人間のように歩けはしないからな。
ただ、エルナの言うように何も起きていないというのはとにかくおかしい。小さな村なら半日で滅んでもおかしくないし、使徒や羽根付もどきがいくらかは出てきそうなものだ。そういった物が全くないというのは不自然すぎる。
「それで、どうしたらいい」
「何とも言えないが、目撃された場所をたどっていくと……ここがその先にあるように見える」
こんな話を俺たちにしたということは、動けない自分に代わって何かをして欲しいということだと思われた。俺も気になるからそれ自体は問題ないのだが……どこにいるかは何ともわからない。
そんな中、テーブルの上に出されたのは、雑ではあるが領地内の地図。これだけでも一財産だし、機密に当たるような物だ。エルナが覚えきれないであろうことが幸いだ。その謎の天使が目撃されたであろう場所に色のついた小石が置かれていく。多少幅があるが、だんだんと1つの方向に進んでいるように見える。指でなぞっていくと……とある場所にたどり着く。
「この先には……ん? まさか」
「このまん丸はなあに? 何かの記号?」
隣で地図を覗き込むエルナの言うように、俺が指でたどった先には硬貨ほどの大きな丸が地図にはある。しかし、これは地図が間違っているのではない。実際に、こうなっているのだ。多少は円は崩れてると思うが、この中央で起きたことが地図にもこんな丸を作ることになった。
「星の決戦場。かつて、星の運命を決めるかのように天使たちと英雄、そして乱入して来た魔獣らが死闘を繰り広げ、最後にはその親玉と一部の英雄がほぼ相打ちになった現場だ。親玉はあまりにも強く、力尽きる時の余波ですら周囲を穴に変えたという」
「あれはひどいものだった。しばらくは周辺の魔獣が狂乱状態になって暴れていたからね……」
そう、終わった後の処理の方がひどかったような気さえする戦いだった。生き残った魔獣は天使の力にあてられ、周囲に散ろうとしていた。生き残った英雄や国の兵士は必死にそれらの相手をしたものだ。あの戦い以後、国は俺たちに対して風当たりを強くした。言うことを聞いていればいい、国の望む相手を倒していればいい、そんな感じだ。そしていつしか国民も、英雄誰それ、ではなく英雄としてしかその人間を見ないようになっていく。
話がそれたが、そんな現場ではあるが、逆に言えばそれだけしかない。誰か住もうとも思わず、ぽつんとどこかに慰霊碑があるぐらいのはずだ。それすらも、たどり着くのに結構な距離を歩くからほぼ砂に埋もれているはず。
「だが、もう何もないはずだ。草すらなかなか生えない場所になったはずだぞ?」
「今もそのようだ。多少外周には緑が戻ってきたらしいがね」
ますますわけがわからなかった。遺跡が残っているとかそういったことであればわかるが……何もないのにどうして……ん、何も、無い?
俺は地図を見ながら考え込み始めた。いくつかの情報が頭の中でぐるぐると周り、そして組み合わさっていく。
「何もなくて、動物も魔獣も人さえいない場所は……天使からすると空白の場所……か?」
天使たちが何を目印に、あるいは何を呼び水として召喚されてくるのか。今さらながらに人間はほとんど知らない。祈り、そして儀式や建造物があると降りてくるということだけは知っているが、それだけだ。
(最初は、どうやって降りて来たんだ?)
この世界にいつから天使が現れ始めたか、記録は定かではない。少なくとも最初からいたわけではないはずだった。ただ、それも俺が知っている歴史上の話でしかない。
答えまであと少し、そんなもどかしさが俺を襲うがこれ以上はここで考えていても無駄そうだった。幸いにもまだ時間はありそうだ。このよくわからない天使の先回りも出来そうなほどに、な。答えを教えてくれるかはわからないが、出会わないよりはマシ、そう感じた。
「一筆書いておこう。道中楽に進められるように」
「助かる。何事もないといいんだが……」
今回はまともに相対するつもりはない。移動している天使が本当に流ちょうにしゃべるというのなら、その実力は恐らく俺と五分か下手をするとそれ以上。仮に戦えば勝って見せるが、無事にとは言い難いだろう。
せめてその目的ぐらいはわかるといいのだが……。
「いざとなったら逃げるぞ、エルナ」
「うんっ!」
自分が頭数に入っているのがそんなに嬉しかったのだろうか? 驚くほどに元気に答えてくる。彼女の未来のためにも、無駄死には出来ない……そう決意しながら俺達は再び馬上の人となった。
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