MR-041「確かな平穏」
「腰が浮きすぎだっ! 力の入る高さで構えろっ!」
「はいっ!」
朝日も昇り切らぬ頃、練兵場に声が響く。俺と、まだ殻のついていそうな新兵とだ。10人ほどの若者は等間隔で並び、訓練用の刃を落としてある剣を振るっている。まあ、もう鉄の棒同然だがな。特訓を開始してしばらく、すぐに多少の差はあれど汗だくになっていく新兵たち。
「疲れてきたからと手を抜くなよ。逆に手首に負担がかかる。すっぽ抜けたら2周ぐらい走ってもらうぞ。それも全員だ。ゆっくりでいい、確実にやれ」
「わかりましたっ!」
若くて聞き訳が良い相手というのはやりやすい。理由があって反発してくる奴はまだましだが、理由もなしに文句だけ言ってくる奴はそのままどこかでくたばればいいのだ。その点、マスクル配下のこいつらはちゃんと兵士になれる、そう思えた。
「俺の経験上、一番特訓してきてよかったと思えるのは……疲れから剣を握る力も無くなり、それでも倒さなくてはいけない相手が残っている時だ。当然、疲れたからと相手は見逃しちゃくれない。お前たちの後ろには守るべき物、あるいは家族がいる。さあ、どうする!」
「なんとか剣を握って戦います。最悪握れないなら、殴り掛かってでも!」
若さゆえの理想論的な答えではある……が、そうでなくてはいけない。人間は妥協し、あきらめるものだ。理想は高く、遠くに置いておき、その手前で妥協したとしてもなんとかなるような状況がちょうどいいと思う。
「それが出来ればいいが……一番楽な正解は一緒に逃げて生き残ることだな。何もお前1人で倒すことはない。隣の仲間と、協力しろ。1人が駄目なら2人、2人が駄目ならってな。よし、素振り止めっ! 1人ずつこっちにこい。祈祷術の訓練を始める」
「僕達でも術が使えるようになるんですか!?」
兵士の一人が色めきだった。無理もない話である。ドルイドは希少な素質とされている。魔獣や天使を滅ぼせる強力な力だ。その分、兵士の中でも活躍できる存在になるだろう。ただまあ、その素質は10人いたらみんな違う。
「それは難しい。が、何もアイツのようになるばかりが祈祷術、元々の霊力の使い道じゃない。術未満でも、こういうことは出来る」
ずっと腰に下げていた指2本分ぐらいの太さの木の枝。時折兵士の視線がそこを向くのはわかっていた。ちょうどよさそうだから鞭のようにあれで叩かれるのかな?なんて疑問の視線だと思う。けれども、そのために持っているわけじゃない。
「ふっ!」
「え……」
兵士たちにわかるように、わざと大げさに霊力を光らせて木の枝に霊力を注ぎ、予備に持ってきていた細い鉄棒を空へと投げてそれに枝を振り抜いた。乾いた音を立て、地面に落ちた鉄棒は2本になっていた。俺が、木の枝で切り裂いたのだ。代償として、木の枝は枯れ木のようになって崩れてしまったが。
「ここまでやれるとは言わないが、肉体や武具を一時的に強化する、それが一般的な霊力の使い方だ。それ、少しだけ手助けしてやる。試しに色々やってみろ」
本当は野郎の腰なんかを触るのは気分の良い物ではないが、ちょうど腰のあたりを刺激してやると、いつかの見込みのある兵士、アルフのように一時的に本人の霊力が活性化するのだ。後はどこまで素質があるかだ。
「力の出し方はあいつを見て見ろ。すごくわかりやすいぞ」
「ええ、確かに。すっごく叫んでますね」
俺たちの視線の先では、エルナが俺の指示に従ってずっと大岩や大木に向けて祈祷術を放っていた。燃やしたり砕いたりしては後が続かないので弱い祈祷術を連続して使うという訓練中だ。火、水、風、あるいは伸びる草、色々だ。エルナぐらいの素質が当たり前だと思われても困るが、素直に力を使っているエルナは教材にぴったりでもあった。
「こうか?」
「いや、こうじゃないか?」
思い思いに意見を言い合いながら、霊力を練るということを試し始める兵士達。その顔には新しい知識を知った喜びと、自分たちが強くなれるかもしれないというやる気があふれていた。
それぞれに気合を入れ始めた兵士達を横目に、俺は一息入れるべくどっかりと椅子代わりに置かれた岩に座る。まったく、人に教える苦労はエルナ1人でもう十分だと思ったが……なかなかやりがいのある話だ。
マスクルの家にしばらく厄介になることが決まって数日、何かの会合に出なくてはということで外出するマスクルに頼まれ、俺は兵士達を鍛えていた。以前の結婚式の際にわずかながらも鍛えた兵士達は選ばれてきただけはある精鋭ということで、今度は底上げとばかりに新兵の相手を依頼された。
「美味い食い物と寝床があれば兵は育つ……か。真理だな」
時折吹く風が火照った体を程よく冷やす。空を見上げつつも、この明るい空をどうにかしてしまうような存在が降りてくるかもしれない、そんな不安はわずかながらも常に胸の中を泳いでいた。仮にまた英雄たちが集結しないといけないような奴が出てきた時、俺は……どう戦うのか。前のように、何かを失いたくないからと一人で……か?
「おじ様。そろそろ休んでもいい?」
「あ? ああ、そんな時間か。どれどれ……おお、相当撃てたな。周囲に良い感じに霊力のかけらが残ってる。後はこれを……よっと」
気が付けば結構な時間が経過していたらしい。汗だくのエルナを見つつ、彼女の特訓の成果である祈祷術を行使した形跡を見る。かなりの量、術を撃ち込んだのだろう。岩や大木は傷つき、岩は所々焦げている。同時に周囲には霊力のかけらが多く漂っている。もし目に見えたなら、霧のような物が見えたことだろう。このままではもったいないので霊力を含んだ風を産み、それらを畑の方へと流し始めた。
「こうすると畑の実りがよくなるんだ。やりすぎは腐るから適度にだが」
「ふーん。栄養みたいなものなんだ……あ、兵士さんたちももうそろそろ?」
言われてみると、兵士達の活性化した霊力も粗方元に戻ってきたようで、ほとんどの反応が元に戻っている。何人かは開始前よりは大きく気配を感じるから素質が少しはあるやつがいるみたいであった。
「よし、訓練はそこまでだ! 柔軟をして解散!」
ぞろぞろと歩き出す兵士達を見送り、エルナにはやることがあるからと俺は1人残る。一気に静かになった練兵場の隅で俺は一人大岩の前に立つ。腰には隕鉄剣。仕舞いっぱなしでは拗ねるような気がしたがきっと気のせいだ。俺の、強さへの疑問。自分自身が果たしてどこまで戦えるのかという疑問が引っかかっているのだ。
「ふっ!」
若い時を思い出しながら、何度か剣閃を放つ。それは確かな手ごたえを残しつつ、止まることなく振り抜かれた。見た目には何も変わらない大岩。しかし……。
「こんなもんか……気を抜かないようにしないとな」
ぐっと力を入れて大岩を押すと、滑らかな切断面を残して丸目だった岩は平たいテーブルのような物になっていった。ちょうど頭部分を何度も横に切り裂いたのだ。霊力の刃が剣の長さ以上に伸び、奥の方まで切れていることに満足し、頷いた。
「あいつらを鍛えても……天使は斬れない。どうしたものか」
尽きない悩みを口にしながら、エルナの待つ屋敷へと歩き出すのだった。
感想、拍手はいつでもお待ちしております




