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MR-016「対価の価値は-3」


 吸血木、トレント。大きな物になると村や街1つをその根の範囲に収め、全てを一夜に飲み干すという伝説のある魔物だ。吸った血によって力をつけ、何度か見たことにある天使の血を吸った奴はとんでもない化け物になった覚えがある。それと比べれば、今相対する相手は雑魚中の雑魚。あくまでも、俺にとっては……だが。


「ふっ!」


 手早く左手から撃ちだすのは礫のような大きさの霊力の塊。祈祷術未満、ただの牽制だ。それでも基本的に術を行使中では動けないウィザードは元より、マジクルも小さい出力で術を使うのは不得手だ。なぜかと言えば、どちらも決まった強さの術を放つことに特化することでその精度や速さを向上させているからだ。その点、俺とエルナのようなドルイドは強弱も含めて、己の才覚が全てとなる。


「トレントの強みは多少切り落としてもまだ動くこと!」


 わざと叫びながらまだ獲物に突き刺さっている部分を除いて自由に動いている枝部分を薪でも作り出すかのように鉄剣で切り裂いた。市場で買った数打ち品だがトレント相手なら十分だろう。

 生木を斬ったような手ごたえと共にいくつも枝にあたる部分が切り取られ、たまらずかトレントが叫び声をあげる。夜に聞くと不気味だがこうして昼間ならそれもマシ……だろうとは思う。2人にはいい経験だな。


「基本的に動きが襲い! 特に後ろに振り返るのは一番苦手だ!」


 慌てて獲物を離そうとしたようだがもう遅い。俺は素早く後ろに回り込み、人間でいう首筋にあたる部分、木で言うと幹から主な枝が伸び始める根元付近に霊力を込めて鉄剣を突き出した。枝部分や根っこを多少切られても動けるトレントだが、弱点が1つある。それがこの部分だ。


「俺は今、一人でやったが大体は仲間と協力して後ろを取った奴が仕留める。それがトレントの攻略法だな」


「おじ様、やっぱりトレントは力が強いの? そのゴブリン、逃げられなかったわけでしょ?」


 ちらりとエルナが視線を向けるのはまるでトレントを背中に寝ているかのようにこと切れているゴブリン。血をだいぶ吸われた後だからか不気味に痩せこけているのが印象的だった。一応コイツからも素材が取れるな……安いが。


「一人だとじり貧かもしれないな。絡みつかれると力が入りにくい……さて、目的を果たすとするか。アル、渡しておいた容器を持ってこっちにこい。大丈夫だ、もう死んでる」


「う、うん……うう……ちょっとくさい」


 顔をしかめながらも歩いてくるアル。確かに死んでるゴブリンの血の匂いと、トレント特有の土臭さはいい匂いとは言い難いな。それなのに今から採取する物はいい匂いなんだから世の中はわからんもんだ。

 今回の依頼目標であるトレントの蜜……名前からすると花の蜜のように思うかもしれないが……。


「そうそう機会はないと思うが、覚えておいて損はない。トレントは獲物の体液を吸った後、自分の体の中で色々と何かするらしくてな。最後にはここに……たまるわけだ」


「うそ……そんなのありなの?」


 エルナが驚くのも無理はない。俺も初めて知った時には自分の目を疑ったものだ。トレントの幹を切り裂いていった中、くぼみがあるのだがそこにまるで後からゆっくりと頂きますと言わんばかりに甘い香りのとろみのある液体がたまっている。


「年期の入った相手だとクセが強いらしいがな。若い個体ならちょうどいいんだ。よし、こぼすなよ」


「よいしょっと……」


 緊張からか、震えるアルの手を握ってやり器へと入れるのを手伝う。今回の依頼はこのトレントを目撃した話を聞いた好事家からの依頼だと予想している。何分、この場所はトレントの弱点のすぐそばなのだ。一緒に潰してしまうことが多いようで、要求量に対して採取出来た量が足りない、なんてのはよく聞く話だ。


「いい? アル。おじ様が腕がいいからこれだけ採れるけど、普通じゃたぶん無理だから、あくまで参考にしておくのよ」


「だよね。俺から見ても簡単すぎるもん」


 蜜をすくい終わった容器に蓋をしながらそんなことをしゃべっている2人。おしゃべりは結構だが……まあ、うるさく言うこともないか。致命的な失敗をしないようにだけ気を付け、多少の痛い目には何かの時に会って覚えていけばいいのだ。


 予定よりも早く目的を達成し、帰路につく俺達。のんびりしているように見えるかもしれないが、一応警戒はしている。2人にはそれは伝えず、2人で警戒するように伝えていたりするのだが。

 緊張した面持ちで周囲を見回すアル。ずっとその調子では実際にはあまり見張りとして意味が無いのだが……これも経験だな。疲れからか気が逸れたところで軽くその背中を叩いてやった。


「うわっ!? び、びっくりしたぁ」


「せっかくの街道なんだ。見るべき、警戒すべき部分は見極めるんだな。見るなら少し離れた木々であったり、獣道になりそうな林の隙間とかだ」


 俺に言われ、慌てて周囲から該当する部分を探し始めるアル。うむ、素直なのはいいことだ。自分の中で情報を選んでいく必要は出てくるが、ひとまずは先達の言うことをよく学び、油断しないことが生き残る秘訣だ。だが、かつてはそれが出来た奴が先に激戦地に飛び込んでいったというのは……皮肉もいいとこだな。


「ねえ、おじさんはどうして俺にこんなことを教えてくれるの?」


「あ、私も知りたい!」


「ん? ふむ……本当はアルの依頼は誰も受けないだろうぐらい安い依頼金だった。ここまではいいな?」


 事実を口にすると、アルとエルナの顔が曇る。エルナは知識としてはわかっているけれどまだ感情が納得しきっていないといったところか。アルは……あれでも限界まで出したんだろうな……だが、似たような話は世界中に転がってるのも知っておかないといけない。


「だから俺は追加の料金としてアルを連れ出すことを要求したわけだ。と言っても何かしてもらうにもそんな稼げる子供じゃないのはわかっている。俺が貰ったのはアルの未来の行動とその価値だ」


「未来の……」


 自分の手を見つめながらつぶやくアル。その真面目なつぶやきに俺は自分の予想が間違っていなかったことを感じていた。アルはちゃんと教えればそれを守り、稼げるようになるだろう、と。


「本来の依頼金分、同じように微妙な金額の依頼を受けて依頼人を助けることで支払いとしてもらう。もちろん、将来的な話、だがな」


「ふわぁ……そうだったの?」


 エルナには一応説明したような……してなかったか? まあ、今説明したから問題はないな。アルに向き直ると、自分の手を見るのはやめて俺の方をしっかりと見つめ返してきた。明らかに力みがあるのが見て取れる。


「おじさん、俺、やるよ」


「ふん。もっと気楽に構えてろ。どうせやれることは限られる。無理してこける方がもったいない」


 ちゃんと利息を付けるぐらいの気持ちで稼げと伝えると、ようやくアルの顔にも笑顔が戻って来た。そうだ、子供は明日を気にせずに笑えるぐらいがちょうどいいんだ。俺は……俺たちはそのためにこの手を汚したのだから……。


「おじ様? もうすぐつくわよ」


「ん? ああ……さて、報告にするか」


 何日もかかると思われていたトレントの蜜の採取。それが半日で終わったことにちょっとした騒動が起きるのだがそれはまた別の話だ。その中に、アルという新人冒険者の名前がわずかながらでも上がったことに俺は満足したのだった。

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