MR-015「対価の価値は-2」
突然だが、ここに指輪が1つあるとする。大きな宝石の付いた一品だ。その値段はなかなかのものとしよう。換金し、別の何かに変えられるような状況や、それを引き継ぐことで何かを得られるという状況であればその価値は値段相応にあることになる。だが……助けの無い砂漠のど真ん中においてはどうだろうか? そう、事実上全く価値の無い物となる。それなら器一杯の水の方がはるかに価値があると言えるだろう。
まあ、何が言いたいかと言えば、一見依頼金のほとんどない依頼でもその結果に価値を感じるかどうかは状況と人次第ということだ。
「お待たせっ!」
「あっ、お姉ちゃん! 本当に?」
家の壁にもたれかかった状態で見守る俺の視線の先で、エルナから受け取った薬草(見た目はただの苔なのだが)を見て目を輝かせているのは今回の依頼人である街のごく普通の少年だ。ただ他と違うのは、両親が少々厄介な病気に襲われたというところか。不治の病ではないが、完治にはやや長めの闘病が必要になる。急なめまいと脱力感が体を襲うという症状のソレは仕事をする上では致命的な事故が起きるかもしれない危険な物だった。
無理を押して働いていた両親を放っておけず、少年が出した依頼の金額は……まあ、相場よりかなり安い。手付金よりはやや上といったところか。エルナはそのまま受けるつもりだったようだが、俺はギルドと当人と話をし、追加であれこれと条件を付けて受けた。そうでもしないと、安く受けたという実績だけが残ってしまうからな。
「勿論、ギルドの鑑定付きよ! さ、ご両親に飲ませなさい」
「ありがとう! 終わったら……準備するね」
笑顔を真剣な物に変えて家に駆けこんでいく少年。それを見送ったエルナは……俺の方を少し睨む。これはまだ納得していないという顔だ。気持ちはわからんでもない、忘れるべきではない気持ちであるのも確かだからだ。ただ、現実としては甘いというしかない。
「この依頼がしばらく放置されていた理由はわかるか?」
「……安いから。だけどっ」
そこから先は感情論になる。そのことに自覚があるのかエルナの言葉が止まった。ここで感情のままに訴えてくるようなら勉強のし直しだが……前に教えたことを覚えてはいるようだった。重ねて言うが、気持ちはわかる。俺も若い頃はそういった感情のままに動いていたからな……。
「今回は良い。次回もたぶんいいだろう……が、そのうち影響が出てくる。依頼金という明確な基準ではなく、如何に同情を引く背景があるかという物にもなりかねない。そうなればそれを受けて生きていけるのはほんの一握りになってしまう。依頼金が足りなければ成立しないというのは残酷な話だが、誠実な話でもある」
「知ってるわ……おじ様がしっかり教えてくれたもの」
うつむき気味になるエルナの頭を子供にするように撫でてやる。まあ、実際子供だが……面と向かって言うと怒るからな。今も文句がありそうだが成すがままだ。
悩んで、悲しんで、時に笑って……そうして成長していけばいい。
「お待たせ! あれ、どうしたの?」
「何でもないわ。じゃ、行きましょうか」
「その前にギルドに顔を出すんだ。さすがにこの状態で連れ出すと色々と言われるからな」
冒険者に資格といったものはない。今日から冒険者だ!と言えばそれで終わりだ。ただまあ、それでは世の中上手くいかないのも確かだ。そんな状況に対して、各国とも話し合いのうえでそういった荒事を含めた仕事を仲介する組織を作った。地域ごとに癒着やら不正が無いわけではないが、適当に酒場で酔っぱらいながら受けるよりははるかにマシだって俺が言えることじゃないな。
少年の両親の様子を見た後、3人でギルドへと向かい簡単な登録を済ます。登録と言っても今日から自分が冒険者になりますと宣言して署名するだけだ。必要に応じてどこかに出かけるのも冒険者だから自由。逆に分不相応な依頼を受けて死ぬのも自由、そんな立場。
「まあ、そうは言いましてもこちらも失敗してしまうと困りますからね。無理や無茶はされないように気は使っているんですよ」
「へー、すごーい!」
今日の受付は少年的には当たりのようだ。俺やエルナとしてはやや退屈な話だが、しっかりと注意事項を伝えてくるあたり、そういう性格なのか、あちらも新人なのか……なんとなく両方な気がするな、だいぶ若いし。
一通りの説明を受け、どこか不安と期待の入り混じった表情になる少年。逆に俺はその顔を見て表情には出さずに安心していた。寄り道ばかりも良くはないが、こうして1人でも道を間違えることが無いように出来るのであれば……もう一度力を振るう覚悟を決めた甲斐があるというものだ。
「さ、やりましょ!」
妙に元気なエルナ。彼女に恐らくは……俺が英雄を辞めた理由を言うことはないだろう。言いたくない物事が多いのも手伝っているが、本心としては怖かった。きっと彼女は、俺の苦しみを知った上で、それを受け止めてしまうような気がしたからだった。
(女ってのはどいつもこいつも……)
俺は羽根付や天使共を倒すことは簡単でも、女の考えることを理解するのは簡単ではないと一人勝手に痛感していた。その間にも年上ぶって(実際に年上だが)冒険のあれこれを教えているエルナ。少年も律儀に1つ1つに頷く物だから随分とエルナも嬉しそうだ。
「準備は結構だがな。準備万端で冒険が出来る方が少ない。そこは覚えておけ」
「もう、おじ様。それで、どんな依頼をこなすの?」
エルナはもう少し俺にそのあたりを丸投げなところを治してほしい物だが……まあ、勝手に受けて勝手に失敗されるよりはいいのだが……ふむ。俺は一人が多かったが、パーティーを組んで活動するというのはそういうものかもしれないな。誰かが決めるという役目を背負うわけだ。
「似たようなもんだ。トレントの集める蜜を獲って来いとよ。この瓶に3本分ぐらいだ」
俺のつぶやきにたまたま近くにいた冒険者の顔が若干ひきつった。なるほど、知ってるやつは知ってるみたいだな。俺も敢えてこの難易度の物を選んだから予想通りの反応だった。
では2人は?というと少年は知らないことなのでやる気に満ちているし、エルナは半分ほど忘れているのかおずおずといった感じで頷いてきた。このままだとちょっと厳しいか。
「エルナ、今回の依頼は俺がマスクルの依頼を受けていたという評判から受けた物だ」
「……了解。気合を入れ直すわ」
詳細はともかく、この依頼がそこらで達成できるような物ではないということは理解したようだった。この考えが出来るならエルナも生き残ることが出来るだろう。何事も経験、生き残って次につなげることが出来れば、ってことだからな。
「何にもいないよ」
「当然だ。トレントがいるからな」
とある森に分け入り、警戒しながら進むも空振りばかりの時間が過ぎていく。そのことに若干だれた様子の少年、アルはつまらなそうに足元にあった小石を蹴っ飛ばした。まあ、気持ちはわからんでもない。恐怖を押し殺して進んだ先にはもう魔物がいませんでした、ってとこだからな。
「おじ様、トレントってあの……吸血木よね?」
「なんともならないような年代物はもうこのあたりにはいない。そこは安心しろ」
実際問題として、こんな近郊にトレントの話が出てる時点でおかしいのだ。動いていないときは普通の木と区別がつきにくく、適当に霊力を打ち出して動いた奴がトレント、そんな判別法が基本なぐらいの……森の暗殺者なのだから。そんな場所に新人も新人を連れてきていいのかという意見もあるだろうが、例え荷物持ちだろうが参加経験ありと無しでは今後の評価に大きく違いがある。
「魔物共が活性化している? いや、俺だけで判断するのは危険か……」
小さくつぶやきながら進んだ先。そこで2人から声が消える。俺もまた、あまり見たくは無い物を見てしまった。楽は楽……なんだがな。俺たちが見た光景。それは大柄なゴブリンを枝で絡み取り、根の部分を体に突き刺してお食事中のトレントだった。
「アル、エルナから離れるなよ」
「う、うん」
これまでに何本切り倒したかわからない相手に向け、俺は速攻を仕掛けるのだった。




