第9話 もうひとりの幼馴染
ゴブリンを倒したことで所有SPが50に達した私は、かねてから計画していた通りに【直感】スキルを取得することにしました。
回廊に倒れる死体と血溜まりが塵と化していくのを確認してから、私は目を瞑ってスキルボードを開きます。
もともと【直感】スキルのところに視点を置いていたので、ものの五秒もかからずにスキルの取得は完了しました。
おっ……おおっ……おおおおおっ!
スキルを取得した途端に、なにやら『シャラン♪』とくるものがあって、私は前進しようとする二人に声をかけます。
「マキナさん、夏姫」
スクールバックに封印した熊避けの鈴が鳴ったのではありません。
なぜならそのゾッとするほど綺麗な音色は、まったく別の場所から響いてきたのですから。
――シャラン♪
私の背後にあるT字路から、狐面の幼女がこちらを覗いている気配がしました。
「どうしたの?」
「お花摘みにでも行きたくなったのかい?」
二人が振り返るのと同時に、背後の視線が通路の角へと頭を引っ込めて、私はその後を追うように指を差します。
「おそらく出口はあちらです」
冴え渡る【直感】が囁いておりました。
特にこれと言ったスキルをもらえなかった【呪神・赫狸の加護(微)】の効果はこれなのだと。
「……ずいぶん自信たっぷりね?」
「その根拠はどこから?」
唐突な助言を訝しむマキナさんと、スキルボードを使用したことを察して訊いてくる夏姫。
私はそんな二人へと向かって堂々と胸を張ります。
「乙女の勘です!」
夏姫には『後でどんなスキルを取ったのか教えて?』と生温かい目を向けられてしまいましたが、自信たっぷりに言ったのがよかったのか、
「……まあ、べつに私も当てがあるわけではないし……ここはひとつ、小春さんの勘を信じてみましょうか」
無事にマキナさんにも助言は受け入れられ、私たちは来た道を引き返します。
すでに歩いた道の安全はある程度確保されているので、隊列は先頭が私、二番手がマキナさん、三番手が夏姫、そして殿を信玄ちゃんが務める形になりました。
パンツずらしを警戒されて、先頭に追いやられたのではありません。
冴え渡る【直感】がマキナさんから微かな殺気のようなものを感じ取っておりますが……これはきっとスキルの誤作動に違いないのです。
マキナさんが右手に握ったままにしているナイフに冷や汗を流しながら、私は沈黙に耐えられなくなって話題を振ります。
「……ところでマキナさんが所属する【怪異調査対応郡】ってなんなんですか?」
「あ、それボクも気になってた!」
良い感じに夏姫が食いついてくれた話題に、マキナさんは淡々と口を開きました。
「陸上自衛隊・怪異調査対応郡は、その名の通り、日本各地の魔道で発生する怪奇現象を調査するために設置されている部隊よ」
「ここみたいな場所が他にもあるってこと?」
「ええ、霊山や禁足地と呼ばれるような場所には、たいてい【魔窟】へと通じる【魔道】があるの。そこは霊場で修行をした者にしか見つけられない狭間の世界なのだけれど、稀にあなたたちのような一般人も迷い込んでしまうことがあって……そうして『神隠し』に遭った一般人の救出も、私たち【対応郡】の主な任務のひとつとなっているわ」
「はえー……そんな部隊が日本の自衛隊にあったんだ……」
「表向きには存在しないことになっているけれどね」
背後を歩く二人の会話を聞きながら、私は背中に冷や汗を流しました。
【直感】スキルが全力で警鐘を鳴らしています。
マキナさん……たぶん嘘ついてる…………。
流石に全ての発言が嘘かどうかまではわかりませんが、一般人の救出という部分が完全な嘘であることだけは確かです。
むしろ彼女がその美しい仮面の下に隠した本心は、どちらかと言えば私たちを消すほうに傾いているのだと取得したばかりのスキルが告げていました。
「ま、マキナさんは私たちを救出するために来てくれたんですよね?」
乾いた喉で彼女の本心を確かめようとする私に、マキナさんの殺気がまた少し強まります。
「……いえ、私はただ上司から『ここに行け』と言われただけで、詳しい任務内容は教えられていないの。うちの部隊はかなり特殊だから、そういったことがよくあるのよ」
「それじゃあその任務内容が『一般人の救出』の可能性もあるってことだよね? マキナさんが着てる制服もボクたちと同じ制服だし!」
「……そうね……そうだといいわね…………」
ひ、ひえぇ…………。
前向きな夏姫と、どこか後ろ暗い雰囲気を持つマキナさん。
そして強まり続けるマキナさんの殺気で私の背中がグショグショになったころ。
「あっ!」
赫狸様に導きに従い、四つ目の角を曲がったところで、私は石造りの壁に埋め込まれた赤い鳥居を発見します。
駆け寄ってみれば、鳥居の内側には見慣れた上成村の風景が見えていて、私はすぐさま赤鳥居の中へと飛び込みました。
トプンッ。
と例の感触がして、景色が見慣れた山道のそれへと切り替わり、私の全身に森の清らかな風が当たります。
「ああっ! ありがとうございますっ! 赫狸様っ!」
思わず出口まで案内してくれた神様に感謝すると、
――シャラン♪
しかし続けて聞こえた神々しい鈴の音に、ぶわっ、と全身に鳥肌が立ちました。
《――【呪神・赫狸の加護】を獲得しました》
《――ミツルギコハル ハ 【ミチヅレ】ヲ テニイレタ!》
あっ……あっ……これはシャレにならないくらいヤバいやつっ!
私の背後に赫狸様たちが立っているのがわかります。
制服の裾を、クイッ、クイッ、と引っ張って、私を振り返らせようとしてくる二つの小さな手。
【直感】スキルが全力で叫んでいました。
――ここで振り返ったら永遠に帰ってこれなくなる、と。
「ちょっと、小春! ひとりで突っ込んで行かないでよ!」
「……本当に魔窟を抜けた……小春さん、あなたはやはり……」
強まるマキナさんからの殺気がかわいく思えるほどの強烈なプレッシャーが、私の精神を蝕みます。
『ねえあそぼ?』
『夕暮れの街で』
『わたしたちといっしょに』
『そこなら怖いものは何も無いから』
『かえりみちがわからなくてもだいじょうぶ』
『子供のままならずっと遊んでいていいんだよ?』
耳元で囁かれる鈴のような声音は、縋りたくなるような不思議な響きを帯びていて……思わず振り返りそうになった私は咄嗟にしゃがんで耳を塞ぎました。
「……小春?」
私の異変を察した夏姫が心配してくれましたが、耳を塞いでも後ろから響く声量は変わりません。
『ここであそびたいの?』
『何して遊ぶ?』
『かごめかごめ?』
『花いちもんめ?』
『おやゆびさがし?』
その提案を受けたらろくでもないことになるのは確実だったので、私は必死にイヤイヤします。
『……どれも嫌なの?』
『あそびかたをしらないの?』
『それじゃあ私たちで決めようか?』
『『今日の遊びは――』』
そして私の命運もこれまでか、と本気で死を覚悟したとき、
――シャラン♪
と、今度は聞き慣れた熊避けの鈴の音がして、赫狸様たちの会話が途切れました。
ハッ、として顔を上げると、落ち葉が積もった山道の先から、ひとりの女子高生が歩いてきます。
最初に目についたのはストレートの金髪。
がっつり着崩した制服と、そこから覗く深い谷間。
スクールバックに大量の鈴を付けたその色っぽい美少女は、道端にしゃがみ込んだ私を見つけて、その整った柳眉を逆立てました。
「あっ!? てめっ……赫狸様に祈ったろ!? あれほど気をつけろっつったのに!」
ひと目で私の状態を見抜いた白ギャルは、緩やかな山の斜面から素早く野草を摘んで、私の前まで駆け寄って来てそれを一振りします。
――シャラン♪
と、鈴の音色とともに振り抜かれた野草からはハーブのいい香りがして、途端に赫狸様の気配が遠く離れました。
「しばらくこれ持ってろ! 生の草だと一時しのぎにしかならないけど、すぐにショーコ姉がなんとかしてくれるから!」
ひとまず命の危機が去ったことを察した私は、トラブルエッチ体質とか関係なく、ギャルの大きな胸元へと飛び込みます。
「アンリ~~~っ!」
バフンッ、と夏姫を越える巨大なクッションに顔を埋めて、私はもうひとりの幼馴染へと全力で甘えました。
彼女こそが『神社の子』にして『見える人』。
「……ったく。小春はあたしがいないと、すぐ死にそうになるんだから……」
秋山杏林はそう言って、私の頭を優しく撫でてくれました。




