第8話 グリモアとゴブリン
塵と化していく子鬼の死体を背に、ビシッ、と踵を揃えて綺麗な敬礼をする銀髪美少女。
私と夏姫は二人して恐る恐る立ち上がりながら、口々にその謎の所属を繰り返しました。
「…………怪異調査?」
「…………対応郡?」
安全装置をかけたアサルトライフルを背中に回し、マキナと名乗った女生徒は私たちの疑問に答えることなく歩き出します。
「説明する前にまずは移動をしましょう。派手に小銃を使用しましたから、音を聞いた魔物たちが集まってくるかもしれません」
「「!? はひっ!?」」
先ほど襲われた子鬼たちの恐ろしさを思い出し、私と夏姫は慌ててマキナさんの後を追いかけます。
周囲を警戒しながら拳銃を片手に先導してくれるその姿はとても頼もしく、少しだけ落ち着いた私は手を繋ぐ親友へと小声で話しかけました。
「――それで? どうして夏姫はここにいるのですか? バスと電車で帰るようにデスコしましたよね?」
私の二の腕へと豊かなお乳を押し付けてくる夏姫は、水色の子犬を足元にチョロチョロさせながら眉をひそめます。
「……あんなわかりやすい嘘に騙されるわけないだろ? どうせ君がお地蔵さんの首でも圧し折ったんじゃないかと思って追いかけて来たんだよ」
「そんなバチ当たりなこと…………しないとも言えません」
もちろん故意にではありませんが、うっかり壊してしまった前科はありました。
「そうだろ? 君はそういう星の下に生まれてるわけだし。だから風紀委員の報告会が終わってから速攻で追いかけたんだけど……赫狸様をくぐったところで姿を見失ってさ……」
どうやら紙の盾を制作している間に追いつかれた模様です。
「……不思議に思って近づいたら、夏姫もここに来てしまったわけですか」
「だいたいそんな感じ」
親友が魔道に迷い込んだ経緯を確認した私は、続けて足元をうろつく子犬へと目をやります。
「その子は?」
「うん、ボクにもよくわかんない。なんかスライムっぽいの踏んづけたら出せるようになったんだけど……名前は信玄だよ?」
……よくわかんないのに名前は付けたんですか。
「なぜに信玄?」
「だって質感が水餅みたいだろ?」
……『水信玄餅』が由来ですか。
「きな粉と黒蜜垂らしたら美味しそうですね」
「それね」
女子高生二人から食欲を向けられて胸を張る姿は、どことなくハスキーっぽい感じがしました。
子犬かわいい……。
そうして二人でいつもの会話をしていると、動揺していた心もだいぶ落ち着いてきたので、私は半壊してしまった紙の盾を左腕から外します。
「……また君は危ないことをして」
大きく凹んだダンボールを見た夏姫からジト目を向けられてしまいましたが、今は緊急時なのでそれ以上のお説教は受けずに済みました。
紙の盾をスクールバックにしまい、私は夏姫とステータスを共有しておきます。
「こちらは職業剣士で【雷魔法】と【剣術】を最初にゲットしたのですが……夏姫はどうでしたか?」
「ボクは【水狼召喚】と【杖術】だね。職業は【魔法使い】だった」
夏姫は後衛型みたいです。
「スキルボードのほうは?」
「……なにそれ?」
ふむ……まだ目蓋の裏の『▽』には気づいてない感じですか。
夏姫が私と同じような餞別をもらったなら、最初に自由にできるSPを100もらっているはずなので、マキナさんが角を覗き込んで止まっているタイミングで解説します。
「目をつぶると暗闇の隅にうっすら逆三角形のマークが現れるでしょう?」
「え……あっ! ほんとだ!」
「あとはそれに意識を集中してみてください」
「……お、おお? ……なるほど、確かにこれはスキルボード……」
「わりと地雷が多いのでご注意を。光るスキルの周りから開けていくのがオススメです」
「あー……うん……これは眺めてるだけで時間が溶けるやつだ…………」
「わかります。ついつい読みまくりたくなっちゃいますよね」
「小春はもうなんか取った?」
「【戦盾術】取りました。盾以外でも防御できて便利ですよ?」
「魔法職が近接戦闘スキル取ってもなー……最初は特化したほうが強そうだし……」
「回避系スキルなら【軽業】もありますけど、そちらは天狗さんがタダでくれるので自己取得は非推奨です」
「……天狗さんってなに?」
あ、そっか……夏姫はついさっきスライムデビューしたばかりだから、古峰神社の天狗さんをまだ見ていないのですね?
「大丈夫です。夏姫も強めに『にゃー』すれば、きっと加護をもらえますから」
「……小春ってときどき理解不能になるよね?」
そうして私たちが雑談に花を咲かせていると、子犬をチラリと見てからマキナさんが話しかけてきます。
「小春さん、夏姫さん」
「あ」
「はい」
うるさかったかと心配しましたが、マキナさんは会話に参加してくれました。
「出会ったばかりでこんなことをお願いするのは不躾なのですが……できれば私にも【魔導智】を解読するコツを教えていただけないでしょうか?」
「……ぐりもあ?」
「……ってなんですか?」
阿吽の呼吸で会話する私と夏姫に、マキナさんは軽く頭を下げます。
「……失礼。あなたたちが言う『すきるぼーど』というもののことを、私たちは【魔導智】と呼んでいるのです。これを解読して力の名前を理解することで、はじめて異能の力を得ることができるのですが……私は一〇年かけてもまったく読み解くことができなくて……」
「「?」」
……わりと親切設計なシステムデザインだと思うのですが?
その説明を不思議に思った私と夏姫は顔を見合わせてから、夏姫が思いついたことをマキナさんへと質問します。
「もしかして……人によって見え方が違ったりするんですか?」
その予想が正解だったらしく、重々しく頷くマキナさん。
「はい。西欧諸国で作られてきたグリモワールと呼ばれる書物にはじまり、ヴォイニッチ手稿やセラフィーニ写本など、世界中に点在する解読不能な奇書の類は、そのほとんどがこれを転写したものだと言われています」
わぁ……それは読むのが難しそう。
というかほとんど解読できないのでは?
「マキナさんにはどのように見えているのでしょうか?」
私が訊くと、マキナさんは回廊の左右から誰も来てないことを確認したあと、前のめりになって解説してきました。
「私の場合は日月神示に似た未知の文字列です! 刻まれている文字の中にはルーン文字に似たものも混じりますが、日本語やゲルマン諸語と比べても文法がめちゃくちゃで……不思議と解読できたのは『這い寄る混沌』という言葉だけでした!」
「すぐにそこから離れましょう」
私は食い気味でマキナさんへと進言しました。
たぶん宇宙からろくでもない罠電波が送られてますから。
専門用語が多出する説明を聞いて賢い夏姫が唸ります。
「うーん……日月神示って確か自動書記で書かれたとかいう予言書だったよね? ボクのゲームみたいなやつとは形が違いすぎて上手く説明できる自信がまったくないや……小春はどう?」
「私も基本デザインはゲームっぽいですかね。古事記にある神様の名前がよく出てくるので、マキナさんのやつとはジャンルが違うのかもしれません」
チラリ、と夏姫のほうへと視線を飛ばすと、こちらを見ていた親友とアイコンタクトが繋がります。
『私たちは同じですよね?』
『うん、ボクも伊邪那岐とか出てきたし』
『なして?』
『仲良しだからとか?』
『……ラブラブですね』
『……夫婦だからね』
うっかり恋人つなぎをしていた私たちは、勝手に運命する手へと二人でジト目を向けます。
『『…………ないわー』』
相変わらず、私たちに百合の気は皆無でした。
そんな幼馴染ならではのコミュニケーションスキルで会話していると、深刻そうにマキナさんが嘆息します。
「……そうですか……すぐに【魔導智】を使いこなしているお二人に聞けば、なにか掴めるかと思ったのですが……………………やはりこれは黒かしら?」
もしかしてスキルボードを解読できないことに落ち込んでいるのでしょうか?
「……できれば女子供は手にかけたくなかったわ…………」
シュン……。
と肩を落とす絶世の美少女に、私と夏姫は慌てました。
「で、でもでも! まだ全てが違うとは限りませんよね!?」
「そ、そうそう! ここから出たらみんなのスキルボードを照らし合わせてみようよ! そしたらマキナさんのも解読できるかもだし!」
「私でよければいくらでも力になりますから!」
「もちろんボクも全力で手伝うよ!」
私たちの必死の励ましに、マキナさんは顔を上げて、その天使みたいに整ったお顔に憂いを帯びて微笑みます。
「………………ありがとう。もう少しだけ様子を見させてもらうわね?」
そして踵を返し、拳銃片手に再び迷宮探索へと戻る銀髪美少女の背中を見つめて、私と夏姫は、グッ、と拳を握りました。
「「――推せるっ!」」
マキナさんファンクラブ結成の瞬間でした。
◆◆◆
近場にいた子鬼たちはあらかた夏姫がモンスタートレインしていたのか、それから五分ほどは魔物とエンカウントすることなく探索が進み、八つ目の曲がり角に差しかかったところでマキナさんが右手をグーにして顔の横に上げます。
サバイバルゲームとかでそのハンドサインの意味を知っていた私は止まろうとしましたが、例の体質が発動して自分の足に躓きました。
「あっ――」
「――おっと」
幸い夏姫が気づいて私の襟首を引っ張ってくれたので、マキナさんのスカートを引きずり下ろすのは避けられましたが、代わりに私はマキナさんのお尻へと抱きつきました。
「す、すみません」
「気をつけて」
私に抱きつかれても強靭な体幹で微動だにしないマキナさん。
彼女が見つめる曲がり角の先には二体の子鬼がうろついていて、それをお尻越しに確認した私はなるべく音を立てずに夏姫の元までハウスします。
「……まったく君ってやつは」
「……面目ない」
すぐさま私の腕に抱きついてきて、お乳を押し付けてくる幼馴染。
ああ、これ……私のトラブルエッチ対策だったんですか……どうりでやたらと押し付けられるわけです。
普段はあまりベタベタしない夏姫が迷宮の中ではやたらとくっついてくるので、怖がっているのかと思っていたのですが、どうやら夏姫は私が粗相を起こさないように巨乳シートベルトでガードしてくれているみたいでした。
「大人しくこれで満足しておけよな?」
唇を尖らせてかわいく注意してくる夏姫に、私は遠い目になります。
……なんという宝の持ち腐れでしょうか。
きっと男子が今の台詞を言われたら一発で押し倒したくなるのでしょうが……ノンケの女同士でやっても虚しいだけでした。
「……誰のせいだと思っているのかな?」
感想が口に出ていたらしく、赤面して美少女ムーブを悔やむ夏姫。
そんな緊張感の無い私たちを、マキナさんが「しっ!」と注意してくれて、私と夏姫は慌ててお互いの口を押さえます。
自然と仲良しムーブで黙る私たちを横目に、マキナさんはスクールバックから重量感のある警棒を取り出しました。
「この先に二体のゴブリンがいるわ。緊急時に備えてあなたたちがどれだけ動けるかを確認しておきたいから、左側の個体を二人で相手してみてくれないかしら?」
やっぱりあれはゴブリンだったのかと思いつつ、私は黒鉄丸を夏姫に渡して、マキナさんから高そうな警棒を受け取ります。
躊躇せず私が武器を受け取ったことに、マキナさんは少しだけ驚いた顔をしました。
ふっ……舐めてもらっては困ります。
私の全身には母から受け継いだ狂戦士の血が流れているのですから!
伸縮式の特殊警棒を振って伸ばしてみれば、先端に重りの付けられたそれは、しっかりした鋼鉄の密度が感じられる作りをしていて……『これなら確実に殺れそうだ』と、私はひとつ頷きます。
「タイミングはどうしますか?」
ちゃんとした武器があるなら先手必勝でした。
「そちらに合わせるわ」
口調が敬語から素に戻っているところを見るに、マキナさんにもあまり余裕がないのでしょう。
銃弾にも限りがあるはずですし、私たちの命の恩人である彼女を手助けするためにも、私は親友と短く打ち合わせをします。
「夏姫、陽動は任せました」
「うん、任された」
普段からゲームでマルチプレイをしておくと、こういう時の意思疎通がスムーズでした。
学生服の中からナイフを引き抜いて構えるマキナさん。
「いつでもどうぞ」
促された私は鞄を床へと下ろし、右手に警棒を構え、ひとつ深呼吸してから曲がり角へと飛び出します。
「ギ……っ!?」
ちょうどこちらを向いていた右側の個体が私を見つけて叫ぼうとしましたが、ゴブリンが声を上げる前にマキナさんが投げたナイフが喉へと突き刺さって、私はいまだこちらに背を向ける自分の獲物へと突っ走りました。
ドサッ、と右側のゴブリンが倒れ、その音に左のゴブリンが振り返ります。
「――信玄っ!」
夏姫の号令で私を追い抜いていった子犬がゴブリンへと飛びかかり、反射的に振り上げられた棍棒によって水滴を散らしました。
その攻撃で隙だらけになったゴブリンへと向かって、私は大きく跳躍します。
「――うおりゃっ!」
全力疾走から繰り出される飛び膝蹴りは綺麗にゴブリンの鷲鼻へと吸い込まれ、
「グギャッ!?」
紫の鼻血とともにバランスを崩した獲物へと、空中で姿勢を整えた私は、落下の勢いを活かして脳天唐竹割りを繰り出しました。
――パコンッ!
【剣術】と【軽業】のスキル補正も入ったのか、ちょうどゴブリンの頭が地面にぶつかるタイミングで側頭部に入った警棒は、まるでスイカを叩き割るように緑の頭を粉砕します。
《――5SPを回収しました》
「ふー……」
両手で警棒を中段に構えた私は、ゴブリンの死体に向かって残心します。
私の足元では水滴が集まって、棍棒に散らされた信玄が復活していました。
ふむ……物理攻撃無効とは、なかなか優秀なサーヴァントです。
奇襲が失敗に終わった時のためにか、黒鉄丸を持って私の後を追ってきた夏姫が、石の床に散らばる紫の血肉を見て呆れた声を出しました。
「うわー……相変わらずケンカつよ……ていうか、よく人型生物相手にそこまでできるね?」
「殺らなければ殺られますから」
悪・即・ボコです。
「流石は【御剣流古武術道場】の娘……小春は思考回路が修羅なんだよなー……」
私の戦闘技術はだいたい夫婦喧嘩の時のお母様を真似して覚えたものですが、古武術道場の師範をしているお父様からも簡単な木刀術くらいなら習ったことがありました。
『――もしも暴漢に襲われたなら、長物でそいつの頭をカチ割りなさい』と。
小さいころからそんな教育を受けてきたおかげで、私はゴブリンの頭をカチ割ったことに欠片の罪悪感も抱きません。
情操教育って大切なんですね。
ちなみに私のお父様は、超が付くほどの親バカでした。
思っきり振り下ろしたので警棒が曲がってはいないかと確かめる私に、ゴブリンの死体からナイフを引き抜いたマキナさんが近づいてきます。
「かなり動けるみたいで安心したわ。小春さんが自分の足に躓いた時は、どうしたものかと思ったけれど――あなたはちゃんとした訓練を受けたソルジャーだったのね」
……めちゃくちゃ鈍臭いのではないかと警戒されていたみたいですが、戦闘能力を示したことで私たちの認識が保護対象から戦友へとグレードアップされたらしく、
「これで心置きなく殺れそうよ」
私は差し出されたマキナさんの右手を嬉々として握りに行きます。
「はいっ! たくさん殺りまくりましょう!」
しかし推しに向かって歩き出すと、ちょうど信玄ちゃんが遊んでいたゴブリンの棍棒が転がってきて……もちろんそれを踏んづけた私はマキナさんのお乳に突撃しました。
フニョン。
と、ささやかなクッションが私の頭を受けとめて、上から困惑した声が降ってきます。
「……どうしてあれだけ動けるのに転ぶのかしら?」
「……私にもよくわかりません」
そして私のトラブルエッチ体質の一番の被害者である夏姫が、新たなターゲットになったマキナさんへとアドバイスしました。
「気をつけてね? 後ろから突撃されると、ときどきパンツごと持っていかれるから」
「用心しておくわ」
……その悪癖だけは推しに知られたくありませんでした。
次回、小春の幼馴染その二が登場!




