第10話 田舎娘VS暗殺者
「アンリ! 小春は大丈夫なの!?」
薄暗い山道に佇む赫狸様から離れて、夏姫がこちらにやってきます。
「ああ、ちょっと神様と仲良くなりすぎただけだ。悪霊とかじゃないから心配すんな」
優しく頭を撫で続けてくれているアンリの胸元に、私は顔を埋めたまま、二人にだけ聞こえる程度の小声で注意を促します。
「……エマージェンシーです。マキナさん、私たちのことを本気で殺そうとしています」
一難去って、また一難。
私たちの背後では赤鳥居の前に立つマキナさんが、俯いてなにかをブツブツと呟いていました。
「……悪魔崇拝者……そう、ここにいる人間は……みんな悪魔崇拝者だったのよ…………」
その様子を見たアンリが私を胸元から引き剥がし、夏姫の胸元へと預けます。
「あー……あっちはちょっとヤバいわ……あの子、穢れを払わずに魔窟へと入ったのか……」
「……それって危ないの?」
ただならぬ様子を察して身構える夏姫。
アンリは一歩前に進み出て、私たちの盾になるようにマキナさんとの間に立ちました。
「お前らみたいな平和ボケした日本人なら問題ないんだが、あの子は【八咫烏】らしいからな……俗世の穢れを背負ったまま魔窟に入ると【伊邪那美】の瘴気をモロに受けちまう。つまり――」
そして次の瞬間。
マキナさんは太もものホルスターから拳銃を抜きました。
「――人を殺したくてたまらなくなる」
こちらへと向けられる銃口。
「っ!?」
しかしその拳銃の銃身部分には水餅のような子犬が挟まっていて、武器の異変に気づいたマキナさんが目を見開きます。
「――ボクはあまり銃には詳しくないんだけどさ。それ、筒の部分が詰まってたら使えないんだろ?」
いつの間にか仕込みを終わらせていた夏姫は私が預けた黒鉄丸をクルクル回し、かわいくペロッと舌を出しました。
「ごめんね? 小春が怯えてたから意地悪しちゃった♪」
私の幼馴染たちが頼もしすぎる!
慌ててマキナさんは拳銃を捨てて、背中の自動小銃を構えようとしますが、そちらの銃口からも子犬のお尻がハミ出ていました。
「……二体目も出せたんですか?」
「うん、試しに【深化】させたら召喚数が増えたんだ。一か八かだったけど運がよかったよ」
なんというリアルラックの暴力……。
夏姫はここぞという時の引きを外さない豪運の持ち主でした。
「このっ!」
マキナさんは自動小銃とバックも山の斜面へと投げ捨てて、学生服の中からコンバットナイフを引き抜き構えます。
それに応えるようにアンリは時代を感じる旧式のスクールバックに手を突っ込んで、その中から明らかに鞄のサイズよりも長い金属バットを取り出しました。
「ハッ! 来いよ北欧クソ美人! あたしのダチに銃を向けたこと、後悔させてやるっ!」
油性マジックで『悪霊退散』と書かれたそのバットを手に、ノリノリでマキナさんへと突っ込んでいくアンリ。
二人はあっという間に肉薄し、コンバットナイフと金属バットをぶつけて、薄暗い山道で火花を散らしました。
ガキンッ!
ギャリギャリ!
ゴアアァン!
と、田舎には似つかわしくない戦闘音が響き、金髪と銀髪の美少女たちがハリウッド映画顔負けの近接戦闘術を披露します。
「ああああああああああっ!!! そこをどけぇええええええええええっ!!!」
「おっ! てめぇ、けっこうやるじゃねえかっ! まともな喧嘩は久しぶりだぜっ!」
ハイテンションにナイフとバットを振るう二人の女子高生。
「……楽しそうですね、アンリ…………」
「……あの子、ヤンキー漫画が大好きだから、ケンカを挨拶の一種だと思ってるんだよ…………」
ヤバいものに取り憑かれているマキナさんはもちろん、取り憑かれたようにバットを振り回すアンリのほうも近寄りがたい迫力がありました。
見た目がヤンキーだから金属バットの似合うこと似合うこと……。
そして私たちがドン引きしながら二人の戦いを眺めていると、
「ほっ! もらったぁ!」
アンリのバットがマキナさんのナイフの柄に当たり、その手から武器を弾き飛ばします。
「シッ!」
しかし続けて放たれたマキナさんの映画みたいなハイキックがアンリのバットも弾き飛ばして、二人の戦いは徒手空拳による肉弾戦へと突入しました。
最初はかっこよく殴る蹴るの高度な応酬をしておりましたが、次第に美少女同士のキャットファイトは泥臭くなりはじめ……やがてお互いの服を持って組み合ったまま、二人は緩やかな傾斜の山肌へと転がっていきます。
およそ一〇メートルくらい落ちたところで二人はまた戦いはじめましたが、流石に体力が尽きたのか、そこからのバトルは見るに堪えないものとなりました。
頭突きをしたり。
髪を引っ張ったり。
制服を破ったり。
「「……うわぁ…………」」
その子供の喧嘩のような泥試合を私と夏姫はどう止めたものかと悩みましたが、
「あ! いいこと思いつきました!」
私はすぐに使えそうなアイデアを閃いて、【直感】スキルの導きのままに、斜面で絡み合う二人へと向かって走り出します。
「ちょっと小春っ! 危ないよ!」
「大丈夫ですーっ!」
後ろから心配してくる夏姫に手を振り、私は喧嘩する二人へと抱き着きました。
「このっ! また邪魔をっ!?」
「小春っ!?」
突然の乱入に二人は一瞬だけ動きを止めて、その隙に私は最大出力で『魔法』を発動させます。
「――【サンダー】ッ!」
バチィイイインッ!
と、ゼロ距離で放ったそれは良い音を響かせて、マキナさんとアンリが、びくんっ、としました。
「っ!?!?!?」
『キュピッ!?!?!?』
「ちょっ!? てめっ!? なんであたしまでっ!?」
なんか二人の悲鳴に紛れて変な声も聞こえた気がしましたが、今はそれどころではありません。
「あ……これ、私もビリッとします……」
魔法の自爆ダメージを受けた私は慌てて二人から体を離し、マキナさんのローファーを片手で押さえて、細い足首の二ミリ手前に人差し指をセットします。
「……おい待て、それだとこっちも巻き添えになるんじゃ……」
電気の性質に気づいて必死でマキナさんから離れようとするアンリ。
ゼロ距離で放てばそれなりに威力が出るみたいですが、一発ではまったく足りなかったみたいなので、痺れる二人へと私は微笑みました。
「喧嘩両成敗です」
……アンリは途中からお祓いとか関係なく、喧嘩が楽しくなってましたよね?
青ざめる二人。
笑顔になる私。
背後では夏姫が呆れた顔で嘆息していることでしょう。
そして私は二人に憑いた悪いものが落ちるまで、やっと使い道を見つけた魔法を、ここぞとばかりに使いまくりました。
「――【サンダー】ッ!」
「――【サンダー】ッ!」
「――【サンダー】ッ!」
「――【サンダー】ッ!」
「――【サンダー】ッ!」
「――【サンダー】ッ!」
「――【サンダー】ッ!」
最初に使ったものと合わせて合計八発ほど放ったところで軽く目眩がしたので、MP切れかと思って魔法の発動を止めます。
私の下では全身から薄く煙を出した美少女二人が、盛大にビクンビクンしておりました。
「……………………きゅぴぃ…………」
変な声を出すマキナさんの口から、黒い何かが抜けていくのがわかります。
「…………こ、こはるっ……てめぇ…………おぼえてろよっ…………」
アンリは変なものに取り憑かれていないぶん精神へのダメージが少なかったのか、ギリギリ意識を保っていました。
「よしっ! これにて一件落着っ!」
地面で痙攣する美少女二人、その前で仁王立ちしてドヤ顔をする私。
そんな酷い光景を前に、夏姫が小さく感想を口にします。
「……………………鬼畜」
お互いの制服を破り合う激しい運動の後で、頬を赤くして震える美少女二人は、殿方には決して見せられない『えっちぃ』姿をしておりました。
◆◆◆
それから麻痺状態を脱したアンリに軽く拳骨をもらったあと、私たちは気絶しているマキナさんの荷物を漁って、見つけたロープでマキナさんの手足を縛りました。
また暴れられたら大変ですから仕方がなかったこととはいえ……ボロボロの学生服姿で拘束されている美少女からは、もの凄い犯罪臭が漂っております。
「……これ、訴えられたら100%裁判で負けますよね?」
「……見た目は完全に事件だからね」
銀髪美少女を拉致してしまった現実に冷や汗を流す私と夏姫。
このビジュアルを気にしていないのはアンリくらいでしょう。
「馬鹿なこと言ってないで、さっさとこの子もショーコ姉のところまで運ぶぞ? ほら、あたしが頭持つから、小春と夏姫はそっち持て」
そう言ってアンリは手早くハンカチを取り出して丸め、念のためマキナさんの口へと噛ませます。
「「うわぁ…………」」
猿轡をしたことで犯罪臭が三割増しになりました。
しかしこのまま眺めているわけにもいかないので、私はアンリにもらった野草を胸ポケットへと入れて、マキナさんを持ち上げる準備をします。
アンリがマキナさんの上半身を肩に担いで、夏姫はマキナさんの荷物を回収したあと胴体を受け持ってくれたので、私はマキナさんの足を担ぐことにしました。
「……小春が先頭な? お前が後ろにいると気が散るから」
「失礼な!」
アンリの指示で先頭を任されたので、私はマキナさんの足先を進行方向へと向けて山道を歩き出します。
こんな状況にも関わらず『女三人寄れば姦しい』とはよく言ったもので、すぐに夏姫が雑談をはじめました。
「マキナさんはすごく軽いね。ちゃんとご飯食べてるのかな?」
夏姫の言う通り、マキナさんの身体は小枝のような軽さでした。
「監禁中はご飯をお腹いっぱい食べさせないといけませんね。こんなにかわいい子が痩せているなんて、不公平にもほどがありますから!」
「然り然り!」
美少女を太らせようという邪悪な計画を立てる私たちへと、アンリが呆れた声でツッコミを入れてきます。
「小春はともかく、夏姫はべつに太ってねえだろ」
「? ボクも体重は増えてるよ?」
「そりゃあ乳が大きくなっただけで、小春みたいに腹がプニッてはないだろ?」
「あー……言われてみれば、確かに」
それはお腹がスライム化してきた私への遠回しな忠告なのでしょうけれど、言ってはならないことを言うアンリへと、私は人差し指を立てて魔法の構えを取りました。
「……なんかムカついたので【サンダー】しましょうか? マキナさんを抱えている今ならみんなで仲良くビリッとなれますから」
「や、やめろバカッ! 電線代わりにされるこの子がかわいそうだろっ!」
「……ナチュラルにボクまで巻き込もうとするのやめてくれる?」
ふむ、制裁対象を『痩せてる美少女』に設定するのは流石に醜いのでやめておきますか。
そうして犯罪行為を誤魔化すためのおふざけが終わったところで、ようやく夏姫が本題を切り出します。
「ところで、アンリはあの通学路のこと知ってたの? ボクや小春が魔法を使っても、当たり前みたいに受け入れているけれど」
通学路のこと、私たちが身につけた特殊能力のこと、そしてマキナさんのことすら把握してそうな幼馴染に、私と夏姫は少しだけ寂しさを感じていました。
どうして言ってくれなかったのかと言外に抗議する私たちへと、アンリは気まずそうに謝ります。
「……黙ってて悪かったよ。あの道のことはショーコ姉から口止めされてたんだ……もちろん魔法や神様のこともな」
先ほどから何度も名前が出ているショーコ姉さんは、私たちの面倒を小さいころから見てくれている師匠みたいな人で、彼女の言葉には昔から超常的な説得力がありました。
「……まあ、ショーコ姉がそう言ったなら」
「……仕方ないですね」
その実態は引きこもりのニートでしかないのですが……なぜか姉さんって威厳があるんですよね……。
無駄に神々しいというか。
謎の説得力を持つ近所のお姉さんの指示なら仕方ないと、私と夏姫は納得し、隠し事をしていたアンリへの追求を終わらせます。
あの通学路に関することは姉さんのところについてから説明してくれるのでしょう。
少し気まずい空気になってしまったので、私は話題を切り替えます。
「……そう言えば、アンリは今日、なにをしてたんですか? 家の用事とか言ってましたけど?」
学校を休んだ理由について訊ねると、後ろでギャルが照れくさそうに呟きました。
「……朝から祈りを捧げてたんだよ……さっきまで助けに行くことも禁止されてたから……せめて二人が無事に帰って来れるように……」
それを聞いた瞬間、私たちは冷たい井戸水で身を清めて真剣に祈り続ける金髪ギャルの姿を幻視しました。
感動した私と夏姫はマキナさんを一度地面に下ろし、友達想いな大親友へと抱き着きます。
「お、おい!?」
見た目がギャルギャルした私たちの親友は、今日も中身が聖女様でした。
「アンリは私のお嫁さんにします!」
「ダメ! このかわいいギャルはボクが娶るの!」
「女と結婚する気はねえよっ!?」
そんな百合百合しいやり取りを挟みつつ、マキナさんを再び抱えた私たちは、山道を抜けて田んぼに挟まれた土の道をしばらく歩き、上成村の真ん中あたりを目指します。
田んぼ道を抜けたら、最初の分かれ道を右へ。
そして村の中央にある住宅街に入ったところで、すれ違ったおばあちゃんに拉致の現場を見られてしまいましたが、
「おやおや……」
上成村は超が付くほどのド田舎なので、おばあちゃんは美少女を運ぶ私たちを見ても、のほほんと笑うだけでした。
「……誘拐かい? 余所者に見られないように気をつけるんだよ?」
「「「はーい」」」
「えっ、えっ、若い子は元気だねえ」
この村において日本国憲法は通用しません。
そんなやりとりを挟みつつ、マキナさんを抱えた誘拐犯たちは村の中央にあるボロアパートへと到着します。
昭和に建てられた築五〇年を越えるこの【コーポ・イワト】こそ、私たちの目的地でした。
入居者はひとりしかいないので、私たちはカンカンと錆びた階段を派手に鳴らしながら二階へと上がり、角部屋にある二〇五号室の扉をチャイムも鳴らさずに開きます。
「ショーコ姉ー」
「「きたよー」」
アンリの呼びかけに続けて、いつもの挨拶をする私と夏姫。
入って左手が台所、右手にトイレとお風呂。
奥には六畳間の和室があって、壁にはズラリと和柄のスカジャンが並び、その下にはエロゲーやエロ同人誌がうず高く積み上げられています。
そして布団とテレビとゲーム機が乱雑に置かれたその六畳間の中央では、いつもの如くタンクトップ&おパンツ姿のヒキニート美女がコタツに籠もっていて……。
「……ふ、ふへへ……美少女たちのてぇてぇは最高だぜぇ…………」
彼女はドクドクと鼻血を流し、コタツの上を真っ赤に染めておりました。
「「「…………」」」
なぜかとてつもない気持ち悪さを感じた私と夏姫とアンリは、床に転がるピコピコハンマーとハリセンとスリッパを手に取り、それらを容赦なくこの部屋の主へと振り下ろします。
「「「煩悩退散っ!」」」
――ピコッ!
――バシッ!
――スッパアアアアン!
怒涛の三連撃を食らった『近所のお姉さん』は、ろくに洗ってないくせに艷やかな赤髪をボリボリ掻きながら、真紅の瞳をこちらへと向けてきます。
「――おう。これで役者が揃ったな」
そして上成村で一番の怪人物――御神照子は、その女神の如き美貌を『ニチャア……』と歪めて、私たちへと邪悪な声音で訊ねてきました。
「……で? 誰と誰が結婚すんの?」
もちろん私たちは、その寝ぼけた頭にもう一発ずつ、会心の三連撃を叩き込みました。
――ピコッ!
――バシッ!
――スッパアアアアン!




