第6話 迷宮探索と謎の美少女
「……ど、どなたか……いらっしゃいますかぁ…………」
そっと曲がり角から通路を覗き込んで、なにもいないことを確認してから、次の曲がり角まで進む。
唐突なダンジョンアタックを強いられてしまった私は、まるで猫に怯えるネズミの如く、チョコチョコと慎重に石造りの回廊を進んでおりました。
動くたびに音が鳴る熊避けの鈴はハンカチでくるんでスクールバックの奥深くへと封印しております。
スマホで助けを呼ぶことも考えましたが、もともとこの道は圏外で、改めて確認してみても電波が立つ気配はありませんでした。
私にできることはただひとつ。
角から覗いて、チョコチョコ。
角から覗いて、チョコチョコ。
石橋は突っ走って渡り切る私でも、流石に未知の迷宮を突っ走ることはできません。
そして四回目の角チョコを終えたところで、私は通路の真ん中に青いプルプルを発見して、ホッ、と安堵のため息を吐き出しました。
ああ、よかった……出現するモンスターは変わっていないのですね……。
これでミノタウロスとかが出てきたら一発でアウトでしたから、朝にも目にした青いスライムは安全の証でした。
「セーフ! ミノじゃなくてセーフ!」
自分より弱いモンスターが現れたことで強気になった私は、回廊の真ん中へと躍り出て、剣と盾を構えます。
右手に黒鉄丸、左手に紙の盾。
朝よりも充実した装備で戦う最初のスライム戦は、
――ぷるっ!
「ほっ」
バインッ……。
「せいっ!」
ブチュッ!
《――1SPを回収しました》
気持ちいいくらいあっさりと勝利することができました。
「お、おお……っ! 紙の盾が、紙の盾がとても使いやすい……っ!」
左腕にきっちりフィットして自在に振り回すことができる盾は、戦闘に対するストレスを大幅に軽減し、むしろ戦いの中に喜びをもたらしてくれます。
特にスライムの体当たりを受けた時の軽い衝撃ときたら……。
あれはまさしくダメージ『0』と表記された時の快感と同じでした。
かつての強敵が取るに足らない雑魚になる。
これぞRPGの醍醐味のひとつと言えるでしょう。
「よしっ! これなら50SPまで戦えそうです!」
なぜ50SPかと言えば、欲しいスキルがあるからです。
授業中にスキルボードを読み漁ったことで、私は使えそうな格安スキルをいくつか見つけておりました。
《――【直感】……取得SP:50SP。あなたは優れた第六感覚を得る。過去の経験や学習をもとに無意識が導き出す閃きは、時に賢者の助言よりも的確に、最短で求める解へと到達する大きな足がかりとなるだろう》
戦いの補助に。
アンブッシュ対策に。
そしてこの迷宮からの脱出の手助けに。
今の私に必要なのは、まさしく冴え渡る【直感】スキルでしょう。
それを取得するためにも、目標を『残りスライム一二体討伐』と定めて、私は急いでダンジョン探索をはじめます。
《――1SPを回収しました》
《――1SPを回収しました》
《――1SPを回収しました》
《――1SPを回収しました》
角に潜むのはやめて、石の回廊を突っ走り、スライムを見つけ次第ポイントを取りに行く。
本来このような危ない探索方法はよろしくないのでしょうが、まったく攻略情報を知らない迷宮を運に任せて歩くというのは、いくらなんでも怖すぎました。
ああ……できることなら浅はかにもスライムとの再戦を希望した過去の自分へと、ニー・ドロップを決めて差しあげたい……。
《――1SPを回収しました》
《――1SPを回収しました》
《――1SPを回収しました》
《――1SPを回収しました》
そうして一刻も早く【直感】スキルを取得して、脱出の手がかりを得ようとした私は、そのまま八体目のスライムを討伐し、続けて勢いよく角を曲がったところで、
「――わひゃっ!?」
緑色をした子鬼と遭遇しました。
「…………グル?」
唐突な人型モンスターとの遭遇に固まる私。
そんな私の全身を嬲るように見たあと、子鬼さんは涎を垂らして腰布をもっこりさせます。
「Oh…………」
その色欲に染まった瞳はまさしく暴漢のそれで、私は全身に寒イボを立てて思わず一歩後退りました。
「グギャギャギャギャッ!」
しかしその逃げ腰の姿勢が戦いのゴングとなってしまったらしく、子鬼は棍棒を振りかぶって襲いかかってきます。
「うわっ!?」
慌てて紙の盾を構えて初撃を受け止めると、メキョッ、とダンボールがひしゃげる音がしたあと、強い衝撃が左腕に走りました。
「くっ……そおっ!」
ヤケクソになって鉄パイプで反撃しますが、子鬼の胴体を叩いたパイプは軽い音を立てて、
「グギャッ!?」
と、子鬼を二、三歩後退させるだけに終わります。
「あっ!? ヤバっ!?」
その手応えの軽さに、私は迷うことなく踵を返して逃げ出しました。
今も痺れる左腕に受けた衝撃の強さからして、まともにあの棍棒の攻撃を食らえば、私は間違いなく骨折してしまうでしょう。
それに引き換え、こちらの攻撃は、せいぜい打撲程度のダメージしか与えられていないのですから、これではお話になりません。
平和な日本のホームセンターで買える装備では、まったく攻撃力が足りていないのです。
「ヤバいヤバいヤバいっ!? これは絶対にヤバいやつっ!!!」
すでに安全が確保されているはずの、これまで歩いてきた道を私は突っ走ります。
軽く後ろを振り返ると、そこでは怒った子鬼が棍棒をブンブン振り回しながら追いかけてきていて……その殺意の高さに思わず私は絶叫しました。
「――いぃいいいいいいいいいいいいっやぁああああああああああああああっ!?!?!?」
「――グギャギャギャギャギャギャッ!」
まさしくこれは乙女のピンチです。
このまま子鬼に捕まれば、私は巷に流通する『薄い本』のように、悲惨な目に合ってしまうことでしょう。
……まだ読んだことありませんけど。
そしてスタート地点を通り過ぎ、未知の領域へと足を進めた私は、何もいないでくれと祈りながら最初の角を曲がります。
「――あえっ!?」
するとその回廊の先には私と同じ【星女】の制服を着た女の子がいて……こちらに振り向いたその子は、素早く太もものホルスターから【9mm拳銃】を引き抜いて構えました。
「ホワッツ!?」
慌てて射線から体をどけると、タン、タン、タン、と乾いた発砲音が響き、
「――ギャッっ!?!?!?」
股間を抑えた子鬼が地面を滑って私の横を通過していきます。
そしてピクピクと地面の上で痙攣する子鬼へと女の子は歩み寄り、その頭へと無慈悲にローファーの踵を踏み下ろしました。
――ゴギィッ!
と、頭蓋骨の砕ける生々しい音が回廊に響いて、そして彼女は私へと冷たい視線を向けてきます。
恐ろしく整ったハリウッド級の美貌。
ポニーテールに纏められた艷やかな銀髪。
鋭く細められた青い瞳が、私の全身を観察したあと、通路の奥へと向けられます。
真っ白な頬に付いた返り血をワイルドに拭った彼女は、続けて慣れた動きで背中にかけていた【八九式5.56mm小銃】を構えました。
「どきなさい」
「えっ? あっ!? はひぃっ!!!」
冷たい命令に慌てて壁に張り付くと、後ろの通路からさらにひとりの女の子が走ってきます。
「こ~~~は~~~る~~~~~っ!?!?!?」
「っ!? 夏姫っ!?」
なぜか傍らに水色の子犬を並走させた親友は、背後から迫る五匹の子鬼に追いかけられ、汗だくになってガムシャラダッシュしておりました。
「伏せてっ!」
「ホワッツ!?」
アサルトライフルを構える女の子に気づいた夏姫は、私と同じ反応をしたあと、ヘッドスライディングして私の近くまで滑ってきます。
そして射線が開くと同時に、謎の美少女はアサルトライフルのセレクターを『ア(安全装置)』から『レ(連射)』へと切り替えて、耳をつんざくフルオート射撃を実行しました。
――バララッ! バララッ! バラララララララッ!
血だるまになる子鬼。
撒き散らされる薬莢と、耳をつんざく轟音。
そして硝煙を纏った銀髪美少女は、流れるように弾倉を交換して、初弾を装填してからその銃口を壁際で寄り添う私たちへと向けてきます。
「あなたたち! 所属と階級を言いなさい!」
そのあまりの迫力に親友と並んでハンズアップした私は、なにか言わなければと混乱して、とりあえず自己紹介をしました。
「……せ、千灯北星女学園、1のA所属……御剣小春です」
「……お、同じく、1のB所属……早乙女夏姫です」
階級はどこに行ったというその返答に、アサルトガールは困惑して首を傾げました。
「……………………一般人?」
すぐに銃を背中へと回したその人は、ビシッ、と敬礼して自己紹介を返してくれます。
「銃口を向けて申し訳ありませんでした! 私は【陸上自衛隊・怪異調査対応郡】所属――冬月マキナ曹長であります!」
私と夏姫は二人して恐る恐る立ち上がりながら、口々にその謎の所属を繰り返しました。
「…………怪異調査?」
「…………対応郡?」
次回、物語が大きく動き始めます。




