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通学路には今日も、スライムが現れる。  作者: 森本みつき
新生ウエストスライマー
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第5話 装備調達





 その日の勉学はまったくと言っていいほど手につきませんでした。


 放課後に待つ冒険への期待感と、目を閉じればいつでも見ることができるスキルボードと、まだ中学で習ったことの延長線とも呼べる授業内容。


 これらの要素が合わさった女子高生が、果たして真面目に授業を受けることができるのか?


 もちろん私は五分に一度スキルボードをチラ見して、その解読作業に全力を注ぎました。


 眠っていると思われてはいけませんから、見るのは先生が板書をしている間だけ。


 休み時間は愛読書を開き、深窓の令嬢を演じながらガッツリと。


 まるで学校でゲームをしているような背徳感も相まって、解読作業と放課後の冒険計画は素晴らしく順調に進みました。


 まあ、その代償としてクラスメイトの皆様から、



「――小春様が目を瞑って読書をされていますわ……ピンと伸びた背筋がとても素敵……」


「――ええ、きっと彼女との逢瀬に思いを馳せていらっしゃいますのね……あれでは文字なんて平仮名すら読めませんもの……」


「――はあ!? なにをおっしゃいますの!? 夏姫様が彼氏で小春様が彼女! そこは『彼氏との逢瀬』と表現するのが適切ではなくって!?」


「――ああん!? 解釈違いも甚だしいですわ! どう見てもあの二人は小春様が彼氏ではありませんか! ふざけたことを抜かすとその前髪引っこ抜きますわよ!」


「――上等ですわ! ちょっとお裁縫室まで顔を貸してくださいませ! そのとぼけたお顔に穴開けて、正しく『ナツ×コハ』という真理を叩き込んで差し上げますわ!」



 と、なにやらお嬢様学校らしからぬ反応をされてしまいましたが、その真理について触れたくない私は全力で聞かなかったフリをしました。


 というか彼女たちはなぜお嬢様学校の生徒なのに発言が不良めいているのでしょうか?


 私はクラスメイトたちの愛読書がとても気になりました。


 ちなみに私はまだクラスに馴染めていないので、直接訊くことはできません。


 そんなトラブルを挟みつつ、待望の放課後を迎えた私は、さっそく夏姫へとデスコ(※DeathCordの略。無料で使える高機能なコミュニケーションアプリ。パンクなデザインが若者に人気)を送ります。


 シャオラァアアア。



『小春:通学路にクマが出たので今日はバスと電車で帰ってください! ぜったいですよ!』


『夏姫:……警察と猟友会のおじーちゃんに電話しとこうか? うちの近所に会長いるから』


『小春:連絡はわあしがしておくますから夏姫は風紀委員の仕事に千年してくださあ』


『夏姫:千年?』


『小春:専念』




「ふぅ……危ない危ない……まったく夏姫は真面目なんですから……」



 危うく通報されるところでしたが、機転の効いた対応で親友を丸め込み、私は荷物を纏めてさっそくスライム対策へと向かいます。


 風紀委員の仕事は月に一度しか無い代わりに仕事がある日は朝から放課後まで働かされるらしく、夏姫はこのあと朝の風紀検査と昼休みのゴミ箱検査の報告会があるとのことでした。


 靴箱の前でトレッキングシューズの紐を締めながら、私は漆黒の笑みを浮かべます。



「くっくっく……すまんな友よ。できればいっしょに遊びたいところだが、今日のところは平凡な日常を満喫していてくれ……」



 夏姫を冒険に誘うのは、ちゃんと安全対策を確立し、たとえスライムと戦うところを見せても『また危ないことをして!』と怒られないくらい強くなってからがベストでしょう。


 圧倒的な力でスライムを捻じ伏せて見せれば、夏姫もいっしょに遊びたいと言ってくれるはずなのですから。


 靴紐を、キュッ、と縛った私は、立ち上がって右斜め四五度上方向へと呟きます。



「待っててね、夏姫……強くなったら必ず君を迎えに行くから……」



 しかしそれにはもう少しだけ戦いの経験が必要でした。


 真面目に働く親友へと心の中で敬礼して、校門を出た私は右に曲がってホームセンターへと足を向けます。


 一〇〇均で武具を揃えることも検討しましたが、ワンコインの商品は軽くて薄いイメージがあったので、命を預ける武具を揃えるならホームセンター一択でしょう。



「装備っ♪ 装備っ♪」



 気分は王様からもらったはした金を握りしめて、武器屋へと向かう勇者のそれです。


 お財布の中に入った軍資金は二〇〇〇円。


 我が家の女王様からもらった諭吉は月半ばにしてすでに危険水域まで減少しておりました。


 今月はまだ買い食いしかしていないのに、どうしてこんなにお金が少なくなっているのか本当に不思議です。


 そして流れるようにお気に入りの鯛焼き屋さんでカスタード入りのやつを購入した私は、満腹度を増加させるアイテムを公園のベンチでお腹に入れてから、一八五〇円まで減少した軍資金を手にホームセンターへと入ります。


 お腹が減っていては戦ができませんので、一五〇円は必要経費でした。


 鯛焼きといっしょに摂取した水筒の紅茶が効いたので、買い物前にお花摘みを済ませ、いざ尋常に楽しい装備調達の時間です。



「装備になりそうな物があるのは資材コーナーでしょうか?」



 だいたいホームセンターの資材コーナーは左側にあると相場が決まっているので、自動ドアを入って左側に進むと、壁際に並ぶ木材や多種多様な金具が置かれた商品棚が見えてきます。



「なんかこういうのって、つい眺めちゃうんですよね……特に使う予定もないのに…………」



 そして資材コーナーが持つ謎の魅力を不思議に思いながら、殺傷能力が高そうな工具や資材の間を何度か往復した私は、最終的にメインウェポンになりそうな三つのアイテムを選抜しました。



『丸鉄棒910ミリ……398円(税込)』


『鉄パイプ(黒)900ミリ……498円(税込)』


『集成丸棒(オーク)1000ミリ……1780円(税込)』



 ……意外と木材が高いですね。


 ウッドショックというやつでしょうか?


 集成丸棒(オーク)は頑丈でリーチもあって、ブナの棒の進化系とも呼べる武器になりそうでしたが、値段の都合で選択肢から除外します。


 ゲームの武器屋だと木製武器のほうが安いものですが、どうやら日本のホームセンターでは金属製武器のほうがリーズナブルみたいです。


 残された鉄棒と鉄パイプから武器を選ぶため、私は他のお客さんの迷惑にならないように鉄棒と鉄パイプを軽く振って、その使い心地を確かめてみました。


 鉄棒はぎっしり鉄が密集していて攻撃力こそ高そうですが、重さがあって直径が細いため、全力で振ったらすっぽ抜けそうです。


 それに比べて鉄パイプは中が空洞のため攻撃力こそ低そうですが、乙女が振り回すのにちょうどいい太さと重さをしておりました。



「なるほど……どうりでモブキャラの不良たちが武器として採用するわけです……」



 素手で戦う腕力のないシャバ僧には、これくらいの重さがちょうどいいのでしょう。


 スライム相手ならたいして攻撃力は必要ありませんし、か弱い乙女である私もメイン武器を鉄パイプにしておきます。



「あとは防具が欲しいところですが……」



 問題は腕にくくり付ける盾をどうするかということでした。


 当初の予定ではちょうどいいサイズのプラスチック製品を見繕い、ガムテープやヘアゴムで着脱可能にしようと考えていたのですが……意外と盾になりそうなサイズと厚さを兼ね備えたプラスチック製品は良いお値段がしました。


 安いものでもだいたい一二〇〇円くらい。


 これに鉄パイプ(約五〇〇円)とガムテープ(約二〇〇円)を加えると、合計一九〇〇円と軽く軍資金をオーバーしてしまいます。


 誰かが鯛焼きを食べなければこんなことにはならなかったのですが……いえ、他にも軍手とか欲しい物はあるので、ここはプラスチック製品とは縁がなかったのだと割り切っておきましょう。


 そして食欲に負けた過去をなかったことにして気を取り直した私は、再び資材コーナーを往復して使えそうな素材を探します。


 値段の安さと頑丈さ、そして加工のしやすさを考えれば自ずと選択肢は絞られていき、やがて私はひとつの素材へと目をつけました。



『ダンボール……398円(税込)』



 紙なのに驚きの耐久性を持つ神素材――ダンボール。


 女の子でも片手で扱える取り回しの良い盾を作ろうと思ったら、これを越える素材が他にあるでしょうか?



「いや、これしかない!」



 幸い私の筆箱にはカッターナイフが常備されていますし、ここはハンドメイドで対スライム用の盾を制作するのが正解でしょう。


 DIYを決意した私は、宅配用サイズ120のダンボールと包装用布テープと軍手を持ってレジへと向かいます。


 軍手は何色にしようかと悩みましたが、女の子らしいピンク色はお値段が五〇〇円以上もしたので、泣く泣く二五八円の黒に決めました。


 まあ、今回はかっこよさ重視ということで良しにしておきましょう。


 レジで店員さんから鉄パイプの使用目的を聞かれるのではないかとハラハラしましたが、幸いにも実戦用とは思われなかったらしく、特に問題なくお会計に進みます。



「合計四点……1332円です。お支払いはどうされますか?」


「現金でお願いします」



 山間にある村では電波状態が悪くなることが多々あるため、キャッシュレス決済が普及しつつある現代でも、上成村の若者は未だに現金を愛用しておりました。


 お会計後にホームセンターにも無料でもらえるダンボールが置かれていることを知った私はちょっと損した気分になりましたが、新品のダンボールのほうが頑丈そうだったので『防御力はこっちが上』だと自分に言い聞かせておきます。


 最近のホームセンターにはだいたい設置されている工作室を借りて盾を制作していこうかと悩みましたが、工作室の利用には三〇分あたりおよそ鯛焼き二つ分の料金がかかるため、私は鉄パイプとダンボールを両手に持って古峰神社へと向かいました。


 途中で風に吹かれたダンボールがバタバタとして、道行く人から好奇の視線を向けられます。


 女子高生たる者、春風にはスカートを靡かせるのが正しい在り方だと思うのですが……私の青春はとことん色気というものと無縁でした。


 そうして女子力の無さを嘆きながら参道の千段階段をえっちらおっちら登って行くと、軽く汗ばんだあたりで神社の拝殿が見えてきます。


 相変わらず拝殿の上には天狗さんがいて、朝と変わらず神々しいオーラを放ちながら坐禅を組んでおりました。


 最後の階段を登った私は、石鳥居の前で一礼し、拝殿の前まで歩み寄ってから、パン、パン、ペコリします。



「少し場所をお借りします」



 御神体がある本殿の裏手でダンボール工作をすることをお伝えすると、天狗さんから力強いテレパシーが送られました。



『――励め』


「う―――っ! にゃ―――っ!」


『――うむ』


《――【軽業】スキルが深化しました》



 よしよし、これくらいのシャウトならいい感じですね。


 たぶん。


 天狗さんへの適切な対応もわかってきたので、私は満足して神社の裏手へと回ります。


 午後も閑散とした境内の裏には小さな倉庫が立っており、その周囲にあるコンクリートで固められた土台を、私は作業場として定めました。


 スクールバックを置いて、筆箱の中からカッターナイフを取り出し、私はまずダンボールの蓋を切り取って、残りを十字の形で四つに切り分けて重ねます。


 重ねた厚さはだいたい三センチくらい。


 たとえ素材は紙でも、これだけ重ねれば余裕でスライムの体当たりを無効化できそうです。


 軽く叩いてその衝撃吸収力に満足した私は、続けてガムテープとヘアゴムを利用して盾を腕に取り付けられるようにします。


 ガムテープを多用して固定具の強度に自信が持てたところで一度ヘアゴムへと腕を通してみれば、ダンボールの盾はキツめに私の左腕へと密着しました。



「あとは持ち手を作ればガッツリ振り回せそうですね……」



 朝に使った教科書の盾は振った時にズレて戦闘を終えるたびに微調整が必要でしたから、その失敗から学んだ私は残ったダンボール蓋を丸めて持ち手を制作します。


 ヘアゴムに通した手の平が来る部分に持ち手を貼り付けて、これでもかとガムテープで持ち手の根本を固めてから再び盾を装備してみれば、軽い盾は片手で簡単に操ることができるようになりました。



「よし! 会心の出来!」



 その取り回しの良さに私は満足します。


 これなら複数体のスライムに囲まれても、安全に体当たりを捌くことができるでしょう。


 最後に振り回した時に力の掛かりそうな部分を念入りに固め、スライムのヌメヌメ対策として盾の前面をガムテープで覆い尽くせば『紙の盾』の完成です。



「これがほんとの紙装甲……」



 しかしダンボールで作ったそれは、予想以上に頼もしくて、私はしばし自作の防具を恍惚とした気持ちで見つめました。


 あー……こういう工作をしていると、小さいころを思い出しますね……。


 その昔、夏姫たちと男の子のように遊んでいた私は、新聞紙やダンボールで作った剣や盾を振り回して、勇者ごっこをよくしていたのです。


 それで村に出没した野良犬と戦って幼馴染たちからガチ説教を食らったのはいい思い出。


 あの時は村の大人たちにもお説教されて、無謀なことをするなと足の感覚が完全に無くなるまで正座させられたものです……。


 野犬とスライムなら野犬のほうが確実に強いですから、私はすでにラスボス戦を終えていたのかもしれません。


 五歳くらいの幼児が野犬と戦うことに比べれば、高校生になった私がスライムと戦うことなどかわいいものでしょう。


 これから危ないことをする自分にそんな言い訳をしてから、私は嬉々として鉄パイプの持ち手にもガムテープを巻き付けて、完成した愛剣に名前を付けます。



「――さあ、行きましょう【黒鉄丸(くろがねまる)】。楽しい冒険の時間です!」



 そしてスクールバックを背中に装着し、軍手を嵌めて、右手に鉄パイプ左手に紙の盾を装備した私は、意気揚々と古峰神社の奥にある赫狸様を目指します。


 少し歩くと目的の赤い鳥居が見えてきて、その前で一度止まって深呼吸をした私は、意を決して魔道への入口をくぐりました。


 とぷん、と朝と同じ何かを抜ける感触がして、私の視界が木々に囲まれた山道から、石造りの回廊へと切り替わります。



「ふぁっ!?」



 朝よりスケールアップしている超常現象に目を見開いて振り返ると、そこにはすでに赤い鳥居はなく、石の壁に囲まれた道が続いているだけ。



「……こ、これはちょっと予想外…………」


 道幅三メートル。


 壁の高さはおよそ五メートル。


 天井付近に生えた光る苔が照らし出すその光景は、RPGに登場する『ダンジョン』と呼ばれる迷宮にそっくりでした。








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― 新着の感想 ―
>空腹値を増加させるアイテムを公園のベンチでお腹に入れてから、 たぶん空腹値を減少、もしくは満腹度を増加でしょうか? 軽いおやつが呼び水になって逆にお腹が減る事もあるとは言いますが…
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