第29話 生贄と神獣
上成村の住民を前に口論を続ける偽姉さんをチラリと見て、それだけで本物の姉さんは踵を返してアパートへと戻ろうとします。
「……放っておくんですか?」
流石に偽物を放置するのは不味いのではないかと確認すると、姉さんは振り返りもせずに歩き出しました。
「気にすんな。神獣が使うだけあってよくできた【陽炎】ではあるが、この村の住人を騙し続けるには力不足だ……最初から気づいているやつらもいるみたいだしな」
言われて今度は村の住人たちのほうへと注目してみると、確かに何人かは殺気立った視線を偽姉さんへと向けており、そのうちの一人であるお母様が私の視線に気づいてこちらへと顔を向けてきます。
あ……すっごい怒ってる……。
夜遊びがバレた私はヒヤッとしましたが、その怒りの矛先は私が夜中に出歩いていることではなく、知らない他所者が姉さんの姿を利用している点へと向けられているみたいでした。
日本刀よりも切れそうな目つきになったお母様が、かっこよく握った拳を静かにこちらへと突き出してきます。
そのジェスチャーの意味が『このフザケたクソボケに一発かましたれ!』だと理解した私は、
「……ラジャッ!」
了解の意思を込めて敬礼してからショーコ姉の後を追いかけました。
少し走って桜並木の堤防まで行くと、のんびり夜桜を眺めて歩くスカジャンの背中が見えてきて、私が合流したところで姉さんは歩きながら事の経緯をポツポツと語りはじめます。
「――この村で唐突な【狂い咲き】がはじまった時にさ、天照の本体が生贄を使ってそれを鎮めることを決めやがったんだ」
その決定に納得がいっていない様子の姉さんは、ヘラヘラと邪悪な笑みを浮かべて続けます。
「ちゃんと『今回はなんか変だ』って伝えたのに……ろくに現場の話も聞かずに意思決定するとか、人の心が無い神はこれだから嫌になるぜ……」
珍しく本気で怒っている様子の姉さんに、私は首を傾げました。
「……あれ? マキにゃんを喚び出したのは姉さんとか言ってませんでしたっけ?」
昨日聞いたフザケた神託を出した話を思い出しながら確認すると、姉さんは邪悪な笑みを深めます。
「おうよ! 太古の昔から生贄はピチピチ美少女って相場が決まってるからな! 神託の中継を手伝う振りして、こっそり送られてくる美少女を引き抜いてやったぜ!」
「ああ、それで……」
それを聞いて、私はなんとなくマキにゃんと劇的に出会った事情を察しました。
おそらく姉さんは『運命の赤い糸』とかいう謎の力を使って、私たちとマキにゃんをグルグル巻きにすることで、美少女が生贄にされるのを阻止しようと暗躍していたのでしょう。
「……それ、アンリは知っているんですか?」
この話を聞いたらキレ散らかしそうな親友について訊くと、姉さんは少し青ざめて首を横に振りました。
「……いや、あいつには『目の保養』としか言ってねえ……本当のことを話したら、まず真っ先に伊勢まで本体を殴りに行くだろうし……」
金属バットを片手に、殺気立って新幹線に乗るギャルの姿が私にも見えました。
「それは賢明な判断ですね……」
「だろ?」
かわいいギャルのことを思い出して笑顔になった姉さんは、しかしすぐに夜桜を見上げて少し悲しそうな顔をします。
「まったく……お前が【雷】使ってカラスを祓ったところまでは上手くいったんだけどよー……まさか神獣が魔道から溢れた瘴気を吸って復活するとは思わなかったぜ……」
「……その神獣ってのはマキにゃんの左胸にいるアレですよね?」
先ほど着替えの時に見たアザのことを思い出しながら訊ねると、姉さんは頭の後ろで手を組んで天を仰ぎます。
「……ああ、ありゃあ瘴気を元に創った精神支配系の神獣だろうな……瘴気が持つ『殺人衝動』を利用して『自分を殺す』ことへのハードルを下げさせてるんだ……緊急事態とはいえ、まさかお偉い太陽神様があんな外法を使ってくるとは……本体ちゃんも相当に焦ってんのかね……」
その呟きには、どこか出来の悪い妹を心配するような響きが含まれていて……どうやら姉さんと本体さんは敵対しているわけではなく、喧嘩中の姉妹みたいな関係にあることが伺えました。
「まあ、私もスキルボードとかで裏技使ってるし、あんまり人のことは言えねえんだけどさ……」
「あ……やっぱりアレって姉さんが用意したチートだったんですね……」
「ふへへっ……バレなきゃいいんだよ、バレなきゃ……」
と、そんな後ろ暗い会話が終わったところで、桜並木から【コーポ・イワト】へと向かう別れ道に到着して、私に背中を向けたまま姉さんが声音を低くして真剣に訊いてきます。
「……小春、マキナを助けたいか?」
「もちろんですよっ!」
間髪入れずに応えると、姉さんはとても嬉しそうに「くっくっ」と笑い、子供に悪い遊びを教える近所のお姉さんの顔をして、こちらへと体ごと振り返りました。
「――それじゃあ楽しい冒険の時間だ。ここから先はガチで命がけになるけど――」
桜が舞う夜道の真ん中で、薄く光を放つ姉さん。
「――魂を燃やす準備はできているか?」
太陽神の片鱗を帯びた美女のその手には、いつの間にか一振りの剣が現れていて……それが何かを訊ねる前に、私は攻撃力の高そうなその武器をひったくりました。
「伝説の神剣とか魔剣ですかねっ!?」
満面の笑みで剣を抱き締める私に、姉さんはいつもの調子に戻ってヘラヘラと笑います。
「バーカ、ただの錆びついた鈍らだ」
口ではそんなことを言っていますが神様に渡された剣が普通の武器のはずはありませんので、必要な情報と必要な攻撃力を手に入れた私は、さっそくマキにゃんの後を追いかけることにします。
「ぜったい返せよー」
後ろから姉さんがそんな見送りの言葉をかけてきましたが、残念ながら約束することはできません。
生きて帰ってくるつもりではありますけれど……この剣はもう私の物ですから!
「考えておきますーっ!」
「あっ!? てめっ――」
だから借りパクすることだけをちゃんと伝えて、私は意気揚々と夜道を全力で走りました。
桜の堤防を駆け抜け。
オシャレ地蔵様を通過し。
魔力で強化された足は素晴らしい速度で田んぼ道へと私の体を運んでくれました。
そして焼け焦げた藍ちゃん先生の愛車を超えたところで、闇に慣れた目が進行方向に二つの人影を見つけて、私は山道の入口手前で立ち止まります。
「――やっぱり来ると思った」
「夏姫っ!? アンリっ!?」
そこにはいつの間にか制服に着替えて冒険準備を整えた我が親友たちが待ち構えていて、金属バットを肩に担いでヤンキー座りしていたギャルが、怖い笑顔で立ち上がります。
「……マキナなら三〇秒くらい前にここを通ったぜ? なんか様子がおかしかったから隠れてやり過ごしたけど」
「あ、そうですか……それじゃあ私はマキにゃんを追いかけますので――」
めちゃくちゃ怖い雰囲気のヤンキーに絡まれないよう二人の間を通り抜けようとすると、しかし案の定、二人の横まで来た途端にアンリの腕が私の首へと絡みつきました。
「……なんだよ? ツレねえじゃねえか? これから危ない夜の魔道に行くってのに……あたしたちは置いて行く気か?」
「……だってアンリ……すっごく怒ってるんですもん……」
「あったりまえだっ!! 馬鹿っ!!!」
「ふぐっ!?」
そうして私がアンリのチョークスリーパーをどうにか引き剥がそうとしていると、またまた怖い笑顔で夏姫が抵抗する私の片手を拘束してきます。
「なにか事情はありそうだけど……一人で突っ走るなって前にも言ったよね? どうして小春はボクたちに連絡しないかな?」
夏姫に抵抗するための手を取られた私は、アンリの首絞めをモロに食らいながら、必死に言葉を絞り出します。
「……しょ、ショーコ姉が……命がけって……い、言ってたから…………」
「「それなら余計に連絡してよっ!!!」」
ちょっ……ちょっ……マジで落ちますからっ!
タップ! タップ!
「まったく小春は……こういう時だけ変な気を使うんだから……」
「なにがあったかちゃんと説明しろよ? 次に隠し事したら、しばらく昼飯抜きだからな?」
「……うぃっす」
どうやら愛情深い二人は私の馬鹿に付き合ってくれるみたいなので、私は暗い山道を進むためにマジックバックからランタン型の懐中電灯を取り出して、月明かりの代わりに夜道を照らしながら、夏姫とアンリに今夜あった出来事を手短に説明しました。
「――なるほど……さっきの偽物はその神獣ってやつが作ってたんだ……」
「ショーコ姉もなんか隠し事してると思ってたが……あたしに生贄のことを黙ってるとはいい度胸じゃねえか……」
パシパシと金属バットで手を叩くアンリは、きっと天照本体までの電車賃を頭の中で計算しているのでしょう。
日本神話の最高神(本体)の意に反する行動をしていると聞いても引き返す様子のない夏姫とアンリに、私は控えめに忠告しておきます。
「……追加で言っておきますと、なにやら姉さんは今回の件をかなり警戒しているみたいでした……場合によってはミノタウロス以上にヤバいものが出てくる可能性もありますが……それでも二人は行くんですか?」
なおも気を使う私のお尻を、夏姫がペチッと叩きます。
「それでも小春は行くんだろ?」
「……そりゃあ、まあ……助けたい友人がおりますので……」
続けてアンリが私の背中を、バシッ、と。
「つーかさ、どうせこうなると思ってたし、今さらあたしたちの心配してんじゃねえよ」
「アンリ…………」
しかし親友の優しさに感動する私へと、今度は夏姫が少し怖い顔でスマホの画面を見せてきました。
「……ボクも『モフモフパジャマパーティー』に参加したいしね?」
その画面には私が送った猫耳パジャマ姿の美少女が映っていて、フライングして楽園を味わった私の顔へと夏姫はスマホを近づけます。
「ち、違うんです……確かに抜け駆けはしましたが……モフモフ自体は不発に終わっていて……」
「だけどマキにゃんとは仲良くなったんでしょ?」
「それはもうバッチリと!」
思わず笑顔で肯定した私のほっぺたに、夏姫はスマホを押し付けました。
「うっ!?」
怒ったこの子はけっこう怖いのです……。
さらに夏姫は笑顔を深めて、圧力とともに要求を口にしてきます。
「アンリと小春はすでにマキにゃんと二人きりで仲良くする時間を持っていて、だけどボクだけはまだ家に彼女を招いたことがない……こんな不公平は是正されるべきじゃないかな?」
「は、はひ……」
「だったら無事に帰ってきた後、どうすればいいのかわかるよね?」
「マ、マキにゃんに夏姫の家に泊まることをオススメします……」
「――よろしい」
そこまで約束してようやくスマホをしまってくれる夏姫。
「……あたしも瘴気酔いしてないマキナと遊びたいんだけど…………」
アンリが小さく願望を口にしましたが、すでにこのギャルは同衾まで経験しているため、その意見は華麗にスルーされました。
そうして情報共有とクエストクリア報酬の調整を終えたところで、山道の先に月光に照らし出された赤鳥居が見えてきて、私たちはその鮮血のような色をした境界の前に、新しくできた親友の姿を見つけます。
「マキにゃんっ!」
「………………小春、さん?」
わざわざ『さん』を付け足して振り返ったマキにゃんは、先ほどまでの仲良しぶりが嘘みたいに、研ぎ澄まされた刃のような冷たい瞳をしておりました。




