第28話 神託
※前半三人称視点です。
制服へと着替えたあと、二人は御剣家を出て、小春の先導で夜道を歩いた。
ものの三分も夜道を進めばオシャレ地蔵のある小川へと到着して、桜並木の堤防へと登ったところで、小春が南北に伸びる道の北側を指差す。
「――あとはこの道を真っ直ぐ行けば、【秋山神社】の大鳥居が見えてきますから。川沿いを進めば土地勘がなくても迷いませんよ」
神託の内容を考慮しているのか、きちんと途中まで送ってくれた小春に、マキナは軽く頭を下げて感謝した。
「案内ありがとう。ここから先は私ひとりで行くから、小春は先に休んでて?」
普通の女子ならろくに外灯が設置されていない田舎道をひとりで歩くのは怖いだろうが、ずっと裏社会を生きてきたマキナに闇への恐怖心はない。
だからはじめてできた友人にこれ以上迷惑をかけまいと別れを告げると、小春は小さくアクビをしながらその言葉を素直に受け入れた。
「ふぁ……そうですね。私も今日はたくさん動いて疲れましたし……帰って寝るとしますか」
そう言って手を振り、
「それじゃ、マキにゃん。気をつけて」
来た道をノロノロと戻っていく友人を見送りながら、マキナも軽く手を振り返す。
「ええ、あなたも……」
そのまま不安定な足取り歩く小春を見送り、そして完全に姿が見えなくなったところで、過保護に転びはしないかと心配していた自分にマキナは苦笑した。
「……もしも妹がいたら、あんな感じなのかしら?」
自然と明るくなった声で呟いて、たった一日で姉妹のように仲良くなった友人たちのことを思い出しながら、マキナは北へと足を向ける。
イタズラっ子で、賑やかで、ときどきちょっとウザいこともあるけれど、とにかく温かい。
そんな小春のポジションは甘えんぼの末っ子だろう。
怒ったり、笑ったり、チョロチョロと夏姫とアンリにも甘えまくる小春は、どう見ても末の妹で間違いない。
馴れ合う前は多少はお姉さんっぽいところもあったけれど、マキナが遠慮を無くして呼び捨てにするようになってからは、小春は完全に末っ子属性を爆発させていた。
そこでふと、マキナはあの友人たちと姉妹だとしたら、自分はどんな立ち位置だろうかと考える。
面倒見のいいアンリが長女なのは確定として、夏姫は次女と三女のどちらだろうか?
身長順で考えたらマキナが次女になるけれど、夏姫は頭の回転が早くて戦闘面でも意外と頼もしいから、どちらが次女で、どちらが三女なのかの判断がとても難しい。
小春のように獣耳を見て触ろうとしてくるところは妹みたいではあるが、周囲をよく見て動いているところは頭脳派な姉のようでもある。
夏姫を次女と考えるべきか、それとも三女と考えるべきか、そこが問題だ……。
と、そんな妄想に真剣に悩んだところで、
「ふふっ……」
マキナはいよいよ可笑しくなってひとりで笑った。
殺し屋であるはずの自分が、なにを馬鹿なことを考えているのかと。
対象が腐れ外道の極悪人であるとはいえ、これまでマキナは多くの命を刈り取ってきたのだ。
そんな血に塗れた自分と、あの温かく清らかな三人が姉妹のように生きるなど……たとえ三人が許してくれても神が許しはしないだろう。
この土地を見守るあの緩くて優しい神様だって、きっと本当は『目の保養』以外の目的があって自分を呼び出したはずなのだから……。
『キュピーッ!』
そんな考えを肯定するように胸元で鳴く神獣の声を聞きながら、マキナは自分の心に滲み出した寂しさを意識しないようにして夜道をひとりで歩いた。
月明かりに照らされた狂い咲きの桜がやたらと綺麗で、思わず一粒の涙が頬を伝って流れる。
ああ……今日はいい日だった。
間違いなく、これまで生きてきた人生の中で、最も幸せな一日だった。
美味しい物をたくさん食べて、初めて気持ちいい湯船に浸かって――そしてかけがえのない最高の友人が三人もできた。
薄汚れた自分には身に余る幸せだ、とマキナは今日という最良の日の記憶を何度も思い出しながら歩き続ける。
そして冷たい現実を受け入れて涙が止まったころ、小春が言っていた大鳥居らしき物が見えてきて、マキナはその下に【天照大御神】の姿を見つけた。
和柄のスカジャンを着て、綺麗な赤髪を月光にさらしたその美女は、大きな鳥居の内側にいる上成村の住人と藍沢響子を相手に激しく口論を交わしていた。
鳥居の外にひとりで立つ天照の声が、不思議と遠く離れたマキナの耳まで明瞭に届く。
「だ~か~ら~っ! お前らじゃダメだって何度も言ってんだろーっ!」
口調こそ普段と変わりないものの、いつもより真面目な顔をした天照の前に、上成村の老人たちが次々と進み出た。
「ですが御神様! このままでは赫狸様の封印が破られ、数え切れぬほどの民に犠牲が出てしまいます!」
「ここら一体を守護するのは我らの努め! どうかこの老い先短い命を使って鬼どもを鎮めてくだされっ!」
「赫狸様のところには儂らの兄弟姉妹も暮らしているのです! 人柱になることに尻込みする者などここにはおりませぬ!」
我も我もと人柱に名乗り出る老人たちを前に、天照は炎のような赤髪をガシガシと掻いた。
「アホかっ! 赫狸は子供にしか加護を与えないってお前らも知ってんだろ! たとえ何十人の命を捧げようと、【道連れ】を持ってなけりゃただの犬死だっつーの!」
かつて御神照子がこの地を訪れ、秋山神社の御祭神となる前。
上成村には乙女たちが魔道を浄化する風習の他に、古くから続く『生贄』の因習も存在していた。
戦前の乏しい食料事情では耕地面積の少ない山間の村はどうしても口減らしが必要となり、共倒れを防ぐために選ばれた子供は赫狸の元へと送られて、黄昏の世界で赫狸から飢える心配のない永遠の平穏を与えられていたのだ。
乙女たちが倒すことのできない魔道の怪物を、【道連れ】によって呪殺することと引き換えに。
「ですがっ――」
「このままでは街が――」
なおも言い募ろうとする老人たちを片手で制し、天照はその赤い瞳を神妙な面持ちで佇む藍沢響子へと向ける。
「――なあ?【対応群】から人を出せないのか? 若いのが一人いりゃあ、全て丸く収まるんだが?」
自衛隊の代表として半ば強制的に寄合いへと参加させられていた藍沢は、天照の言葉で老人たちの狂気的な視線が集まって、極めて激しいストレスを感じて吐きそうになった。
「うっ……げ、現代の【対応群】では生贄――い、いえっ! ひ、人柱の使用が禁止されているため、そのような形で人員を派遣することはできかねますっ!」
たどたどしく、それでもしっかりと部下を生贄にはできないことを伝えると、さらに老人たちの視線が厳しくなり、思わず藍沢は片手で教え子の手を探した。
さっきまでアンリが自分の手を握って優しく保護してくれていたのだが、夜も更けてきたせいかアンリと夏姫はどこかへと消えてしまって、この場には怖い大人たちしかいなかった。
しかし藍沢が伸ばした手は、優しい教え子の代わりに、先ほどまで藍沢の襟首を掴んでいた怖い巫女服姿の爆乳美女へと当たり、
「……あん?」
しかしアンリの母親は藍沢の不安と恐怖を察して、すぐにその手を握ってくれた。
「あっ……」
厳しい人の唐突な優しさに、藍沢の心は一瞬で蕩ける。
そんな頼りない【対応群】の代表の姿を見た天照は、腰に手を当てて深々と嘆息した。
「……まあ、お前みたいな下っ端に言っても仕方ないんだけどよ……【対応群】はいつから海の向こうの『命大事に』なんて教えに毒されるようになったんだ? 生贄と言ったら聞こえは悪いかもしれないけれど、このやり方は日本人が多くの人命を費やして、永い歴史の中でようやく見つけた『最も犠牲が少ないやり方』なんだぜ?」
そこまで言って天照は視線を遠く離れたマキナへと向ける。
夜の闇に紛れて、不穏な会話を聞かされたマキナは、そこでようやく自分が喚ばれた本当の理由を悟った。
「…………」
静かにマキナが頷くと、天照も小さく頷き、マキナは踵を返して来た道を引き返す。
生贄。
道連れ。
幸福な一日。
異能をろくに持たないミソッカスな自分に、どうして御印が与えられたのか、少し考えればその答えは明白だった。
『キュピー』
全てが正常な流れへと戻ったことを察したのか、マキナの左胸で神獣が安堵の声を上げる。
その声音を聞いたマキナはもう誇らしい気持ちにはなれなかったが、しかし自分の命を犠牲にすることへの恐怖心はまったくなかった。
「……私でよかった…………」
もしも生贄となるのが小春や夏姫やアンリだったとしたら……そう考えるだけでマキナは怖くて仕方なくなる。
むしろ大切な人たちを護るためにこの命を使えるならば、役立たずでしかなかった自分にとって、これ以上の命の使い道は他にないだろう。
そして暗い決意を固めたマキナは、不思議と落ち着いた心持ちで、誰もいない夜道を歩いていく。
『キュピーッ!』
神獣が歌うように導くその先では、夜の闇で深まった禍々しい魔道が、若く美しい生命を求めて大きく口を広げていた。
◆◆◆
【SIDE:小春】
夜道でマキにゃんと別れた私は、眠気まなこを擦りながら家へと戻り――もちろん全ての装備を回収してからマキにゃんの後をなる早で追いかけました。
マキにゃんは『一流の暗殺者』ですから背後を付けていったらすぐにバレると思って、別ルートで秋山神社まで行ったのが功を奏し、こっそり草葉の陰から赤髪の美女と村人たちのやり取りを見ることに成功していた私は、ひとり喧騒から離れて行くマキにゃんを目にして自分の背後へと声をかけます。
「――これはどういうことですか? 姉さん」
なんとなく『いるだろうなー』と思って当てずっぽうで訊ねると、両手に木の枝を持った本物の姉さんがガサゴソと草むらから出てきました。
「……どうしてわかった?」
チベットスナギツネみたいな顔をした美女に、私はジト目を向けて答えます。
「……いえ、筋金入りのヒキニートが人混みに行くわけありませんし……そもそも姉さんが大人たちと口論を交わすとか、天地がひっくり返っても有り得ないでしょう……」
村の老人たちは姉さんと接したことがほとんど無いからわからないでしょうけれど、普段の姉さんを知っている私からしたら、あちらにいる姉さんは最初から違和感がありまくりでした。
「……私も数年に一度くらいは外に出るんだぜ?」
いちおう大人としてのプライドがあるのか、ヒキニートと言われたことを否定しようとする姉さんに、私は笑顔で頷きます。
「それで大人がいないところを選んで、こっそり散歩するんですよね?」
「……うむ」
基本的に姉さんは、親しくない大人を全力で避けるのです。
「ここに来たのもアンリと夏姫の差し金で?」
「……ああ、あいつら『偽物が出た』とか捲し立てて、私を力づくで家から追い出したんだ……急に来てインドア派を外に締め出すとか……控えめに言っても悪魔の所業じゃね?」
今日も今日とて本物の姉さんは安定のヒキニートで、私は逆に安心しました。




