第27話 ごろごろマキにゃん
絶世の美少女に生える獣耳を触らせてもらう。
それは言葉にするだけで尊みが溢れてくる素晴らしい行為ですが、しかしいざ実行に移してみようとするとなかなかハードルが高く……私は布団に横たわったまま『どう切り出したものか』と、かれこれ一〇分くらい思案しておりました。
マキにゃんは美味しいご飯とお風呂のせいで猫耳を触らせてくれる約束をすっかり忘れてしまっているらしく、今はうつ伏せで寝転んだまま枕の上にハンカチを広げて、そこで拳銃の分解清掃をはじめてしまっています。
「……ねえ、マキにゃん」
「ん?」
「猫ってとっても素敵ですよね?」
「ええ、そうね。お腹に顔を埋めて息をすると、とても幸せな気持ちになれるもの」
銃の整備に夢中になっているのか、約束を思い出す気配のないマキにゃん。
その洗練された手つきを見ているだけでもそれはそれで面白いものがありましたが、夕方からずっと我慢を続けていた私は、ついに限界を迎えてとなりのお布団へと転がり込みました。
「ごろごろごろー……」
ポフンッ。
そうして私がマキにゃんの背中にのしかかると、カチャカチャ銃の部品をイジっていた彼女が振り返ります。
「……どうしたの?」
訊かれた私はこの一〇分間で捻り出した作戦を実行することにしました。
「実はですね。ちょっとした新技を思いついたので、マキにゃんに見て欲しいのですが」
「新技?」
それには興味を引かれたのか、素早く拳銃を組み立てて、マキにゃんが上体を起こして座ります。
私も向かい合う形で女の子座りをして、今日の昼間から考えていたアイデアを発表しました。
「ふふんっ! アンリの『切り札』という言葉を聞いてから、ずっと考えていたのですよ。私も【雷魔法】を活かしてなにかできないものかと!」
今のところ罰ゲームの電流ビリビリくらいしか使い道のない【雷魔法】ですが、この子にはきっと大きな可能性があるはずなのです。
「ふむ……確かに電気には色々な使い道があるから、アイデア次第では化けそうだけれど……」
「そうでしょうとも、そうでしょうとも!」
と、同意を得た私は、人差し指を立ててドヤ顔をします。
「そんなわけで、漫画を参考にして考えた切り札その一――その名も【神速】!」
「……か◯むる?」
ここであの漫画が大好きなアンリだったら「パクんな!」と突っ込んでくれるのですが、マキにゃんは日本の義務教育(面白い漫画の熟読)をまだ受けていないので、私は詳しくオマージュ技の内容を説明します。
「いいですか? 人間の体も基本的には電気信号で動いているわけですから、魔力循環で流れる魔力を電気に変えれば、人は限界を超えた動きができるはずなのです!」
「……なにか嫌な予感が」
言うだけでは分かり辛いと思って、私は実際に自分の右拳へと魔力を集めて、
「例えばこんな感じで!」
それを【雷魔法】で電気へと変換しました。
――バチィッ!
と、大きな静電気の弾ける音がして、私は少し大げさに悲鳴を上げます。
「っ!? 痛ったぁあああっ!?!?!?」
「小春っ!?」
慌ててマキにゃんが私の手を取って、電気で火傷してないか診察してくれました。
「もう、なにをやっているのよ……きのう私と戦った時にも痛がっていたんだから、そんなことをしたら感電するに決まっているでしょう!?」
まあ、ね……私もこうなるとは思っていたんですよ?
しかしだからこそ、この作戦は成立するのです!
セルフ電気ショックを受けて涙目になった私は、傷ついた右手を擦りながらマキにゃんへとアプローチします。
「うぅ……まだビリビリします……これはなにか素敵なものでも触らなければ治らないかもしれません……」
「ええ……素敵なもの?」
マキにゃんはわざとらしい私の言動を見て、どういう意味かと怪訝な顔をしましたが、すぐにこちらの意図を察してくれたらしく。
「ああ、そういうこと」
と、子供の遠回しなおねだりに気がついたお姉さんのように苦笑しました。
「まったく……これを触りたかったのなら、素直に言ってくれればいいのに」
そして渡される冷たく重い【9mm拳銃】。
「弾は抜いてあるから好きにしていいわよ?」
……ちゃうねん。
しかしまあ、拳銃は拳銃で興味があったので、私がスライドの硬さを確かめてみると、マキにゃんが饒舌に語りはじめました。
「普段は226のほうをよく使っていたけれど、220も悪くないわね。装弾数こそ少ないけれどシングルカラムはグリップが薄くて女の手でも握りやすかったわ」
私は夏姫やショーコ姉とFPSを遊んだ経験が少しだけあるので、銃の知識も微粒子程度は持っていますが、流石に普段から実銃を使ってる人のコアな話にまではついていけません。
だから私はそっと拳銃をハンカチの上へと戻して、
「――ブローニングのショートリコイルだとバレルとスライドの溝をこまめに掃除しなければならないのだけれど、現代の拳銃で主流となっているこの方式のものは、生産性だけでなく、普段のメンテナンス面までしっかり考慮されていて――」
ロックブリーチ・ショートリコイル方式とやらのうんちくを語っていた美少女を止めます。
「確かにこれはこれで素敵ですが……違いますよマキにゃんっ!」
「――え? どこかおかしな点があったかしら?」
今の説明に不備があったのかと首を傾げる美少女に、私は全力で首を横に振りました。
「そうではなくてっ! もっと素敵なものがあるでしょう……こうっ、体の一部でフワフワしていて温かそうなものがっ!」
必死に熱弁すると、マキにゃんは胸の前で両腕をクロスさせて赤くなりました。
「……これを触らせるのは流石に」
「お乳でもありませんよっ!」
このままでは埒が明かないので、私はもっとわかりやすいように、自分の頭の上で手の平をセットします。
「こっちです! こっち!」
そして私が頭上に掲げた両手をピコピコさせると、ようやくマキにゃんは夕方に交わした約束を思い出してくれようで、ポン、と軽く手を叩いて、ようやく【獣化】スキルを発動させてくれました。
「そういえばそんな話もしていたわね……ごめんなさい。これがそこまで『素敵なもの』だとは思わなかったわ……」
マキにゃんの頭からフワフワの耳が生えてきて、パジャマの隙間から銀色の尻尾が飛び出してきます。
「おおっ……おおおおおっ……」
我が家の客間に現れたニャン子の姿に、私はしばし見惚れました。
パ、パジャマと猫耳の組み合わせだけでもかわいいですが……そこに和室とお布団が加わると最強のビジュアルですね……。
なんというか……今のマキにゃんには野生のニャンコの荒々しさと、人間の家で暮らすニャンコの清らかさが同居していて……流石の私もこの『神々しいほどの尊さ』を放つ猫耳娘へと飛びつく気にはなれませんでした。
制止役の夏姫とアンリがいたらまた違ったのかもしれませんが、推しと二人きりになった私は緊張しながスマホを取り出します。
「しゃ、写真を撮ってもよかとですかっ!?」
「なぜに博多弁?」
マキにゃんは首を傾げましたが、特に嫌ということはないらしく、リラックスした猫みたいに尻尾を自分の体へと巻き付けました。
激写。
「……そんなに連写する必要があるのかしら?」
「あるあるですっ!」
どうやら【獣化】すると仕草まで猫っぽくなるらしく、マキにゃんはしゃべりながら耳と髪の毛のグルーミングをはじめます。
激写っ!
「獣耳が好きだなんて、小春は変わった趣味を持っているのね?」
「いえ! これに関しては誰でも好きですから!」
さらにはすぐに写真撮影会に飽きてしまったマキにゃんが、布団に寝転がっていわゆる『へそ天』の姿勢になりました。
激写ぁっ!!!
「私の写真を撮ったところで、データ容量が無駄になるだけじゃない?」
「これが無駄だなんてとんでもないっ!」
むしろ世界中のデータセンターはマキにゃんの画像を保存するためだけに使うべきですよ!
そしてスマホのフォルダを推しのニャンコ姿でパンパンにしたところで、私はいよいよ今夜のメインディッシュを満喫することにします。
確か猫が人の近くでへそ天している時は『撫でてもいいよ』のサインだったはず。
もっと写真を撮りたい気持ちもありますが、気まぐれな猫が心変わりしないうちに、今はお耳をモフモフしておくべきでしょう。
フライングして一人だけ楽しんでいる罪悪感を、夏姫へと至高の画像を送ることで和らげ、私はスマホを仕舞います。
そして完全に布団の上でリラックスモードになっているマキにゃんへとにじり寄って行くと、彼女は昼休みと違って逃げ出す素振りを見せずに、私のことをじっと見つめてきました。
「…………まだ触らないの?」
撫でてほしそうにこちらへを上目遣いで見る銀髪猫耳美少女(お風呂上がりパジャマver)。
これ……私が殿方だったら鼻血を流してるんじゃないですかね……。
そっけない猫耳マキにゃんもそれはそれでかわいかったのですが、懐いた彼女の仕草は破壊力が段違いでした。
ゴクリと生唾を飲み込んでから、私は片手を持ち上げます。
「……そ、それでは遠慮なく!」
リラックスしているニャンコを刺激しないようにゆっくりと手を伸ばし、私は魅惑のモフモフを凝視しました。
美しい銀色の柔毛で覆われたその三角形が、私の視線に気づいてピクッとします。
しかしその反応に警戒の色はなく、むしろスキンシップを期待するように揺れる猫耳の様子に、私はさらに手を近づけていきます。
残り一メートル……。
五〇センチ……。
三〇センチ……。
そしていよいよ私の手がそれに触れそうになったとき、
『キュピーッ!』
「っ!?」
どこからともなく小鳥の鳴き声のような音が聞こえてきて、マキにゃんが布団から飛び起きました。
スカッ、と空を切る私の右手。
「……なんで避けるんですか、マキにゃん」
急に嫌われてしまったのかと涙目になる私に、マキにゃんは真剣な顔で虚空を見つめたまま謝ってきます。
「ごめんなさい、小春。ちょうど今、天照様から神託が届いたの」
「……姉さんから?」
てぇてぇを司る女神を名乗る姉さんが女の子同士のスキンシップを邪魔することに少し違和感を覚えながら、私は緊急の用事かと嘆息します。
「まったく……それならわざわざ神託なんて送らなくても、私のスマホに連絡してくればいいのに……」
もちろん私は姉さんの連絡先を知っているため(こちらから連絡したところで滅多に繋がりませんが)、その奇跡は無駄としか言えないものでした。
「どうやら私にひとりで【秋山神社】まで来てほしいみたいだから、すぐに準備して行ってくるわね?」
慌ててパジャマを脱いで着替えはじめるマキにゃんに、私は無念を抱きながら訊ねます。
「……アンリん家の場所はわかりますか? 案内が必要なら途中まで送りますけど」
その提案にマキにゃんは『ひとりで』という条件を考慮して少し迷っていましたが、瘴気酔いした状態で歩いた道を覚えているのか不安だったのか、最後には神妙な面持ちで頷きました。
「念のためにお願いしてもいいかしら?」
「それじゃあ私も着替えますか……」
完全に寝る姿勢だったところからの呼び出しにめんどくささを感じつつ、私もコーディネートを考えなくていい制服へと着替えます。
そうして二人で慌てて支度をしていると、私の目が小さな変化を捉えました。
「……ん? 内出血?」
となりで素早く着替えるマキにゃんの胸元に、お風呂の時にはなかった黒いアザのようなものが見えた気がしました。




