第24話 カツアゲと大型犬
アンリの先導で【コーポ・イワト】までひた走り、コタツに引き篭もってPSPで遊ぶショーコ姉さんに私たちが見てきたことを説明すると、姉さんは何世代か前の竜を狩るゲームを続けたまま気の抜ける声で言いました。
「あー……やっぱ【百鬼夜行】かぁ……予報が遅いから何かの間違いじゃねえかと思ってたんだけど……やっぱりあれは【百鬼夜行】だよなぁ……」
「やっぱりって……ショーコ姉はこれが起こることを知ってたのか!?」
「まあ、私が気づいたのもつい最近のことなんだけど……【狂い咲き】の前に瘴気が増えはじめたからおかしいとは思ってたんだ……いつもなら月読たんとか咲耶たんあたりが事前に気付くはずなのに……」
詰め寄るアンリに、姉さんはなおもゲームを続けたまま呟きます。
「なんか変なもんでも紛れ込んだのかもなー」
あっさり魔道の異変に気づいていたと言うヒキニートに、いよいよアンリが柳眉を逆立てました。
「そんな危険なところにあたしのダチをっ!?」
そしてアンリがタンクトップの肩紐を掴んだところで、ようやく姉さんはPSPの画面から顔を上げます。
「なんだよー、怒んなよー。ちゃんと五体満足で帰ってきてんだから、ちょうどいい修行になっただろー」
「そういう問題じゃねえだろっ!?」
怒ったギャルが怖かったのか、コタツの中に顎まで引っ込んでいく姉さん。
「まあまあ、アンリ。落ち着いて?」
「そうですよ? 姉さんに大人な対応を求めたところで、そんなの無理に決まっているでしょう?」
そうして私たちがアンリのほうに大人の対応を求めると、私の横で正座して事の成り行きを見守っていたマキにゃんが遠い目になりました。
「どうしてかしら……天照様の信者としては、アンリさんや小春さんの不敬を叱るべきはずなのに……今はどうしても二人が正しいことを言っているようにしか聞こえないわ……」
「マキナもだいぶ馴染んできたなー」
私と夏姫が止めに入った途端に、余裕を取り戻す姉さん。
そんな駄女神様は胸ぐらを掴む手の甲にチュッとキスをして「うげっ!?」とアンリに手を離させると、そのままコタツから這い出してきて、マキにゃんの前で嬉しそうに正座しました。
「――マキナ、今日は楽しかったか?」
よほど話を逸らしたかったのか、珍しく真面目な顔をする姉さんに、自ずとマキにゃんの背筋もピンと伸びます。
「は、はい! とても!」
その元気な返事を聞いて満足したのか、
「そっか、そいつはなにより」
姉さんは『うんうん』と頷いてマキにゃんに慈愛の眼差しを向けると、またすぐコタツに入ってダメな姉さんに戻りました。
「アンリ~。お茶~」
「おいっ!?【百鬼夜行】の件はどうするんだっ!?」
叱りつつもお茶を入れに行くギャルへと、姉さんはコタツの中からゆるゆるな声を出します。
「あのなー……私がどんだけ神をやってると思ってんだよ? 軽く千年超えてんだからな? そりゃあ平安時代にはちょっとミスって地上を魔物だらけにしちゃったけど……これまでだって何度も【百鬼夜行】くらい食い止めてるっつーの」
そんな頼りになるんだかならないんだかわからない姉さんの前に、アンリは熱々のお茶を、ドンッ、と乱暴に置いて、三白眼で睨みを効かせます。
「うわっちぃ!?」
雫を浴びた姉さんは大げさにリアクションしましたが、腐っても太陽神がお茶くらいで火傷するはずもなく、アンリの眼光は鋭いままでした。
「具体的には、どうするんだ?」
怒ると怖い母に睨まれたダメな夫みたいに縮こまった姉さんは、両手で湯呑を引き寄せて、しどろもどろに視線を泳がせます。
「ええっと……そ、それはあれだ……」
「どれだ?」
おそらく何も考えてなかった姉さんに、アンリの威圧が最高値へと到達しました。
渦巻く魔力で壁が音を立てて軋み、天井から吊るされた昭和のライトが明滅して、少しずつ部屋が暗くなっていきます。
「わあ……久しぶりにガチギレしてるね……」
怒ったギャルを怖がって私に近寄ってくる夏姫。
私は親友へと軽く頷きながら、反対側にいる新しい友人に忠告します。
「気をつけてくださいね、マキにゃん……私たちの中で一番怒ると怖いのはアンリですから……あの子がキレると超常現象が起こるんですよ……」
「か、かっこいいわ……アンリさん……」
その発言が聞こえたほうに私と夏姫が振り向くと、そこではマキにゃんが怒ったギャルを見つめて、青い瞳をキラキラと輝かせていました。
「天照様に物怖じせず堂々と忠言するなんて……本物の信徒というのはこうあるべきなのね」
「憧れ」
「たすかる」
そうして私と夏姫が推したちの関係性にほんわかしていると、いよいよ明滅していた輪っかがショートしそうになって、それに焦った姉さんがようやく【百鬼夜行】への対策を絞り出しました。
「あっ!? あれだっ! 久遠岳ではまず、魔物の総大将が赫狸の結界を壊しにくるはずだからっ! そいつを倒しちゃえば全て解決だっ!」
「あん? そりゃあミノタウロスを倒すってことか? だけど【百鬼夜行】つったら数千、数万の魔物が押し寄せてくるんだろ?」
ショーコ姉はなんとかでっちあげた計画が纏まったのか、お茶を一口飲んで落ち着きを取り戻しました。
「赫狸は指の数しか数えることができないんだよ……だから二柱合わせて二十まで……それを超える魔物が一ヶ所に集まると、縄張りに敵が『いっぱいいる』と判断して本気で殺しに行くんだ」
まともになりはじめた説明に、アンリの怒りも収まっていきます。
「……そういや儀式で供物を捧げる時にも『必ず偶数個』で『多くても二十個まで』って、厳密に決まってたっけ」
「ああ、たくさん渡すと『数える指』を欲してたくさん連れて行かれるし、奇数個だと二人で分けられなくて、誰かひとりを『持って行く』からな」
「……持ってかれた人は供物として食べられるわけですね?」
「……おにぎりあげなくてよかったね?」
そうして近所に潜む神様の生態に私と夏姫が震えてコタツに入ると、アンリもマキにゃんの手を引いてコタツに入って、姉さんの話を聞く姿勢になります。
場当たり的に対策を練っていたとしても、そこはやはり神様ということなのか、マキにゃんと並んで座るアンリの顔には姉さんを敬う心が少しだけ戻っていました。
場が完全に落ち着いたところで姉さんはお茶をもう一口啜って、今度はゆっくりと説明を続けます。
「赫狸は『思考を迷わせる』ことも得意だから、数の暴力で押そうとしても『共食い』させられて終いだし。結界が壊れる前に総大将を叩けば、あとは抑えが効かなくなった魔物の群れが地上を目指して、自ずと赫狸の餌食になって消滅ってわけだ…………ほら、けっこう簡単な話だろ?」
「肝心の『ミノタウロスをどうやって倒すのか』が空っぽだけどな?」
アンリの指摘に、姉さんは冷や汗を流して間抜けな顔になり、
「そ、そりゃお前……そこらへんは【対応群】あたりがどうにかしてくれんだろ……」
けっきょく他所の組織に丸投げしました。
「「「はぁ~~~……」」」
最後の最後で締まらない姉さんの杜撰な計画に、私たちは深々と嘆息し、空になった湯呑を啜り続けるヒキニートから視線を外します。
まあ、危機を乗り越えるために必要な情報は、アンリのカツアゲでちゃんと引き出すことができたので、『ショーコ姉係』である私たちの仕事はここまでと言っていいでしょう。
「……そんじゃまあ、後は大人たちに任せるとするか。神話の怪物なんて今のあたしたちじゃあ、どうしようもねえだろうし」
アンリが急須からおかわりのお茶を注いだことで、姉さんは解放されたことを察して嬉しそうな声を上げます。
「おうっ! 後の事はきっちりした大人たちに任せて、お前らは家に帰ってイチャイチャしとけ!」
そう言って、さっそく携帯ゲーム機のスリープモードを解除した姉さんの頭に、ピコッ、とハンマーを振り下ろし、私は夏姫に訊ねます。
「お母様たちはなにか言ってますか? 夏姫ママに連絡したってことは、すでに村中に情報は伝わってると思いますけど」
「うん、今夜は秋山神社に集まって、村人総出で寄合いだってさ。【対応群】の話も聞きたいから、『田んぼを汚した馬鹿を連行して来い』ってアンリのお母さんが言ってるみたい……あと小春の家は今夜カレーだって」
スマホでやりとりしていたメッセージを見せてくれる夏姫。
その文面を覗き込んだアンリは、夏姫がオブラートに包んだ原文を目にして渋い顔をします。
「あー……うちのオフクロだいぶ怒ってんなー……あそこの田んぼ、田起こししたばかりだったから……」
「アンリママはお米が大好きですもんね……」
上成村で田んぼにゴミを捨てた者は、だいたい行方不明になります。
「ああ、たぶんあたしがフォローに回らないと藍沢先生が消されるから、今夜は夏姫も寄合いのお茶くみ手伝ってくれねえか?」
アンリに応援を求められた夏姫は、苦笑しながら快諾しました。
「カレーも食べに行きたかったけど、人命がかかってるなら仕方ないか……」
と、夏姫が面倒な仕事を請け負ってくれたので、私は自分も重大任務に就くことを宣言しておきます。
「それじゃあ私はマキにゃんのお世話ですね! 寄合いに呼ばれてもない他所者を連れて行ったら寄せ鍋の具にされてしまいますから」
「……それ、冗談だと思ってたんだけどさ……本当にツミレにされちゃうのかな?」
「人を食べてそうなお婆ちゃんだったら何人か心当たりがあります」
「ボクも」
大切なゲストがひき肉の塊にされないように、しっかり歓待して保護をする。
これ以上に重要な任務など他にないでしょう。
そんな私と夏姫の会話を聞いていたマキにゃんが、ボソッと呟きました。
「……【魔女の夜会】でも行われるのかしら?」
雰囲気はそれっぽいです。
村人みんなが料理とお酒を持ち寄り、村の禁を犯した他所者を囲んで『どう落とし前をつけさせるか』を酒の肴に雑談するのが、普段の上成村の寄合いですから。
まあ、今夜は真面目な話になるはずなので、流石にお酒は飲まないと思いますけど。
そうして私たちが今後の役割りを決めたところで、姉さんがゲームをしたまま間抜けな声を出します。
「アンリ~。小春ん家のカレーもらってきて~」
「ああ……てか、あたしらの飯も確保しないとだし、三……四人分くらいもらってもいいか?」
言い直したのは藍ちゃん先生の分も追加したからでしょう。
「業務用の寸胴で作ってると思いますから、いっぱい持ってっていいですよ?」
うちのカレーは近所の家や古武術道場の門下生の方々にもお裾分けするため、いつも大量に仕込まれるのです。
「やった! あのカレー美味しいんだよね!」
希望していた夕食にありつけることに夏姫が喜びの声を上げ、私は地元トークを聞かされて借りてきた猫になっているゲストにも食事を勧めました。
「ということでマキにゃんも晩ご飯はカレーでいいですかね? ちゃんと私が先に毒見してあげますから」
「食事をいただけるのはありがたいけれど……そこまでお世話になってしまっていいのかしら?」
遠慮しているらしいマキにゃんに、私はさらに勧誘を強めます。
「いいんですよ~。というか今夜はすべてのお店が閉まっちゃいますから、むしろうちで食べないと食いっぱぐれが確定しますよ?」
「私は夜目が効くから夜の山で狩りをすることもできるけれど……」
「夜の山はダメです」
「うん、絶対にダメ」
「ここらへん『かなり出る』からやめとけ」
三人揃って真顔で忠告したのがよかったのか、
「え、ええ……それなら小春さんの言葉に甘えさせてもらうことにするわ……」
マキにゃんは無事に狩りを諦めてくれました。
ああ、よかった……夜の山に他所者が入ると、ときどき廃人になって見つかるんですよね……。
ゲストの安全を確保した私は、続けてハイテンションにガッツポーズします。
「そうと決まれば今夜はパジャマパーティーですね!」
「あっ!? ずるいっ! ボクも手伝いが終わったら泊まりに行くから!」
「……宿は街まで行って確保しようと思っていたのだけれど……いつの間に泊まることが決まっていたのかしら……?」
「諦めろ、マキナ……小春はお前の耳に触るまで逃がす気がないみたいだから……」
そのまま私たちは雑談しながらコタツから出て、カレーを求めてショーコ姉の家を後にします。
そしてマキにゃんの背中を押して私が最後に玄関を抜けようとした時、
「小春――」
「はい?」
ゲーム画面を見つめたままショーコ姉が、
「――マキナから目ぇ離すなよ?」
と、小さく言ってきたので、私は脊髄反射で返事をしました。
「もちろんですよ!」
こんなにかわいい猫耳美少女から目を離す暇などありませんから!
というかモフモフするまで絶対に逃がしません。
「あん? なんか言ったか?」
「お腹空いたから早く行こーよー」
「……な、なぜか寒気が…………」
前を歩く三人に姉さんの声は聞こえてなかったみたいなので、私は鳥肌を立てるマキにゃんの背中を押して外に出ます。
まあ、こういう時の姉さんの助言はしっかり聞いておけば間違いないので、私は絶対にマキにゃんから目を離さないようにしておきましょう。
「いっそお風呂もいっしょに入りますか……どうせ姉さんの呪いで入る流れになりそうですし……」
「!?」
マッハで距離を詰めようとする田舎者の呟きに、驚愕の表情を浮かべるマキにゃん。
この様子だとお風呂はまだ早すぎるみたいですから、また今度にしておきますか……。
そして階段を下りて、アパート前の道まで出たところで、夏姫がひとりで私の家とは逆方向へと足を向けました。
「それじゃあボクは藍ちゃん先生を迎えに行ってくるよ。そろそろ事故処理も終わったころだと思うし、先生を回収したら【秋山神社】まで直接行けばいいよね?」
「おう、もしも先に着いて先生が吊るされそうになったら、あたしの代わりに止めといてくれ」
「アンリの代打は荷が重いなー……」
ろくでもない仕事を任された夏姫が眉を八の字にしましたが、いざとなれば我が親友は天性のコミュニケーション能力でなんとかしてくれるでしょう。
「まあ、がんばってみるよ」
続けて夏姫は手を振って軽く別れを告げて、しかし二、三歩進んだところで、
「あ、そうだ!」
くるっ、と綺麗にターンして振り返り、手首を曲げて小さく私を指差しました。
「マキにゃん、小春のことよろしくね?」
「「え?」」
どうして私が『よろしく』されるのかわからなくてマキにゃんといっしょに首を傾げると、夏姫は困ったような顔で微笑みます。
「その子……放っておくと一人で宝箱に突っ込んで行きそうだからさ……今夜はボクたち忙しいし、マキにゃんだけが頼りだから」
「ああ、それはあたしからも頼もうと思ってた」
まさかの親友たちからの依頼に、マキにゃんは深く納得したという具合に頷いて、スルリと腕を私の腕へと絡ませてきました。
「了解したわ。小春さんの監視は任せて」
そして三人で見つめ合って気持ちをひとつにする仲間たちに、私は声を大にして反論します。
「流石にそこまで無謀じゃありませんよっ!?」
「それが本当なら苦労しねえんだが……」
「小春は『待て』が苦手だから、こういう時だけは信用できないんだよねぇ……」
しかし待機時における幼馴染たちの私に対する評価は、驚くほど冷えきっておりました……。
「……私のこと犬かなにかだと思ってます?」
「「ハスキー」」
同じ犬種を口にする夏姫とアンリに、私はなんとなく二人が言いたいことを察します。
「…………それは『バカ犬』って意味ですか?」
その確認に笑顔で頷いた私の親友たちは、続けて私の頭を撫でくりまわしてきました。
「「よ~しよしよしよしっ!!」」
……不愉快ですっ!




