第23話 狂い咲き
「あー……いたた……なにもそんなに強く引っ張ることないじゃないですか……」
赤くなったほっぺたを擦りながら、赫狸様に『ありがとちゃんちゃんです』をした私は、武器を鞄にしまって上成村へと続く山道を下りて行きます。
「今のは緊急時にふざけた小春が悪い!」
「お灸が足りねえなら追加の拳骨もくれてやろうか!」
いけません、いけません。
そんなに拳骨を繰り出したらアンリに暴力系ヒロインのレッテルが張られてしまいますよ。
「ちゃんと反省しまくりました!」
だから私は表向きだけ反省の色を示し、心の中では『そのうち絶対に宝箱を開けに行く』と決めて、今はダンジョンの異変を大人たちへと伝えるためにスマホの電波を探して歩きます。
「あ~……電波、電波……電波はどこですか~?」
電波を探す時にスマホを空へと向けてしまうのは、現代人が共通して持つ癖のひとつでしょう。
この動きにどれだけ意味があるのかは謎ですが。
「……小春さんはどうしてこうも緊張感がないのかしら?」
「あいつは昔から頭のネジがぜんぶ吹き飛んでるからな。どうせ今も心の内では宝箱のことでも考えてんだろ」
「今夜は監視を付けたほうがよさそうだね……」
「……や、やっぱり木があるところを抜けないとダメですかね?」
背後でマキにゃんと幼馴染たちがおしゃべりしてますが、こっそり宝箱回収計画を練っていた私は聞こえなかったフリをしました。
うぐぐ……幼馴染たちが私のことを理解しすぎていて辛いっ!
そうして監視者から逃げるように山道を早歩きして行くと、やがて頭上を覆う木々の梢が途切れて、夕焼けの光で視界が一気に明るくなります。
「――あっ! 電波来ました!」
「こっちも来たよ! ボクもうちのママに連絡しとくね?」
「それでは私もお母様に!」
無事に上成村の田園地帯まで抜けた私は、そこでようやく復活した電波を確認し、すぐにお母様へと連絡を入れようとしたのですが、
「あん? なんかあの車……すげえスピードで走ってねえか?」
アンリの呟きに顔を上げると、そこでは真っ赤な軽自動車が、私たちへと向かって細い田舎道を爆走しておりました。
土煙を巻き上げる車は軽く一〇〇キロ以上は出しているでしょうか?
しかし田舎道でそんなスピードを出せば、土と砂利だらけの路面にタイヤを取られるのは自明の理で……ブレーキが掛けられるのと同時に軽自動者はスリップして、そのまま豪快な音を立てて田んぼへと突っ込んで行きました。
「「「あちゃー」」」
田舎ではわりとよくある事故に私たちは声を揃え、マキにゃんが冷静にドライバーの運転を評価します。
「路面の状態を見誤ったわね。ちゃんとスリップすることを前提にハンドルを切っておけば、私たちの前に横付けする形で止まれたのに」
「マキにゃんは車の運転もできるんですか?」
「ええ、レスポンスの悪い乗用車からF1のピーキーにセッティングされたマシンまで、タイヤが付いた物なら何でも乗りこなす自信があるわ」
さり気なく胸を張るマキにゃんかわいい……。
「今度ドライブに連れてってくださいね? 免許があるかどうかは知りませんけど」
「大丈夫よ。日本の免許証なら持っているから」
……それ絶対に偽造ですよね?
そうして私とマキにゃんが遊ぶ約束をしていると、唐突な事故に呆然としていたアンリがハッとします。
「――って!? 呑気に眺めてる場合かっ! 人命救助っ!」
連絡のほうは夏姫がきっちりしてくれているみたいなので、私は連絡を中止して人命救助に向かおうとすると、煙を上げはじめた軽自動車から見慣れたスーツ姿の女性が下りてきました。
「……み、御剣さん……よ、よかった……無事に魔窟を抜け出せたのね…………」
ヨロヨロとフラつきながら現れたのは、私のクラスの担任教師でした。
「藍ちゃん先生っ!?」
急いで私は駆け寄って、先生に肩を貸します。
そのあたりで夏姫も連絡を終えて、反対側から先生の体を支えました。
「どうしてあんな無茶な運転をしたんですか! ああっ!? それよりどこか痛むところは!?」
色々なことが起こって少し混乱している夏姫の問いかけに、藍ちゃん先生は弱々しい声で答えます。
「ほ、放課後に魔窟の異変を報せようと思って御剣さんを呼び止めたのだけれど……とてつもない勢いで走り去ってしまって……後を追いかけてもどこにも姿が見えないし、実家のほうにも連絡がまったく繋がらないし……」
……どうやらいつもと違うルートで帰っていたせいで、藍ちゃん先生と入れ違いになってしまったみたいです。
実家のほうはまあ……お母様はめんどくさがって学校からの連絡をシカトしたのでしょう。
我が家は基本的に放任主義ですから。
「ああ……体のほうは大丈夫よ? この程度の鞭打ちなら戦場で何度も経験しているから……」
先生の経歴はさておき、夏姫とアンリの視線が私へと集まります。
「……『魔窟の異変を報せようと思って』」
「……『御剣さんを呼び止めた』って?」
「……ちゃ、ちゃうねん……あれは【ダメ男生産機】の件だと思って……」
思わず関西弁になる私。
「……できればその称号のことは忘れてほしいんだけど?」
そうして藍ちゃん先生の鋭い視線まで私へと突き刺さったところで、マキにゃんが車の後輪付近を指差しました。
「話の前に、まずはここから離れましょう。ガソリンが漏れて回路もショートしているから、この車はあと十数秒で爆発炎上すると思うわ」
「「「「…………」」」」
急いで私たちは事故現場から離れます。
マキにゃんの読み通りに、車はきっちり一三秒後に爆発して、真っ赤な炎が夕暮れ空に昇っていきました。
「くっ……ローンがまだ残っているのに……」
燃え上がる愛車を見つめて涙目になる藍ちゃん先生。
「「……小春?」」
「ご、ごめんなさいっ!」
再び私へと幼馴染たちの視線が突き刺さりますが、今度はマキにゃんが助けに入ってくれます。
「待って。この件は小春さんのせいとは言えないんじゃないかしら? 勘違いがあったのは仕方のないことだし、なにより、まともな【対応群】の指揮官ならば、真っ先に現地の協力者と連絡先を交換しておくはずだもの」
どうやら藍ちゃん先生の身分は覚えていたらしいマキにゃんの指摘に、先生は燃える愛車から視線を落として、わかりやすく項垂れました。
「……ええ、そうね。その通りね……これは一般人の女子高生といっしょに魔道を管理することが受け入れられなくて、無駄なプライドを拗らせていた私の失敗ね……ちゃんと朝のうちに御剣さんたちの連絡先を訊いておけば、生徒を危険に晒すこともなかったんだから……」
……ヒモにフラレ、愛車が爆発炎上したうえに仕事でも失敗し、危険な走行をしていたから保険が下りるかどうかもわからない藍ちゃん先生に、私はかける言葉が見つかりませんでした。
「……とりあえず警察と消防には連絡しておくね?」
再びスマホを取り出して、てきぱきと事故対応を進める夏姫。
「……わ、私と先生は連絡先を交換しておきますか? 他のみんなには私から送っときますから」
間違いは早めに正しておいたほうがいいと思って私がスマホを取り出すと、先生は死んだ魚の目で燃え盛る軽自動車を見つめます。
「……バックは車の中に置いてあったの……替えたばかりのスマホだけでなく、清水の舞台から飛び降りる思いで購入した、ブランド物のお財布とサングラスもいっしょに……」
「「「うわぁ……」」」
あまりにも幸薄な先生の姿に、思わず後ずさってしまう私たち。
「……引かないで…………」
しかしそんな藍ちゃんにも救いはありました。
「助手席にあった荷物なら回収しておいたけれど?」
そう言って小綺麗なショルダーバックを差し出したマキにゃんのおかげで、土気色をしていた先生の顔に少しだけ血の気が戻ります。
「……え、天使っ!? ……いや、ただの美少女か…………」
呆気に取られて素に戻った藍ちゃんは、だいぶ面白い性格をしているみたいでしたが、マキにゃんからバックを受け取った先生はすぐさま私と連絡先を交換して、ギリギリのところで大人の威厳を取り戻しました。
「んんっ、ゴホンッ! 背中を擦ってくれてありがとう秋山さん。なんだか凄く楽になった気がするわ」
「そりゃあマキナのおかげだな」
どうやら優しいアンリはこっそり【癒しの手】を使っていたみたいですが、持っているスキルを藍ちゃん先生に伝えるつもりはないらしく、すぐに話題を変える方向に動きました。
「ところで久遠岳の魔道には何が起こってるんだ? 上成村の御勤めに就いてる小春を止めようとしたってことは、【対応群】に確度の高い情報が入ったんだろ?」
アンリに問われた藍ちゃん先生は、緩んでいた表情を引き締めます。
「ええ……今からおよそ三時間前に【陰陽庁】から久遠岳の周辺地域に対して、【狂い咲き】警報が発表されました」
「っ!? レベルは!?」
「……警戒レベル四。状況は災厄が発生する一歩手前です」
「はあっ!? 今朝はまだ何も発表されてなかったのに、いきなり四まで上がったのか!?」
「確かに魔窟の中も様子がおかしかったけれど……どうしてそこまで急に……」
なにやら先生とアンリとマキにゃんが深刻そうな話をしていますが、裏社会の専門用語を知らない私と夏姫は首を傾げました。
「狂い咲きって……?」
「桜のことですか……?」
賢い夏姫はそれが桜に纏わる用語だと察したらしく、藍ちゃん先生は生徒の質問に頷きます。
「その通りよ。日本では古来より、桜の木を霊的な異変を検知するための『指標植物』として利用していて、いわゆる桜の花の【狂い咲き】が起こると、その周囲では必ず超常的な災厄が起こると言われているの」
先生の説明を引き継いで、アンリが田んぼの向こうで咲き誇る淡紅色の花を見つめます。
「桜と関連が深い【木之花咲耶姫】様は、子育てと火難避けの神様だから、大きな危機が迫ると子供を逃がすために桜を開花させて教えてくれるんだ……ああくそっ!? 今年は全国的に遅咲きで気づかなかったが……よく見りゃ花びらに霊光が宿ってやがる!」
「……秋山さんは【見者】だったのね……先生は【対応郡】の異能者でも知らない『神々の恩寵』を教えられてビックリです……」
藍ちゃん先生が教え子の優秀さに冷や汗を流していますが、ショーコ姉の教え子であるギャルが神様のことに詳しいのは当たり前なので、私と夏姫はアンリへと訊ねました。
「なにやら物騒なことになっているみたいですが……私たちにできることはありますか?」
「その災厄ってのはどんなことが起こるのかな? 流石に地震や台風クラスだとどうしようもないだろうけど……手伝えることがあるなら協力するよ?」
マキにゃんも真剣な顔で頷いてくれているので、私たちと同じ気持ちなのでしょう。
普段からお世話になりまくっているギャルの力に少しでもなりたくて、私たち三人が並んで前に立つと、
「ちょっと待ってくれ。いま情報を整理するから」
アンリは片手を上げて逸る私たちを落ち着かせ、今日のダンジョンで目にしたことを呟きながら必死で思考を回しはじめます。
「……神話の怪物……瘴気濃度の急激な上昇……そういや普通の魔物も話に聞いていたより、やたらと数が多くて――」
と、そこまで呟いたところで、ハッ、とアンリは顔を上げ、
「――今すぐショーコ姉に会いに行くぞっ!」
田舎道を猛然と走りはじめました。
「ちょっ――秋山さん!?」
「先生! すぐにお巡りさんが来るそうなので、車のほうお願いします!」
「あっ、ハイ……」
夏姫にまともな対応を取られて、追いかけるのを諦める藍ちゃん先生。
そしてマキにゃんも含めた身内だけになったところで、アンリが小さく親指を立てました。
「ナイスだ夏姫! ショーコ姉はきっちりした大人が苦手だから、藍沢先生も連れて行ったら扉を開けてくれないところだった!」
「姉さんスーツアレルギーだもんね」
「それでそれで? アンリは何に気づいたんですか?」
トラブルの内容が気になってしょうがない私が説明を促すと、アンリはようやく神様に会いに行く理由を教えてくれます。
「あたしは昔から姉さんに魔道の話を色々と聞かされてきたんだが、今回の件はたぶん、平安時代に起きたやつだと思う」
「……平安っていつごろでしたっけ?」
「だいたい千年くらい前だよ。西暦で言うと七九四年から一一八五年」
夏姫から歴史の知識を教えてもらう私に、マキにゃんが補足の裏社会情報も教えてくれます。
「それと平安時代は【陰陽師】たちの最盛期であり、同時に魔物が街中を徘徊していた『最も日本の闇が深かった時代』でもあるわね……」
そんなマキにゃんのおっかない説明に、アンリが走りながら軽く生唾を呑みました。
「ああ、あたしたちがさっき目にしたのは……」
そこから先を話すことをためらったギャルの顔は青ざめていて、冷や汗が頬を滑り落ちる様子が、やけにゆっくりと鮮明に見えます。
そして恐怖に震える喉が開き、アンリのよく通る綺麗な声が、身近に迫った災厄の名前を明らかにしました。
「おそらくあれは、日本でおよそ千年ぶりに起きようとしている――【百鬼夜行】の先駆けだ」




