第22話 魔道の異変
それからアンリの怒りを買って頭にタンコブを作った私は、少し冷静になってダンジョン探索を再開しました。
今はパーティーで動いているのですから、ひとりで突っ走るのはよろしくありません。
先ほどは私が感情のままに動いたせいで夏姫とマキにゃんに引かれてしまいましたが、ちゃんとチームワークを意識して動きはじめると、勘の良い仲間たちはすぐに息を合わせてくれて、私たちはまるで長年連れ添った熟年夫婦の如く連携ができるようになりました。
「前方のT字路、右から三体!」
【気配察知】を持つマキにゃんが端的に情報を伝えてくれて、そのまま彼女の指示で私はいっしょに前に出ます。
「小春さん、まずは一体ずつ片付けましょう」
「りょーかいです!」
走りながら短く作戦を決めて、すぐに曲がり角から顔を出したゴブリンの一体にマキにゃんの投げナイフが突き刺さりました。
「ギッ!?」
微かに声が漏れたことで他の二体が反応したらしく、ゴブリンたちが曲がり角の向こう側で叫びます。
「「グギャギャギャギャッ!!!」」
私は【魔力操作】で強化された脚力と【軽業】を利用して壁を走り、マキにゃんを真似して曲がり角から顔を出したばかりの二体目のゴブリンがこちらを認識する前に、アクロバティックな電光石火の一撃をお見舞いしました。
リアクションを取る間も与えず気持ちよく入った横ぶりは、すれ違いざまに緑の頭をパカーンと粉砕し、後には私とマキにゃんに挟まれる形で最後の一体が残されます。
「……グ、グギャッ!?」
仲間を瞬殺した敵に挟まれたそいつが戸惑っているうちに、私は足元の死体からナイフを回収して、ゴブリンの背後へと放り投げました。
「マキにゃん!」
頭上を舞う凶器を目で追うゴブリン。
【天駆】スキルを用いてそれをキャッチしたマキにゃんは、生き残ったゴブリンの頭上を逆さまになって跳びながら緑の喉を掻き切ります。
「ギャッ!?」
そうして見事な伸身宙返りを披露してくれた美少女がちょうど私の目の前に着地したので、なんとなく片手を上げてみると、パンッ、と心地良いハイタッチの感触が手の平に生じました。
「……やりますね!」
「小春さんこそ!」
お互いの動きを褒めて微笑み合う私たち。
動きの相性がやたらと良いのは運命の赤い糸でグルグル巻きにされているからですかね?
そこでようやく喉から紫血を吹き出したゴブリンが倒れ、隊列の背後を見張っていたアンリが声を上げます。
「後ろからも四体くるぜ?」
背後から現れたゴブリンたちは私たちの戦闘音に気づいて追いかけてきたのか、最初から殺意全開で襲ってきます。
「夏姫、ちょっと下がってろ」
「よしきた!」
金属バットを肩に乗せたアンリは夏姫が信玄ちゃんを集めるのを見届けて、ひとりでゴブリンの群れに悠然と立ち向かって行きました。
「実戦で技を使うのは初めてだぜ……」
どことなく楽しそうにゴブリンたちを待ち構えるアンリ。
そんな強者のオーラを出すギャルは、洗練された最小限の動きで先頭の棍棒を躱し、攻撃後のがら空きになった懐にコンパクトな掌底を打ち込みます。
「――【発勁】」
短く呟いたアンリの左手に集まった魔力の塊は、打撃と同時にゴブリンの体内まで侵入し――そして一拍遅れて渦を巻くように炸裂しました。
「ギィッ!?!?!?」
内部破壊の技を食らった先頭のゴブリンは爆ぜるように背中から内蔵と骨と血を吹き出して、それをもろに浴びた後続のゴブリンたちの足が止まります。
「グギャッ!?」
「ギャッ!?」
「ギャギャッ!?!?」
仲間の血肉によってもたらされた目潰しによって錯乱するゴブリンたち。
そのうち手近にいた個体へとアンリは金属バットを振るい、紫の壁のシミがひとつ追加されました。
「うわー……グロ…………」
そんなスプラッタをやや及び腰で観察していた夏姫は、
「上手くいくかわかんないけど……」
それでも助力しようと残った二体のゴブリンへと魔力を飛ばします。
「【退喚】からの――【再召喚】!」
たちまち夏姫の足元に集まっていた信玄ちゃんたちが消えて、ゴブリンの口元に召喚されました。
「「――っ!? っ!?」」
液体の狼に鼻と口を水の狼に塞がれたゴブリンたちは、しばらく自分の口から水をどかそうと藻掻いていましたが、やがて床に倒れてピクリとも動かなくなります……。
その悲惨な死に方を見ていた私は、二人の親友たちへとジト目を向けました。
「私よりも二人のほうがよほど凶悪じゃないですか……」
「うん、ごめん……勝利した後で引いた顔されるとけっこう傷つくね……」
そうでしょうとも、そうでしょうとも。
「私も親友に引かれて傷ついたんですよ?」
仕返しに軽く悲しんだフリをすると、
「ごめんってば……」
すかさず仲直りのハグをしてくれる夏姫。
我が親友はうっすら汗をかいているくせに、今日もやたらといい香りがしました。
「……うむ、かわいいので許して進ぜよう」
「ちょろー」
そうして夏姫と私がイチャついていると、アンリが自分の手と回廊に飛散した内蔵を交互に見て、渋い顔をしながら戻ってきます。
「いやぁ……この技、悪霊に使ったことはあったんだけどよ……血肉を持った相手に使うとめちゃくちゃグロいのな……ゴブリンの血が紫色でまだよかったぜ……」
「赤いとグロさが倍増しますからね」
と、私がそんな同意をしたところで、夏姫がなにかを考えはじめて顎に手を当てます。
「……魔物の生まれがゲームのイメージに影響を受けてるってことはさ……ゴブリンの血の色も昔と変わってたりするのかな?」
ふむ、それは面白い考察ですね。
「……表現規制の波が、ついにここまで?」
「うん、日本は特に厳しいから、すでに流血表現とかは難しくなっているわけだし、そのうちゴブリンが血を流すことすらなくなるのかもしれないね?」
「つまりは社会のホワイト化が進むことで、さっきのグロ目潰しも使えなくなるということですか……戦術の幅が狭まりますねぇ……」
「……もしかして小春も真似しようとしてた?」
二人で時代の流れに思いを馳せる私と夏姫に、
「? なんの話だ?」
ゲーム初心者のアンリは小首を傾げました。
田舎者で世間知らずな親友のために、私たちは現代っ子の基礎知識を教えてあげます。
「CER◯です」
「ゲームのパッケージに付いてるマークのことだよ。AとかCとかZとか」
「……最近のゲームにはそんなマークが付いてんのか?」
本気で覚えがないという顔をするギャル。
「……ずいぶん前から付いてますけど、アンリのゲーム情報はいつの時代で止まっているんですか?」
「……ドリームキャ◯トなら、ショーコ姉に勧められて少しやったことがある」
「「なんでそのチョイス?」」
久しぶりに聞いた懐かしい機種の名前に、私と夏姫の声が揃いました。
「いや、よくわかんねえけど……『時代を先取りしすぎた不遇なハードだから、ピチピチギャルに触らせることで供養するんだ』って……しゃべる変な魚と反りが合わなくて、すぐに電源切ったけど」
「「だからなんでそのチョイス!?」」
なにしてくれてるんですかねショーコ姉は……初心者にそのゲームはいくらなんでもコア過ぎるでしょうに……。
そうして雑談することで戦闘の興奮を抑えながら私たちが幼馴染のゲーム歴に戦慄していると、ゴブリンの死体が塵になるのを静かに観察していたマキにゃんが、ハンカチを持った手で床から何かを拾い上げて近づいてきます。
「アンリさん。先に倒した個体がこんなものを落としたのだけれど……」
「ん?」
アンリの前で開かれたハンカチの中には、小さな緑色の角が包まれていました。
「ドロップアイテムってやつですかね?」
「見たところ【ゴブリンの小角】って感じだね、そのまんまだけど」
私と夏姫は呑気にそのアイテムを鑑定し、マキにゃんとアンリは険しい顔になります。
「……【遺物】を残すほどに瘴気濃度が上がってんのか?」
「……ええ、確か第一階層でこれが残るということは、【臨界】が近づいている証拠ではなかったかしら? 昨日の今日でこれほど変化する事例なんて、私は聞いたことがないけれど……」
なにやら二人は専門用語を交えたコソコソ話をはじめた様子ですが、私と夏姫は他に気になることができたので、通路の隅っこにしゃがんで塵へと変わるゴブリンの死体を観察していました。
「お二人さーん、こっちも何か落としそうだよー」
夏姫がアンリたちへと声をかける間にも、私の前ではゴブリンの死体から生じた塵が集まって、異臭を放つ布切れへと形を変えます。
「うっ、くさっ……こちらは【汚れた腰巻き】ですか……明らかにハズレですね」
「他にも【魔石】っぽいのと【粗末な棍棒】なんかがあるけど……これ素手で触っても大丈夫なのかな?」
そうやって私たちが廊下に転がるドロップアイテムへと勝手に命名していると、ようやくほとんどすべてのゴブリンがアイテムを遺したことに気づいて、アンリが顔色を変えました。
「おいおい……こりゃあマジで洒落にならねえやつじゃねえのか…………」
おや? これは本当にヤバいご様子?
「……夏姫のスマホは繋がりますか?」
アンリの顔色から緊急事態を察した私が別のスマホで連絡できるかを確認してもらおうとすると、それを言う前に動いていた夏姫が画面を見せてくれます。
「……もちろん圏外だったよ」
そしてそんなやり取りを見ていたマキにゃんは、努めて冷静な声音で、私たちがやるべきことを簡潔に伝えてくれました。
「出口を探しましょう。できる限り、迅速に」
◆◆◆
それから私たちは焦ったアンリとマキにゃんに促され、再び走ってダンジョンの出口を目指しはじめました。
隊列は先ほどのままですが、移動の速さはミノタウロスから逃げている時の三割増しくらい。
すでにゴブリンが敵ではないことはわかっているので、私とマキにゃんが前衛に立って露払いをしながら、後ろから来る小鬼は【軽業】スキルがもたらす走力にものを言わせて振り切る作戦です。
ちなみにゴブリンのドロップアイテムはたいして価値がないらしいので、報告用にマキにゃんが回収した【ゴブリンの小角】と軽そうな【魔石】だけアンリのマジックバックへと入れて、他のアイテムは放置することになりました。
先頭を任されている私は【赫狸様の加護(微)】と【直感】スキルを駆使して、ときどき道に先にチラリと姿を見せる狐面の幼女を追って石造りの回廊を走ります。
「えっと……つまり、アンリたちが想定していた以上に、このダンジョンが危ない状態になっていたってこと?」
背後では夏姫が事の次第を確認して、アンリがそれに頷きます。
「ああ、局所的に溜まった瘴気から強敵が生まれる程度ならよくあることらしいが……こんなに浅い場所で魔物が【遺物】を落とすのは明らかに異常なんだ」
後ろから流れてくる会話を聞いて、私もそれに参加します。
「そういえば、うちのお母様も『地下二階からモンスターがドロップアイテムを残すようになる』って言ってました!」
昨日の夕食前に雑談した内容を伝えると、私の背後でマキにゃんが呟きました。
「……平常時でも地下二階から? どうりでここが【禁足地】に指定されていたわけだわ……」
なにやら怪しい単語が聞こえた気がして私が振り返る前に、最後尾にいるアンリが答えます。
「ここの地下二階だと【遺物】が落ちる確率はせいぜい四回に一回のはずだ! ほとんどすべての魔物が【遺物】を落とす状態とか、普通はだいぶ下に行かないとこうはならねえっ!」
それを聞いた夏姫は真剣な声を出しました。
「……つまりここは素人が長居していい場所じゃないってことだね?」
続けて多少のリスクを抱えてでも急いだほうがいいと納得した夏姫が、先頭を走る私に向けて叫びます。
「小春! もっと早く走ってもいいよ!」
マキにゃんの呟きは気になりましたが、普段は慎重な夏姫から危険地帯でのスピードアップを許可された私は、すぐに楽しくなって走ることに集中しました。
「それではこれより壁走りも使用しまーす!」
「ええっ!?」
どこぞから悲鳴が聞こえてきましたが、すでに最も脚力に自信の無い夏姫の許可は出ているので、私は悲鳴を聞かなかったことにして壁を使った高速移動を開始します。
走るスピードはだいたい一〇〇メートルを一三秒くらい。
直角に曲がるところでは壁を足場にすることでスピードを落とさずに、ゴブリンが現れたら私とマキにゃんが全力で仕留めて道を切り開く強行軍は、私たちみんなが【軽業】以上のスキルを持っているおかげでなんとか成立しました。
「幻影◯団になった気分ですーっ!」
友達と隊列を組んで壁走りする貴重な体験に、私が思わず感想を叫ぶと、後ろからアンリのお叱りが飛んできます。
「スピード上げすぎだっ! 戦闘狂っ! ちょっと気持ちはわかるけどっ!」
夏姫はツッコム余裕もないくらいギリギリみたいなので、少しだけ速度を落とし――そして次の交差路を直進したところで、私は自分の足に急ブレーキを掛けました。
「きゃっ!?」
「ちょっ!?」
「あぶっ!?」
マキにゃん、夏姫、アンリの順で玉突きした衝撃が伝わってきて、私の背中にマキにゃんの控えめなクッションがのしかかります。
「……どうしたの?」
「今度はなにさっ!?」
「新手の敵かっ!?」
そして後ろから来る抗議の声を聞きながら、私は五メートルほど超えてしまった交差路まで戻り、そこで怪訝な顔をする仲間たちへと振り返って会心の笑顔を向けました。
「――見てくださいよ、あれっ! 宝箱ですっ!」
私が指さす先にあるのは、通路の向こうに見える、広めの玄室の真ん中に置かれた宝箱。
木製ではあるものの、しっかりと金属の補強が施されたその箱からは、お宝の匂いが見るからにプンプンしておりました。
交差路まで戻って私の指さす先に目を向けた仲間たちは、一気に脱力して深々と嘆息します。
「……君はちゃんとアンリの話を聞いていたのかな?」
「……今はそれどころじゃねえって言ったよな?」
「だけど宝箱ですよ!? 宝箱っ!!!」
興奮して何度も素敵な木箱を指差す私へと、マキにゃんが冷静に残酷な現実を告げてきます。
「小春さん。残念だけど、現在の状況でアレを回収することはできないわ」
「……ええ? そこに宝箱があるのにですか?」
切実な声音で宝箱を連呼する私へと、
「よく聞いて、小春さん――」
まるで小さい子供を諭すように、マキにゃんはゆっくりと言葉を選びます。
「――魔窟に現れる宝箱は罠や待ち伏せの可能性がとても高くて、簡単に開けることはできないものなの……それに宝箱が一階層に現れたということは、いよいよ魔窟の異常が極まっているということだから、今は一刻も早く外に出て、この情報を【対応郡】に伝えないといけないのよ」
「……でも、宝箱が…………」
しかしなおも一点を見つめ続ける私の両脇を、夏姫とアンリが抱えます。
「真面目に説得しても無駄だよ、マキにゃん」
「こうなったこいつに言葉は通じねえから、あたしと夏姫で引きずって行くわ」
「……やぁっ……宝箱っ! 宝箱ぉっ!?」
二人の拘束を解こうとして弱めに暴れてみても、私の我が儘が通用する気配はありません。
「……ごめんなさい。あまりにも純粋な目をしていたから、小春さんが重度の魅了状態にあることに気づけなかったわ……」
「……いや、うん……これが小春の平常運転だけどね…………」
そしてマキにゃんの先導で、アンリたちはすぐに出口の赤鳥居を見つけてしまって……私は初めて見つけた宝箱に触れることすらできずに、二回目のダンジョンを脱出する羽目になりました。
「…………宝箱ぉ………………」
悲痛な鳴き声をあげて、夏姫とアンリに引きずられていく私。
未練がましく抜けたばかりの赤鳥居に腕を伸ばす私へと、困り顔のマキにゃんが少し頬を赤らめながら提案してきます。
「えっと、その……私の耳でよかったら……少しくらいなら触ってもいいけれど…………」
そして、ピョコンッ、と飛び出たこの世の至宝を目にして、私の意識は一瞬で切り替わりました。
「……夏姫、アンリ」
「うん?」
「ああ?」
「なにをチンタラ遊んでいるんですか! すぐに上成村の大人か【怪異調査対応郡】へと連絡を取って、ダンジョンの異変を伝えますよ!」
その後に心置き無く、マキにゃんの猫耳をモフモフするためにっ!
「「…………」」
もちろんそんな私の下心はあっさり見抜かれて、左右から思いっきりほっぺたを引っ張られました。




