第21話 怪物の生まれ方
――ミノタウロス。
それはギリシア神話に登場する牛頭人身のモンスター。
迷宮に閉じ込められ、人肉を喰らい、斧とたくましい筋肉を武器に持つその怪物は、理不尽な神々の気まぐれによって牛と人との間に生まれたそうです。
「ポセイドンに借りた雄牛があまりにも立派だったから、それを隠した王様が天罰を受けるところまではわかるのですが……その天罰の内容が『王様の妻に呪いをかけて雄牛に発情させる』とか、ちょっと意味がわかりませんよね?」
そうして生まれたのがミノタウロスだったはずです。
とばっちりを受けた王様の妻、超かわいそう。
「確か妻はヘリオスとかいう太陽神の娘だったはずなのに、夫のせいで木製の雌牛像に入って牛と交わる特殊プレイをすることになるなんて……どうして多神教の神話って変態チックな内容が多いのでしょうかね?」
そんな感じでダンジョンの中を小走りしながら私が知るミノタウロスの情報を小声で説明していると、それを訊いてきた張本人であるアンリが片手を上げてストップをかけてきました。
「おーけー……小春の認識はだいたいわかった。つまりお前はミノタウロスを海神の祝福を受けた雄牛と、太陽神の娘の特殊プレイから生まれた、愉快で脳筋な怪物としてイメージしているわけだな?」
「ええ、きのう私がダンジョンに迷い込んだ時、真っ先に思い浮かんだ強敵がミノタウロスだったのですが……それがなにか今の状況と関係があるのですか?」
おそらく関係があるんだろうなー、とは思いながらも、恐る恐る訊ねると、私の前を走っていたアンリが急に立ち止まりました。
「ある……めっちゃある!」
ミノタウロスから十分に距離を取ったと判断したらしく、普通に大きな声を出すアンリ。
「うわっぷ!?」
もちろん後を走っていた私はアンリの背中に突撃して、その向こう側にある豊満な双丘を鷲掴みにしました。
「小春は昨日の段階でミノタウロスの想像をしたんだな? それも一人の時に!」
「え、ええ……」
真剣なギャルの声音に先頭を走ってゴブリンを素早く処理していたマキにゃんも振り返り、最後尾にいた夏姫も私たちに合わせて立ち止まります。
「そうか……どうりで追いかけてくる気配がないわけだ……」
「……どういうことですか?」
みんなの注目を集めたアンリは、自分の爆乳を掴む手をペチッと叩き落とし、わざわざ私の認識を確認した理由を語りはじめました。
「かつて魔道に現れる【魔物】は『死んだ生き物の霊魂』だと思われていたんだが、平成初期あたりからその定説が大きく変わったんだ」
「『ゲームイメージ定着説』のことね?」
マキにゃんの補足に、アンリは頷きます。
「近年に入ってテレビゲームが大流行したことで、世界中の魔道で似たような魔物が現れるようになった。たとえばさっきからマキナが倒しているゴブリンとか、小春が想像したミノタウロスとか、あとはスライムなんかもその典型例だな」
そこまで聞いた夏姫が、アンリたちの言いたいことを察します。
「……この道に現れるモンスターは、みんな『人間の想像』を元にして生まれてるってこと?」
「ああ、魔窟の底に降り積もった『負の感情』が瘴気となり、それと人間の想像が混ざり合うことで魔物が生まれるってのが最新の定説だ……その説が正しいかどうかまではわからねえけど」
「? ショーコ姉でもかい?」
身近にこの世の真理を知ってそうな神物がいることに夏姫が思い至ると、姉さんの名前を聞いたアンリが遠くを見つめました。
「……神々も人間の想像から生まれた可能性があるから……ショーコ姉が語る真理もまた、人間の妄想の産物かもしれないらしい……」
アンリの説明に、夏姫も遠い目になります。
「それはなんとも……敬虔な信者に聞かれたら激怒されそうな話だね……」
「……ああ、あたしもショーコ姉に怒ったくらいだからな……信仰対象の胸ぐらを掴んだところで我に返ったけど……」
「自分でそれを言うあたりが姉さんらしいや……」
夏姫が言う通り、アンリを怒らせてニチャつく姉さんの顔が目に浮かびました。
と、そこまで雑談が弾んだところで、私は震えながら自分を指差します。
「えーっと……つまりはアレですか? 私の想像がミノタウロスを生み出しちゃったってことですか? いわゆる戦犯?」
話の途中から私が不安にならないようにと、あえて軽い調子で説明してくれていたアンリは肩をすくめました。
「いや、むしろお手柄と言っていいんじゃねえか? そもそも、この場所に神話のバケモノが生まれるほど瘴気が溜まっていたことが問題なわけだし……あたしのイメージに比べたら、さっきのアレはかわいく思えるくらいだったからな」
その励ましに、マキにゃんも同意してくれます。
「ええ、イメージの大元が小春さんひとりで本当によかったわ……もしも私の想像が少しでも反映されていたら、ミノタウロスには『常に飢えていて』『嗅覚が鋭い』イメージがあったから、先ほどすれ違ったところで気づかれていたかもしれないもの……」
「ああ、うん……ボクもさっき気づかれなかったことを不思議に思ってた……牛の嗅覚は犬と同等か、それ以上のはずだから……シャンプーの匂いとか大丈夫かなって」
「ひぇっ……牛ってそんなに鼻がよかったんですね……」
と、私は三人の言葉に背筋を冷やしましたが、少し考えて眉根を寄せます。
いえ、ちょっと待ってください……それは私が馬鹿だから、ミノタウロスも馬鹿に生まれたってことですか?
ジト目になった私が探るように見つめると、三人はスッと視線を逸らしました。
「さて、と……追手の心配もなくなったことだし、隊列でも組み直すか……」
「小春は先頭に行ってくれる? 後ろから胸を鷲掴みにされるとビックリしそうだから」
「外に出たらなるべく早く【対応群】に連絡を取ったほうがいいわね……【陰陽庁】の予報が出る前ならば、まだ対策が間に合うはずだもの」
夏姫に背中を押された私は頬を膨らませたまま先頭へと進んで、自然と隊列の二番目にきたマキにゃんへと訊ねます。
「……【陰陽庁】ってなんですか?」
「日本政府内には占星術師を集めて組織された、霊的災害の予報機関があるのよ」
「まあ、裏社会版の気象庁みたいなもんだな。やってることも似たようなもんだし。ただ、予報の精度はショーコ姉が当てにするほど優秀らしいけど」
「へぇー、そんな組織もあるんだ……その予報っていうのを見てみたいね?」
「……ええ」
そうして夏姫が新しい知識に感心し、私の小さな怒りが華麗なチームワークによって受け流されたところで、会話しながらテキパキ動いていた三人が隊列の調整を終えました。
先頭は私。
二番目がマキにゃんで、三番目が夏姫。
最後尾ではアンリが後方を警戒してくれています。
「いちおうアンブッシュ対策しておくね?」
そして夏姫が召喚した二体の信玄ちゃんが私の前へと歩み出て、即席の陣形が整いました。
これでたとえ待ち伏せされたとしても復活可能な水狼が攻撃を受けて、その間に体勢を立て直すことができるでしょう。
近接戦闘能力が一番低い夏姫も、アンリとマキにゃんの二人に護られていますから、私も安心して最前線で暴れられそうです。
「……なんかちょっとイラッとしたので、まずはゴブリンでもぶん殴りましょうか?」
私が希望を伝えると、夏姫がすかさず指示を出してくれます。
「信玄、生贄を見つけて」
ここで堂々と生贄とか言うあたり、私の親友は相変わらず良い性格をしていました。
水狼と言えど信玄ちゃんの嗅覚も優れているらしく、プルプルした二つのお尻を追いかけて行くと、曲がり角の向こうに二体のゴブリンが見えてきます。
相手はまだこちらに気づいていないので一人でも行けそうです。
「ふっ」
そう判断した私は軽く息を吐き、呼吸を止めて手近なほうのゴブリンへと襲いかかりました。
ちょっとしたストレス発散もかねて振るった警棒は、油断しきったゴブリンの頭蓋骨をカチ割るだけでは勢いが止まらず、警棒に押されて壁へとぶつかったゴブリンの頭は、まるで豆腐の如く柔らかにその中身をぶちまけます。
壁一面に、バシャッ、と紫の血が飛び散りました。
「――おや?」
……いつの間にかゴブリンが敵じゃなくなっている?
武器は変わっていませんし、昨日の戦いから変化した点と言えば、いくつか新しいスキルを覚えたくらいですが……アンリに教わった『魔力循環』のおかげで身体能力が上がっているのでしょうか?
「グギャッ!?」
ちょうどよくもう一体のゴブリンがこちらに気づいたので、今度は【魔力感知】で自分の体内へと意識を向けて、再び警棒をひと振りしてみます。
「せいっ!」
「グピィッ!?」
素早く脳天唐竹割りで振るったそれは、ゴブリンの頭蓋骨の半分くらいまでめり込んで、迷宮の中に紫色の噴水を作り出しました。
「おっと」
人間を主食にしてそうな怪生物の血は浴びたくないので、私はすかさずバックステップして三メートルくらい下がります。
たったの二撃で戦闘が終わってしまいましたが、今のでおおよそ魔力を扱うコツは掴めました。
「なるほど……攻撃や移動をする部位に魔力を集めることで、瞬間的に攻撃の威力やスピードを向上させることができるわけですか……」
軽くゴブリンを圧倒できたのは『魔力循環』で能力が底上げされていたことに加え、【魔力操作】と【魔力感知】を取得したことで、体内魔力の移動がスムーズになっていたからでしょう。
特に意識していた二撃目は一撃目よりも威力が上がっていたので、近接戦闘において魔力の移動は基礎にして奥義になりそうだと【直感】スキルが告げていました。
……まったく、なにが『近接職だと優先順位は高くない』ですか。
これはアンリもまだまだ未熟ということですね……【魔力感知】と【魔力操作】は異能者必須のスキルでしょうに……。
そうして短い戦闘で新スキルの有用性を悟った私は、特殊警棒を振るって付着した血を落とします。
戦闘に集中しすぎていてログを読むのを忘れていましたが、ゴブリンからもらったSPは『8』と『7』でした。
前回は確か『5』だったはずですが、夏姫と共闘していたから分散していたのか、それとも個体差が大きいのかは、余裕がある時に数字を擦り合わせて検証が必要そうです。
そんな考察をしながら歩いて三人のところまで戻ると、通路で固まっていた夏姫たちが軽く引いた様子で口を開きました。
「……うん、君は宮本武蔵かなにかなのかな?」
「……いや、こいつ今、一歩で軽く一〇メートルくらいは踏み込んでたぞ? どう考えても人間技じゃねえだろ……」
「……私は複数の異能に目覚めたことで強くなれたと思っていたのだけれど……どれほど自分が自惚れていたのかを教えてもらえたわ……」
「? なにを言っているんですか?」
私だけでなくみんなも【魔力操作】と【魔力感知】を取っているのですから、少し意識すればこれくらいの動きはできるでしょうに……。
そんな当たり前のことを伝えてみると、アンリに頭を抱えられました。
「これだから天才ってやつは……」
「いいかい、マキにゃん? 怒った状態の小春と喧嘩してはダメだよ? この子は感情の昂ぶりでリミッターを外してくるタイプの戦闘民族だから……」
「そうね……アンリさんのほうが足運びは洗練されているはずなのに、不思議と小春さんのほうが勝てる気がしないもの……」
夏姫とマキにゃんから微妙に畏れられているのを感じて、私の乙女心に小さくないダメージが入ります。
ちょっと皆さん……私のことをミノタウロスと同じ目で見るのはやめてくれませんかね……。
傷ついた私は、戦闘で昂ぶった気持ちを落ち着けるためにも、アンリへと抱き着きます。
「おいこら、人の乳を勝手に使うな」
牛仲間だと思って抱き着いてはみたものの、しかし牛コスが似合いそうなアンリのダイナマイトボディからは、隔絶した種族差を感じるだけでした。
「なるほど……牛と牛乳は別物なんですね……」
「……あたしはてめえの喧嘩も普通に買うからな?」




