第20話 古峰坊の祝福とフラグ建築士
魔力循環のマスターには時間がかかりそうなので、ひとまず修行法を教わったところで私たちは魔道へと向かうことにしました。
マキにゃんと公園で待ち合わせしていたことでいつもの通学ルートから外れているため、まずはお馴染みの鯛焼き屋さんを目指し、そのままオヤツを買いに行こうとした私は夏姫とアンリに止められて、しぶしぶ古峰神社へと続く参道へと足を向けます。
「……なんで二人は甘味の誘惑に抗うんですか? 今をときめく女子高生なのに」
「大半のJKは毎日砂糖をドカ食いしたりしねえよ。そういうのは月一くらいでやるもんだ」
「ボクはアンリほどストイックじゃないけど、それでも週一くらいに我慢してるかな……マキにゃんはどうだい?」
「私は甘い物を食べたこと自体、ほとんど無いわ」
さらりと真顔で悲しい食生活を告げてくるマキにゃん。
「「「…………」」」
もちろん私たちは即座に回れ右して、マキにゃんの手を引き、背中を押して、鯛焼き屋さんへと連行します。
「おばちゃん! 鯛焼き四つ! 中身はぜんぶ餡子でお願いします!」
「はいよっ!」
私が注文すると、とてもいい笑顔で注文を受けてくれたおばちゃんに風紀員の夏姫が率先してお金を払ってくれて、焼き立ての鯛焼きをアンリが受け取りました。
そして再び参道へと引き返したところで、アンリがマキにゃんに鯛焼きを手渡します。
「ほれ、毒も薬も入ってねえから安心して食え!」
「小豆と砂糖はいっぱい入ってますけどね!」
「日本の鯛焼きにはカスタードとかチョコレートのやつもあるけれど、まずは王道の餡子を食べるのがジャスティスなんだよ?」
「は、はあ……」
私たちの圧に押されて、恐る恐る鯛焼きを口にするマキにゃん。
「っ!?」
するとマキにゃんの瞳がギラッと輝いて、勢い良く日本の甘味を貪り始めました。
日本の伝統オヤツが無事に『美味しい物』と判断された様子に、私は満足して自分の分の鯛焼きを口にします。
「んん~っ! やはり女子高生の下校はこうでなくては! 気心の知れた友人と、美味しい物を食べながら、美しい街並みの中を幸せに歩く――これぞ『清く正しい青春』ってものですよ!」
今日も甘味を摂取することを正当化する私へと、夏姫とアンリがすかさず突っ込んできます。
「校則違反してるから清く正しくは無いけど」
「つーかさ、気心の知れたダチならシェアするだろ。昼にあれだけ食べたんだし……マキナの分を多く見積もったとしても三つもあれば十分なのに、なんでわざわざ四つも頼んだんだよ……」
鯛焼きを半分に割って、好きなほうを夏姫に選ばせるアンリ。
自ずと鯛焼きがひとつ余ったので、私は堂々と胸を張りました。
「安心してください! たとえ二人が残しても、私とマキにゃんの小腹はまだ空いてますから!」
すでに食べ終えたマキにゃんが残った鯛焼きを凝視しているので、ひとつだけでは物足りない私とシェアすればちょうどいいでしょう。
「……確信犯だこいつ」
「……これのどこが小腹なのかな?」
そう言って私の腹肉を摘んでくる二つの手。
「おやめなさい」
それらを、ペチッ、ペチッ、と叩き落とし、私はマキにゃんと残った鯛焼きを半分こしながら、古峰神社の参道を上っていきます。
もちろん餡子がたくさん詰まった頭側はマキにゃんに譲りました。
途中に置かれたベンチで水筒のお茶を少し飲んで、高いところから見える千灯町の景色を楽しみ、そして参道の終わりに置かれた石鳥居の前まで来たところで、私は真剣な顔をして振り返ります。
「さて、ここから先、マキにゃんには二つの選択肢があります」
「選択肢?」
かわいく小首を傾げる銀髪美少女へと、私は大げさに頷きました。
「この先に祀られている天狗様には、猫好きなのではないかという疑いがありまして。つまりは普通に猫っぽくシャウトして【軽業】スキルをもらうか、それとも猫耳を生やしてシャウトすることで、より大きな加護をもらうことを目指すのか……マキにゃんには二つの選択肢があるのです!」
そんな『猫耳を生やして猫っぽく鳴く美少女が見たい』という欲求が透けて見える説明を私が早口で行うと、異能への欲求が強いマキにゃんは予想通りに後者を選んでくれました。
「なるほど……猫らしくすることが重要ならば、確かに【獣化】を使ったほうが大きな力をいただけるかもしれないわね……」
「そうでしょう、そうでしょう」
「……昼休みからこいつ、欲望に忠実すぎないか?」
「……たぶん新しい友達ができてハシャいでるんだよ……小春は友達少ないから」
はいそこっ! 私の内心に精通した幼馴染はシャラップ!
そうして私が親友たちの会話を無視していると、なにか考え事をしていたマキにゃんが目をつぶります。
「そうね……どうせならもっと猫らしくなったほうが優れたスキルをもらえるかもしれないし……試しに【獣化】スキルを【深化】させてみましょうか?」
そう言って猫耳だけでなく、猫の尻尾まで生やすマキにゃん……。
「おい、小春……夏姫っ!? てめえら無言でマキナに飛びかかろうとするのやめろ!」
「離してくださいアンリっ! 後生です! 後生ですからっ!」
「尻尾は触らないからっ! 耳だけにするからっ!」
そんな具合に再び強力な魅了にかかる私たちを置いて、マキにゃんは石鳥居をくぐって天狗さんの前へと歩み出ます。
銀色の耳と尻尾を生やした美少女が近づいて行くと、神社の拝殿の上にいる天狗さんが反応しました。
『――…………励め』
いつもよりだいぶ見つめる時間が長かった天狗さん。
そんなわかりやすい神様へと、マキにゃんは完璧に猫っぽい鳴き声を上げます。
「――んなーっ!」
「「きゃわわわわっ!?」」
本物の猫かと脳が錯覚するほどに猫らしいその声に、アンリに捕獲された私たちは頬を赤く染めて身悶えし、拝殿に座す天狗さんも笑顔になるのがわかりました。
『――うむ、うむ!』
ポワッ、とマキにゃんの全身が薄く輝いて、美しく一礼した猫獣人がこちらへと戻ってきます。
「マキナっ! 一度【獣化】を解け! こいつらマジで魅了されてるっぽいから!」
「! ……了解」
アンリに促されたマキにゃんは耳と尻尾を消してしまいました。
「なんてことをしているんですか、マキにゃん……」
「そうだよ……ボクたちはまだモフモフを堪能していないのに……」
私と夏姫がアンリに抱えられたまま抗議すると、マキにゃんは欲望に塗れた私たちの様子に気づかず、頬を上気させて嬉しそうに報告してきます。
「今ので古峰坊様の寵愛と【天駆】という異能を授かることができたわ! 小春さんが言った通り、古峰坊様は猫が好きみたい!」
瞳をキラキラさせて喜ぶ純粋なマキにゃんに、私と夏姫は自分たちの浅ましい姿が少し恥ずかしくなりました。
先ほどまでの醜態を反省した夏姫と私はアンリの腕から抜け出して、乱れた制服を整え、煩悩から脱したお坊さんのように柔和な笑みを浮かべます。
「よかったね、マキにゃん」
「ええ、べつに猫耳姿のまま報告してくれてもいいのですよ?」
「こら」
私のほうは煩悩が抜けきってなかったので、夏姫に肘で脇腹を小突かれました。
そんな私たちの漫才をスルーして、アンリがマキにゃんへと歩み寄ります。
「【天駆】ってのはどんな力なんだ?」
マキにゃんはもらったばかりのスキルの情報を整理するように、少し考え込みました。
「身体が羽のように軽くなったのも感じるけれど……おそらく――」
と、そこまで言って、その場で高々とジャンプして見せるマキにゃん。
垂直跳びで四メートルくらい飛び上がったマキにゃんは、さらに空中を足場に飛び上がって、合計七メートルくらい飛んだところで、くるりと回って落ちてきます。
しなやかに着地するマキにゃん。
そんな彼女のウルトラCを見て、私たちは口々に感想を零しました。
「水色ストライプでしたね」
「うん、アンリが中学のころによく穿いてたやつ」
「……他にちょうどいいサイズの新品が無かったんだから仕方ねえだろうが!」
まあ、マキにゃんがアンリからもらったパンツを穿いているのはともかく、どうやらマキにゃんは天狗さんから空中ジャンプを授かったみたいです。
「私たちがもらった【軽業】の上位互換と言ったところでしょうか?」
「【獣化】と合わせて使ったら凄い機動力になりそうだね?」
「ええ、今はまだ空を一度しか踏めないみたいだけれど、素晴らしい異能をいただいたわ」
そうして私たちが今度は真面目にスキルの評価をしていると、頬を赤く染めていたアンリがひとつ咳払いをしました。
「んんっ……まあ、優れた力をもらえたならよかったけど……古峰坊に甘えるのはこれくらいにしておこうぜ?」
「……それはもう祝福を賜るなってことですか?」
私が少し残念に思いながら訊ねると、アンリは真剣な顔で首肯します。
「ああ、ショーコ姉も言ってただろ? 祝福と呪いは似たようなものだって……古峰様は久遠岳を鎮めるために魔道を開拓した私たちの大先輩だから、悪いようにはしないと思うけど……」
「……けど?」
何かを言い淀んだギャルへと首を傾げる夏姫に、そしてアンリは衝撃の可能性を口にしました。
「……あんまり古峰様から力をいただいていると、あたしたちの鼻まで伸びてくるかもしれねえからな……」
「「…………」」
お互いに鼻を見合わせ、何かを想像し、真顔になる私と夏姫。
確かに【軽業】に【天駆】は天狗みたいなスキルですから、ショーコ姉の愛弟子であるアンリに言われると、否定できる要素がどこにもありませんでした。
「鼻が伸びるくらいで強くなれるなら、私はそちらのほうが……」
「マキにゃんの制止はアンリに任せました!」
「お、おう……」
やたらと真剣になった幼馴染に戸惑うアンリを引き連れて、私たちも石鳥居をくぐります。
『――励め』
そして私と夏姫は天狗さんからの激励を、
「「ありがとちゃんちゃんです!」」
『――うむ』
チャラい感じで追加の加護をもらうことなくやりすごし、アンリに微妙な顔をされながら、神社の境内を通り抜けました。
「……いや、お前ら古峰様にもその感じで行くのか?」
……仕方ないではありませんか……鼻が伸びる可能性のある祝福とか、そんなの恐怖でしかありませんから…………。
むしろ乙女としては古峰様のほうが赫狸様よりも怖いまであります。
「私の鼻、伸びてませんよね?」
すでに三回も祝福をいただいてしまった私が訊ねると、夏姫が顔を近づけてきてイタズラっぽく微笑みます。
「ちょっとかわいくなってるかもしれないから、潰しといてあげるね?」
ぶひー。
「それなら私もお返ししてあげましょう」
ぶひっ、ぶひー。
そうして仲良くお互いの鼻を豚にして遊ぶ私たちを見て、マキにゃんが心配そうにします。
「……これは不敬に当たらないのかしら?」
「……大半の山神様はめちゃくちゃ心が広いから……小春は【直感】でそれを察して甘えてんだろ……」
と、アンリが的確な考察をしたところで、かわいいお鼻を潰すことに夢中になっていた私は大切なことに気が付きました。
「あ! そういえばマキにゃんにも赫狸様との付き合い方を教えておかないとでしたね!」
午前中はマキナちゃんだったから記憶に残っていないでしょう。
それから私たちは赫狸様のことをマキにゃんに説明しつつ、神社の裏手に回って山道へと入り、魔道の入口に佇む赫狸様の前まで来たところで、四人で揃って恒例の挨拶をします。
「「「「よろしくちゃんちゃんです!」」」」
ピョコンッ、と木陰から現れた二つの狐面に、
「っ!?」
私のとなりで赫狸様の加護(微)をもらった美少女がビクッとします。
「マキにゃん……本当に気をつけてくださいね? うっかり真面目に祈って正式な加護になると【道連れ】とかいう、名前からしてヤバいスキルが追加されますから」
「……肝に銘じておくわ」
そうして油断できない神様にはショーコ姉さんから教わったこの対応が一番だと理解してもらったところで、私たちはマジックバックからそれぞれの武器を取り出していきました。
私は特殊警棒――【粉砕丸】を。
夏姫は私が貸した鉄パイプ――【黒鉄丸】を。
そしてアンリは昔から愛用している【悪霊退散バット】を手に取って、最後に夏姫がバックから本物の武器を取り出します。
「はい、これ。自動小銃」
「ありがとう」
夏姫からアサルトライフルを受け取ったマキにゃんは、慣れた手つきでそれを点検し、その他にも夏姫が取り出す武器を次々と装備していきました。
その一連の動きは毎日武器を扱っている戦士そのもので、その凛々しい姿に私は瞳を輝かせます。
「夏姫、夏姫!」
「うん?」
となりの親友にヘアゴムを差し出すと、
「ああ――」
すぐに夏姫は私の気持ちを察して、髪の毛をマキにゃんと同じポニーテールに纏めてくれました。
「――はい、完成!」
ポンッ、と私の後頭部が軽く叩かれたところで、ダンジョンへと挑む準備が完璧に整います。
昨日と違って左腕に盾はありませんが、代わりに私の周りには力強い仲間たちが揃っています。
大親友の夏姫とアンリに、プロの戦闘職であるマキにゃん。
ダンボールの盾より何兆倍も頼もしい彼女たちがいっしょにいる今の私に、怪物たちと戦う恐怖は欠片もありません。
思わずニヤける口元、湧き立つ冒険心。
そんな高揚する気分に任せて、私は手にした特殊警棒をひと振りして伸ばし、魔道の先へと向けました。
「ふっ……ゴブリンだろうが、ミノタウロスだろうが……なんでもかかって来いですよ! 私たち四人に倒せぬモンスターなど存在するはずがないのですからっ!」
景気よく啖呵を切る私の頭を、アンリの手刀が優しく叩きます。
「ったく、なにがミノタウロスだ……変なフラグ立てんなっつーの! あたしも魔窟のほうに入るのは初めてなんだからな?」
軽いツッコミに「ふふっ」と私は気を良くして、二度目となるダンジョン探索へと足を踏み出します。
「――さあ、いざっ! 冒険の地へ!」
そして赤鳥居をくぐるとすぐに目の前の景色が石造りの迷宮へと変わり、他の三人も問題なく私の背後に現れて、そのまま勇ましく前進しようとしたところで――。
「ブモッ……ブモッ……」
――私たちは正面のT字路を横切る『巨大な牛頭の怪物』を目にしました……。
「「「「…………」」」」
幸い、大きな戦斧を持った怪物は私たちに気づかず素通りして行きましたが、無言で五秒くらい固まったのち、みんなの視線が私へと突き刺さります。
「……小春?」
「……小春さん?」
「……てめえ、マジで余計なこと言いやがって!」
「今の私のせいですかっ!?」
どちらかと言えば『フラグ』とか口にしたギャルのほうが重罪なのでは?
「とにかくすぐにここから離れるぞ! あんな神話生物の相手をするのはごめんだからな!」
アンリの指示にマキにゃんは静かに動き出し、私と夏姫は恐怖を紛らわせるために敬礼します。
「「ラジャッ!」」
そして小声で騒ぐという器用な真似をしながら、私たちはミノタウロスが向かったのとは逆方向へと、なるべく音を立てずに移動を開始しました。
このダンジョン……なにやらどんどん危険度が上がっていませんか?




