第17話 四人の昼休み
それからアンリの指示でマキナちゃんを一〇分ほど太陽光に当てていると、彼女の顔色は少しずつよくなっていきました。
「ごめんなさい……まさか瘴気の性質を失念するなんて……本当にご迷惑をおかけしたわ」
何度か頭を振って、髪をポニーテールに縛り、シャンと立つマキナさん。
まだ万全とは言えないみたいですが、その立ち姿は出会った時と同じ気品のあるもので、私たちは胸を撫で下ろします。
幼児退行した『マキナちゃん』を見れたことは全財産を払いたくなるレベルの幸せでしたが、やはり私はかっこいい『マキナさん』のほうが眺めていて幸せな気持ちになれました。
「よかったですね、元に戻って」
「うんうん、これでこそマキナさんだ」
夏姫も同じ気持ちだったのか、我々は同じものを見て目を細めます。
「おい、病み上がりなんだから無理すんなよ」
「ありがとう、でももう大丈夫だから」
私たちの生暖かい視線の先ではアンリがマキナさんの肩に手を置いて、金髪美少女と銀髪美少女が並び立つ奇跡のような光景が出来上がっておりました。
「……推しが並ぶと幸せ倍増ですね」
「……うん、あれを見ているだけで人生の意義が見いだせるよ」
夏姫が言う通り、きっと私たちはこれを見るために生まれてきたのでしょう。
それからしばらく私と夏姫は二人で合掌し、マキナさんのおでこや手首に触って体調を確認するアンリの世話焼きを鑑賞しました。
すでにアンリを主治医として認めているのかクールに健康診断を受け入れるマキナさん。
そこには完全に信頼関係ができあがっていて、その幼馴染以上の関係に、私と夏姫は軽く嫉妬を覚えつつもポカポカした気持ちをいただきます。
「よし、これだけ瘴気が抜ければ心のほうも安定するだろ」
最後にドクターアンリが完治の診断を出したことで、ようやくマキナちゃんは行動の自由を認められ、改めて私たちへと頭を下げてきました。
「夏姫さん、アンリさん、そして小春さん。あなたたちに銃を向け、命を奪おうとしてしまったことを正式に謝罪させてください。誠に申し訳ございませんでした」
きっちり九〇度の礼をするマキナさんに、そうなるだろうと思っていた私と夏姫は駆け寄って、二人でマキナさんの両脇を再び抱え上げます。
「はいはい、謝罪はもう十分に受け取りましたから」
「そうそう、堅苦しいのはもう終わりだよ。学生の昼休みは短いんだ」
そのまま強制的に謝罪を終了させて、マキナさんを囲むように私たちはハンカチを座布団にして座ります。
「ひとまず先に腹ごしらえを済ませましょう。難しい話はそれからです」
てきぱきと鞄を広げて昼食の支度をはじめる私たちに、マキナさんはしばらく戸惑っていましたが、
「ほら、マキナさんも座って座って?」
「はい……」
夏姫が追加で敷いたふかふかブランケットを叩いて着席を促すと、マキナさんはわざわざブランケットに乗らないように硬い床の上で正座になろうとして、アンリに横から軽く小突かれました。
「お前はいつまで気を使ってんだよ。昨日あれだけ殴り合ったんだから、あたしたちはもう友達だろうが」
「!?」
ぽふんっ、とブランケットの上に倒れるマキナさん。
「ごめんね? アンリは思考回路が昭和のヤンキーなんだ」
乱暴に座らせる幼馴染の行動を夏姫が謝罪し、私もうんうんと頷きます。
「一度会ったら友達で、毎日会ったら兄弟ですからね」
「みど、ふぁど」
「れっしー、そらお」
すかさず合の手を入れてくれる夏姫とアンリ。
「ごめんね? 小春は思考回路が平成のお子様なんだ」
熟練の連携で和ませようとする私たちに、元歌を知らないっぽい彼女はしばらく固まっていましたが、
「……と、友達…………」
仲良くしたいこちらの気持ちは伝わったようで、マキナさんは少し頬を赤く染めて、最終的には夏姫を真似して体育座りの姿勢になってくれました。
「……友達…………」
友達という言葉を噛みしめているのか、口元を嬉しそうにモニョモニョさせているあたりが実に尊いです。
「寿命が伸びるなぁ」
「激しく同意」
そんな推しの様子を間近で見て、夏姫と私はホンワカしました。
「……なんだこのかわいい生物」
これには流石のアンリも見惚れていました。
そうしてマキナさんを囲んで幸せな気持ちで食事のフォーメーションを整えたところで、空腹の限界に達した私は自分のマジックバックから保冷バックと水筒を取り出して、アンリへと両手を伸ばします。
「神様仏様アンリ様、本日のメニューはなんでしょうか?」
私が食事時にアンリを崇拝するのはいつものことなので、アンリは神仏と並べられたことを気にせずに答えました。
「アスパラベーコンとほうれん草のおひたしとニンジンシリシリだ」
超が付くほど家庭的なこのギャルは、いつも私たちにお弁当のおかずを提供してくれているのです。
「おいくら万円ですか?」
「調味料以外はだいたい貰いもんだから一〇〇円でいいぜ?」
わお! 美少女ギャルの手作り弁当がたったの一〇〇円とは超リーズナブル!
しかし私がお財布を漁っている間に、夏姫が適性価格から外れた代金を修正します。
「じゃあ手間賃込みで二〇〇円払うよ」
ふむ、確かにたったの一〇〇円は安すぎますね。
かと言って三〇〇円にするとアンリは受け取らないでしょうし、アンリが気負わずに受け取れる金額はこれくらいなのでしょう。
「ならば私も二〇〇円で」
「お? マジで? 毎度~」
これで残った昼食代三〇〇円が私のお小遣いになりました。
お弁当箱を受け取りチャリチャリと私たちが小銭を支払うと、受け取ったアンリはもうひとつお弁当を取り出して、それを小動物のように私たちのやりとりを伺っていた銀髪美少女へと差し出します。
「マキナも弁当食えそうか? 小春と夏姫に余分にもらったからタダでいいけど?」
良い香りのするお弁当箱を前にしたマキナさんは、なにかと葛藤するように手を引っ込めたり伸ばしたりしていましたが、最終的には食欲が勝ったようでお弁当を受け取りました。
「不思議ね……仕事柄、人から直接もらった食べ物は喉を通らないのだけれど……アンリさんにもらった物なら食べられる気がするわ……」
それは半日くらい『マキナちゃん』で過ごしていたから、アンリのことをお母さんだと思っているのでしょう。
「仲良したすかる」
「ねー」
美少女二人による家族団欒に、食事前から満足感を得る私と夏姫。
そうして私たちがホクホクしている間にも、マキナさんはお弁当箱を開けて、アンリから受け取ったお箸でアスパラベーコンを摘みます。
「――ん!」
そしてパクッとアンリの手料理を食べたマキナさんは、目をまん丸にして片手で口元を押さえました。
「一口食べただけで体調が急激に回復した気がしたわ……この国の食事は美味しいと聞いていたけれど、日本の学生は普段からこんな美食を味わっているのかしら……?」
「美食ってほどでもねえと思うけど……まあ、よくあるメニューではあるぜ?」
念のために言っておくと、アンリの料理の腕は『お高い料亭の板前さんクラス』と舌の肥えた夏姫が言うほどなので、ちゃんと美食という評価で合っていると思います。
「こんなに美味しい物を食べてしまったら、もうダストボックスは漁れないかも……」
「……マキナはよく、ゴミ箱を漁るのか?」
切ない単語を聞いて、表情を失くすアンリ。
そんなギャルの様子にも気づかず、マキナさんは饒舌に自分の食事事情を語ります。
「国によってはダストボックスがたくさん設置されているから、任務中に食事に困った時には重宝するのよ。腐りかけの臭いさえ判別できれば、簡単に薬や毒物が混入した恐れのない食材を確保できるの。特に大型ショッピングセンターの廃棄物あたりが狙い目ね。警備員がいることもあるけれど、素人の監視を掻い潜ることなんてわけもないから」
「いや、そんな豆知識を教えられても……」
日本ではあまり使い所のなさそうな雑学を披露している間にも、マキナさんはパクパクとお弁当を食べすすめて、ものの三〇秒もしない間に食べ終えてしまいました。
「食べるの早いな」
何気なく零れたアンリの指摘に、マキナさんはハッとして、空のお弁当箱を見下ろします。
「ごめんなさい……美味しい物は奪われる危険が高いから、つい急いで食べてしまって……」
……マキナさんはどんな環境で育ってきたんですかね?
ゴミ箱を漁るのが生活の一部で、美味しい物を奪われる危険がある環境って……平和な日本でぬくぬくと生きてきた私にはとても想像がつきません……。
「……ボクのお弁当も食べれるかな?」
「……私の分もあげたくなってきました」
空のお弁当箱を前に悲しそうな顔をするマキナさんを目にして、私と夏姫はとてつもなく庇護欲を掻き立てられました。
しかし今の彼女には優しいママが着いているので、物足りなさそうにする我が子のために、アンリは鞄から大きなタッパーを取り出して、その中身を未使用のフォークで刺して持ち上げます。
「デザートにリンゴもあるけど食えそうか?」
「いただくわ」
そして迷う素振りも見せず、アンリからリンゴを『あーん』してもらうマキナさんの姿に、私と夏姫は両手を合わせました。
「「ほわぁ……ごちそうさまです……」」
「? 食わねえのか?」
その行動を食後の挨拶と勘違いしたアンリに怪訝な顔をされましたが、お弁当を残すとアンリに本気で体調を心配されるので、私と夏姫は挨拶をやり直します。
「「いただきます!」」
「おう、めしあがれ」
挨拶をした私は意気揚々と保冷バックから二つのおにぎりを取り出して、
「いや、ちょっと待て」
しかしすぐにアンリに止められました。
「……なんですか?」
なるべく大きく握ったカロリー爆弾が見えないように隠す私に、アンリは整った柳眉を逆立てます。
「てめぇ……せっかくあたしが気を使ってヘルシーメニューを用意してやってんのに……少しは炭水化物を減らす努力をしろよっ!」
私のダイエットをサポートしてくれているこのギャルは、とても厳しいトレーナーでもありました。
「だ、だって……朝と夕方にたくさん運動する予定でしたから……」
魔道探索の消費カロリーを考慮してほしいという訴えに、しかしアンリは私に詰め寄ってきます。
「物には限度ってもんがあんだろうがっ! なんだこのバカでかい握り飯はっ!?」
アンリが指差したおにぎりを観察して、夏姫も真顔に変わりました。
「それ、一つでコンビニおにぎりの四個分はありそうだね……二つで八個分……小春がクラスメイトと打ち解けられるようにこれまでお昼は別々にしてたけど……どうりでお腹がプニるわけだよ……」
監視の目がないからと言って羽目を外していたことがバレてしまった私は、お母様印のおにぎりを両手で包んで死守しながら、そっと視線を逸らします。
「ち、チートデイってやつですよ……チートデイ……いつもはこんなに食べませんから……」
「昨日も鯛焼き食べてたよね?」
「ああん? ずいぶん長いチートデイだなぁ?」
至近距離から睨みつけてくるアンリの怒気に、私はしぶしぶおにぎりのひとつを差し出しました。
「うう……後でお腹が空いたらどうしましょう……」
「脂肪を燃やせばいいだろ! 腹の!」
ふんす、と回収したおにぎりを半分に割ったアンリは、その片方を食べ盛りの子へと向けて訊ねます。
「えっと……おにぎりもあるけど?」
銀髪の美少女は差し出されたおにぎりを見て困った顔をしました。
「ごめんなさい……純粋にお腹がいっぱいで……」
マキナさんは四人分のリンゴをほとんど一人で平らげていました。
申し訳程度にタッパーの隅に残された三つの小さなリンゴの欠片を見て、アンリは冷静に指示を出します。
「よし、マキナはもうそれ、ぜんぶ食べちゃってくれ」
「了解したわ」
意気揚々とリンゴの殲滅に取り掛かるマキナさん。
当てにしていた胃袋が満腹になっているとわかったアンリは、流れるようにおにぎりを夏姫へと渡します。
「残すのはもったいないから半分任せた」
「こんなに食べれるかな……ボクの胃袋だとアンリのお弁当でちょうどいいんだけど……」
それを受け取った夏姫は増えた昼食の量に困惑し、アンリもそれに同意しました。
「小春の食事量は完全に運動部男子のそれだからな」
なにやら失礼な評価をいただいたので、私も控えめに反撃します。
「……二人はそんなに少食で、どうしてそこまで大きく育ったんですかね?」
同年代の女子生徒よりも顕著に大きい胸部装甲を見つめられたアンリは、噛みつこうとしていたおにぎりから顔を上げて、ジト目をこちらへと向けてきました。
「てめぇの終わらないダイエットに付き合ってきたから、こうなったんだろうが!」
その理屈で行くと最も食事量の多い私が最も巨乳になっているはずなのですが……まったく遮る物がなく見下ろせるお腹と二人のバストを見比べた私は、深く考えることをやめて自分の中に溜まった醜いドロドロを吐き出します。
「次からはマキナさんが食べてくださいね? この二人に食事を与えても虚しいだけですから」
「……もしかして太らせようとしてた?」
「……最低だな、こいつ」
そうして幼馴染ならではのブラックジョークを披露する私たちに、マキナさんはとても真面目な顔をして呟きました。
「いちおう私も胸に脂肪が付きやすいタイプなのだけれど……ちゃんと小春さんの期待に答えられるかしら?」
「ぷっ……」
「くっ……」
完璧な不意打ちに、下を向く夏姫とアンリ。
欠片の悪気もなく発せられたその言葉のナイフは、私の乙女心に痛恨の一撃を与えました。
「…………やっぱり純粋に摂取カロリーを減らそうと思います」




