第16話 新ヒロインと回復具合
「永峰先生、マキナのことをよろしくお願いします」
アンリが頭を下げるのに合わせて、私たちも保健室の入口に並んで頭を下げました。
「はい、任されました。この子の状態異常は昼休みまでに先生が解除しておいてあげるから、あなたたちは学生らしく勉学に励みなさい」
これまでアンリにしか懐かなかったマキナちゃんを一瞬で手懐けた永峰先生は、全身から妖しいオーラを発して私たちへとポケットテッシュを手渡してきます。
「あうー♪」
先生の横ではマキナちゃんが大人しく頭を撫でられていて、その姿に私たちは安心して手を振り返しながら保健室をあとにしました。
三人揃って鼻血を流しながら、私たちは一年の教室へと向かいます。
「すごくエッチな先生でしたね」
「うん、おっぱいボイーンで、太ももムチィーだった」
「? なんであんなサキュバスみたいな人が保健室の先生をやってるんだ? すっげえエロい匂いがしたぞ、あの人」
永峰先生は白衣の下にへそ出しシャツとタイトなミニスカートを穿いた、とてもえっちぃ格好をした先生でした。
もちろんその胸元に飛び込んでしまった私がどうしてそんな格好をしているのかと質問すると、先生は頬を赤く染めて「そういう能力なの……」と呟いていたので、おそらく能力の発動条件を満たすために嫌々えっちぃ格好をしているあたりが余計にエロエロでした。
しかし永峰先生の能力が癒やしの力を持つのは本当らしく、ティッシュで鼻血を拭き取った私たちは身体が軽くなったことを実感します。
「匂いを嗅ぐことで発動するパッシブ能力ですかね?」
「主に精神面に効果がありそうだな、なんか前向きな気分になったぜ」
「後でスキルボードで探してみようか? アンリに覚えてもらったら便利そうだし」
「おい、やめろ。あたしの体臭をエロくしようとするな」
「もともとアンリの匂いはちょいエロですけどね」
「あ、それちょっとわかる」
「!?」
そんな会話をしながら私たちは一年A組の前まで到着し、そこで私は夏姫と自分の体臭を確認するアンリへと振り返りました。
「昼にはマキナちゃんも治るみたいですし、昼休みになったらまた保健室に行きましょうか? お昼ご飯はみんなで食べる形で」
私の提案に夏姫が頷き、
「マスクを外すとマキナちゃんは目立つから、どこか四人だけになれる場所を探さないとだね……流石に鼻血を流したままご飯は食べられないし」
顎の下に手を置いて昼食場所の候補を考える夏姫に、ちょいエロな香りがする脇の下を嗅ぎ終えたアンリが顔を上げます。
「それならあたし、屋上の鍵を持ってるぜ? 旧校舎のやつだけど」
そう言ってマジックバックから古風な鍵を取り出したアンリに、私と夏姫は目を丸くしました。
「どこでそんなレアアイテムを!?」
「今は管理が厳しくて先輩たちすら持ってないのに!」
いちおう北星女学園の校舎の屋上には落下防止用のフェンスが設置されているのですが、それでも昨今の教育現場というものは生徒を屋上に出すことを非常に警戒しているらしく、私と夏姫はレアアイテム【屋上の鍵】の入手を半ば諦めておりました。
憧憬の眼差しを向ける私たちに、アンリは自慢気に胸を張ります。
「へへっ、いいだろー。昨日の夜にオフクロからもらったんだ!」
なるほど……まだ屋上の管理が甘かったお母様たちの時代ならば、鍵の複製品を持っていてもおかしくないということですか……。
「盲点でしたね……」
「その手があったか……」
帰ったら私もお母様におねだりしてみましょう。
「それじゃあ昼休みになったら迎えにくるから」
「授業中にスキルボードばっかり見ちゃダメだぞ?」
「わかってますって!」
そうしてアンリと夏姫が片手を上げて昼休みの再開を約束し、私は二人と別れて自分の教室へと向かいました。
これまで人見知りの私が新しい友人を作れるようにとお昼ご飯は別々に取っていたので、久しぶりに幼馴染たちと昼休みをいっしょに過ごす約束をして自然と足取りが軽くなります。
コンビニに行ったり保健室に行ったりしているうちに、いつの間にか時刻は八時三〇分を過ぎており、私が着いた時に一年A組の席は八割以上が埋まっておりました。
「おはようございまーす」
挨拶をしながら教室に入って行くと、そこにいた全ての生徒が振り返って挨拶を返してくれます。
「「「おはようございますっ! 小春様っ!!!」」」
うおっ!?
なにごとですか!? その熱い視線は!?
その熱烈な歓迎っぷりに異変を察した私は、そそくさと自分の席についてクラスメイトの皆様の会話に耳を傾けます。
「――今朝はアンリ様もいっしょでしたわ!」
「――三角関係キタコレ!」
「――いえ、それが今日はもうひとりの銀髪美少女といっしょに歩いていたらしくて――」
「「「――銀髪美少女っ!?!?!?」」」
……なにやら謎の炎に油を注いでしまったことを察した私は、静かに愛読書を開いて聞こえなかったフリをしました。
マキナちゃんのことはすでに学校中の噂になっているみたいですが……後悔しても後の祭りなので、私はスキルボードを眺めて現実逃避します。
「――見てっ! 小春様がまた目を閉じて読書をされているわ!?」
「――しっ! あれはきっと新たなヒロインの登場に、揺れる恋心を落ち着けているのよ!」
なんでもかんでも恋に結びつけるのはJKの習性なんですかね……。
そのうち始業時間が近づくと藍ちゃん先生も教室に入ってきて、クラスメイトの皆様の雑談がピタリと止まります。
まだ四月も半ばだというのになんというチームワークでしょうか……いえ、マキナちゃんを見られた情報が藍ちゃん先生に届かないのはありがたいのですが……。
「みんなおはよー……っ!?」
そして美人でクラスメイトからも人気のある藍ちゃん先生は、私を見た瞬間に思いっきり顔を背けて、
「「「――っ!?」」」
その行動を見たクラスメイトの皆様は、色めき立って、一斉に私へと振り向きました。
くっ……目を閉じていても【直感】スキルで彼女たちの行動がわかってしまう……。
「……こ、小春様!?」
「……ま、まさかこの短期間に藍沢先生まで!?」
違いますから!
藍ちゃん先生はただ自分の黒歴史を知られたことが恥ずかしいだけですから!
私は決して幼馴染とマキナちゃんだけでなく、担任教師にも手を出すような爛れたスクールライフは送っていませんからっ!
しかし一度形成されてしまったイメージを払拭するのはとても難しく……私は白目を剥いて自分の名前が点呼されるのを待ちます。
「みみみ御剣こはりゅっ(動揺)」
「……………………ふぁい(脱魂)」
「「「っ!?!?!?(確信)」」」
……そして一年A組の恋物語に、また新たなヒロイン(担任教師)が追加されました。
おのれっ……てぇてぇを司る駄女神めぇ……。
◆◆◆
スキルボードを眺めていれば昼休みが来るのはあっという間で、四時限目の終礼と同時に私はマジックバックを手に取り教室の外へと向かいます。
「おう」
「お疲れ~」
ちょうど教室を出たところで、先に授業が終わったらしい二人と合流できたので、
「おつ――」
私も声をかけようとしたところで例の体質が発生して、アンリと夏姫の胸に激突します。
ボフフフン!
ボフン!
と、顔と左手が柔らかいクッションに包まれて、背後で黄色い歓声が爆発しました。
「「「――うきゃああああああああああああっ!?!?!?」」」
お、終わった……。
完全にハーレム女として認識された気配を察した私はそのままアンリと夏姫に引きづられて……人気の無い階段まで行ったところで二人から肩を叩かれます。
「「どんまい」」
中学時代も似たようなことがあったので、二人は説明するまでもなく状況を察しておりました。
「くっ……私はノーマルなのに……普通に殿方が好きなのに…………」
「どうせまたショーコ姉の呪いでマキナちゃんもヒロイン認定されてたんだろ?」
「あたしらのクラスでも噂されてたからな」
「……藍ちゃん先生も爛れた恋愛関係に追加されました」
「「藍ちゃん……」」
失恋したばかりなのに、あらぬ誤解を発生させてしまった先生に合掌してから、私たちは大急ぎで階段を駆け下ります。
すでにマキナちゃんの噂は校内を駆け巡っているみたいですから、早めに回収して旧校舎の屋上へと退避してもらう必要がありました。
保健室の扉をノックすると、すぐに扉が開いてマキナちゃんが押し出され、永峰先生はえっちぃ匂いを漏らさないように扉をギリギリまで閉めます。
そして薄く開いた扉の隙間から、先生は早口で言いました。
「まだ少し気分が優れないみたいだけど【瘴気酔い】はほとんど抜けました。あなたたちはすぐにその子を連れて人気の無い場所まで退避しなさい。昼休みは保健室前で白米を食べる『猛者』が出るから可及的速やかにっ!」
ピシャッ、と扉が閉まり、内側から鍵がかけられます。
「「「っ!?」」」
いつの間にか保健室の扉には『永峰飯禁止!』『第二保健室はあちら↑』と張り紙がされており、そして背後から響いてきた重々しい足音に、私たちは鳥肌を立てました。
たぶんその『猛者』というのは永峰先生の匂いで白米を貪る肉食獣に違いないので、扉の隙間から芳香を漏らす同類の言葉に従って、私たちはフラフラと俯くマキナちゃんを抱えて旧校舎までダッシュします。
女の子を三人で抱えて移動するのは既に経験があったので、私たちは素晴らしい脚力を発揮して、ものの三〇秒もかからずに旧校舎の屋上まで駆け上がりました。
「……ぜぇ……ぜぇ……ここまで来れば大丈夫でしょう……」
「……し、知らなかった……女子校ってこんなに怖い場所だったんだ……」
「……あたしたちはか弱いガゼルでしかないのだと実感させられたぜ……」
保健室の周りには必要がなければ近づかないほうがいいかもしれません。
そしてアンリが屋上の鍵を開けて、私たちは誰もいない安全な空間へと足を踏み入れます。
目に映るのは見渡す限りの青空と、フェンスの向こうにそびえ立つ久遠岳。
旧校舎は主に文化部の部室棟として使われているので、新校舎よりも静かな空間に私たちは安堵しました。
マキナちゃんを下ろして、アンリが屋上の鍵を念のために施錠します。
旧校舎は新校舎よりも建物が高いので、これで他の生徒や先生たちから見つかる心配はほとんどなくなったはずです。
そうして一息ついた私たちが、状態異常を抜けたらしいマキナちゃんへと視線を集めると、彼女は屋上の真ん中で綺麗な土下座をしておりました。
「……いろいろとご迷惑をおかけして……誠に申し訳ございませんでした…………」
もちろん私と夏姫は慌ててマキナちゃんを止めに行きます。
「いやいやいや! そんなことしなくてもいいって!」
「頭を上げてくださいマキナちゃん! あなたは私たちの命の恩人なんですからっ!」
ゴブリンから助けてもらった恩がある二人で脇を抱えるようにしてマキナちゃんを立たせると、彼女は震えながら青白い顔を上げて懇願してきました。
「……ところで夏姫さん……できれば拳銃を今すぐ返してほしいのだけれど……」
「……うん、絶対にダメ」
速攻でマキナさんの両腕を私とアンリで押さえて、夏姫は自分のバックを抱えて距離を取ります。
「……大丈夫よ……ちょっと記憶を消すついでに……いちごジャムを作るだけだから……」
弱々しく呟くマキナちゃん。
その原材料が彼女の脳ミソであることを察した私は、保護者のアンリへと確認します。
「……これ、本当に状態異常から抜けていますか?」
「……だから子供扱いするなって言っただろ」
治療を終えたマキナちゃんには、まだ少し経過観察が必要そうでした。




