第14話 四人で登校
いつもの場所で合流した私たちは、【オシャレ地蔵】から南に向かい、上成村側の赫狸様を目指して田んぼに挟まれた道を進みます。
その道中で私と夏姫はアンリから、ひとり一袋ずつビニール袋を受け取りました。
「ほら、バックの中にでも入れとけ」
「……なんですか、これ?」
「……お香?」
チャックで密閉できるタイプのビニール袋の中にはマッチと三角錐の形をしたお香が入っています。
自分のマジックバックからも同じ物を取り出して見せて、アンリはその使い方を教えてくれました。
「赫狸様対策だ。それはうちのオフクロが特別に調合したお香だから、そこらの下手な御札よりも効果がある。本当はタバコ型のほうが使いやすいらしいけど……流石に学校で見つかったら問題になっちまうからな」
ふむ……つまり赫狸様に連れて行かれそうになったら、このお香に火を付けろということですか。
「赫狸様は香りの強い物が苦手なんですか?」
「もともと赫狸様は【山の怪】だから、あたしたちよりも鼻がいいんだよ」
「それって人を道に迷わせたりするやつだっけ?」
夏姫の質問に、アンリは頷きます。
「ああ、タヌキとかキツネとかイタチとかな。山で暮らす動物が異能に目覚めると、だいたい敵を迷わせるような力を持つんだ」
つまりは赫狸様もそういった力を持っているということでしょう。
そんな説明を受けているうちに山の入口に立つ赤鳥居の前まで辿り着き、私は少し身構えます。
木々の合間に佇む赫狸様からは狐面の幼女と同じ不吉なオーラが漂っておりました。
昨日の恐怖体験を思い出して固まる私の頭を、アンリが、ポフッ、と優しく叩きます。
「まあ、神様を畏れ敬うのは正しいことだが、あまり怖がりすぎるな。赫狸様は魔道から湧き出てくる怪物を迷わせてくれる、この土地の守護神みたいな神様なんだぜ?」
「……そうなんですか?」
「ショーコ姉がこの村に来る前は、赫狸様がうちの御祭神だったくらいだからな」
アンリはマキナさんを背後霊のようにくっつけたまま鳥居に近づいて、その赤い御神体へと一礼します。
「いつもありがとちゃんちゃんです」
チャラいお礼を奏上するアンリの姿を、木々の梢から顔を出して双子の幼女が見守っていました。
幼女たちは真っ白な尻尾をフリフリさせていて、とても機嫌がいいことがわかります。
「ほら、お前らもチャラい感じで挨拶しとけ。小春が気に入られたなら夏姫もそのうち目をつけられるだろうし、正しい接し方を知っていれば大丈夫だから」
アンリに促されて、私と夏姫も、パン、パン、ペコリ、します。
「「よろしくちゃんちゃんです!」」
そこで夏姫も加護(微)をもらったのか、ビクッ、としました。
「……小春たちが見てたのはこれかー……ちょっとかわいいかも……」
油断しないでくださいね……その子、仲良くなりすぎるとアウトですから。
加護が昇格されないことに胸を撫で下ろし、頭を上げた私たちはアンリに続いて赫狸様をくぐります。
また薄膜を抜けるような感触がありましたが、昨日の下校時とは違って景色が変わることはありませんでした。
「? ダンジョンにならないですね?」
「……スライムはいるみたいだけどね」
夏姫が言う通り、山道のいたるところに青いプルプルが見えますが、それ以上の変化はありません。
先に入ったアンリはマキナさんに向けて飛んできたスライムをグーパンチで粉砕して、この通学路の仕組みを教えてくれました。
「魔窟に迷い込むのは日が傾いてきてからだ。ここは日本でも指折りの霊山だから、そこらの魔道よりも変化が起こる時間が早いらしいけど、普通は『逢魔ヶ時』から魔窟への道が開いて『丑三つ時』に最も危なくなるってのが基本らしい」
どうやら私たちが言うダンジョンが【魔窟】、そして魔窟になる前のこの道のような場所が【魔道】と呼ばれているみたいです。
「「はえー」」
幼馴染の知識量に感心する私と夏姫。
そんな頼もしい親友がいることに、私は思わず笑顔を零します。
「えへへ、アンリがいてくれると安心ですね!」
高校に上がってからこの子は『家庭の事情でしばらく別行動することになった』とか言って、公共交通機関で通学していたので、いっしょに登校するのは半月ぶりでした。
夏姫も私と同じことを思ったのか、共通の親友へと唇を尖らせます。
「もう……今まで君がいなくて寂しかったんだからな?」
「お、おう……」
私たちに頼られて、アンリは照れくさそうに頬を掻きました。
かわいいギャルは照れた顔を見られるのが恥ずかしかったのか、マジックバックから抜いた金属バットを道の先へと向けて先頭を譲ってきます。
「この時間は安全にSPが稼げるはずだから、小春と夏姫が先に行ってくれ」
「アンリはいいんですか?」
「すでにSP稼ぎしてるとか?」
スライムを倒す様子が手慣れていたのを見て、夏姫が熟練者かと訊ねると、アンリはバットで自分の肩を叩きつつ答えました。
「ああ、いちおう小さいころに50SPくらいは稼いだから、二人にも同じくらい取ってもらったほうが足並み揃うだろ?」
「……たったの50SPですか? 50万SPの間違いではなく?」
私なら大人に禁止されてもそれくらいは稼ぐだろうと思って訊ねると、
「小春といっしょにすな」
「あいたっ」
アンリに軽くチョップされました。
「あたしがお前らを置いて抜け駆けするわけねえだろ?」
「相変わらずアンリは友達思いですねぇ……」
見た目はヤンキーギャルだけど、彼女は誰よりも心根が綺麗なのです。
「ちなみに50SPはなんで取ったの?」
その微妙な数字が気になったのか、夏姫が小首を傾げると、アンリは軽く肩を竦めました。
「あたしは生まれつき目が良すぎてな……寄ってくる悪霊どもを退治するために【魔力操作】と【魔力感知】が必要だったんだ。ちなみにこれらは後衛の必須スキルらしいから、夏姫も魔法職なら早めに取っといたほうがいいぜ?」
「ん、わかった」
アンリのアドバイスに夏姫が頷いて、完全に前衛扱いされている私は自分を指差します。
「……私は早めに取る必要ないんですかね?」
「小春みたいな近接職は自然と体内魔力を操ってるからな……まあ、腐ることがないスキルだとは思うが……それほど優先順位は高くないんじゃねえか?」
ふむ……つまりアンリは魔力の流れを見て、私と夏姫の戦い方を見抜いているわけですか。
「そういうことなら今朝は夏姫のSP稼ぎを優先しましょうか? 私もそこそこ昨日の冒険で稼いでますし」
「いいのかい?」
「もちもちです」
そして最もSPが少ないであろう夏姫に私が先を譲ると、
「夏姫、【魔力操作】と【魔力感知】の取得に必要な合計値がわかるか?」
続けてアンリが目標とするSP量を確認しました。
「ちょっと待って。そのスキルなら昨日の夜に見つけたから」
すでにスキルボードを読み耽っていたらしい夏姫は、目を閉じて二つのスキルを探します。
「えっと……【魔力操作】が40で、【魔力感知】が50だね。【水狼召喚】を深化させるために30SP使っちゃったから、初期SPと合わせて、あと20SPあれば両方取れるよ?」
「合計値90……すげえな、お前」
「? なにが?」
訊かれたアンリは自分のことのように嬉しそうにしながら、饒舌に数値の意味を解説しました。
「いや、ショーコ姉が言ってたんだけどさ。だいたいこの二つの合計値を見れば魔法を使う才能がわかるらしいんだ。あたしは【魔力操作】90の【魔力感知】が30――合計120で『すげえ天才』って言われた。そんで合計値が100を下回るようなやつは『超が付くほどの大天才だ』って」
間接的にショーコ姉さんに褒められて赤くなる夏姫。
「それは……照れるね……」
もちろんそれを聞いた私はすぐに自分の数値を確認しました。
えっと……私の場合は【魔力操作】が60の……【魔力感知】が110ですから……。
「……どうして小春は落ち込んでるんだ?」
「……たぶん合計値がボクたちよりも悪かったんじゃないかな?」
「ふんっ、どうせ私は170の女ですよーだ」
「いや、合計値が200以下なら十分らしいけど……」
「そのような慰めはいりませぬ!」
いいんです、だって私は近接戦闘職ですから。
魔法はあくまで補助として使わせていただきましょう。
そうして私たちがアンリと楽しくおしゃべりをしていると、
「……うう~…………」
銀髪美少女がアンリの制服を引っ張って『ママは私のなの!』と主張してきたので、私と夏姫は微笑ましい気持ちになります。
「あっ、あっ、ごめんねマキナちゃん!? ボクたちがお母さん取っちゃったから寂しかったよね?」
「ほら、アンリ! 早くマキナちゃんを抱きしめてあげてください! ひとりぼっちにされて涙目になっているじゃないですか!」
「お前ら……本気で子供扱いするのはやめてやれよ……正気に戻った時に身悶えるのはこの子なんだから……」
そう言いつつもアンリが頭を撫でると、むふーっ、とこちらにドヤ顔を向けてくるマキナちゃん。
「「か、かわいい」」
よかったですね?
お母さんにいい子いい子してもらえて嬉しいですね?
しかしあまり見つめているとマキナちゃんが怖がってしまうので、私と夏姫は回れ右して二人のために道を切り開くことにします。
「アンリはマキナちゃんのお世話をお願いします!」
「スライムはボクと小春で倒すから!」
「お、おう……なんかよくわからんけど……すげえやる気だな」
そして私たちは狭い山道を進むために一列になってスライムが出る通学路を進みはじめます。
隊列は自然と警棒を構えた私が先頭で、二番手が鉄パイプで武装した夏姫、三番手が金属バットを持ったアンリで、最後尾が幼女モード(無力)のマキナちゃんという形になりました。
今回の探索では夏姫のSPを稼ぐことを優先するため、私は警棒を横に構えて進行方向にいる最寄りの青いプルプルへと近づきます。
接近するとスライムが反応して飛びかかってきて、
――ぷるっ!
「――ほっ!」
私は【剣術】と【戦盾術】のスキルを駆使して、警棒でスライムの体当たりを弾きました。
目が慣れたのか、それともスキルの効果が高いのか、いつの間にか私はスライムの体当たりを見切れるようになっていたようです。
ぺちっ、と地面に落ちたスライムを、夏姫が黒鉄丸で叩きます。
その一撃には【杖術】スキルの効果が乗っているらしく、夏姫が振るった黒鉄丸は正確にスライムの真ん中へと当たりました。
「よしっ! 1SPゲット!」
「どんどん行きましょう!」
そうしてSPを回収しながら、私たちは朝の通学路を進んで行きます。
すでにスライムを倒すのに必要なスキルは揃っているため、今日の通学は普通に歩くのより少し遅いくらいの速度で進みました。
さらに途中から夏姫が二体のワンコを呼び出して、道から外れた場所にいるスライムも狩り出したため、夏姫が必要としている20SPはあっという間に貯まります。
「信玄はスライムを倒せるのですね?」
「うん、一匹倒すのに四〇秒くらいかかってるけど……道の外にいる個体まで狩れるから、ボクのSP稼ぎはこれでいいかも」
今のところ信玄ちゃんは二体まで召喚できるはずなので、夏姫は二〇秒に一匹のペースでスライムを狩れることになります。
凄まじい高効率……私も召喚系の取得を目指しましょうかね?
まあ、私の場合は召喚系のスキルが取得済みスキルから遠いところにあるので、取得しようと思ったら多くのSPが必要になりますけど。
「夏姫、必要SPが貯まったなら新スキルを取得しますか?」
スキルを取得するには目を閉じる必要があるので、休憩時間が必要かどうか確認すると、それを聞いていたアンリがストップをかけてきました。
「あー……【魔力感知】はともかく、【魔力操作】は使いこなすのにコツがいるから、マキナが正気に戻った後でいっしょに取ったらどうだ? 何度も説明すんのめんどくせえし」
「それならボクも後でいいよ?」
「……ふむ、つまり私以外はみんな後で【魔力感知】と【魔力操作】を取るわけですか」
優先順位はそれほど高くないと言われたものの……みんなが取ると聞くと途端に欲しくなるのは日本人が持つ性なのでしょうか……?
そんな私のソワソワを察したのか、夏姫とアンリが苦笑します。
「もう、我慢してないで……次は小春がSPを稼ぎなよ。どうせ同じスキルが欲しくなったんでしょ?」
「あたしもマキナの世話があるから、気にせずスライム倒していいぞ?」
「やったあ!」
さっそく飛来してきたスライムに警棒を振るい、私は青いプルプルを両断します。
「あっ、ちょっ――」
「待っ――」
――スパン!
《――1SPを回収しました》
先ほどアンリがやっていたように、タイミングさえ掴めば飛んでくるスライムに攻撃を合わせるのは意外と簡単で、
「どうですか! 我が剣の冴えは――」
かっこよく魔物を屠った私は振り返って親友たちへと胸を張ります。
「――あっ!?」
しかし私の背後では、スライムの死体を浴びた夏姫とアンリがヌルヌルになっていて……二人は自分の体質を忘れていた私へとジト目を向けてきました。
「「……やると思った」」
「……ご、ごめんなさい」
嘆息する二人に頭を下げる私。
「うう~……!」
するとママを汚されて怒ったマキナちゃんが、アンリの真似をして手刀で私の頭を叩きに寄って来ます。
「えいっ!」
――ぺちぃ!
「あふんっ!?」
マキナちゃんからの無痛チョップは、むしろ極上のご褒美でしかありませんでした。




