第13話 二日目の朝
そして翌朝。
いつものようにスマホのアラームで目を覚まさなかった私は、六時五分に送られてくる夏姫からのデスコで目を覚ましました。
シャオラァアアア。
シャオラァアアア。
シャオラァアアア。
『夏姫:朝だぞー』
『夏姫:目え覚ませー』
『夏姫:……冒険が待ってるよー』
『小春:おきまきた』
『夏姫:よし、次からはこの手でいこう』
六時一五分になってようやくベッドから這い出して、部屋のカーテンを開け、爽やかな朝日を浴びて大きく伸びをします。
「んんーっ! 全身が痛いですっ!」
昨日はあれだけ運動したのですから、若い肉体が筋肉痛になるのは当然の結果でした。
――よしよし、これならお腹のスライムが討伐される日も近そうです。
と、これからはじまる冒険へと胸を高鳴らせ、机に置かれた警棒を眺めて私はしばらくニマニマしました。
待っててね【粉砕丸】……すぐに活躍させてあげますから。
勝手に名付けた借りパク状態の警棒を、人形代わりに抱きしめていたマジックバックへと収納し、それを背負った私は階段を下りて洗面所で洗顔とうがいをします。
リビングのほうから美味しそうな香りが漂ってきていたので、そちらへと足を向ければ、食卓にはすでに見事な和食が並んでおりました。
新品のかわいいエプロンを装備して良妻のフリをしたお母様が、私へと挨拶をしてきます。
「おはよう小春ちゃん」
「おはようございます。今朝は塩サバですか」
今朝のメニューは塩サバと卵焼き、納豆とホウレン草の胡麻和えでした。
「ご飯よそってくれる? ママのは大盛りでいいから」
「御意のままに」
昨日の残りの豚汁をよそうお母様から命令されたので、私は素直に返事をします。
ここで口答えをしようものなら関節技を極められてしまうので、お母様に逆らってはいけません。
注文通りに二人のご飯をお茶碗へとよそい、自分のお茶碗にも銀シャリを大盛りに。
お父様は街にある道場で門下生と朝練をするため、朝早くから仕事に出ているので、朝食はお母様と私だけで食べるのが我が家の普通でした。
食卓のセッティングが終わったところで席につき、対面に座るお母様といっしょに両手を合わせます。
「「いただきます」」
お母様が焼いた塩サバは抜群の焼き加減と塩加減で、私のご飯を食べる手はモリモリ進みました。
「おかわり♪ おかわり♪」
自分でまた大盛りによそって、二杯目は定番のネギと辛子を混ぜ混ぜした納豆で。
そうして私が朝食を楽しんでいると、対面に座るお母様が困ったように微笑みました。
「……小春ちゃん? 嬉しいのはわかるけど、食事中はマジックバックを外しましょうね?」
「なんとっ!?」
無意識に私は昨夜から片時も離さず、魔法の鞄を装備しておりました。
食事を終えたら自分の食器を流しまで運び、私はお母様から保冷バックに入ったおにぎりを二つと、本日の昼食代である五〇〇円を授かります。
「大事に使うように」
「へへーっ!」
私は無駄な動きが多いらしく、おかず入りのお弁当を持ってあの通学路を歩くと中身がグチャグチャになってしまうため、昼食のおかずは学園にある学食か購買で調達していました。
ゆっくり朝食を楽しんでいたため、現在の時刻はもう六時四五分を過ぎております。
あと五分もすれば夏姫がうちのチャイムを鳴らしにくるはずなので、私はそこから急いで学校に行くための身支度を整えました。
歯を磨いて、制服に着替えて、鏡の前で【粉砕丸】を構えて。
そうしてバッチリ女子高生らしくなった私を、ピンポーン、といつもの呼び出し音が急かしました。
「小春ーっ! 夏姫ちゃん来たわよーっ!」
「はーい!」
これは小学生時代から続く朝の恒例行事なので、お母様も慣れたものです。
「行ってきます!」
マジックバックに【粉砕丸】をしまって急いで外に向かうと、そこではいつもの如くヘアブラシを構えて夏姫が待っていました。
「いらっしゃいませ~。お客様、本日はどのような感じにいたしますか~?」
「自然な感じでお願いします!」
「お客様の黒髪は本当に綺麗ですよねー。シャンプーしかしないくせに」
「自然が一番ですから」
「はいはーい。それじゃあ今から顔面に、たくさん不自然を塗りたくりましょうねー」
そう言って私の顔に化粧水とか乳液を塗りたくってくる夏姫。
「いやんっ!」
「いやんじゃないだろーっ! またスキンケアをサボって! 君も現役のJKならこれくらい自分でやれよな!」
「……だって夏姫のほうが上手なんですもん」
「またそういうところばっかりショーコ姉に似て!」
だってしょうがないではありませんか。
私はあの人……いえ、神様を見本にして育っているのですから。
「まったく……なんで君は自分のことになるとズボラになるかなー……ショーコ姉の髪は綺麗に梳かすくせに……」
「人は誰かのために動く時こそ、本当の力が発揮されるものなのですよ?」
「いい事っぽく言わないの!」
そうして美容のプロに仕上げをしてもらって、私の朝の身支度が整います。
玄関まで見送りにきてくれたお母様が、ペコリと夏姫に頭を下げました。
「いつもごめんね、夏姫ちゃん。今日もうちの子をよろしくお願いします」
「はい、お任せください。小春の面倒はボクが見ておきますので」
「あらあらまあまあ……夏姫ちゃんは本当にかわいく育ったわねー……どう? うちの子にならない? 小春のお姉さんって形で」
「うちのママが激怒するのでやめておきます」
爽やかにイケメンスマイルで答える夏姫。
「チッ……あいつを敵に回すと厄介なのよね…………」
お母様が夏姫をうちの子にしようとするのはいつものことでした。
そして「行ってらっしゃ~い」と笑顔で手を振るお母様に見送られて、私と夏姫は登校をはじめます。
夏姫が持つバックには私がプレゼントされた物と同じく『HOKUSEI』のロゴが入っていて、すぐに私はその変化に食いつきました。
「マジックバックもらったんですね?」
「ああこれ? いいだろー……って、小春も同じのもらってるか」
どうやらマジックバックを異能に目覚めた子供にプレゼントするのも、この村の慣習みたいです。
「このバック、昔の物のほうがかわいいですけど、どうしてデザインを変えちゃったんでしょうね? もったいない」
「逆にかわいすぎて転売とかされたんじゃないかな? 星女って昔は有名な不良校だったみたいだし」
「!? それは初耳です!」
「図書室に行くとやたらとヤンキー漫画が置いてあるだろ? あれ、卒業生の寄贈品なんだよ」
……どうりでクラスメイトたちの言動がおかしかったわけです!
そうして小さな疑問を解消しながら私たちは田舎道を歩き、小川のほとりに立つお地蔵様の前の交差点で立ち止まります。
首元に赤いマフラーを巻いたこの【オシャレ地蔵】が、私たちの定番の集合場所でした。
……よしよし今日もセメダインがしっかり活躍しています。
この【オシャレ地蔵】にはちょっとした秘密があるのですが……それをよく知る私はお地蔵様の首に巻かれた赤いマフラーを整えながら、アンリたちが来るのを待ちました。
「ごめんね【オシャレ地蔵】様……小春が首を折っちゃって」
「しーっ! 夏姫、しーっ、です!」
「いや、うちの村でこれを知らない人はいないから」
「そんなことはありませんっ! これは私たちとショーコ姉だけの秘密なのです!」
ここは私たちの定番の集合場所であると同時に、私たちとショーコ姉が出会った場所でもありました。
小さい頃にこのあたりで遊んでいた私はお地蔵さんの首を折ってしまい、それをショーコ姉がセメダインでくっつけてくれたことが、私たちと姉さんとの友情のはじまりなのです。
「みんな知ってると思うけどなー……」
「しゃらっぷ!」
そこは知らないということにしておいてください!
私の乙女心を守るために!
そんなやり取りをしているうちに、交差点の北側から小川沿いの道をアンリとマキナさんが歩いてきて、私たちに合流しました。
「おーっす」
「…………」
いつもの挨拶をするアンリと、アンリの影に隠れるマキナさん。
昨日は髪型をポニーテールにしていたマキナさんですが、今日は髪を下ろしてサラサラの銀髪を春風に靡かせています。
さらに昨日二人がバトルしてボロボロになった制服は、新品のように綺麗になっていました。
「あれ? 制服……新しいの出したの?」
夏姫が訊ねると、アンリは平然と答えます。
「いや、あたしがチャチャッと直した」
「「すごっ!?」」
……流石は家庭科の先生を必ず土下座させる女。
このギャルは昔から料理とかお裁縫がめちゃくちゃ得意なのです。
それこそ学校の先生がプライドを捨てて弟子入りを希望するレベルで。
「制服って……」
「チャチャっと直せるものなんだ……」
まじまじと新品同様に補修された二人の制服を眺める私と夏姫。
「……うう~…………」
するとマキナさんがその視線を嫌がってアンリの背後へと完全に隠れます。
ギャルの服をつまむマキナさんはまるで幼子のようで、昨日とは雰囲気が違う彼女の様子に、私と夏姫は首を傾げました。
「? マキナさんはどうしたんですか?」
「……ずいぶんアンリに懐いているみたいだけど?」
私たちの質問に、アンリは困ったように頬を掻きます。
「それがやたらと瘴気の精神干渉が深く入ってたみたいで……今は幼児退行してんだ」
「「幼児退行!?」」
大きい声を出した私と夏姫に、マキナさんは、ビクッ、として、アンリの背中に抱き着きます。
「昨日は一緒に寝ていたせいか、あたしのことを母親かなんかだと思っているらしい……マキナは極度の人見知りだったんだろうな……くっついて離れねえから、今日のところは学校まで連れて行くことにした」
「……一緒に寝たんですか?」
「……仕方ねえだろ……目を離すと何しでかすかわからなかったんだから」
私に続いて夏姫も訊ねます。
「……もしかしてアンリ……マキナさんを胸に抱いて寝た?」
「……仕方ねえだろ……こいつが縋りついてきたんだから」
なるほど……どうりでマキナさんが幼児退行しているわけです。
豊かな母性を持つアンリの包容には、思わず子供に還りたくなるほどのヒーリング効果があるのです。
おそらくもともと情緒不安定だったマキナさんが幼児退行を発症してしまったのは、その母性に強く当てられたせいでしょう。
金髪ギャルと銀髪美少女が添い寝する光景を妄想して、私と夏姫は頬を赤く染めます。
「なんでしょう……このポカポカした感情は……」
「今ならちょっとショーコ姉の気持ちがわかる気がするよ……」
「……あぅぅ…………」
私たちの好奇の視線から逃げるように、アンリの背中に縋りつくマキナさん。
「「きゃ、きゃわわわわわわわっ!?」」
推しのかわいい姿に胸を打たれた私たちは、手をワキワキさせながら近づこうとします。
しかしそんな私たちの前にアンリが立ち塞がりました。
「おい……正気に戻るまで無理に刺激しないでやってくれ……怖がるから」
そう言ってマキナさんの前に立つアンリは我が子を守る母親のようで、私と夏姫はさらに胸キュンしました。
「「はぅあっ!?!?!?」」
なるほど……これが本物の『尊い』という気持ちですか!
アンリとマキナさんが出会ったことで、ここに完璧な信仰対象が生まれたのです。
「遠くからそっと!」
「見守らせていただきます!」
「「二人の世界を穢さないように!」」
そして合掌して三歩下がる私と夏姫に、アンリは軽く引いた声を出しました。
「……なに言ってんだ、お前ら?」
私と夏姫は昔から、密かにアンリのことも推しておりました。




