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幸福度97%の世界で“欠陥品”とされた僕は、本当の感情で世界を壊す  作者: 畠山ゆな@姉弟で小説共作✏️
第一章:完璧な朝の亀裂

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7/11

第7話:秘密の放課後。美里の唇が教えた『本物の熱』


 放課後のチャイムが鳴った瞬間、美里から小さく折り畳まれたメモが飛んできた。


 机の端に、すっと滑り込んできた紙切れ。


 開いてみると、一行だけ書いてあった。


『屋上。来れそう?』


---


 屋上は、施錠されているはずだった。


 少なくとも、公式には。


「エミ」


 廊下を歩きながら、小声で呼んだ。


「屋上の鍵、今日は開いてる?」


「……確認します」


 少し間があった。


「施錠記録上は、閉鎖中です」


「施錠記録上は、ね」


「……美里さんが、今から十七分前に

 施錠システムへのアクセスログを残しています」


「美里が?」


「どうやって行ったかは——わかりません」


 エミの声が、どこか感心したように聞こえた。

 気のせいかもしれないけど。


---


 屋上への扉は、確かに開いていた。


 押すと、軽い音を立てて開いた。


 外の空気が、どっと流れ込んできた。


 風だった。


 廊下のぴったりと温度管理された空気じゃなくて——

 乱暴で、少し冷たくて、なんの最適化もされていない、本物の風。


「わっ」


 思わず声が出た。


---


 美里は、フェンス際に立っていた。


 制服のままで、髪が風に揺れている。

 夕方の光を受けて、少し眩しそうに目を細めていた。


 あの口の形が、また浮かんだ。


 「眩しい」。


「来てくれた」


 美里が振り向いて、笑った。


 管理された笑顔じゃなかった。

 少し不格好で、でも——本物だと思った。


「来た」


 僕もフェンスの近くまで歩いた。


---


 街が、見渡せた。


 整然と並ぶ建物。

 等間隔に植えられた街路樹。

 穏やかに歩く人々。


 きれいだと思った。

 同時に——


 どこか、作り物みたいだとも思った。


「ここ、よく来るの?」


「たまに」


 美里が風に髪を押さえながら答えた。


「センターのスキャン、屋上は盲点なんだよね。

 電波が乱反射して、感情値の精度が落ちるらしくて」


「詳しいね」


「調べた」


 美里が、さらっと言った。


「怖くなかったの? 調べるの」


「怖かった。

 でも——知りたかった」


---


「橋本くん」


 美里が、フェンスに背を預けて僕を見た。


「最近、何かあった?」


「……なんで?」


「なんとなく。

 目が、変わった気がして」


 僕は、少し考えた。


 嘘をつくべきか。

 でも——この場所で、この風の中で、嘘をつく気になれなかった。


「本を、読んだ」


「本?」


「古い本。

 太宰治って人の」


 美里の目が、丸くなった。


「禁書じゃない、それ」


「うん」


「読んで——どうだった?」


---


 どうだったか。


 泣いた、とは言いにくかった。

 でも、何も言わないのも違った。


「胸が、痛かった。

 でも、嫌じゃなかった」


 美里は、静かに聞いていた。


「泣いた?」


「……泣いた」


「そっか」


 美里が、フェンスから空を見上げた。


「私も、泣いてみたいな。

 ちゃんと泣ける時に」


「ちゃんと?」


「サプリとかエミとかに調整されないで。

 自分だけの理由で」


---


 風が吹いた。


 美里の髪が、大きく揺れた。


 彼女は目を閉じた。

 風を、顔で受け止めていた。


 管理された温度でも、最適化された湿度でもない。

 ただの、乱暴な風。


 それを——美里は、笑顔で受けていた。


「これが、好きなんだよね」


 目を閉じたまま、美里が言った。


「管理されてない感じ。

 次の瞬間、どこから風が来るかわからない感じ」


「エミは、なんも言わないの?」


「屋上は精度落ちるって言ったでしょ。

 さぼってる、たぶん」


 くすっと笑った。


---


 僕も目を閉じてみた。


 風が来た。

 頬に当たった。

 冷たかった。


 どこから来たか、わからなかった。


 次にどこへ行くかも、わからなかった。


 それが——


 なぜか、ひどく気持ちよかった。


---


「ね、橋本くん」


 美里の声がした。


「逃げたいって、思う?」


 目を開けた。


 美里はまだ空を見ていた。

 真剣な顔だった。


「この街から、ってこと?」


「この街のやり方から。

 感情を数字で測られて、逸脱したら調整されて——

 そういうの、全部から」


---


 逃げたい。


 その言葉を、頭の中で転がした。


 一週間前の僕なら、すぐに「そんなこと考えたことない」と答えていたと思う。

 エミが「感情逸脱の兆候」として記録する前に。


 でも、今は。


「……逃げよう、美里」


 自分の口から出た言葉に、自分で驚いた。


 でも——取り消したくなかった。


「一緒に。

 どこへ行くかはわからないけど」


---


 美里が、こっちを見た。


 目が、少し潤んでいた。


 「ちゃんと泣ける時に」って、さっき言っていたけど——

 今がそれなんじゃないか、と思った。


「うん」


 美里が、頷いた。


「一緒に、逃げよう」


 その声は、小さかったけど——


 今まで聞いた中で、一番確かな声だった。


---


 その瞬間。


 エミが、割り込んできた。


「真琴くん」


 声のトーンが、いつもと違った。


 低くて、速くて、硬かった。


「なに」


「校門を、確認してください」


---


 フェンスに近づいて、下を見た。


 校門の前に——


 黒い車両が、二台、停まっていた。


 ロゴも番号もない、真っ黒な車。

 それだけで、わかった。


 感情管理センターの、車だった。


---


「……エミ」


「はい」


「あれ、うちの学校に用があるの?」


「……スキャン信号が、急上昇しています。

 対象エリアは——この校舎、全域です」


 美里が、僕の隣に来て下を見た。


 その顔から、さっきの笑顔が消えていた。


「橋本くん」


「わかってる」


「どうする?」


---


 どうする。


 わからなかった。


 でも——


「エミ」


「はい」


「今すぐ、僕たちの感情値を最大限偽装できる?」


「……処理負荷は、限界に近くなります」


「できる?」


 一拍。


「——やります」


---


 黒い車は、動かなかった。


 ただ、静かに停まっていた。


 それが——走っているより、ずっと怖かった。


 美里の手が、そっと僕の袖を掴んだ。


 風が、また吹いた。


 今度は冷たくて、少し強くて——


 どこから来たか、わからなかった。


---


≪次回予告≫

第8話:白衣の裁定者。医師・久我の冷徹な来訪



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