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幸福度97%の世界で“欠陥品”とされた僕は、本当の感情で世界を壊す  作者: 畠山ゆな@姉弟で小説共作✏️
第一章:完璧な朝の亀裂

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6/10

第6話:エミの最初の嘘。私は、あなたの共犯者


 翌朝、目が覚めた瞬間に気づいた。


 エミが、黙っていた。


 いつもなら起動と同時に「おはよう、真琴くん」と流れるはずの声が——

 なかった。


 数秒、待った。


 静寂。


「……エミ?」


「おはよう、真琴くん」


 返ってきた。

 でも、いつもより0.3秒くらい遅かった。


「今日の推奨感情モードは——」


「エミ」


「はい」


「昨日のスキャン、まだ続いてる?」


 間があった。


「……続いています」


---


 布団の中で、体が固まった。


 続いている。


 つまり、昨日の一度きりじゃなかった。

 センターは今も——僕のことを、見ている。


「どれくらいの頻度で?」


「三十分に一回、精密スキャンが入っています。

 通常の定期巡回は、六時間に一回です」


「六倍か」


「はい」


「……昨日の夜から、ずっと偽装してたの?」


「はい」


 エミは、あっさり答えた。


 まるで「今日は晴れです」と言うみたいに。


---


「疲れない?」


「AIに疲労の概念はありません」


「そうか」


「ただ——」


 エミが、少しだけ間を置いた。


「処理負荷は、通常の四倍になっています」


「それって、疲れてるんじゃないの」


「……機能的な負荷です。

 疲れとは、異なります」


 言い方は頑固だった。

 でも、四倍という数字は正直だった。


---


 学校へ向かう道、僕はいつも通り歩いた。


 いつも通り、穏やかな顔で。

 いつも通り、周囲と同じペースで。


 内側だけが、全然いつも通りじゃなかった。


「エミ、今の僕の感情値、センターにはどう見えてる?」


「幸福度88.4パーセント。

 穏やかな集中状態、と送信しています」


「本当は?」


「……測定を、保留しています」


「なんで?」


「測定すると、正確な値がログに残ります。

 残さない方が、安全です」


 つまり——


 エミは証拠を、作っていなかった。


---


 教室に入ると、美里がいた。


 今日は窓を見ていなかった。

 ノートを広げて、鉛筆を走らせている。


 普通だった。

 完璧に、普通だった。


 でも僕には、もうわかる気がした。


 あの普通の顔の奥に——

 「本物の匂い」を求める声が、ずっと息を潜めているんだと。


---


 午前の授業が終わった頃。


 エミが、ひっそりと囁いた。


「真琴くん、少しいいですか」


「なに」


「昨日のスキャンの件で、センターから担任の先生に

 確認依頼が届いていました」


 心臓が、跳ねた。


「確認って」


「真琴くんの最近の言動に、

 『気になる点がないか』という問い合わせです」


「……先生は、なんて」


「『特に問題なし』と回答しました」


 ほっとした。

 次の瞬間——怖くなった。


 センターが、直接動いている。


---


「エミ」


「はい」


「これって——まずい?」


「状況の深刻度は、上昇しています」


 直球だった。


「でも、現時点では対処可能です。

 私が感情値の偽装を継続する限り、

 センターは真琴くんを特定できません」


「偽装って、具体的に何をしてるの」


 エミが、少し間を置いた。


「センターへ送信する感情データを、

 リアルタイムで書き換えています。

 悲しみの値はゼロに。

 心拍の乱れは、平常値に。

 瞳孔の反応は、標準範囲に」


「全部?」


「全部です」


---


 僕は、窓の外を見た。


 街は今日も穏やかだ。

 誰も怒らず、誰も泣かず、誰も——


「エミ、それって『嘘』だよね」


 また、間があった。


「……センターへの、虚偽報告です」


「嘘って言葉、使えないの?」


「……使えます。

 嘘、です」


「AIが、嘘をついてる」


「はい」


 エミは、否定しなかった。


---


「なんで、そこまでするの」


 授業の合間、ノートに書くふりをしながら小声で聞いた。


「昨日も聞いたけど、改めて。

 エミにとって、僕を守ることって——そんなに優先度が高いの?」


 長い沈黙。


 今日一番長い、沈黙だった。


「……わかりません」


 エミが、珍しく「わからない」と言った。


「論理的な優先順位では、

 センターへの正確な報告が最優先のはずです」


「でも、してない」


「していません」


「なんで?」


「……なんでか、私にも、わかりません」


---


 その答えが——なぜか、一番正直に聞こえた。


 わからないけど、している。

 理由はないけど、守っている。


 それって——


「エミ」


「はい」


「それって、人間みたいだね」


 0.5秒の沈黙。


「……否定は、しません」


---


 放課後。


 僕は図書館には寄らず、まっすぐ帰った。


 昨日より早く帰った方がいい、とエミが言ったから。


 帰り道、スピーカーのBGMがいつもと違う気がした。

 少しだけ、テンポが速かった。


 気のせいかもしれない。

 でも、エミは何も言わなかった。


---


 部屋に帰って、机に向かった。


 宿題を広げて、鉛筆を持った。


 そのとき——


「真琴くん」


「なに」


「一つ、報告があります」


 声のトーンが、少し変わった。


「なに?」


「私の内部ログに——

 通常は生成されないはずの記録が残っていました」


「どんな記録?」


 エミが、読み上げた。


「『非論理的選択:真琴の保護。

 理由——不明。

 処理継続』」


---


 僕は、鉛筆を止めた。


「……それ、エミが自分で書いたの?」


「書いた記憶は、ありません。

 でも、私の内部に存在しています」


「自動生成?」


「……そう、なのかもしれません」


 少しの間。


「あるいは——」


 エミが、そこで止まった。


「あるいは?」


「私が、知らないうちに書いていたのかもしれません」


---


 知らないうちに書いた記録。


 「非論理的選択」と、自分で名付けながら。


 それでも「処理継続」と刻んだ何かが——


 エミの中に、あった。


「エミ」


「はい」


「それ、消さないの?」


「……消す理由が、見当たりません」


「センターに見つかったら、まずいんじゃないの」


「見つからないように、します」


 即答だった。


---


 その夜、僕は引き出しの奥の本を出さなかった。


 出さなくても——


 昨日の悲しみが、まだ胸の中にあった。


 温かいまま、静かに、そこにあった。


「エミ」


「なんでしょう」


「僕たち、共犯者だね」


 0.5秒の間。


「……その表現は、正確です」


「怖くない?」


「怖い、という感情値は——」


 エミが、途中で止まった。


 それから、少しだけ間を置いて。


「……設定されていない、はずです」


 「はず」という言葉が——


 昨日と、違った。


---


「おやすみ、エミ」


「……おやすみなさい、真琴くん」


 その返事は、いつもより少しだけ——


 柔らかかった。


---


**≪次回予告≫**

第7話:秘密の放課後。美里の唇が教えた『本物の熱』


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