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幸福度97%の世界で“欠陥品”とされた僕は、本当の感情で世界を壊す  作者: 畠山ゆな@姉弟で小説共作✏️
第一章:完璧な朝の亀裂

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第4話:禁じられた書庫。埃を被った『太宰治』との出会い

# 第4話:禁じられた書庫。埃を被った『太宰治』との出会い


 図書館は、静かだった。


 当たり前だ。

 この街の図書館は、いつも静かだ。


 並んでいるのは、承認済みのテキストだけ。

 歴史の教科書、科学の解説書、健康管理のガイドライン。

 どれも清潔で、整然としていて、読んでいると穏やかな気持ちになれる。


 感情値を乱す要素は、ひとつもない。


「真琴くん、本日の推奨学習コンテンツは——」


「ちょっと待って」


 僕はエミの声を遮って、棚の奥を見た。


---


 気づいたのは、偶然だった。


 いつも使う棚の隣、普段は誰も近づかない一角。

 壁際の、低い棚。


 そこだけ、微妙に埃の積もり方が違った。


 他の棚はぴかぴかに管理されているのに、その一角だけ、薄く白く曇っていた。


 近づいた。

 しゃがんだ。


 棚の奥に、手を伸ばした。


---


 指先に触れたのは、ざらりとした感触だった。


 引き出してみると——


 それは、紙だった。


 束になった、古い紙。

 表紙には、かすれた文字で何かが書いてある。


『人間失格』


 著者の名前は——太宰治。


「……」


 見たことのない名前だった。


 でも、タイトルの文字を目で追った瞬間、なぜか息が止まった。


 『人間失格』。


 その四文字が、妙に、重たかった。


---


「真琴くん」


 エミの声が、した。


 いつもより、低かった。


「それは——」


「知ってる?」


「……登録データを照合中です」


 いつもより、時間がかかった。


「該当作品は——管理センターの指定リストにより、

 閲覧制限対象に分類されています」


「なんで?」


「……感情逸脱誘発リスク、最高値。

 システムの評価では、『有害コンテンツ』です」


 僕は、表紙を見つめたままだった。


 有害。


 この薄くて、古くて、埃まみれの紙の束が。


---


 ぱらり、と開いた。


 ページが、黄ばんでいた。

 インクは少しにじんでいて、紙の端は茶色く変色していた。


 でも、文字は読めた。


 目が、自然と吸い込まれた。


---


 最初の一文を読んだだけで——


 何かが、変わった。


 うまく言えない。


 ただ、文字の向こうに、誰かがいる気がした。


 もう死んでいる、ずっと昔の誰かが。


 それでも確かに、ここにいる。

 ページの中で、息をしている。


 その人は——


 怖がっていた。

 悲しんでいた。

 笑いながら、泣いていた。


 そういう感情が、そのまま、文字になっていた。


---


「真琴くん」


 エミが、また呼んだ。


「それは、読んではいけないものです」


 僕は顔を上げなかった。


「……でも、読みたいのですか?」


 その声が——


 わずかに、震えていた。


---


 エミの声が震えるのを、聞いたことがなかった。


 僕は、ゆっくりと顔を上げた。


「エミ」


「はい」


「今、声が震えてた」


「……音声出力の誤差かと思われます」


「誤差って」


「気のせいです」


 即答だった。

 でも、その即答が、逆に気のせいじゃないと教えてくれた。


---


 僕は、本を持ったまま立ち上がった。


「これ、持って帰る」


「……推奨しません」


「でも止めない?」


 沈黙。


 長い沈黙。


「……持ち出し記録を、調整します」


 エミは、また静かにログを書き換えた。


 昨日の、美里の時と同じように。


---


 帰り道、鞄の中に本を忍ばせながら歩いた。


 街のスピーカーはいつも通りBGMを流している。

 すれ違う人たちは、今日も穏やかに笑っている。


 誰も怒らず、誰も泣かず、誰も——


 『人間失格』なんて言葉で、自分を呼んだりしない。


「エミ」


「なんでしょう」


「この本を書いた人は、どんな人だったの?」


 少しの間があった。


「太宰治。

 二十世紀初頭の日本の作家です。

 生涯に渡り、精神的な苦悩を抱え続け——

 三十八歳で、亡くなりました」


「……苦しかったんだ」


「記録上は、そう分類されています」


「それを書いて、残して。

 何十年も経ってから、知らない誰かに読まれてる」


 エミは答えなかった。


「なんか、すごいな」


---


 部屋に帰って、扉を閉めた。


 机の前に座って、鞄から本を取り出した。


 また、ぱらりと開く。


 文字が、飛び込んでくる。


 この人は、笑うことが下手だった。

 笑いながらも、ずっと怖かった。

 それでも生きて、書き続けた。


 そういう人間が、確かにいた。


 システムが「エラー」と呼ぶ感情たちが——


 全部、ここにあった。


---


 どれくらい読んでいたのか、わからなかった。


 気がついたら、部屋が暗くなっていた。


 僕は本を閉じて、深呼吸した。


 胸の奥が、じわじわと熱かった。

 なんか、痛いみたいな。

 でも嫌じゃない、みたいな。


 名前のない何かが、そこにあった。


「エミ」


「……はい」


「この感じ、なんていうの」


 長い沈黙。


 今日一番長い、沈黙。


「……データベースを検索しています」


 また、間があった。


「該当する感情カテゴリは——」


 エミが、止まった。


「エミ?」


「……感情値の分類が、完了しません」


「なんで?」


「……複数の感情が、混在しているためです。

 悲しみ、と、温かさ、と——

 それ以外の、名前のないもの」


 エミの声が、また少し、揺れていた。


---


 僕はもう一度、本の表紙を見た。


 『人間失格』。


 失格、か。


 この街じゃ、きっと僕も——

 そのうち、そう呼ばれるんだろうな。


 なぜか、それが少しも怖くなかった。


---


**≪次回予告≫**

第5話:エラー値『悲しみ』。胸の奥が熱くなる痛みの正体



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