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幸福度97%の世界で“欠陥品”とされた僕は、本当の感情で世界を壊す  作者: 畠山ゆな@姉弟で小説共作✏️
第一章:完璧な朝の亀裂

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第3話:給食サプリ。彼女が求めた『強烈な匂い』


 昼のチャイムが鳴ると、クラス中の生徒が一斉に机の引き出しを開けた。


 取り出すのは、全員同じ。


 白い小瓶。

 一日三粒の、栄養補給サプリ。


 無味無臭。

 飲み込むと、五秒以内に満足感がじわっと広がる。

 空腹感は消えて、必要な栄養素はすべて摂取完了。


 効率的で、清潔で、完璧な食事。


「真琴くん、本日の昼食サプリの時間です。

 飲み忘れにご注意ください」


「わかってる」


 僕は小瓶を開けて、白い粒を三つ、手のひらに乗せた。



 飲もうとした、その瞬間。


「ね、橋本くん」


 声がした。


 隣から。


 美里だった。


 彼女はサプリの小瓶を手に持ったまま、僕の方をまっすぐ見ていた。

 声は小さくて、他の席まで届かないくらいの音量だった。


「……なに?」


「本物の食べ物の匂い、知ってる?」



 教室の中は、静かだった。


 みんなサプリを飲んで、それぞれ自習を始めたり、穏やかに話したりしている。

 誰も、こっちを見ていない。


 それでも美里は、声をひそめたまま続けた。


「カレーとか、焼き魚とか。

 あんな、強烈な匂いのするもの。

 昔の人たちって、毎日食べてたんだよね」


「……そうみたいだね」


「食べたいと思う?」


 僕は、少し考えた。


「……わからない。

 食べたことないから」


「そっか」


 美里は小さく笑って、サプリを一粒、口に放り込んだ。

 飲み込んで、目を閉じる。


 その顔が、一瞬だけ——


 なにかを押し込めるみたいに、見えた。



「真琴くん」


 エミが、低い声で割り込んできた。


「鷹森さんの発言に、軽微な逸脱傾向を検知しました。

 接触を続けますか?」


「続ける」


 即答したら、エミが一拍置いた。


「……了解です」


 今日のエミは、0.5秒も待たなかった。

 昨日より少し、速くなっていた。



「美里さん」


 僕は、初めて名前で呼んだ。


 美里が、少し目を丸くした。


「……なに、橋本くん」


「食べたいんだ、本物の食べ物」


 断言じゃなくて、確認するみたいな言い方になった。


 美里は、また小さく笑った。

 でも今度の笑顔は、さっきと違った。

 どこか、ほっとしたみたいな。


「うん」


 たった一言。


 でもその「うん」が、なんか重たかった。



「ずっと思ってた」


 美里が続けた。


「サプリ飲んだら満足感は来るんだけど、なんか……足りないんだよね。

 胃は満たされてるのに、どこかがずっと、空っぽのまま」


「それって、エミに報告した?」


「したよ。

 『栄養素は充足しています。心理的空腹感はシステムが調整します』って言われた」


「……調整されたの?」


「うん」


 美里はサプリの小瓶を机の上でくるくると回した。


「でも、また翌日には空腹感が戻ってくる。

 なんか、そのたびに調整されると……もう、言うのが嫌になってきて」



 僕は、黙って聞いていた。


 美里の話は、静かで、穏やかで、でも確実に「逸脱」していた。

 エミが定義する正常値から、少しずつ、はみ出していた。


 それがなぜか——


 怖くなかった。


「橋本くんは、どこか足りないって感じ、ある?」


「あるかもしれない」


 正直に答えたら、美里が少し驚いた顔をした。


「そう答える人、初めてだった」


「みんな、ないって言うの?」


「みんな、『サプリで充足しています』って言う。

 まるでエミの口調でさ」


 美里がくすっと笑った。


 その笑い声は、教室に流れるBGMとは全然違う、雑音みたいな音だった。


 なのに、妙に耳に残った。



 気がついたら、美里の手がそっとこちらに伸びていた。


 躊躇いがちに。

 でも確かに。


 机の端で、彼女の指先が僕の手のひらに触れた。


 一瞬のことだった。


 でも確かに——温かかった。



 その瞬間。


 街の公共スピーカーが、鳴った。


 いつものBGMじゃない。


 低くて、単調な、チャイム音。


 教室中の生徒が、反射的に顔を上げた。

 チャイムは三回繰り返されて、それから止んだ。


 静寂。


「……なに、今の?」


 誰かが呟いた。


「定期点検のアナウンスではないでしょうか」


 誰かが答えた。


 教室の空気は、すぐに元に戻った。

 みんな、また下を向いて自習を再開した。



 美里は、いつの間にか手を引いていた。


 目線を教科書に落として、何事もなかったように鉛筆を走らせている。


 僕だけが、まだ手のひらの温もりを感じていた。


「真琴くん」


 エミが囁いた。


「今のチャイムは、通常のスケジュールにはないものです」


「……知ってる」


「記録しておきますか?」


 僕は少しだけ考えて、答えた。


「しといて」


「了解です」


 エミは、それ以上何も言わなかった。



 放課後。


 美里はいつも通り、友達と帰っていった。


 振り返りもしなかった。


 でも、靴箱のところで一度だけ——


 窓の外を見た。


 そして、また「眩しい」って言う口の形をした。


 昨日と同じ。

 でも今日は、なんだか少し違って見えた。


 空腹のまま、笑っていた彼女が——


 今日だけは、少しだけ、口角が上がっていた。



 夜、手のひらを眺めながら、僕はエミに聞いた。


「今日のチャイム、調べてみた?」


「調べました。

 管理センターの内部記録には、該当するイベントログがありません」


「……ないって、どういうこと?」


「記録されていない、ということです」


 エミの声は、静かだった。


「存在しないことになっているのか、

 意図的に消されているのかは——

 私には、判断できません」


 窓の外、夜の街は今日も穏やかだった。


 誰も怒らず、誰も泣かず、誰も叫ばない。


 幸福度97パーセントの世界。


 なのに僕の手のひらには、まだ——


 説明のつかない温かさが、残っていた。



≪次回予告≫

第4話:禁じられた書庫。埃を被った『太宰治』との出会い


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