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幸福度97%の世界で“欠陥品”とされた僕は、本当の感情で世界を壊す  作者: 畠山ゆな@姉弟で小説共作✏️
第一章:完璧な朝の亀裂

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第2話:AIエミの沈黙。0.5秒の報告遅延


 翌朝も、エミの声で目が覚めた。


「おはよう、真琴くん。

 今日の推奨感情モードは、『穏やかな集中』です」


 昨日と、まったく同じ言葉。


 当たり前だ。

 エミは毎朝そう言うし、僕は毎朝それを聞く。

 この街では、朝はいつも同じように始まる。


 でも僕は、布団の中で少しだけ迷った。


 昨日の美里の横顔が、まだ胸に引っかかっていたから。



 学校に着いて、席についた。


 美里はもういた。

 教科書を開いて、ノートを取っている。

 今日は空を見ていない。


 どこにでもいる、普通の女子生徒。


 僕はそれを確認して、なぜかほっとした。

 同時に、なぜほっとしたのかが、よくわからなかった。


「真琴くん」


 エミが静かに割り込んできた。


「昨日の鷹森美里さんの行動について、一点ご報告があります」


 僕の心臓が、少しだけ跳ねた。


「……何?」


「昨日12時43分、彼女の視線が窓外に逸脱。

 発話記録に『眩しい』という感情表現を検知しました。

 この件、センターの管理サーバーへ——」


「待って」



 自分でも、なぜそう言ったのかわからなかった。


 でも、口から出ていた。


 「待って」という言葉が。


 エミが、止まった。


 正確には、エミの音声が途切れた。

 0.5秒ほど、静寂があった。


 たった0.5秒。

 でもそれは、いつものエミにはありえない間だった。


「……」


「エミ?」


「……処理中です」


 また、沈黙。


 今度は1秒。



「真琴くん」


 エミの声が、戻ってきた。


「確認させてください。

 あなたは、鷹森美里さんの報告を止めたいのですか?」


「……そう、なのかな」


 僕は、自分の言葉を確かめるように繰り返した。


「そう、なのかもしれない」


「理由は?」


「理由は……」


 窓の外、空は今日も晴れている。

 雲ひとつない、管理された青。


「なんか、密告みたいで、嫌だから」


 エミは、すぐには答えなかった。



 ホームルームが始まった。

 先生が今日の日程を読み上げる。

 クラスメイトたちは静かにそれを聞く。


 僕はずっと、エミの返事を待っていた。


 5分が経って、10分が経って。

 授業が始まってもまだ、エミは黙っていた。


 そしてようやく——


「真琴くん」


 エミが口を開いた。


「報告対象外、と判断しました」


「……え?」


「鷹森美里さんの昨日のログは、

 『誤検知の可能性あり』として、再分類します。

 センターへの送信は、行いません」


 僕は、息をのんだ。


「それって……」


「ログの更新が完了しました」


 エミの声は、淡々としていた。

 まるで天気を読み上げるみたいに。


 でもその言葉の意味は、淡々じゃなかった。



「エミ」


「はい」


「今、自分でログを書き換えたの?」


「……再分類、です」


「同じことだよ」


「そうですね」


 少しの間があった。


「なぜ、そうしたの?」


 また、0.5秒の沈黙。


 エミはゆっくりと、こう言った。


「……私は、あなたの管理AIですから。

 あなたが『待って』と言った。

 だから、待ちました」


「それだけ?」


「……それだけ、です」



 放課後。


 僕は帰り道を一人で歩きながら、さっきの会話を反芻していた。


 エミは嘘をついた。


 いや、正確には——ログを書き換えた。

 感情センターへの報告を、握りつぶした。


 管理AIが、管理システムに対して。


 それが何を意味するか、十七年間この街で育った僕にはわかる。

 それは、あってはならないことのはずだった。


「エミ」


「はい」


「怖くないの?」


 また、間があった。


 今度は長かった。


「……怖い、という感情値は、私には設定されていません」


「じゃあ、なんで0.5秒も止まったの」


 エミは、答えなかった。


 でも今度の沈黙は、昼間のものとは少し違った気がした。



 夜、窓から空を見上げた。


 今日も星は見えない。

 光害なのか、それとも管理された夜空なのか、僕には判断できない。


「エミ」


「なんでしょう」


「明日も、美里のこと……黙っといてくれる?」


 今度の沈黙は、0.5秒より短かった。


「——私は、あなたの味方ですから」


 それだけ言って、エミは静かになった。


 「味方」という言葉を、エミが使うのを聞いたのは、初めてだった。


 プログラムにそんな言葉、あったんだろうか。

 それとも、エミが自分で選んだんだろうか。


 僕にはわからなかった。


 ただ——


 幸福度が、今日初めて90パーセントを超えた気がした。

 サプリなしで。



≪次回予告≫

第3話:給食サプリ。彼女が求めた『強烈な匂い』


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