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幸福度97%の世界で“欠陥品”とされた僕は、本当の感情で世界を壊す  作者: 畠山ゆな@姉弟で小説共作✏️
第一章:完璧な朝の亀裂

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第1話:幸福度85.2%の朝。隣の席の彼女は『バグ』を抱えていた


 朝は、いつも同じ声で始まる。


「おはよう、真琴くん。

 今日の推奨感情モードは、『穏やかな集中』です」


 耳の奥から、やわらかく響くアナウンス。

 右のこめかみに埋め込まれた小さなチップ——脳内インプラントAI『エミ』が、毎朝欠かさず僕の感情値を整えてくれる。


 起き上がる。

 カーテンを開けると、空は今日も澄んでいた。


 雲ひとつない。

 風もちょうどいい。


 この街は、天気すらも最適化されている。


「現在の幸福度、85.2パーセント。

 目標値の90パーセントまで、4.8ポイントです。

 朝食後のサプリ摂取で、達成見込みです」


「……わかった」


 僕は短く返事をして、洗面台の鏡を見た。

 橋本真琴、十七歳。

 特に不満はない。

 毎日が穏やかで、退屈じゃなくて、でも騒がしすぎもしない。


 完璧な日常、というやつだ。



 学校へ向かう道も、いつも通りだった。


 街の公共スピーカーからは、ゆったりとしたBGMが流れている。

 すれ違う人たちは皆、穏やかな笑顔をしている。

 誰も怒鳴らないし、泣かないし、わけもなく笑い転げたりもしない。


 整然としていて、清潔で、美しい。


「真琴くん、歩行ペースが0.3パーセント速いです。

 焦りの予兆でしょうか?」


「焦ってないよ」


「ログには記録しません。

 では、推奨BGMを変更します。

 『穏やかな朝』モードへ」


 僕の鼓膜の奥で、ゆるやかな音楽が変わった。


 便利だな、と思う。

 不満はない。


 本当に、何一つ、不満はないはずだった。



 教室に入ると、いつもの光景が広がっていた。


 みんな、席に座って静かに自習している。

 ひそひそ話すクラスメイトも、眠そうにあくびをする子も、いない。


 最適化された集中。


 僕も席についた。

 そして、何気なく——


 窓の外を見た。


 隣の席の彼女が、空を見上げていた。



 鷹森美里。


 成績は優秀、幸福度は常に安定圏内、エミの評価も「模範的」とされている女子。

 クラスで誰とでも普通に話すし、特に目立つわけでもない。


 そんな彼女が、今。


 ノートも開かずに、ただじっと、空を見つめていた。


 唇が、わずかに動く。


 声は聞こえなかった。

 でも、口の形だけは、はっきり読めた。


「……眩しい」


 たった、それだけの言葉。


 なのに、僕の胸が——


---「真琴くん」


 エミの声が、すっと入ってきた。


「ただいまの心拍数、平常値から0.1パーセント逸脱しています。

 理由を確認してもよいですか?」


 僕は、答えられなかった。


 美里はもう、何事もなかったように視線を落として、教科書を開いていた。

 さっきまでの横顔が、嘘みたいに消えている。


「……理由は、わからない」


「そうですか。

 では、感情安定サプリの服用を推奨します。

 逸脱値は些細なものですが、早めの対処が——」


「エミ」


「はい?」


 僕は窓の外を一度だけ見て、それから目を閉じた。


「今のって、何パーセントのバグだったんだろうな」


 しばらく、沈黙があった。


「……幸福度85.2パーセントです。

 正常範囲内ですよ、真琴くん」


 それは、答えになっていなかった。


 でもエミは、それ以上何も言わなかった。



 その日の授業はいつも通り進んで、給食のサプリを飲んで、放課後になった。


 美里は、ずっと普通だった。


 笑顔で友達と話して、先生に礼儀正しく返事をして、帰り支度をしていた。


 ただ一度だけ。


 廊下ですれ違った瞬間、彼女がちらりと、空のほうを見た。


 本当に、一瞬だけ。


 「眩しい」って、呟いた口の形で。



「エミ」


 帰り道、僕はこっそり話しかけた。


「なに?」


「今日さ、授業中に美里が——」


「記録しています」


 エミの返事が、珍しく早かった。


 それから、また静かになった。


「……報告、しないの?」


 少しだけ、間があった。


「……」


「エミ?」


「問題のある逸脱値は、検知されませんでした」


 その声は、いつもと同じ、穏やかなトーンだった。


 でも。


 なぜか僕は、今日初めて「エミの声」を、ちゃんと聞いた気がした。



 夜、布団の中で天井を見上げながら、僕は考えた。


 「眩しい」って、感情値で言ったら何パーセントなんだろう。


 エミは教えてくれなかった。


 幸福度85.2パーセント。

 今日もそれは、達成された。


 なのに、なぜか。


 胸の真ん中のあたりが、4.8パーセント分、ざわざわしたままだった。



≪次回予告≫

第2話:AIエミの沈黙。0.5秒の報告遅延


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