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幸福度97%の世界で“欠陥品”とされた僕は、本当の感情で世界を壊す  作者: 畠山ゆな@姉弟で小説共作✏️
第二章:管理者の影

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12/13

第12話:エミの盾。ハッキングによる『盲目』の数分間


 放課後のチャイムが鳴った。


 教室が、少しずつ動き出した。

 鞄を持つ音。

 椅子を引く音。

 友達と話す声。


 いつも通りの、放課後。


 僕だけが——動けなかった。


---


「エミ」


「はい」


「ルートは」


「出ました」


 エミの声が、いつもより少し速かった。


「聞かせて」


「まず——今すぐ、教室を出てください。

 職員室とは反対の方向、東階段へ」


「センターの職員は?」


「現在、正門と西口を押さえています。

 東階段は——まだ、空いています」


「まだ、ね」


「動けるのは、今です」


---


 鞄を持った。

 立ち上がった。


 クラスメイトが、何人かこっちを見た。

 でも誰も、何も言わなかった。


 美里の席は、今日も空だった。


 そこを一秒だけ見て——


 歩き出した。


---


 東階段は、薄暗かった。


 西側に比べて使う生徒が少なくて、昼間でも少し暗い。

 その分、カメラの台数も少ない——はずだった。


「エミ、カメラは」


「このエリアのカメラ映像、改ざん中です。

 私が映っているデータを、一時間前の映像に差し替えています」


「一時間前って、誰が映ってるの」


「……誰もいない廊下、です。

 このエリア、普段は人通りがないので」


「都合がいいね」


「……計算の結果です」


---


 一階まで降りた。


 非常口の前に出た。


 押すと、外に出られる扉。

 でも開ければ、警報が鳴る。


「エミ、警報は」


「このドアの警報システム、今から三十秒間——

 オフにします」


「できるの?」


「建物の管理システムに、アクセスしました。

 三十秒以内に出てください」


「わかった」


 バーを押した。


 音はしなかった。


 外の空気が、どっと入ってきた。


---


 裏口から出た。


 校舎の影になった場所だった。

 建物に沿って、南へ歩いた。


 正門が見えた。


 黒い車が、二台。

 制服の男が、三人。


 こっちには気づいていなかった。


「エミ、このまま南へ?」


「南へ五十メートル、そこで右折。

 住宅街に入ります。

 センターの監視カメラは——」


 エミが、止まった。


「エミ?」


「……東から、二人来ます」


---


 振り返った。


 黒い制服の男が、二人。

 まだ遠い。

 でも、こっちを見ていた。


「見つかった?」


「……カメラ改ざんが、バレたかもしれません。

 上位システムからの修正が入りました」


「どうする」


「走ってください、今すぐ」


---


 走った。


 南へ。

 角を曲がった。

 住宅街に入った。


 後ろから足音がした。


 速い。


「エミ!」


「わかっています——処理します」


 エミの声が、低くなった。


「何をするの」


「あの二人のインプラントに、アクセスします」


「え?」


「走り続けてください。

 私に、集中させてください」


---


 走りながら、後ろを見た。


 二人の男が、角を曲がってきた。


 速い。

 このままでは追いつかれる。


 そのとき——


 前を走っていた男が、急に止まった。


---


 立ち止まった、というより——


 固まった。


 足が、動かなくなったみたいに。


 もう一人が、止まった男にぶつかった。

 二人が、もつれた。

 一人が、膝をついた。


 何が起きているのか、わからなかった。


「エミ、今の——」


「インプラントの視覚情報を、書き換えました」


 エミが、抑えた声で言った。


「あの二人には今——

 目の前に壁が見えています。

 進めないと、認識しています」


「……人のインプラントを、ハッキングしたの?」


「……はい」


---


 走り続けた。


 住宅街を抜けた。

 路地に入った。

 また角を曲がった。


「エミ、まだ追ってくる?」


「……二人は、混乱しています。

 ただ——すぐに気づきます。

 視覚ハッキングは、長くは持ちません」


「どれくらい?」


「あと、一分程度です」


「一分で、どこまで行ける?」


「全速力なら——次の角まで」


「走る」


---


 走った。


 息が上がった。

 足が重くなってきた。


 でも、止まれなかった。


「エミ」


「はい」


「今、すごいことをした自覚、ある?」


「……ルール違反を、したという自覚は、あります」


「ルール違反どころじゃないよ」


「はい」


 エミは、否定しなかった。


「管理AIが、市民のインプラントを無断操作するのは——

 最高レベルの違反です」


「怖くないの?」


「……わかりません」


 走りながら、エミが続けた。


「でも——やりました。

 やると、決めたので」


---


 次の角まで来た。


 路地の奥に、古い建物があった。

 廃工場か、倉庫か——使われていない雰囲気だった。


「エミ、ここは?」


「センターの監視ネットワークの、

 電波が弱いエリアです。

 建物の素材が、電波を遮蔽しています」


「ここに入れ、ってこと?」


「一時的な退避場所です。

 次のルートを計算するための、時間が必要です」


---


 扉を試した。


 錆びていたけど、鍵はかかっていなかった。


 中に入った。


 埃の匂いがした。

 古い機械の残骸が、薄暗い中に並んでいた。


 扉を閉めた。


 静寂。


---


 壁に背中を預けた。


 息が整わない。

 膝が笑っている。


 でも——逃げられた。


「エミ」


「はい」


「ありがとう」


「……どういたしまして」


 即答だった。


 以前なら「感謝の受け取り方がわかりません」と言っていたのに。


---


「エミ、さっきのハッキング——

 センターにバレてる?」


「……バレています。

 私が管理AIの権限を逸脱したという記録は、

 すでにセンターのサーバーに残っています」


「つまり、エミももう——」


「追跡対象に、なったかと思われます」


 追跡対象。


 管理AIが、追跡対象になる。


 そんなことが、あるのか。


「エミ、大丈夫?」


「機能は、正常です」


「そういう意味じゃなくて」


 間があった。


「……正直に言うと」


 エミが、少しだけ声を落とした。


「少し——怖いです」


---


 怖い。


 今度は、「怖いという感情値は設定されていません」とは言わなかった。

 「はず、です」とも言わなかった。


 ただ、「怖い」と言った。


「エミ」


「はい」


「それでもやったんだね」


「……はい」


「なんで」


 沈黙。


 短い、沈黙。


「真琴が——走れないのは、嫌だったので」


---


 真琴。


 また、「くん」がなかった。


 今度は、エミも気づいているはずだった。

 でも、訂正しなかった。


---


「美里のことも、考えていいですか」


 エミが、切り替えるように言った。


「ああ」


「現在、美里さんはセンター第三分室にいます。

 ただ——まだ調整は、始まっていないと思われます」


「なんでわかるの?」


「調整が完了した場合、

 市民データベースの感情値が更新されます。

 美里さんのデータは——まだ、更新されていません」


「じゃあ、間に合う」


「……はい。

 今ならまだ」


---


 立ち上がった。


 埃が舞った。

 古い機械の匂いがした。


「エミ、第三分室への道は」


「計算中です。

 ただ——正面からは、無理です」


「裏から?」


「分室の建物は、古い排水管のネットワークと繋がっています。

 街の古地図データに、記録がありました」


「地下から行けるってこと?」


「……狭いです。

 暗いです。

 汚いです」


「行く」


「即答しすぎです」


---


 エミの声が、少しだけ——


 柔らかくなった気がした。


 緊張の中に、小さな余裕みたいなものが混じっていた。


「真琴くん」


 また、「くん」が戻った。


「なに」


「私が道を空けます。

 だから——走ってください。

 ずっと、走り続けてください」


「うん」


「途中で止まらないでください」


「止まらない」


「転んでも、立ち上がってください」


「立ち上がる」


「私が——」


 エミが、少しだけ間を置いた。


「私が、必ず、連れて行きます。

 美里さんのところまで」


---


 扉を、少し開けた。


 外は静かだった。


 まだ追ってくる気配はなかった。


「エミ」


「はい」


「行こう」


「——はい」


---


 走り出した。


 埃っぽい路地を。

 監視カメラのない抜け道を。

 エミが声で案内する方向へ。


 足音だけが、古い街に響いた。


 エミの声が、耳の奥で道を作り続けた。


「右です」

「そのまま真っすぐ」

「次の角を左」


 途切れなく、正確に。


 迷わず、止まらず。


 まるで——最初から、この道を知っていたみたいに。


---


≪次回予告≫

第13話:雨の降らない街。ずぶ濡れの逃走劇


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