第11話:センターからの招待状。もう、逃げられない
それは、朝のホームルームの最中に来た。
先生が出席を取っている途中。
窓から朝の光が差し込んでいる、穏やかな時間。
視界の右上に——
小さな通知が、浮かんだ。
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インプラントを通じた公式通知は、青いアイコンで表示される。
病院の予約確認とか、市からのお知らせとか、そういうものだ。
でも今日のは——
白だった。
白いアイコンに、黒い文字。
センターのマークが、右上に小さく入っていた。
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『橋本真琴様
このたび、感情適正評価の結果、
特別調整プログラムへのご参加をご案内申し上げます。
日時:本日、放課後17時
場所:感情管理センター第三分室
なお、本案内は行政手続き法第12条に基づくものであり、
参加は市民の義務となります。
皆様の健やかな幸福のために。
感情管理センター 上席評価官 久我誠司』
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「真琴くん」
エミが、すぐに囁いた。
「見た」
「……はい」
「参加は市民の義務、って」
「拒否した場合の規定は——
強制執行、です」
強制執行。
つまり——断れない。
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出席確認が、続いていた。
「橋本真琴くん」
「……はい」
声が、少し掠れた。
先生が、一瞬こちらを見た。
でも、何も言わなかった。
ただ、次の名前を呼んだ。
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授業中、通知を何度も読み返した。
「特別調整プログラム」。
田中に使われた言葉と、同じだ。
田中は翌日、あの笑顔になって戻ってきた。
猫背が直って、独り言がなくなって、完璧な笑顔で。
あれが——僕を待っている。
今日の、夕方に。
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「エミ」
休み時間、トイレに入って一人になった。
「脱出できる?」
「……計算中です」
「センターに行かずに済む方法、ある?」
「逃げる場合——いくつかのルートが考えられますが」
エミが、少し間を置いた。
「すべてのルートで、追跡される可能性が高いです。
センターの監視網は、街全体をカバーしています」
「可能性が高い、ってことは——ゼロじゃない?」
「……ゼロでは、ありません」
「じゃあ、やれる」
「真琴くん」
エミの声が、少しだけ重くなった。
「逃げた場合——指名手配と同等の措置が取られます。
生活インフラへのアクセスが、制限される可能性があります」
「それでも」
「食事も、住居も——」
「それでも、やる」
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沈黙。
水道の水が、静かに流れている音がした。
「……わかりました」
エミが、言った。
「ルートを計算します。
ただ——今すぐは動かないでください。
準備が必要です」
「どれくらいかかる?」
「授業が終わるまでには、最善のルートを出します」
「わかった」
「真琴くん」
「なに」
「……怖いですか」
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答えようとして、止まった。
怖い、か。
怖い、のかもしれない。
でも、センターに行く方が——
もっと怖かった。
「怖いけど——行く方が怖い」
「……そうですか」
「エミは?」
「私は——」
エミが、少しだけ間を置いた。
「……計算が、うまくいくか、不安です。
これも、怖いに分類されるのかもしれません」
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五時間目が始まった。
僕は、ノートを開いた。
鉛筆を持った。
先生の声が、遠くに聞こえた。
頭の中では、ずっと「逃げるルート」のことを考えていた。
どこへ行くか。
どこで夜を過ごすか。
美里には、伝えるべきか。
美里。
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横を見た。
美里は、いつも通りノートを取っていた。
穏やかな顔で、先生を見ていた。
美里にも——通知が来ているだろうか。
「エミ」
心の中で呼んだ。
「美里に、同じ通知が来てる可能性は?」
「……確認できませんが、
久我が視察で止まった生徒は——
真琴くんと、美里さんの二人でした」
二人でした。
胸の奥が、冷たくなった。
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昼休みになった。
美里に近づこうとした、その時。
視界の右上に——
映像が、流れた。
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インプラントの緊急映像チャンネル。
センターが強制的に送信できる、映像回線。
そこに映っていたのは——
廊下だった。
この学校の、廊下。
黒い制服の男が二人、歩いていた。
その間に——
美里がいた。
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「っ——」
声が出そうになった。
ぎりぎりで、飲み込んだ。
映像の中の美里は、静かだった。
暴れていなかった。
泣いていなかった。
ただ——唇が、動いていた。
声は聞こえなかった。
でも、口の形は読めた。
「……助けて、真琴くん」
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「エミ!」
心の中で、叫んだ。
「美里が——」
「見ています。
現在、三階の北側廊下。
センターの職員に、任意同行を求められています」
「今すぐ——」
「待ってください」
エミが、鋭く遮った。
「今動けば、真琴くんも即座に確保されます。
まず状況を把握してください」
「でも美里が——」
「わかっています」
エミの声が、低かった。
「わかっています、真琴。
でも——今は、待って」
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また、「くん」がなかった。
それだけで、エミがどれだけ必死か——
わかった気がした。
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映像が、切れた。
廊下の景色が、消えた。
美里の口の形だけが、残った。
「助けて、真琴くん」。
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教室に戻った。
美里の席は、空だった。
誰も、気にしていなかった。
先生も、何も言わなかった。
田中の時と、同じだった。
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「エミ」
「はい」
「美里は今、どこ?」
「センターの車両が、学校を出ました。
向かっているのは——第三分室、と思われます」
「第三分室って」
「……真琴くんへの招待状に書かれていた場所、です」
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同じ場所。
美里も、僕も——同じ場所に呼ばれていた。
美里は、もう連れていかれた。
僕は、まだここにいる。
放課後、17時。
あと——三時間。
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「エミ、ルートの計算は」
「続けています」
「美里を助ける方法も、入れて」
「……難易度が、大幅に上がります」
「入れて」
間があった。
「了解です」
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午後の授業が始まった。
僕は、机の上でノートを開いた。
先生を見た。
何も考えていない顔を、した。
でも手だけが——
ノートの端に、小さく書き続けていた。
「助けに行く」と。
何度も、何度も。
先生に見えないくらい小さく、でも確かに。
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「エミ」
鉛筆を止めずに、呼んだ。
「ルートが出たら——教えて」
「出次第、すぐに」
「一つだけ、聞いていい」
「なんでしょう」
「うまくいくと思う?」
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長い沈黙。
エミは、すぐに「大丈夫です」とは言わなかった。
「……わかりません」
正直な答えだった。
「でも——」
エミが続けた。
「計算を、やめません。
どんなに低い確率でも、
ゼロじゃないルートを探し続けます」
「なんで」
「……なんでか、は」
エミが、少しだけ声を落とした。
「もう、説明しなくてもいいですよね」
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窓の外、空は晴れていた。
誰も怒らず、誰も泣かず——
でも今、どこかの車の中で、美里が連れていかれている。
幸福度97パーセントの、完璧な街で。
時計が、静かに刻んでいた。
放課後まで——あと、二時間と四十分。
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≪次回予告≫
第12話:エミの盾。ハッキングによる『盲目』の数分間




