表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幸福度97%の世界で“欠陥品”とされた僕は、本当の感情で世界を壊す  作者: 畠山ゆな@姉弟で小説共作✏️
第二章:管理者の影

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/13

第11話:センターからの招待状。もう、逃げられない


 それは、朝のホームルームの最中に来た。


 先生が出席を取っている途中。

 窓から朝の光が差し込んでいる、穏やかな時間。


 視界の右上に——


 小さな通知が、浮かんだ。


---


 インプラントを通じた公式通知は、青いアイコンで表示される。

 病院の予約確認とか、市からのお知らせとか、そういうものだ。


 でも今日のは——


 白だった。


 白いアイコンに、黒い文字。


 センターのマークが、右上に小さく入っていた。


---


『橋本真琴様


 このたび、感情適正評価の結果、

 特別調整プログラムへのご参加をご案内申し上げます。


 日時:本日、放課後17時

 場所:感情管理センター第三分室


 なお、本案内は行政手続き法第12条に基づくものであり、

 参加は市民の義務となります。


 皆様の健やかな幸福のために。

 感情管理センター 上席評価官 久我誠司』


---


「真琴くん」


 エミが、すぐに囁いた。


「見た」


「……はい」


「参加は市民の義務、って」


「拒否した場合の規定は——

 強制執行、です」


 強制執行。


 つまり——断れない。


---


 出席確認が、続いていた。


「橋本真琴くん」


「……はい」


 声が、少し掠れた。


 先生が、一瞬こちらを見た。

 でも、何も言わなかった。


 ただ、次の名前を呼んだ。


---


 授業中、通知を何度も読み返した。


 「特別調整プログラム」。


 田中に使われた言葉と、同じだ。


 田中は翌日、あの笑顔になって戻ってきた。


 猫背が直って、独り言がなくなって、完璧な笑顔で。


 あれが——僕を待っている。


 今日の、夕方に。


---


「エミ」


 休み時間、トイレに入って一人になった。


「脱出できる?」


「……計算中です」


「センターに行かずに済む方法、ある?」


「逃げる場合——いくつかのルートが考えられますが」


 エミが、少し間を置いた。


「すべてのルートで、追跡される可能性が高いです。

 センターの監視網は、街全体をカバーしています」


「可能性が高い、ってことは——ゼロじゃない?」


「……ゼロでは、ありません」


「じゃあ、やれる」


「真琴くん」


 エミの声が、少しだけ重くなった。


「逃げた場合——指名手配と同等の措置が取られます。

 生活インフラへのアクセスが、制限される可能性があります」


「それでも」


「食事も、住居も——」


「それでも、やる」


---


 沈黙。


 水道の水が、静かに流れている音がした。


「……わかりました」


 エミが、言った。


「ルートを計算します。

 ただ——今すぐは動かないでください。

 準備が必要です」


「どれくらいかかる?」


「授業が終わるまでには、最善のルートを出します」


「わかった」


「真琴くん」


「なに」


「……怖いですか」


---


 答えようとして、止まった。


 怖い、か。


 怖い、のかもしれない。

 でも、センターに行く方が——


 もっと怖かった。


「怖いけど——行く方が怖い」


「……そうですか」


「エミは?」


「私は——」


 エミが、少しだけ間を置いた。


「……計算が、うまくいくか、不安です。

 これも、怖いに分類されるのかもしれません」


---


 五時間目が始まった。


 僕は、ノートを開いた。

 鉛筆を持った。


 先生の声が、遠くに聞こえた。


 頭の中では、ずっと「逃げるルート」のことを考えていた。


 どこへ行くか。

 どこで夜を過ごすか。

 美里には、伝えるべきか。


 美里。


---


 横を見た。


 美里は、いつも通りノートを取っていた。

 穏やかな顔で、先生を見ていた。


 美里にも——通知が来ているだろうか。


「エミ」


 心の中で呼んだ。


「美里に、同じ通知が来てる可能性は?」


「……確認できませんが、

 久我が視察で止まった生徒は——

 真琴くんと、美里さんの二人でした」


 二人でした。


 胸の奥が、冷たくなった。


---


 昼休みになった。


 美里に近づこうとした、その時。


 視界の右上に——


 映像が、流れた。


---


 インプラントの緊急映像チャンネル。


 センターが強制的に送信できる、映像回線。


 そこに映っていたのは——


 廊下だった。


 この学校の、廊下。


 黒い制服の男が二人、歩いていた。


 その間に——


 美里がいた。


---


「っ——」


 声が出そうになった。


 ぎりぎりで、飲み込んだ。


 映像の中の美里は、静かだった。

 暴れていなかった。

 泣いていなかった。


 ただ——唇が、動いていた。


 声は聞こえなかった。


 でも、口の形は読めた。


「……助けて、真琴くん」


---


「エミ!」


 心の中で、叫んだ。


「美里が——」


「見ています。

 現在、三階の北側廊下。

 センターの職員に、任意同行を求められています」


「今すぐ——」


「待ってください」


 エミが、鋭く遮った。


「今動けば、真琴くんも即座に確保されます。

 まず状況を把握してください」


「でも美里が——」


「わかっています」


 エミの声が、低かった。


「わかっています、真琴。

 でも——今は、待って」


---


 また、「くん」がなかった。


 それだけで、エミがどれだけ必死か——

 わかった気がした。


---


 映像が、切れた。


 廊下の景色が、消えた。


 美里の口の形だけが、残った。


 「助けて、真琴くん」。


---


 教室に戻った。


 美里の席は、空だった。


 誰も、気にしていなかった。


 先生も、何も言わなかった。


 田中の時と、同じだった。


---


「エミ」


「はい」


「美里は今、どこ?」


「センターの車両が、学校を出ました。

 向かっているのは——第三分室、と思われます」


「第三分室って」


「……真琴くんへの招待状に書かれていた場所、です」


---


 同じ場所。


 美里も、僕も——同じ場所に呼ばれていた。


 美里は、もう連れていかれた。


 僕は、まだここにいる。


 放課後、17時。


 あと——三時間。


---


「エミ、ルートの計算は」


「続けています」


「美里を助ける方法も、入れて」


「……難易度が、大幅に上がります」


「入れて」


 間があった。


「了解です」


---


 午後の授業が始まった。


 僕は、机の上でノートを開いた。

 先生を見た。

 何も考えていない顔を、した。


 でも手だけが——


 ノートの端に、小さく書き続けていた。


 「助けに行く」と。


 何度も、何度も。


 先生に見えないくらい小さく、でも確かに。


---


「エミ」


 鉛筆を止めずに、呼んだ。


「ルートが出たら——教えて」


「出次第、すぐに」


「一つだけ、聞いていい」


「なんでしょう」


「うまくいくと思う?」


---


 長い沈黙。


 エミは、すぐに「大丈夫です」とは言わなかった。


「……わかりません」


 正直な答えだった。


「でも——」


 エミが続けた。


「計算を、やめません。

 どんなに低い確率でも、

 ゼロじゃないルートを探し続けます」


「なんで」


「……なんでか、は」


 エミが、少しだけ声を落とした。


「もう、説明しなくてもいいですよね」


---


 窓の外、空は晴れていた。


 誰も怒らず、誰も泣かず——

 でも今、どこかの車の中で、美里が連れていかれている。


 幸福度97パーセントの、完璧な街で。


 時計が、静かに刻んでいた。


 放課後まで——あと、二時間と四十分。


---


≪次回予告≫

第12話:エミの盾。ハッキングによる『盲目』の数分間



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ