番外2 三人の休日(8)
「ねえアイリーン。エキルイピアの茎汁できたよ。ちょっと舐めてみたらすごく渋いんだけど、アイリーンは美味しいって言っていたよね?これで本当にあっているの?」
ガラスポットを手にしたリノは、『あ゛ー』とうめきながら目に涙を浮かべ、舌を出していた。
「あらら、リノ、それを舐めちゃったのね。それは渋いに決まっているよ、そのポットにスプーン五杯分のミルクとスプーン二杯分の蜂蜜を入れて混ぜるの。それで味見をして問題なければ、コップ一杯分ルイスさんに飲ませてもらえる?」
「まだ完成じゃなかったんだね。わかった、入れてくるよ」
──色々持ってきておいて良かったなぁ
アイリーンが胸をなでおろしていると、スペンサーが声を上げた。
「おーい、赤い斑点はなさそうだぞ」
──よし、まだ発症はしていない。これで薬水を飲ませれば、少なくとも丸一日は発症を抑えられるわ。
アイリーンは唇をキュッと結び、グッとこぶしを作る。そして再び蒸かしたニガ芋をこねだした時、バーサが潰したサワランの葉を持ってきた。
「そろそろ頃合いだと思って持ってきたよ」
「ありがとうバーサ。少しのお塩と一緒に混ぜ込んでお団子を作りましょう」
蒸かしたばかりのニガ芋からは湯気が立ち上る、二人は時折手を水につけながら、時には手に息を吹きかけ、団子をこねていった。
「よし、十個ほどできたね。まずは寝ている間に二つ口の中に放り込んでしまいましょう」
アイリーンがふぅと腕で額の汗を拭うと、バーサもそれに続く。
「うん、そうだろうと思ってぼんやりさせた状態になってもらっているんだよ」
団子を持った二人は駆け足で灰色オオカミの元へ向かった。二メートル程あるオオカミは、目を開けて恐ろしいうなり声をあげてはいるものの、身体は全く動いてはいない。
「うわあ、近くで見ると大きいね。動いてないけど食べても喉を詰まらせない?」
「うん、たぶん大丈夫だと思う。あと二時間くらいはこのままだと思うよ」
「噛まれないようにしなくちゃ、この棒を使って口に団子を入れるよ」
アイリーンは棒の先につけた団子を灰色オオカミの舌の上へそっと乗せてみた。オオカミは唸りながらも舌で団子を巻き取り、ゴクンと飲み込んだ。
「食べた!食べてくれたわ。この大きさならあと三つは食べてほしいわね」
「うん、良かった。次起き上がるときにはすっかり症状が治まっているはずよ」
「ええ、『アンダーソン生物概論』にそう書いてあったもの、間違いないわ」
アイリーンとバーサは互いの手を取り合い、ぴょんぴょんと跳ねた。
「じゃあ、残りは動けるようになってから自分で食べられるようにここに置いておこう」
「うん、私は邪魔が入らないように、ワンちゃんの周りにエビダンゴムシの糞でできた団子を置いておくわ。ほかの動物にニガ芋団子を取られないようにね」
アイリーンとバーサが灰色オオカミの周りに団子を置いていく姿を、スペンサーは呆然と眺めていた。
「なあ、あの子たちは……なんなのだ?」
「さあ、普通の女の子よ。ただしとってもやさしくて、勤勉で物知りなのよ」
リノも腕を組みながら、やさしく彼女たちを見守っていた。
◇ ◇ ◇
「さあ、急いで王都のニィシリア病院へ向かいましょう」
ルイスも支えながらではあるが、かろうじて動けるようになっていた。しかし、自力で体を支えるには程遠く、ソファーにもたれかかりぐったりしている。
青白い表情で、唇を震わせながら、浅く速い呼吸を繰り返しているルイスを、スペンサーは心配そうに支えていた。
「しっかり支えてあげてね、出発するよ」
運転席からリノの声が聞こえると、五人を乗せた車は王都へ向かって走り出す。
「誠に申し訳ない……それに病院まで行ってもらえるとは」
「もう、今はいいですから」
何度も頭を下げ、謝罪の言葉を口にするスペンサーの口を弾力性に富んだ甘いレムの実で塞ぎ、ほっと一息。ふと窓の外を見ると一匹の蛍が窓にへばりついた。
「蛍ね。かわいいわ」
バーサが窓越しに小さな虫を指さすと、アイリーンの口がぱっと開く。
「あ、蛍といえば山に入った時ね、リノが小川を見つけてくれて、そこに生えている蛍苔のすごかったことすごかったこと」
「えーいいなぁ。蛍苔取ってきたの?」
「ううん。あまりにも可憐だったから触らなかったの、バーサにも見せたかったな」
「そんなに言うんだもの、素敵だったんでしょうね。私も見たかった」
力ないため息と少し眉を落とすバーサに、アイリーンはごそごそと袋を持ち出した。
「でね、その代わりと言っては何だけど……」
アイリーンが袋から何かを取り出そうとした時、これまでうつろな眼差しで一切口を開かなかったルイスが、首を起こしアイリーンとバーサに目を向けた。
「こ、ここは……」
「お、おいルイス!」
アイリーンとスペンサーは起きようとするルイスの肩を支え、再びソファーに座らせた。
「意識が戻ったのですね。でもまだ顔色は悪いわ、無理をしないでください」
「ええ、ずいぶん出血していましたよ、今はゆっくり休んでください」
バーサもそういいながらそっとエキルイピアの茎汁を差し出した。
「これを飲んでください。あなたはまだ危険な状態なのですよ」
「そうか……俺はオオカミに襲われたのだったな……」
ルイスは包帯で巻かれた自身の手足を見つめた。包帯には血液が染み出ていた。
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次話が番外編の最終話となります。では二日後に待っております。




