番外2 三人の休日(7)
「へえ、こんな小さなエキルイピアの茎が病原菌を抑えるだなんて不思議だよね」
両手で包み込むとすっぽり入るくらい、小さな淡い紫色の離弁花を持ったエキルイピアを、顔に近づけてじっと見つめるリノ。それを見たアイリーンは軽く微笑む。
「そうなの。これをルイスさんに飲ませると、根治治療にはならないけど発症を遅らせることができるんだよ。その間に適合する血清を探すために、準備があるんだって」
「ふうん、私にはよくわからないけど……で、これをどう使うの?」
「フフフ。この茎をね、ハーブティみたいにして飲んでもらうんだよ。ちょっと花弁も添えてね。味付けは蜂蜜で。おいしいよぉ。リノにも飲ませてあげるね」
アイリーンはエキルイピアについた土を優しく掃いながら、ほほ笑んだ。
リノも、手に持つそれをまじまじと見つめ、そっと袋にしまう。
これで一時的ではあるがルイスさんも病気の灰色オオカミも助けることができる。そう思うと二人の足取りは軽くなった。
◇ ◇ ◇
「その灰色オオカミの血をいったいどうするんだい?」
遠心分離機にかけた血液をスピッツに分けるバーサを見て、スペンサーは首を傾げる。
「あ、あまり近づかないでくださいね。擦り傷だらけのあなたに血がかかると、あなたも病気になってしまうかもしれませんよ」
「え?」
スペンサーは手を背中に回し、顔を顰めながら一歩、二歩と後ずさりをする。
「この血で、どのタイプのバグウイルスかを調べるのですよ。王都にあるニィシリア病院にはタイプ別の血清があります。これを持っていけば早くに治療を開始できます」
「だが、君はさっき三時間で手遅れと言っていなかったか?ここまでですでに一時間は経っている。とても間に合わないじゃないか」
バーサはジロリと横目でスペンサーを見ると「ふぅ」とため息をついた。
「本当にうるさいですね。何とかするためにアイリーンたちが森に行ったんじゃないですか。ほら、お友達の意識が戻りだしていますよ、あなたはさっき言っていた、あのお水を飲ませてあげてください」
辛辣な口調のバーサにたじろぐスペンサーは「あ、ああ」とルイスのほうへ向かった。顔面蒼白のままではあるが、ルイスは薄っすらと目を開け、腕を動かしていた。
「ルイス!大丈夫かルイス」
「……」
「そんなに大きな声を上げないでください。傷口からメヨモギの煮汁が少しは体内にも入っていくのです。そのせいでぼんやりしていてもおかしくありません!」
バーサの声に身を震わせたスペンサーは、目を泳がせながら唇をかみルイスを見つめている。
「……」
ふうと、ため息をついたバーサは、スピッツを置き手袋を脱いだ後、スペンサーの元へと向かった。そして、ルイスを見ながら無言で俯くスペンサーの肩にそっと手を置いた。
「もう、そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。出血は止まっていますし、徐々に意識もはっきりしてきます。慌てずじっくり待ちましょう」
「すまない。どちらが年上かわかったものではないな」
スペンサーがコクンと頷き、フフフと苦笑したとき「ただいまー」と弾む声が遠くから聞こえる。
「あ、アイリーンとリノが帰ってきた」
木々の間から姿を現した二人に、バーサは小走りで駆け寄った。
お互いの安全を確かめるように軽く握手を交わした後、アイリーンはリュックからサワランとエキルイピア、そしてニガ芋を取り出した。
「さすがはアイリーンとリノ、完璧ね」
バーサは出された素材を見て、軽くウインクをし、グッと親指を突き出した。
「でしょ。じゃあ、バーサはサワランの葉を潰して、リノはエキルイピアの茎を切り分けて、私はニガ芋を蒸かすわ」
「え?私がニガ芋やってもいいよ?」
「え?だってバーサのお料理って……折角だけど、ワンちゃんが食べないと困るから」
「えーブゥー!料理じゃないじゃん。薬だよ。薬くらいわたしにだってねぇ」
頬を膨らませ、地団駄を踏むバーサを見てリノがクククと笑いをこらえる。
「この間、子芋をドロドロにしていたのは誰だっけ?」
「またそういうことを言う……いいよもう。今度完璧な料理を見せるからね」
「うん、楽しみにしてる。でも、今度だね。……さあ、早くしよ」
もう少し話したい気持ちを抑えながら、三人は各々の材料を持ち作業に向かった。
「おーい、これはどうすればいいんだい?」
手早くエキルイピアの茎を切り分けたリノは、掌に持つそれをアイリーンに見せる。
「布袋に入れて五分ほど煮詰めて、ルイスさんに飲ませてくれる?」
アイリーンは、金網の上で皮を剥いたニガ芋をフォークで突きながらそう言った。金網の下では、湯がグツグツと沸き立ち、もうもうと水蒸気が立ち上がる。スペンサーはその様子を見ながらもじもじと手を動かしていた。
「あの、俺にも何か手伝えることはないのかな?」
アイリーンはニガ芋を見つめながらキュッと眉を寄せる。そして忙しそうに湯に水を足したり、火加減の調整をしながら、キョロキョロとバーサとリノのほうに目をやった。だが、二人はアイリーンのほうには一切見向きもせず、黙々と作業をしていた。
「うーん、うーんと。そうだ、ルイスさんにバーサの水を飲ませてください」
「え、ルイスは先ほど目をうっすら開けて、何とか水分を取らせることができたのだが……」
「え、そ、それはよかったです。では……えーっと、それじゃあ……ルイスさんの身体をきれいに拭いてあげてください。それと、身体に赤い斑点が出来ていないかの確認をお願いします」
「赤い斑点?どういう意味があるんだ?」
この瞬間アイリーンの表情が明らかに歪む。
「え?あの、もう、ちょっと今説明している余裕はないので、できないのならそこの湖でも眺めていてください。時間は勝手に過ぎていきますので、じゃあ、あちらへ」
スペンサーは「あ、ああ」と蚊の鳴くような声で返事をすると、手拭いを手に取り、重そうな足取りで湖のほうへと向かった。
──ちょっと可哀そうだったかな……
トボトボと歩くスペンサーを見ながら、アイリーンは自身の胸をそっと押さえた。
だが、目の前にはニガ芋がそんなことを気にもせず、湯気を立たせながら踊りだす。
──気にしている場合じゃないよね。
アイリーンはグッと拳に力を籠める。
「バーサ、リノ。そっちの出来栄えはどう?こっちは丁度良さげだよ」
「こっちも準備整っているよ~」
少し離れたところから二人の声が響いた。
「じゃあ、お団子作ろうか!」
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また二日後にお会いしましょう。




