番外2 三人の休日(6)
先ほどまでとは打って変わって、森は嘘のように静けさを取り戻している。
「安全のためにもう少し眠っていてもらわないとね」
キョロキョロと周りを見渡したバーサはボソッとつぶやくと、自分の身体にスプレーを一振り。そして、スペンサーとルイスの周囲にもシュッシュッと噴霧をした。
「なんだそれは?」
スペンサーが眉をしかめながらバーサに問いかける。
「え?虫よけ獣よけのスプレーですが」
「こんなにいい匂いのするものが本当に虫よけなのか?」
スペンサーは自身に降りかかった液体に顔を近づけた。
「くっ。そう言われると、アイリーンのすごさを認めざるを得ないわね……まあいいわ。本当ですよ。それよりもその方の意識が戻ったら、スペンサーさんはこの水を飲ませてあげてください」
「これをルイスに飲ませればいいんだな」
水筒を受け取ったスペンサーがふたを開けてみると、ほんのり甘い香りが漂う。
「桃のようなにおいがする」
「お塩と砂糖を溶かしたものです。ずいぶん出血したからそれを補うためにです。……匂いはアイリーンが付けました」
バーサは全く表情を変えず、唇を尖らせながら抑揚のない言葉をかえす。スペンサーはクッと息を飲み込んだ。
──俺は何か気に障ることを言ったのだろうか……
思い出したようにルイスの手拭いを交換すると、言葉を詰まらせながらバーサに語り掛けた。
「君たちは不思議な子供だな。どうしてそんなに色々なことがわかるんだ?」
「それは……企業秘密です。(よくわからない人に個人情報を話すわけにはいかないものね)では、ちょっと失礼……」
バーサはキュッと手袋を装着すると、荷物から液体の入った試験管を取り出し、液体をピペットに少量移し替えた。「さて」と、小さな巾着を肩に抱えて倒れている灰色オオカミのもとへと向かおうとすると……
「おい、どこに行くんだ?危なくないのか?」
スペンサーは慌てて立ち上がり、バーサの腕をつかむ。その瞬間、バーサの表情がゆがんだ。
「いちいちうるさい人ですね。もう黙ってみていてください。あなたのお友達が助からなくなりますよ」
バーサはスペンサーの手を振り払い、小走りで灰色オオカミのもとへと駆け寄ると、その口の中にピペットの液体をピュッと流し込んだ。
──これで二、三時間は起きられないはず。
そして、袋から注射器を取り出し、首元から血液を抜き取っていく。
「ごめんね、少し血をもらうからね。心配しなくてもあなたも治してあげるから、今アイリーンとリノさんがお薬を取りに行っているからね」
◇ ◇ ◇
灰色オオカミから採血を終えたバーサがそれを遠心分離器にかけているころ、アイリーンとリノは森で必要な薬草を探していた。
「バーサの虫よけ獣よけはすごいね、本当に蚊ひとつ寄ってこないわ」
「そうだね。それに変な匂いもなくなったからまるで香水をつけているみたいだし」
「リノったら、バーサに叱られるよ。本当の目的は匂いじゃないんだから」
「ウフフ、そうだよね。匂いが良くなったんだから、あの青臭さのせいで虫が寄ってこないんじゃないって証明になったよね」
優しく体に触れる心地よい風と、暖かな木漏れ日のある緑いっぱいの森の中を二人は歩いた。とてもこの穏やかな森にあの凶暴な灰色オオカミが存在したことが不思議になる。
アイリーンは地面をキョロキョロ見渡し、リノは森全体に目を配る。
「目的のものはありそうかい?私も草の種類を教えてもらえれば一緒に探すよ?」
「ううん、リノが周りを見てくれるから、安心して薬草を探せるんだよ。でも、木に絡まった蔓に、まん丸の赤っぽい葉を見つけたら教えてくれる」
アイリーンはそう言いながら少し先にある黄色い花を見つけると、小走りで近寄った。
「一つ目見つけた。これはサワランの花よ。この細身で黄色い合弁花にシュッと尖がった葉っぱ、間違いないわ」
「よく覚えているね。で、それは何に効くの?」
「このサワランの葉は、灰色オオカミに寄生しているケダマムを駆除する薬草なの。これであの子の病気もよくなるわ」
「じゃあ、あのルイスさんだっけ。あの人にもそのサワランの葉を食べさせるの?」
「ううん。ルイスさんにケダマムがいるわけではないから、飲んでもよくはならないの」
アイリーンは首を横に振りながら三株のサワランを刈り取り、袋に詰めた。
「ねえ、リノ。もし小さな小川があれば教えてくれる?エキルイピアは小川のそばの石の隙間に生えているのよ」
「わかった。水のありそうな所を気にしてみるようにするよ。それと、あれを見て、あの木の蔓、アイリーンが言っていた蔓じゃない?」
リノは右側にある大きな木に絡みついている蔓を指さした。
「どれ?ほんとだ、まん丸の赤い葉。間違いなくニガ芋の蔓だよ。リノ最高!さっそくあの蔓の根元の芋を掘り出すよ」
蔓をたどり根元の土をアイリーンは手で掻き出すが、思うように掘れない。
「固いなぁ」
ふぅ……っとため息をつくと、リノが「私に任せて」とナイフで地面を掘り出した。
「リノ……上手に掘るね。根っこが全く傷ついていないよ」
「まあね、山で修業をしていたこともあるからね」
「さすが、護衛に任命されるだけあるね。そういえば、メイドの時、ボブをやっつけてくれたものね」
リノは「そういうこともあったかしらね」と笑いながら、こぶし大のニガ芋を二つ掘り出した。
「で、これは何に効くの?」
「これはね、少し塩を混ぜると灰色オオカミの大好物になるのよ。だから、これに塩とサワランの葉を混ぜて食べさせてあげるの。サワランの葉だけでは食べないんだって。前にバーサがそう言っていたのよ」
「へえ、食べさせることまで考えるなんて大したものだね」
「ほう」とリノは自身の顎に手を当てた。その顎にはほんのりと土がついていた。
いつも読んで下さりありがとうございます。




