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全てを奪われたけど、へこたれません。香りで夢を掴みます!   作者: 季山水晶
Ⅰ.試練の幕開け

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番外2 三人の休日(5)

 駆け寄った男性はルイスを抱きかかえた。腕と足から滴り落ちる血液を見ながら唇を震わせ、肩を叩き彼の名を呼び続けるが、ルイスは瞼を開こうとはしない。


「出血がひどいわ。まずは車の近くまでその人を運んでください!」


 駆け寄ったアイリーンが男性の腕をつかんでそう叫んだ。


「あ、ああ……」


 その威圧感によってピクリと体を震わせた男性は、すぐにルイスを抱えアイリーンたちの車のところへと向かいだす。


「私はアイリーン、あなたは?」


「お、俺はスペンサー。この男はルイスだ」


「スペンサーさん、まずはルイスさんの治療を……急がないと手遅れになりますよ」


 車のそばにはすでにシーツが敷かれ、バーサが草を煮詰めていた。そしてリノはバケツに大量の水を用意している。


「さあ、大量に洗うよ。リノは腕の傷をしっかり水で洗い流して、私は足の傷をやるわ。スペンサーさんはどんどん水を汲んできてください」


 ──湖の近くでよかった。


 ほんの少しだけ表情が緩むアイリーンに、スペンサーが声を震わせる。


「出血が止まらないぞ。そんなに洗い流さずに、手や足を縛ったらどうなんだ?」


「手とか足を腐らせたいのですか?今は出血よりあのオオカミに嚙まれたことのほうが問題なのですよ」


「ど、どういうことだ?」


 スペンサーが手に持つバケツを大きく揺らした。その時、草を煮詰めているバーサが倒れている灰色オオカミを指さした。


「あの灰色オオカミ、バグウルフ病にかかっているのです。人がそれに噛まれた時の致死率は九割とまで言われているの」


「そう、だからまずは病原の元を洗い流さなければならない。でもそれだけでは足りないんです」


「バグウルフ病って、なんでそんなことがお前たちにわかるんだ」


 スペンサーはこぶしを握り締め、語気を荒げた。わなわなと震える唇から認めたくないという意思がうかがえる。


 バーサが煮詰めた草汁を別の入れ物に移し替えると、もうもうと湯気が立ち上る。ガラス瓶に移し替えた緑色の液体を見つめながら彼女は灰色オオカミを指さした。


「むき出しの歯、だらだら垂れる唾液、そして混乱状態」


 バーサが口を開くと、アイリーンもそれに続けた。


「それに充血した目に、体の汚れ。どう見ても感染しているとしか思えません」


 ルイスから目を離さず、傷口を洗い流す手を止めないアイリーンを見つめ「そんな……」とバケツを地面に落としたスペンサーは、「あいつのせいで」とナイフを握り倒れている灰色オオカミのほうへ体を向けた。


「何をするつもり?殺さないで!あの子は病気なのよ」


 アイリーンとバーサが同時に声を荒げた。しかしスペンサーは手に持つナイフを地面に突き刺し、払いのけるように腕を振った。


「何が病気なのよだ。あいつのせいでルイスがあんな目に……それに、そんな状態ならすぐに街に戻って病院に行ったほうがいいだろう」


 荒い息遣いをしながら、二人を睨みつけるスペンサーにアイリーンは静かに答える。


「時間が勝負なの。連れて帰るにしても三時間はかかる。そうなれば手遅れなんですよ」


 スペンサーは言葉を失い、唇をかんだ。そんな時、リノが額の汗を拭い、空のバケツをアイリーンに見せた。


「アイリーン、バケツ五杯分洗い終えたよ、それでどうする?」


 リノがそう問いかけると、バーサが「少し熱いけど我慢してね」と、先ほどまで煮詰めていた草汁を手拭いにしみこませ、それを傷口に当てた。


 まだ意識の戻らないルイスはビクッと身体を震わせた。


「そ、それは?」


 額いっぱいに汗を浮かべたスペンサーが喉の奥から声を絞り出す。


「メヨモギの葉を煮詰めたもの。要は止血剤です。これで止まってくれたらいいんだけど……」


 スペンサーの喉がごくりと音を立てる。


「君たちはいったい何者なんだ?医者か何かか?」


 二人の動きを見つめるスペンサーにアイリーンは手拭いを手渡した。


「今はそんなことどうでもいいです。そんなことより私とリノは山に行くから、スペンサーさんは10分ごとにそれを交換してください」


 スペンサーは黙って手拭いを受け取ると、ガラス瓶に入った薬液にそれを浸した。


「さあ、私は分離分離っと」


 バーサはごそごそと荷物からビーカーと、抱えるほど大きな遠心分離機を取り出すと、リノは「はぁ?」と、目を見開いた。


「なんでそんなもの持ってきているのよ」


「え、研究者の必需品よ。ねえ、アイリーン」


「ね~」


「やれやれ、とんでもない娘たちだわ。どうりで荷物が大きいわけだよ」


 額に手を置くリノに、アイリーンはもう一度虫よけ水を噴きかけ、泥団子を手渡した。リノは少し自分の服の匂いを嗅いだ後、口角を持ち上げた。そしてナイフを胸元に忍ばせた。


「準備はオーケイだね。じゃあ、バーサ行ってくる」


 森の中に入っていく二人を見ながらスペンサーはバーサに尋ねる。


「なあ、分離ってどういうことだ?それに彼女たちは何をしに森へ向かった?」


「ん。きっと、エキルイピアの茎とサワランの葉。それとニガ芋を取りに行ったのですよ」


「なんだそれは?何かの食材か?」


 スペンサーはルイスの手拭いを交換しながら首を傾げた。ふと傷口を見ると、出血はすでに止まっていた。


いつも読んで下さりありがとうございます。


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