番外2 三人の休日(9
「君たちが手当てをしてくれたのか。包帯ににじんでいる緑色の液体……止血効果のあるメヨモギだな」
「よくご存じですね。さあ、これを飲んでください。それから、少し身体を確認させてくださいね」
バーサはルイスのシャツを捲り上げる。スペンサーによって、泥も血液も落とされた肌は、少々白っぽく貧血傾向だが、特に目立ったところは見られない。
「なあ、さっきも肌を確認しろって言っていたよな。何があるんだ?」
スペンサーは眉をしかめ、首を傾げる。
「もう、あなたは黙っていてくださいな」
バーサはスペンサーの口を手で塞ぐと、黙れと言わんばかりに首を横に振った。
ルイスはバーサから出されたカップをじっと見つめていた。中には少し湯気の立つ赤色の液体が入っていた。
「……ありがとう」
ルイスはカップを受け取ると中の液体をじっと見つめ、ゆっくりと口に含んだ。
「そうか、この薄い赤色と甘さの中にある渋みはエキルイピアか。少し蜂蜜を入れてくれたんだね。……俺がこれを飲まされているということは、あの灰色オオカミは『バグウルフ病』に感染していたということか……なんてことだ」
「……よくご存じですね」
アイリーンとバーサはルイスの言葉に目をぱちくりさせた。
「それはこっちのセリフだよ。君たちに、なぜそんな知識があるのか知りたいものだ。それと、俺の肌はどうだったのかな?俺が気にしないようにスペンサーに黙るように言ったのだろう?」
「はい。幸い何もありませんでした」
「よかった、まだ発症はしていないみたいだな。スペンサー、人が「バグウルフ病」を発症すると、血液が破壊されるんだ。やがて壊れた血液が皮膚表面ににじみ出てくる、それが紅斑になって表れるのさ。彼女たちはそれを確認してくれていたのだよ」
「なんだ、そういうことかよ。俺はてっきり……」
「てっきり何なのですか?私たちがルイスさんの地肌を見たかったとでも?」
「え、い、いやあ、そういうわけでは……」
バーサににらまれたスペンサーは視線を泳がせ、頬をひきつらせた。それを見たルイスは、口元に手を当て、クッと笑いをこらえた。
「それはそうと、ルイスさん相当物知りですね。私達もルイスさんがどのように勉強されているのか教えてほしいものです」
「ああ、俺もそれなりのところに所属しているものでね。それなりの知識は持っているさ」
笑みを浮かべたルイスの頬には、ほんの少し赤みが戻っていた。
──良かった、頬が赤くなってきている。
アイリーンはホッと胸をなでおろす。
「んーん、それにしては……」
アイリーンとバーサが同時にスペンサーの顔をじっと見つめた。
「な、なんだよ!」
「あはは、スペンサーはどちらかというと脳筋クラスだからね。今回は俺の手伝いとして付いて来て貰ったんだよ、でも頼りになるんだぜ」
ルイスがスペンサーの肩をポンポンと叩くと、彼は恥ずかしそうに髪をガシガシ掻いた。
アイリーンとバーサがぽかんと口を開けていると、ルイスはスッと頭を下げた。
「改めてお礼を言わせてもらうよ。俺はルイス・ジョー・ウィリアムス。こちらはスペンサー・リンゼイ・ケイリーだ。二人とも学生でね。今回、この森には生態調査をしに来たのさ。学校の課題でね」
「そ、課題なのはルイスで、俺は付き添いさ。なんせ、脳筋なんでね」
スペンサーは目じりを下げ、屈託のない笑みを浮かべた。
「まあ、スペンサーさんったら」
「残念ながら十分な調査は出来ず仕舞いだったけどね」
「次に調査に来るときには、ケダマムの調査も必要になっちゃいましたね」
「本当だ。身をもって危険を感じたものな……助かってよかった」
ぽそっとスペンサーがそうつぶやいた。窓から差し込む暖かな日の光同様に、ようやく穏やかな雰囲気があたりを包む。
そして、じっと二人の少女を見つめていたルイスが口を開いた。
「君たち、ランバーグ専門学校って知っているかい?この国、最高水準の学びの場だ。君たちの実力ならきっと合格できるだろう。なんなら俺たちが推薦状を書く事もできるのだが興味はないかい?」
「ああ、そうだな、それだけの知識と技術があるのだから、Mクラスにだって入れるんじゃないか?本当にこのまま埋もれてしまうのは惜しい。是非、考えてみてくれ」
──ん?Mクラスって何
そのセリフにアイリーンとバーサは顔を見合わせ、目をぱちくり。そして、二人そろってウフフとほほ笑んだ。
「ありがとう、そう言ってもらえるととっても嬉しい。でも大丈夫。私たちもうその学校の生徒だもの。この春からだけど」
「ね~」
ルイスとスペンサーは、寝起きに水をかけられたように大きく目を開け、アイリーンとバーサを二度見した。
「……それは、それは楽しみだよ」
「何がですか?あぁ、私たちの学園生活とか将来?」
「そうだね、そういうことにしておこう」
気が付いたら車はもう王都へ入っていた。
◇ ◇ ◇
感染した灰色オオカミの血漿と一緒に、スペンサーとルイスをニィシリア病院に送り届けた後、アイリーンが口を開いた。
「折角のハイキングだったけど、お弁当も食べられなかったし、植物も採れなかったね」
「そうだね、ルイスさんの命が助かりそうで本当に良かった。頑張ったね、私達」
「うん。それだけで十分満足だよ」
バーサの口元がわずかに緩んだ。すると、アイリーンは何やら袋をごそごそと弄りだす。
「そんな、お利口なバーサに私からのプレゼントです」
アイリーンがテーブルに広げたのは色とりどりの草花たち。
「わあ、リアリナ、ルリカ、いわうえ草、リンゴ草、サクラコに白サンゴまで、すごーい」
「さすがはバーサ、一目でわかるのね。サワランとかを探しながら、ついでに摘んできたの」
「なにかこそこそやっていると思ったよ」
運転席からリノの声が響くが、アイリーンとバーサは弾むように話を続ける。
「いわうえ草と白サンゴはお肌がきれいになる化粧水を作れるわ」
「そうでしょ。私はリアリナとルリカ。どうこのブドウのような香り。バーサの化粧水とあわせたらぁ」
「うーん!最高」
「そして、分厚い草花辞典を開きながら、リンゴ草とサクラコから作ったハーブティを……」
「うん、完璧だね。帰るのが楽しみになってきちゃった」
話を聞いていたリノが、ほんの少しだけ声を強めた。
「あなたたち、それもいいけど、学校へ行く準備もちゃんとするのよ」
「「はーい、おかあさん」」
「誰がお母さんだよ!」
車内に笑い声が響き渡った。
「ねえ、バーサ。学校生活楽しみだね」
「うん」
最後まで読んで下さりありがとうございます。
番外編はこれが最後です。
また、どこかでお会いできる日を楽しみにしております。




