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全てを奪われたけど、へこたれません。香りで夢を掴みます!   作者: 季山水晶
Ⅰ.試練の幕開け

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番外2 三人の休日(3)

 静かな波の音に、草木の香り。目の前に広がる壮大なランテント湖は、日の光を浴びてキラキラと七色に輝く。近づくと噂通りの透明度で数メートル先までの湖底を覗かせ、銀色に光る魚たちが悠々と泳ぎまわっていた。


 湖畔は赤や黄色の色とりどりの草花がアイリーンたちの目を喜ばせた。


「ほら、あそこの黄色い花たちはカナリア草ね。満開だよ」


「うん。ほら、水際の真っ白なミズランが薄紅ショウブの上品な紫色を引き立てているよ」


 バーサも胸の前で手を結びながら声を弾ませる。すると木々の隙間から「ピピピピヒュリー」と鳥のさえずりが響き渡った。


「「白キビタキの声だぁ!」」


 二人が声を揃わせると、こぶしくらいの真っ白い小鳥がパタパタと飛び立った。


「あなたたちよく知っているわね。さすがランバーグ専門学校に合格するだけあるわ」


 腕を組みながら大きく頷くリノに、フフフと二人はハイタッチをした。


 メイド稼業や受験勉強に追われていた二人は、プライベートで外へ出かけるのも久しぶりだった。ましてやピクニックなど、幼少期まで遡らなければ思い出せないほどだ。もう居ても立っても居られない。「お昼はどうするの?」とリノに問われるが、先にこの辺りの散歩をしたいと譲らなかった。


 シュッシュ……


「え?バーサ何をしてるの」


 どこから取り出したのか、霧吹きに入った液体をバーサが自身の体に噴きかけている。


「ほら、アイリーンも『シュッシュ……』」


 ヨモギかドクダミの葉をすり潰した様な匂いが漂う


「うえっ、バーサ何よこれ、青臭いよ」


「ハハハ、何をやっているのさ」鼻をつまみ、顔を顰めるアイリーンを見て笑うリノ。


 だが、そのリノにもバーサは容赦なくシュッシュと液体を噴きかける。


「ちょっと待って、私は必要ないというか……うわっ。なにこれ。本当に臭いね」


「我慢しなさい。これは山ヒルに川ヒル、ダニにムカデ除け。これで安心して山に入れるわ。それとこれ、三つずつ渡しておくからね」


 バーサは袋からすっぽり手の中に納まる程の泥団子を取り出し、アイリーンとリノに手渡した。


「うわっ。これもくさっ……なによ、これは」


 リノとアイリーンは思わず顔を背け、鼻をつまんだ。


「え?エビダンゴムシの糞でできた団子だけど?」


 鼻をつまんだままのアイリーンは、手に持つ団子をまじまじと見つめた。


(そういえば、バーサがこれで灰色オオカミを撃退したって、フィリップさんが言っていたわね)


「バーサ。あなたこれを採っている時、全然臭くないって言っていたけど、すごく臭いじゃないの」


「うん。嘘はついてないよ。あの時は臭くなかったんだけど、乾くと臭くなるんだよね」


 眉間に皺を寄せたアイリーンにバーサは、何事もなかった様にしゃあしゃあと答える。


「それにしてもこの臭いものを持って歩くわけ?」


「駄目だよアイリーン。身を守るほうが大事なんだから」


(……うーん、とはいっても。……これ、魚の内臓が腐ったときにできるチリエチロンの匂いに似ているわね。それなら)


「わかった。でも少しだけ待って。ちょうどあそこに青アジサイがあるから」


 アイリーンは自分の団子をリノの手にポイっと置いた。


「ひっ」


「リノ、それを持っていてね」


 そういうとアイリーンは一目散に青アジサイのほうへ向かった。


「ちょっと!アイリーン。臭さが倍になっているんだけど?どうするのよこれ……ねえ、バーサ、この団子の成分っていうよりもこの臭さで灰色オオカミが逃げるんじゃないの?」


「えええ。リノさんまで酷い。この中には灰色オオカミが嫌いなチリエチロンっていう物質が入っていて……」


「はいはい。むつかしい話は私にはいいから。バーサの課題は匂いを何とかすることだね」


 とか、何とか二人が言い合っている間にアイリーンは青アジサイの花を片手いっぱいに摘んできた。


「さあバーサ、あなたはこの青アジサイの花弁を取っておいて。それと、さっきの霧吹きを貸して」


 アイリーンはバーサに青アジサイを押し付けると、お弁当箱からレモンを一片と小瓶を取り出した。


「バーサ、悪いけどこの虫よけ水、ちょっといじくるよ。……まずはレモン汁で青臭さをとって、あとは……これでっと」


 霧吹きの中にレモン汁を三滴ほど垂らすと、顔を近づけて鼻先をクンクンと震わせた。そして口角を持ち上げ、コクンと頷くとそこへ小瓶の中の液体をポタリポタリとまた三滴、霧吹きをくるくると回した。


 再び霧吹きに顔を近づけると「これでおしまい」とキュッと蓋を閉じた。


「バーサ、青アジサイの花、取れた?」


「うん、ちょうど全部の花弁を取り終えたところ。リノさんも手伝ってくれたんだよ」


 バーサは袋にひしめき合う小さな空色の花弁をアイリーンに見せた。ほんのりと白いストライプの入った花弁は潤いを保ち、まるでボールブーケの様だ。アイリーンは使用目的がなければ、取り出して空に投げ広げたい気分に駆られる。


 そこをぐっと抑えて……


「植物採取用に持ってきた袋にそれを分けて、その中にバーサの殺人団子を入れてちょうだい」


「なんですって!入れるわよ。入れるけれどもですよ。一生懸命育てたおいしそうなリンゴを毒リンゴと言われた時の気分とそっくりです」


 バーサは頬を膨らませながらも、アイリーンに言われた通り袋に入れて、シェイク。三つの袋に分けたそれをリノが受け取ったとき、彼女は目を大きくしてその声は周囲の空気を揺るがせた。


「団子がかわいいフラワーボールになっている。それに、においが消えているよバーサ、それだけじゃなく、みずみずしいグリーンノートの香りに変わっているのよ」


「え?そんな……青アジサイの花でこんなにも匂いが変わるの?」


 バーサは袋から花弁を纏う団子を一つ取り出し、まじまじとそれを見つめ鼻を近づけた。


「フフフ。それとね。それ!シュッシュ……」


 アイリーンはリノとバーサにいきなり虫よけ水を吹きかけた。


「きゃっ、ちょっとぉ。え?……あら、いい匂い。星木犀の甘い香りだわ」


「ほんと。さっきと同じ薬水とはとても思えない」


「どう、バーサの効能と私の芳香、見事な合わせ技でしょ。みんなが使いたくなる安全グッズ、私たちの夢の第一歩だね」


 バーサの頬に一筋の涙がこぼれた。


いつも読んで下さりありがとうございます。

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