番外2 三人の休日(2)
二人が表に出ると馬車?というより、馬はおらず、車だけがぽつんと置いてある。それは小型で卵の様な丸い形の車体にゴムの付いた車輪が四つついているもので、誰かが引かなければ走りそうにない代物だ。
「なにこれ?これが馬車なの?木?で、できている感じじゃないわね」
「ほんと、変わった素材、ツルツルしていて、それに硬いわ」
アイリーンは車体を手で撫でたりコツンと小突いたりしながら首を傾げる。
「その車体は特殊なガラス製品で作っているんだって」
リノの言葉に二人はふうーんと顎に手を当て何度も頷いた。
「でも……馬がいないよ?」
キョトンと首を傾げるバーサにリノは「まあ、馬は……要らないかな」とサラッと返答する。
「中見ていいの?」と大きめの窓から中を覗き込んだアイリーンが感嘆の声を上げる。
「へえ、見た目以上に中は広いんだね。椅子もフワフワしていて座り心地も良さそう」
「へぇ、どれどれ」と軽快なステップを踏み、バーサも顔を覗かせる。
「ほんとだ。乗合馬車とは大違いね」
「そうでしょ、そうでしょ。この車。ライアン商事の特許車で旦那様が発明したものなの。まだ試作品だけどね」
目をパチクリさせる二人に、リノが口角を少し持ち上げながら胸を張った。
「では、実際に中に入ってご覧あれ」
リノがガチャリと扉を開けた途端、ひんやりとした心地よい風がアイリーンの頬を撫でる。同時に、身体を包み込むような甘いラベンダーの香りがほんのりと漂う。
「わ、なにこれ涼しい。それにこの匂い、ラベンダーね」
「うん。とってもいい香り。どうなっているの?これ」
バーサが目を丸くしてリノに問いかける。
「私もよく知らないんだけど、おひさまの光を使って涼しい風を作り出しているんだって。そして、風の出口にアイリーンの作ったラベンダーエキスを垂らしているのよ」
中に入ると見た目以上に広く、向かい席で無理をすれば御者以外に四人は座れそうだ。
それになんといっても豪華な客席。出し入れできるテーブルに柔らかそうなソファークッション。二人の顔から笑みが溢れ出す。
「そこを開けてみて」
リノが後部席の後ろにあるノブを指さした。
一見普通の収納スペースに見えるが、アイリーンが開けてみるとそこから冷気が漏れだした。
「すごい、冷蔵庫だ!」
アイリーンの言葉に反応したバーサが無理くり首を突っ込できた。そして、わぁと口を開くと「取れたものを痛ませずに持って帰れるね」と目を光らせた。
「いやいや、先ずはお弁当でしょう。そこに入れるのは」
「確かにそうだね……」と頭をポリポリ掻きながらアイリーンは室内全体を見渡す。御者席らしきものはあるが、席の前に変な棒が幾つか並んでいて手綱はない。
外観を見ていても、馬を固定するようなものも無かった。
「で、どうやって動かすの?馬をつなぐようなものも見当たらなかったわ?」
「馬は要らないのよ。この車はガスで動くの」
「「ガスって?コンロに使っているガスの事?」」
二人は声を弾ませ、視線はリノに釘付けとなった。
「ええ。世界初!ガスで動く車ってとこね」
「凄いわ……でも、ガスが途中で無くなったりはしないの?」
「ほんと、ガスがなくなったら帰れなくなっちゃうよ?」
リノはウインクをして、チッチッチッと口遊みながら立てた人差し指を横に振った。
「この車のすごいところはね、ガスと、太陽の光を蓄えた動力の両方で動くのよ。必要な時にしかガスを使わないから、ラントパーク大自然公園に行くくらいなら十往復したってまだまだおつりがあるくらいよ」
「「ほへぇ」」
二人の瞳が大きく見開き、キラキラと光を反射していた。
「荷物は後ろのトランクに入れときなよ~」
◇ ◇ ◇
「では、席についてください」と運転席からリノが声をかけ、手元のノブをクイッと引くと、ゆっくりと車は動き出した。
「なんて静かなの?おまけにちっとも揺れないね」
「ほんと、馬の蹄の音がないだけで、こんなにも静かなんだね」
あちこちに目を向けながら感嘆の声を上げる二人に、リノがチラリと後ろに目をやった。
「なんでも、車体は音を遮断する素材に、ゴムの車輪は音が出にくいの。それに、揺れ難いように車輪にはバネが使われているのよ」
快適な室温、静かで揺れの少ない車で、外の景色を楽しみながら三人はラントパーク大自然公園へ向かって行った。
ラントパーク大自然公園は標高三百メートル位にある自然公園で、真ん中には透明度の高い面積十五平方キロメートルのランテント湖がある。
いつも、春から夏にかけて自然公園のキャンプ場は大賑わいだ。
ガタガタと馬車を走らせる行楽客達に、じろじろと見られながら外を眺めていると、アイリーンたちの車はキャンプ場とは別の細い側道に入って行った。
「あれ?キャンプ場に向かうんじゃないの?」
バーサは身を乗り出し、ノブを握っているリノに話しかけた。
「だって、キャンプ場だと珍しい植物が見られないでしょ? 何のためにこの小さめの車で来ていると思った?」
そう言われると、どんどん道は狭くなっていき、到底普通の馬車では通れない程の道幅になっていく。
「北側はあまり人も行かない場所だから、珍しい植物がたくさん生えているわよ。フフフ、楽しみでしょ?」
時折、バサバサっと木の葉や枝がが車体にぶつかる音はするものの、バネを装着している為か特に揺れもせず、窓から入る木漏れ日がアイリーンたちの心を浮き立たせる。そのまま、十数分走った所で、車内がパアッと明るくなった。
「わあ、なんてきれいな湖畔なのでしょう」
「ほんとだわ。あそこに咲いている白い花はメダトリスの群生よね。それにあの木の下にある苔はゼニ苔」
「うんうん。ほら、あそこを見て!あの木に生えているやつ、クマノコシマキよ」
「ん?クマノコシマキ?なにそれ」
一オクターブ高い声を上げ、はしゃぎまわるアイリーンとバーサ。そこでリノがゆっくりと車を止め、アイリーンの視線をたどる。しかし、どこを見ているのやらと、眉を顰め首を傾げる。
「クマノコシマキってあの木に生えているキノコのことよ。心臓の動きを整える作用があるとても貴重なキノコなの」
「へえ、よく知っているね」とリノは目を丸くした。そして「さあ、目的地に着いたよ、降りてくださいな」と言って車の扉を開けた。
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