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38 boss monster

 ダイチからのエキシビジョンマッチの誘いを、俺は受け入れた。

エキシビションマッチの試合形式とステージを決める権利を、ダイチは俺に譲ってくれた。『挑戦者がステージを選べるのは、当然の権利』だとか抜かしていた。王者気取りは癇に障るが、反論できないほどにダイチは強い。プレイヤー内でも断トツトップの攻撃力。派手さの裏に隠れた、宝石店のショーケースで最も目立つ場所に置かれたダイヤモンドの如きに美しいプレイ技術。

そもそも正々堂々が似合わないスタイルの俺が、真正面から戦うことのは無謀だ。例えば、貯めに貯めていた夏休みの宿題を、最終日にまとめて片付けるくらいに。

そんな喩えを頭に浮かび、なんだかやれそうな気がしてきた。ところが実際は、俺は夏休みの宿題はやはり最終日まで貯めてしまうタイプなのだが、夏休みを終わらせて2学期を迎えられたことはない。家に忘れたという常套句に、毎度縋りついた。

ダイチに勝つためには、王道ではなく邪道なやり方を。選択権を与えられたステージと試合形式も、少しでも実力差を誤魔化せるよう、奇を(てら)ったものにすべきだ。



ミナから助言を貰い、俺は色々と悩んだ末に、ステージと試合形式、そして戦略を決めた。最善を選んだとは思うが、上手くいくかは分からない。それでもやるしかなかった。

俺とダイチでエキシビションマッチをすることに、視聴者が大きく盛り上がる中、俺とダイチは2人だけのステージへと転送された。

試合前に伝えているから、俺がどのステージを選んだかは知っているだろうに、ダイチは転送された直後、ステージを360度観察した。それから眉間に皺を寄せ、訝しみながら尋ねてきた。

「一応確認しておくと、試合形式とステージは本当にこれでいいんだよな?」

俺が勘違いしていないか疑うのも無理はない。

俺が選んだのは、遮蔽物の一切ない平坦なステージ。足場は半径4mの円だけで、足を踏み外せば奈落の底へ真っ逆さま。更にルールは、HPが満タン状態から0になるまで戦う、装備以外のアイテム使用不可の一番スタンダードな形式。

何から何までシンプルで捻りが無く、純粋な戦闘能力がもろに出る。言うまでもなく、戦闘能力の高いダイチに有利なルールだ。

「もっとこう、、、遮蔽物の多い森の中とか、一撃先に入れたほうが勝ちの形式とか、捻った勝負に持ち込んでくると思ったんだがな。なんのつもりだ」

「不利な条件だった、とか言い訳されても不愉快だしな。アドバンテージは、お前に譲ってやるよ。勝利は譲るつもりはないけどな」

言い終わってから、これは少し安っぽいセリフだなと自省した。しかしダイチには十分に効果のある煽りであるらしかった。

「…ナメてくれるじゃん!」

ダイチは刀を抜いて斬り掛かる。俺は右手のナイフで刀を受け流し、左手のナイフで突くが、ダイチはそれとひょいと躱す。

そしてそのまま、狭いフィールドの中で嵐のような斬り合いが始まる。両者とも攻撃性能に偏ったステータス。1秒ごとにHPは勢いよく削れる。決着までそう時間を要さないことは、簡単に分かった。

見る見るうちに両者のHPバーは短くなる。しかし2人のHPの減り具合には、僅かだが差があった。

その僅かな差も、試合が進むごとに広まっていき、3分もすれば優劣は明確に表れた。

試合を有利に進めているのは、誰の目から見てもダイチであった。

俺のHPは1割ほど。恐らく、あと1度でも攻撃を食らえばデスする。対してダイチのHPは、4割強。攻撃を当てた回数は俺の方がやや多いが、一撃の火力が圧倒的にダイチが高いせいで、こんなにも差が出来た。

でもここまでは俺の想定通り。斬り合いで勝つつもりなど毛頭ない。

そろそろ仕掛けるタイミングだ。

俺が使用している頭装備”禁じ手の兜”は、防御力は皆無だが、ある特殊な効果がある。それは特定の魔法に必要な長い詠唱を破棄できるというもの。なかなか便利な能力だが、使ったことはない。なにせ使えるのは1度だけ。1度効果を発動すれば最後、スキル使用後、兜は粉々に破砕される。

1回しか使えないと、どうしても躊躇いが生じて結局使えないなんてことは、共感できる話だと覆う。例えば非常にお気に入りの服があるのだが、それを着て外に出ると汚れてしまうのが嫌で、殆ど着ていない。もはや鑑賞用になっている。

ただ今のこの場で使えるのなら、1度ぽっきりでも使うことに躊躇いはなかった。本望であると、心の底から思えた。。

「詠唱破棄 ”影踏み鬼”」

スキルが発動し、俺の影の上に巨大な黒鬼が召喚される。

黒鬼は召喚されるや否や、俺に向かって金棒を振り下ろした。俺がそれを躱すと、今度は後ろにいたダイチに向かって金棒を振り払う。

この黒鬼は以前説明した通り、非常に強力な召喚獣だが、召喚者の俺すらも無差別に攻撃する。通常なら不便の一言に尽きる仕様。けれども今だけは、状況をゴチャゴチャにしてくれるのでありがたかった。

「スキル発動 ”陽炎”」

「スキル発動 ”影武者”」

「スキル発動 ”蜉蝣”」

立て続けにスキルを使用する。

”影武者”のスキルで、分身体を創る。更に”蜉蝣”のスキルでトンボ100匹を一息に召喚し、ステージの中を旋回させる。

勝利まであと一歩だったはずが、いつの間にか100匹ものトンボで視覚を飛び回り、2人から隙を伺われ、召喚された鬼が無秩序に暴れる。渾渾沌沌とした現状況、ダイチすればうざったいことこの上ないだろう。

「スキル発動 ”倒景”」

無論、ダイチは邪魔なトンボを消滅させようとスキルを発動させ、広範囲に火を放った。が、焼け石に水。トンボを上に避難させたから、およそ10匹のトンボが焼死したが、約90匹は変わらずに飛行し続ける。


トンボを払えきれなかったことに、ダイチは大きな舌打ちをする。

黒鬼に分身にトンボと、情報が洪水のように氾濫して、さぞかしストレスフルだろう。この状況を早く解決したくてたまらないはず。でも黒鬼を倒し、分身を殺し、大量のトンボを全滅させるのは面倒だ。スキルを使えば、その分隙もできる。

ダイチがこの状況を解決するのに、最も楽で簡単な方法。それは、他を無視して俺を直接倒しに来ること。俺のHPからして、あと1撃でも加えられたらデスする。俺さえ倒せば、勝負は勝ち。他に固執する理由もない。

俺のスキルが制限時間が来て終了するまで待つという手もあるが、それをする確率は極めて低い。ダイチは影魔法のスキルに必要なMPの消費量を正確には把握していない。もう少し時間が経てば俺はMP切れとなるわけだが、それを知らないダイチは。このカオスが長時間持続する可能性を捨てきれないわけだ。

そんな理屈を並べずとも、ダイチこういう場面で慎重策を取ることはないことは言える。血の気が多く闘争を心から求める性格から、盛り上がりを気にするエンターテイナーと気質から、この土壇場で消極的な行動に逃げることはないと断言できる。

弟の俺が言うのだから、間違いない。今この瞬間だけは、ダイチの行動を予言できる。


ダイチは地面を蹴り上げ一気に俺との距離と詰めると、一閃。剣を力いっぱい振り切るその気迫は、まさしく鬼のようであった。

だが如何に鋭くとも、予測できれば回避は出来る。振り抜かれた刃を最小限の動きで躱し、踏み込んできたダイチの服を掴む。そして体重を全て後ろへかける。

「はぁっ!??」

ダイチが素っ頓狂な声を上げる。斬撃か打撃がとんでくるものと思っていただろう。何がしたいのか分からず、それはもう混乱している。

しかし俺の狙いは初めから同じ。

落下死だ。

俺は今、円状のステージの淵にいる。一歩でも下がれば、そこに足場はない。

HPがどれだけあろうと、ステージから落下すればデスする。俺とダイチの実力差では、これが1番勝率が高い。

とはいえ、普通にやってもバレて回避される。

だから使うタイミングをギリギリまで待った。俺のHPは残り僅か。あと1撃で片が付く程度。一方、ダイチのHPはまだ余裕がある。ダメージを負うのも覚悟して、強引に攻めて試合を終わらせる選択肢が頭に浮かぶ頃合い。

そこに”影踏み鬼”と”蜉蝣”と”影武者”で一気に情報量を増やし、フラストレーションと貯める。

慢心。負けん気。困惑。苛立ち。疲労。優越感。

様々な感情を煽る。

感情は自分の潜在能力を引き出してくれることもあるにはあるが、基本的にはノイズだ。欲望は冷静さを奪い、判断力を鈍らせる。

意外に鋭いダイチを策に嵌めるには、まずは相手の判断力を乱す必要がある。

だが俺がステージの端に居れば、落下死させようという魂胆を見破られる可能性も無くはない。そこまではいかずとも、警戒心を抱かれるのは起こりうる。

だから警戒心を微塵も抱かせぬため、俺は”蜉蝣”と”影武者”のどさくさに紛れて“陽炎“を使った。

“陽炎“は、幻影を作るスキル。俺は”陽炎”を使って足場が実際より広く見えるような幻影を作り、ステージの端に居ながら、そうではないかのように演出した。

幻影を創り出すなんて便利なスキルに聞こえるけれども、これも例に漏れず前に説明した通りだが、そんなことはない。まず発動すれば、自身に攻撃力デバフが付く。加えて”陽炎”の幻影は、近くで見れば虚構であると気づける程度の解像度。近接が基本のダイチには、有効なスキルとは言い難い。

けれども。馬鹿と鋏は使いようだ。

3つのスキルで情報量を増やして注意を散漫にさせ、トンボの大群で背景を部分的に隠した。

これなら少しの時間なら騙すことができる。

俺自身を餌にダイチをステージの端まで誘導し、ダイチのアバターを引っ張って、自分諸共空中へ飛び下りる。

互いに足が場外にある。2人とも落下死するのは確定。HPの多寡は重要性を失った。

勝敗を分けるのは、どちらが先に落下死するか。先に落下死のラインを割った方が死ぬ。

ここまでくれば、もう策などない。

なんとか相手を下に押してやり、相手より少しでも上のポジションと取る。

だがこれは俺が仕立てた状況。状況把握に時間を使わなくていい分、先に動けるのは俺だ。

目まぐるしい状況の変化に戸惑うダイチに対し、俺は掴んでいた服を思いっきり下方へ引っ張る。ダイチは足元に来て、反動で俺が少しだけ上に上がる。

これでポジショニングは完成したと思いきや、ダイチが即座に俺の胸を握りしめ、恐ろしいほどの力で引っ張り、俺を下へと引きずりおろそうとする。

即座に状況を理解したダイチが、反撃を試みたのだ。

ならばと俺は手首を捕まえて、一心不乱に抵抗する。

俺たちは自分が上に立とうと、空中で取っ組み合う。互いに全身全霊でありながら、その様は兄弟喧嘩のような微笑ましさがあった。

その時間は、きっと1秒かそこらだ。ただとても長くて楽しい時間だった。いや、その時はそんなこと考えていなかった。あとから思い返すと、そんな気がするだけだ。


吸い込まれるようにして深い暗闇の中に沈み、消える。落下死したタイミングは殆ど同時で、取っ組み合いに夢中だったから、先に落ちたのがどっちかは、俺たちですら分からなかった。

リスポーンされてすぐに、俺は表示された結果を確認する。


後に落ちたのは、この戦いの勝者は─────────俺であった。

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