39 teenagers forever
「よっ。お疲れ」
ダイチ杯が終わった。途轍もなく長かった気がするが、振り返るとあっという間に感じる。慣れ親しんだ自室に包まれ、どっと疲労が押し寄せた。何もする気が起こらず、部屋でくつろいでいると、大地が部屋に入ってきた。
「とりあえず、大会優勝。まさか、お前が優勝するとは思ってなかったぜ。それに加えて、俺が陸に負かされるなんて、夢にも思ってなかったよ」
大地がパチパチパチと拍手する。
俺と大地とのエキシビジョンマッチ。勝利したのは、俺だった。最後はなんとか俺がダイチの上に位置し、数コンマ秒だけ、いやそれより短いかもしれなほどわずかな差で、俺が遅れて落下死できた。
「どーも。ま、優勝したのは本選が戦闘力重視の勝負じゃなかったからだし、ダイチに勝てたのは、2度通用しない方法で、勝ちをギリギリ拾ったってだけだしな」
本当は自慢したくてたまらないが、敢えてなんでもない風を装う。しかしどうやら見抜かれているらしく、ダイチは俺の頭を掴み、わしゃわしゃと撫でた。
「ヒクツだなー。チャンピオンがそれじゃ、他の参加者が浮かばれないぜ。もっと自信もて。それと、優勝賞品のサイン入りグッズだ。ほれ。欲しいなら言えばいいのに。お兄ちゃん、幾らでもやるぞ」
「いらんわアホ。友達が欲しがってんだよ」
「友達って、あのミナって子?ふーん。へぇー」
大地がニマニマと何か言いたげな笑みを浮かべる。
「いんじゃないか?勘だけど、あの子可愛いだろ。性格良さそうだし、お兄ちゃんは応援するぞ」
「あいつは死ぬほど性格悪いぞ」
「否定はしないんだ」
兄はしたり顔をする。その高い鼻に全力で拳で殴ろうとする衝動を、俺はなんとか抑えた。しかし抑えきれず、口から振動として出力される。
「…………死ね」
頬づえをついて、少し熱い頬を隠す。全く、放っておいて欲しいものだ。
ピコンとラインが鳴る。噂をすれば、なんとやら。ミナからラインが来た。
『改めてだけど、優勝おめでとう』
『来週の土曜ヒマ?スタバ奢って』
そう言えば、虫嫌いのミナに大量のトンボを召喚して隙を作り勝利したお詫びとして、スタバを奢る約束をしていたな。
『ヒマ。オッケー』と返信する。ダイチのサイン入りグッズも、その場で渡すとしよう。
いや待て??これって…デートじゃね?
土曜日の午後3時13分。集合時刻の7分前。俺はスタバの駐輪場で、スマホを片手にミナを待っていた。傍目には仏頂面でスマホを眺めているように映るだろうが、実際は違う。スマホを眺めるふりして、俺はあることをずっと考えていた。
これが、デートか否か。
デートは、交際中または互いに恋愛的な展開を期待して、日時や場所を決めて会うことを言う(ウィキ参照)。
俺たちは交際しているわけではない。けれども俺は恋愛的展開を期待している。もしミナが期待しているのであれば、定義に基づくとデートである。
恋愛に定義とかを持ち込んでいる時点でナンセンスな気もするが、色恋沙汰について右も左もわからない俺には、判断材料がどこにもない。
焦点は、ミナが俺に好意を持っているか否か。
まず男女2人でカフェの約束をしているので、嫌われてはいないだろう。しかし恋愛ではなく、友愛である可能性は大いに考えられる。とはいえど、年頃の男子と女子。全く意識しないというのが流石になくないか?いや、意識していないと言うのであれば、それは悪魔の所業だ。思春期の男子中学生を弄ぶ小悪魔だ。
いつまでも平行線な脳内議論を行っていると、ミナがやってきた。
「ごめん、待たせた?」
俺を見つけると、時間を確認してから声をかけてくる。
服装は、黄色のワンピース。それはもう、悪魔的に可愛い。リアルでは制服姿しか見たことがないから、すごく新鮮だ。
お洒落しているということは、やはりミナも意識しているのでは?いや、年頃の女子は最寄りのコンビニにすらお洒落をするものらしい。
判断材料が増えたものの、デートかどうかの脳内会議に終着点は見えそうもない。
合流したので、早速店内に入る。そう言えば、人生初のスタバックスだ。店にいる全員が、ファッショナブルな人間に見えて、自分の存在がいたたまれない。
メニューを指さして、これのMくださいとお願いしたら、少しの沈黙の後、「トールですね?」と尋ねられた。スタバではサイズを、ショート・トール・グランデ・ベンティで表すらしい。どこの部族の言語だ。
てんぱっていた俺は、席についてから漸くミナとの約束を思い出す。100匹のトンボを襲わせた罰として、俺はミナにグッズを渡して、しかもスタバを奢らねばならない。別々で注文したため、ミナの分の金を出すのをすっかり忘れていた。
「あぁ、そうだ。はい、ダイチのサイン入りグッズ。あと、今日は金は持つって話だったな。何円だった?」
俺が財布を出そうとすと、ミナがそれを制止する。
「お金はいいわよ。ちょっとした冗談。グッズは貰うけどね。ありがと」
ミナがグッズを入れた紙袋を受け取る。
奢らせるつもりがないなら、なんでスタバに来たんだ?
「にしても、ダイチに勝つなんてすごいわね」
「ミナの献策のお陰だよ。俺だけなら、ダイチを落下死させるなんて思いもつかなかった」
「私が出したのはアイデアだけよ。短時間で細かい所を煮詰めて、形にしたのはリク。それに、頭に描いた図を実行するのは簡単じゃない。悔しいけど、私には無理ね」
「アイデアだけでも十分ありがたいさ。それにこれは前も言ったけど、本選のステージの罠に気付けたのも、ミナと一緒にいたおかげだ。グッズを渡したのは、謝罪の意味もあるけど、感謝の意味もある」
「そう…それはどうも」
素っ気ない返事だが、満更でもなさそうだ。ミナが期間限定のフラペチーノを、ズズズッと飲む。
「そういや、話は変わるけど、ミナは高校どこ受けようと思っているんだ?」
1週間くらい前に終業式があって、今は春休み期間。 俺たちはギリギリ中学2年生だったから、来年の今頃には卒業している。ウチの中学は中高一貫ではないので、そろそろ高校受験を考えないといけない。
「今のところは○○高校よ。リクは?」
「△△高校」
○○高校は、県内の公立高校では1番くらいの進学校だ。ミナは頭が良いから、十中八九そこだろうなとは思っていた。
俺の志望校である△△高校は、そこからワンランク下くらい。
成績が現状のままであれば、俺たちは来年から別々になる。
その後は、次はゲームでどんなことをしようかとか、テストの愚痴とかなど駄弁り、店が混み始めてきたところで席を立った。
「じゃ、グッズありがとうね。またね」
ミナが自転車に跨り、帰ろうとする。俺は慌てて、それを引き留めた。
「悪い、待ってくれ。ちょっと寄りたいとこあんだけど、一緒にいいか」
ミナは不思議そうな顔をしつつ、ついてきてくれた。
スタバから少し離れたところに、小さな公園がある。ベンチと砂浜があるだけで、人がいることは滅多にいない。近々撤去されるという予定だと、市役所職員の母から聞いた。この廃れた公園が、何故か俺は好きだった。
公園に自転車から止めると、俺に倣うようにしてミナも自転車を止める。
「どしたの?こんなところに」
ミナが尋ねる。平静を装っているが、声が普段より上ずっている。気づいているのかもしれない。
実は昨日の夜に、決めていた。俺とミナの志望校が別々だったら、俺がミナに対して抱いている感情を告白すると。
高校が別々になれば、色々な意味で距離が出来る。そうなれば、俺とミナの関係は自然消滅するかもしれない。子供の人間関係というのは、そのくらい呆気ない。
今までも、それについての危機感は漠然と感じていた。しかし辛いのは嫌だから、俺は一歩も進まなかった。
でも大会に優勝して、ダイチに勝って。今の俺は、これまで一番に自分に自信を持てている。
今日踏み出さなければ、俺はもう足を上げる勇気を持てないかもしれない。
「その…困らせるかもしれんだけど…」
ミナの顔をじっと見る。その視線がいつもより熱を帯びていた。
「好きです。付き合ってください」
昨日、眠れなくてひたすら告白のセリフを考えたが、最終的にはありきたりなものになってしまった。さっきまで潤っていたはずの喉が、嫌に渇いている。持久走でも走ったのかと思えるくらい心臓が鼓動する。
数秒の沈黙の後、ミナの唇が動いた。
「…うん」
凩が、落ち葉を高く舞い上がらせた。




